菊池誠治
株式会社マネジメント・ブレーン
代表取締役
1.第一線リーダーの参画による生きた戦略に
前回までで、アジャイル型戦略策定の必要性と特徴的な考え方、発想方法について説明しましたが、最終回となる今回は、このプロセスを実践展開していく上での留意点や展開方法のポイントについて解説します。
まず、アジャイル型戦略を展開していくには、従来のような上意下達型で“静的な戦略”ではなく、現場リーダーが主体的に参画し、変化の動向を都度反映できる“動的な戦略”が必須要件となってきます。しかしながら、第1回でも触れましたが、企業の幹部や人事教育部門の方々からは、こうした戦略づくりの必要性は理解できても、「これまで、戦略づくりとは無縁の業務に専念してきた現場リーダーに、そのようなスキルがあるのか」という懸念の声がよく聞かれます。
確かに、主としてマニュアルどおりの定型的な業務に長年従事してきた方には、なかなか戦略的観点はなじまない傾向も見られます。しかし一方で、個々のユーザーニーズを機敏に捉え、アイデアもひらめき、今後に向けた思いや願望といった暗黙知は持っていても、方法論を知らないために戦略をうまく体系化できないという方もいます。戦略のアクションラーニングや人財評価(アセスメント)における演習等での筆者の経験や参加者との議論を通しても、商品・サービスの価値向上や差別化に向けた意欲の高い人材は、現場リーダーにも多く見受けられます。しかし、適切な方法論を知らないために、形式知として視覚化できていないだけということが往々にしてあります。こうした方々は、適切な方法論を体得すると、机上の分析・企画では得られない実効性の高い戦略を発想するポテンシャルを備えています。ただし、従来のように、あまりにも複雑な戦略策定プロセスだと、多くの時間を割かなければならないという先入観も災いし、そこから距離を置いていた側面があったことは否めません。日々職場あるいは仕事帰りの酒場で、メンバーと自由に語り合う一種のブレインストーミングでは、将来に向けた手掛かりとなり得る言葉も断片的にやりとりされるのですが、それがうまく形式知として視覚化されず、翌日は忘れ去られているといった残念なことになっているように推察されます。
したがって、こうした暗黙知を迅速かつ容易に視覚化し、共有化するための方法論として「アジャイル型戦略策定プロセス」は有効です。同時に、現場リーダー間でこの方法論を共有化することで、相互の議論を通じた価値創出が可能になります。まさに「思索と行動との相互作用を通して、日常的に生成、創造するプロセス」の実現につながります。
なお、リスキリングでも同様ですが、人が、特に一定のプライドのある人材が、新たなスキルや手法を体得・実践するには、以下のように三つのステップを踏むことが鉄則です。
ステップ1:やる気がある
ステップ2:やり方が分かる
ステップ3:自分にもできると確信する
筆者の体験に基づけば、「やる気がある」=前向きな意欲のあるメンバーを中心にスタートすることが肝要です。できない理由ばかりを言いたがる評論家的なメンバーは、最初の段階では外しておいて、意欲のあるメンバーから展開し、グッドプラクティス(好事例)をつくってから、その輪を広げていくことをお勧めしています。
2.効果的な習得から実践展開へ
次に、ステップ2「やり方が分かる」において、方法論の習得段階では「難しくて、しんどいもの」という従来の戦略づくりにありがちな先入観を取り除くことが大事です。戦略はロジック以上に発想が重要なので、脳科学的にも心理的拒否反応や自己防衛意識が先行するような状況では、良い発想は出てきません。アジャイル型戦略策定では、前回紹介したように、方法論自体はシンプルで分かりやすいですが、習得のための研修では、いきなりすべてのステップに取り組むのではなく、コンセプトごとの小単位に分けて、簡易なケーススタディに取り組みます。そこで、「これなら分かる、自分にもできる」という安心感と達成感を味わってもらうことが肝要です。それによって、脳のドーパミンの分泌量が増えて、メンバーの目も輝きが増し、最初のケーススタディを終えるころには、場全体が活性化してきます。また、独創的な発想を得るためには、人の五感を活用しながら発散過程(ブレインストーミング)を盛り込むことが効果的であることも、脳科学的に知られています。
ケーススタディでは、まずは個人で思考する時間を取った上で、数名ずつのグループでホワイトボードやフリップチャートに視覚化しながら、全員参画型で自由に意見を出し合って、発想や選択肢の幅を広げる議論を重視しています。途中で十分に発想を広げないうちに安易な収束に至らないようにガイドすることも重要な点です。
システム開発におけるアジャイル開発手法では、イテレーション(反復)と呼びますが、アジャイル型戦略の習得過程においても小単位に分けて、簡易なケーススタディの個人演習→グループによるブレインストーミングと結論の視覚化→発表と質疑応答といった流れを数回繰り返しながら、参加者全員で体得していきます。
方法論を学ぶことも大事ですが、同時に、こうした活性化した発散場面を体験してもらい、それを現場でメンバーを巻き込んで実践してもらうことが大変重要です。取り上げるケースの内容も、現実の企業の戦略事例に即したものとし、面白みもあり、興味を持って考えることのできる内容に工夫することも重要です。
そして、最後に、アジャイル型戦略策定プロセスの5ステップのすべてを網羅した、総合的な戦略ケーススタディに取り組みます。既にこの時点では参加している個々人は方法論を体得できているので、総じて違和感なく取り組め、各ステップの位置づけや意味合いも再確認できます。何より研修後に現実のテーマに応用、実践していく橋渡しとなります。
[図表]アジャイル型戦略策定手法のプロセス(再掲)
ステップ1 戦略目的の確認
ステップ2 内外情報の収集・分析
ステップ3 新規事業の方向性
ステップ4 新商品・サービスのコンセプト
ステップ5 阻害要因(リスク)分析
方法論を習得した後の展開は、各企業によってさまざまです。アクションラーニングとして、講師(筆者)も参画する場合は、各現場リーダーが実際の戦略テーマと関連情報を持ち寄り、2週間~1カ月後くらいの頻度で再結集して、今度は現実のテーマについて、アジャイル型戦略策定プロセスの5ステップに沿って、議論と視覚化を重ねていきます。
ここからは企業規模によっても取り組みのアプローチは異なりますが、基本的には、前回述べたようにトップ方針(あるいは全社的なビジョンの大枠)を踏まえながら、各拠点単位で展開していきます。実質的な業務推進を担うメンバーを参画させて、アジャイル型戦略策定のプロセスにのっとって、一度策定した戦略も大きな変化が起きる都度あるいはメンバーが大きな変化の予兆を捉える都度、修正を加えながら実践・行動していくことを推奨しています。これによって、メンバーの戦略的視点も磨かれていき、変化対応に向けた当事者意識の喚起にもつながります。
また、多様なコア技術を抱えていても、事業部間のシナジーがうまく活かせていない企業も存外見られます。この場合は、コア技術を融合して市場機会にマッチした新商品を生み出そうという観点で、部門横断的に、コアリーダーやその候補者を選抜し、アクションラーニングのステップを踏む方式も有効です。有望な戦略案は、経営幹部の承認の下、さらに修正・充実化を図りながら、全社戦略に反映させていくことになります。
最後に、わが国の管理職層に多く見られる心理特性についても、留意点として指摘しておく必要があるでしょう。スイスの国際経営開発研究所IMDによる2022年の世界競争力ランキングでは、日本は34位に後退しました。日本は順位を落とし続けており、2019年には30位に順位を下げ、それから30位台にとどまっている状況です。「(日本の)管理職は、コンクリートのように硬くて重く、容易に動かせない。ハードワーカーと言えば聞こえはいいが、新しいことに後ろ向きで、俊敏に動きたがらない。(中略)改革では、抵抗する中間管理職が最大の障壁だといえる」(2019年11月25日『日経ビジネス』90~91ページ)とまで論評されています。
筆者自身のアセスメントを通しても、残念ながら、(特に、大企業の)管理職層の保守化傾向は否めない状況にあります。会議を開いても、発散過程を好まず、いきなり結論的な見解を述べて収束を図りがちです。慎重さが先行する向きが多く、自社の問題点・弱みやリスク面から考えて、斬新な施策や発想に自らブレーキをかけてしまう傾向があります。メンバーがせっかく良い発想を提言しても、そんなリスクは負えないと、安全な施策の踏襲に固執しがちです。本人は決して悪意ではなく、それが会社のためと信じているのですが、結果としてアイデアキラーとなっています。こうした体験を重ねた部下もまた、保守的な管理職に育っていくという悪循環も起きかねません。管理職自身も変化対応やリスキリングを余儀なくされている状況にあって、こうしたアジャイル型戦略策定の推進を通して、意識改革を図る一助になってほしいと思います。以上、各企業のご参考にしていただければ幸いです。
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菊池誠治 きくち せいじ 1972年早稲田大学理工学部卒業。㈱日本製鋼所にて設計、開発企画業務に従事した後、外資系シンクタンク、人財評価(アセスメント)会社、外資系コンサルティング会社等を経て、顧客企業の1社であった外資系生保に入社。人事部長として、目標管理・評価制度を構築。1992年に㈱マネジメント・ブレーンを設立。これまでの体験を活かし、変化の時代の知的リーダーシップを重視した戦略策定・問題解決研修並びに実践フォロー、人財評価プログラムの実施、目標管理・評価制度の構築支援等を主たる活動領域としている。著書に、「管理職の能力要件・能力開発ガイドブック」(労務行政)。 |