2023年04月13日掲載

スピーディな変化対応を可能にする「アジャイル型戦略策定」 - 第1回 「アジャイル型戦略策定」とは何か──必要性と概要

菊池誠治
株式会社マネジメント・ブレーン
代表取締役

はじめに

 近年は、コロナ禍にしろ、ウクライナ戦争にしろ、誰しもが予想しなかった変化が次々と起こる時代にあり、企業を取り巻く社会、経済、技術的変化も一段と激しさを増しています。各企業が、こうした変化に対応していくためには、実効性のある戦略を策定していくことがますます重要になっています。一方で、従来の戦略策定手法を踏襲し、環境分析や戦略構築に時間を掛けるほど、その間に想定外の大きな変化が起こり、市場環境とのギャップが生じてしまうというジレンマに陥りがちです。
 今日のように、変化が常態化した時代においては、スピーディに策定でき、大きな変化の都度、即座に修正をかけて実践展開できるような動的な戦略づくりが必要です。そこで、筆者は「アジャイル型戦略策定」の方法論を提唱しています。これは顧客企業との試行錯誤を経て体系化したもので、これから3回にわたって、その背景と概要、分析・発想のポイント、実践展開上の留意点を俯瞰(ふかん)的に解説します。

1.求められている時代背景

 前述したように、近年は、想定外の大きな変化が常態化している時代にあり、世界的規模で歴史的な変換期を迎えているといえます。この変化は、これまでのトレンドとは質的に異なり、これまで体験したことのない大きな変化で、しかも変化のスピードが極めて速いという特徴があります。したがって、企業の戦略策定においても、従来のように、市場環境調査や緻密な分析作業に数カ月かけて戦略を練り上げていく間に、外部環境は大きく変化してしまい、せっかく策定した分厚い報告書は、完成した段階で、既に陳腐化しているといった事態になりかねません。システムやソフトウエア開発の分野でも、開発の途中で変化があることを前提としたアジャイル開発手法が普及しつつありますが、企業の戦略策定においても、同様の方法論が必要になっているといえます。
 すなわち、まずは迅速に策定できること、言い換えれば、戦略策定自体に多大な労力と時間を掛けないで済む方法論であることが求められます。次に常態化した変化にも柔軟かつ迅速に対応できる、いわば「動的な戦略策定手法」であることが肝要です。いったん策定したら修正がきかない“静止画”の戦略ではなく、“動画”の戦略でなければ、生きた戦略としての実効性を持ち得ない時代になっているともいえるでしょう。

2.誰が戦略づくりの主体となるべきか

 もう一つの重要な観点は、実質的に戦略づくりをするのは誰かという点です。かつては、と言うより現在でも多いかも知れませんが、経営幹部の指示の下、本社の経営企画室といった中枢部門のスタッフが主体となり、外部コンサルティング会社等を活用しながら、戦略をまとめ上げるスタイルがほとんどでした。事業部長クラス以上の幹部に諮問することはあるにしても、現場の第一線リーダー(以下、現場リーダー)の関与がほとんどないままに完成した戦略は、上意下達で現場に付与されるスタイルです。
 また、一般に「中計」と称される中期経営計画は策定しても、実質的な「戦略」といえるものは策定していない企業も、存外数多く見受けられます。中には、経営企画部門と言いながらも、実質的には経理財務的観点が先行しており、現状からの数値目標の積み上げによる数カ年の数字づくりが主となっている例も見受けます。本来、事業の将来ビジョン、未来意志に基づいて戦略を策定し、策定された戦略に基づいて、中計が立案されるべきです。中計が先行すると、現状の延長線上の枠組みから脱しづらく、変化の時代の真のブレイクスルーは打ち出しにくくなります。
 こうした従来の戦略策定手法を踏襲するだけでは、それを実質的に担い推進していくべき現場リーダーの関与度合いが薄く、彼らの目から見ると、なかなか当事者意識を持ちにくいという傾向があります。ロジックとしては、きれいに視覚化されているとしても、市場や顧客との接点で、実態を見ている彼らからすると、「絵に描いた餅」です。前述のように、本部のスタッフが時間を掛けて戦略を練っている間に、市場の現場は変化してしまっているという側面も見逃せません。
 したがって、市場や顧客との接点で変化の予兆を体感しながら活動している現場リーダーたちの問題意識、思い、知恵、意志といった要素を十分に共有化しながら策定していくことが、今日の戦略づくりの重要な要素となります。むしろ、彼ら自身が主体的に関与し、自ら策定する要素を強めていかないと、生きた戦略にはなりにくいといえます。逆に言えば、それだけシンプルで迅速に使える戦略づくりの方法論が必要になっています。さらに、現場リーダーが変化の予兆を機敏に感じ取る力と、それを企業全体で迅速に共有化する仕組みが必要になります。

3.これまでの戦略策定手法との違いと要件

 ここまで解説してきた内容から、従来の戦略策定手法に対し、これからのアジャイル型戦略策定手法の違いや期待される要件は[図表1]のようになります。

[図表1]従来の戦略策定手法とアジャイル型戦略策定手法の違い

  従来の戦略策定手法 アジャイル型戦略策定手法
策定期間 複雑かつ緻密なプロセスで、策定までに数カ月を要する 簡易なプロセスで迅速に(実質数日内に)策定できる
特徴 いったん策定したら、ほとんど修正の余地のない“静止画”としての戦略 変化が起きる都度、柔軟に修正・創成していける“動画”としての戦略
策定主体 経営幹部と本部の経営企画スタッフが中心となって策定する 机上の独創ではなく、現場の第一線リーダーが主体となって共創する
策定傾向 現状分析に基づく(中計的な)数字主体の積み上げ型の発想になりがち 現場の第一線リーダーの変化予兆や問題意識、未来意志を反映した発想

 さてここで、読者の多くを占める人事関係の方々は、アジャイル型戦略策定の必要性は理解できても、「果たして現場リーダーの多くに、戦略策定のスキルがあるのか」という疑問を抱かれるのではないかと推察します。もっともな疑問であり、その企業の風土や各リーダーの担当職務によっても、変化対応に向けた温度差が大きいことも事実です。
 しかしながら、今や時代の変化の波からは誰しも逃れることはできず、管理職といえどもリスキリングは避けて通れない状況になっています。ここまで解説してきましたように、戦略づくりのスキルも、経営幹部と本部の経営企画スタッフにだけあればよい時代は、既に終わっています。むしろ、今日の顧客や市場の激変に日常的に接している現場リーダーにこそ、戦略思考のスキルが求められています。環境の変化を肌で感じながら活動している現場リーダーが、走りながら活用できる戦略発想のツールを体得できれば、彼ら自身の意識改革にもなり、生きた戦略策定の実現につながります。一見立派に見える戦略をいかに策定したとしても、現場リーダー自身が、主体的に関与し、自らの意識と行動を変えていかない限り、戦略の実現はあり得ません。
 そこで、次の課題となるのは、その方法論の内容と、それを現場リーダーに共有化するための最適な方法は何かです。後者のアクションラーニングに関しては、第3回で詳述しますが、今回は方法論の概要と考え方の特徴を解説します。

4.全体概要と特徴的な考え方

 一橋大学の野中郁次郎名誉教授も、著書『戦略的組織の方法論』の中で、戦略の要諦は、認識と行動を通じた知、情報、価値創造の方法論を組織的に共有化させること、(中略)思索と行動の相互作用を通じて絶えず生成、創造するプロセスそのもので、スパイラルに前進していくものである。(中略)組織の戦略とはスタティックなものではなく、現実のダイナミズムを通じて、その都度創成すべきものであると喝破しています。まさに、現実のダイナミズムの渦中にいる現場リーダーが、絶えず走りながら創造していくプロセスが求められており、アジャイル性が必須要件となります。筆者は、さまざまな戦略策定手法をレビューした上で、アジャイル性とともに有効性を担保できる方法論を模索してきましたが、結論的には、[図表2]に示す五つのステップを提唱、実践しています。

[図表2]アジャイル型戦略策定手法のプロセス

ステップ1 戦略目的の確認

ステップ2 内外情報の収集・分析

ステップ3 新規事業の方向性

ステップ4 新商品・サービスのコンセプト

ステップ5 阻害要因(リスク)分析

 内容の詳細は次回解説しますが、一番の特色は、そもそものパーパス、目的や戦略的意志から出発する点です。従来の戦略づくりでは、大掛かりな調査から入って、10人以上の経営企画スタッフが1カ月かけて分厚いレポートをまとめ、結局は実質的な結論が出ない「調査」で終わるということになりがちでした。未来意志や夢のないところに戦略は生まれません。Appleのスティーブ・ジョブズ氏、パナソニックの松下幸之助氏、本田技研工業の本田宗一郎氏など創業者に共通するのは「最初に夢ありき」で、大胆な夢を描き、語るところから出発しているところです。緻密な調査から出発したわけではありません。思いや願望が最初にないと、できない理由ばかりが浮かび、単なる調査で終わってしまいます。この思いや目的を明文化し、戦略策定メンバー間で共有化した上で、ステップ2の情報収集と分析を行うのがポイントです。ロジックのみでは、斬新な発想は生まれず、評論家としての“分析のための分析”で終わってしまいます。
 ステップ3とステップ4は、強い思いとステップ2の情報収集・分析を経て、浮かび上がってくる将来ビジョンの方向性から、魅力的なシナリオを描いていくプロセスです。夢を現実にするためのストーリーを構築していくわけですが、絵画と同じで、いきなり一筆書きで正解を描こうとしてもうまくいきません。柔らかい鉛筆で何度も幾つもの線を描きながら、輪郭を形作っていくような試行錯誤と発想のプロセスです。
 また、ここまでのステップに臨む際の心理的側面も大事です。夢を膨らませる場面では、プラス思考に徹することです。自社の強みと市場機会に焦点を当てて、まずは攻めの戦略を数多く発想することが肝要です。リスク面は、最後のステップ5で集中的に考察します。従来のように、最初からリスク面も同時に考察すると、アクセルとブレーキを一度に踏むようなもので思考停止に陥ってしまい、前向きで魅力的な発想が湧きづらくなります。
 それぞれのステップに関する、より具体的な分析、発想のポイントは、次回解説します。

菊池誠治 きくち せいじ
株式会社マネジメント・ブレーン 代表取締役

1972年早稲田大学理工学部卒業。㈱日本製鋼所にて設計、開発企画業務に従事した後、外資系シンクタンク、人財評価(アセスメント)会社、外資系コンサルティング会社等を経て、顧客企業の1社であった外資系生保に入社。人事部長として、目標管理・評価制度を構築。1992年に㈱マネジメント・ブレーンを設立。これまでの体験を活かし、変化の時代の知的リーダーシップを重視した戦略策定・問題解決研修並びに実践フォロー、人財評価プログラムの実施、目標管理・評価制度の構築支援等を主たる活動領域としている。著書に、「管理職の能力要件・能力開発ガイドブック」(労務行政)。