2022年07月22日掲載

「人を活かすマネジメント」常識・非常識 - 第7回 今どきの部下は厳しく指導するより、褒めて育てるべきだ?

前川孝雄 まえかわ たかお
株式会社FeelWorks 代表取締役/青山学院大学 兼任講師

1.働き方改革、パワハラ防止法で、厳しい指導がしづらい時代

 働き方改革により、長時間労働の是正や年次有給休暇の取得促進など、働きやすい職場環境づくりが進んでいる。また、改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)の施行で、職場のハラスメント対策が事業主の義務となった。パワハラとは、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」をいう(同法30条の2)。
 昭和から平成に変わった1989年に流行した栄養ドリンクのテレビCM「24時間戦えますか」のようなモーレツ職場は、もはやブラック企業。上司が熱意のあまり、「歯を食いしばって、徹夜をしてでもやり遂げるぞ!」などと部下に発破をかけようものなら、部下からパワハラ上司の烙印を押されてしまうだろう。もとより、上司は部下に対して人権侵害や健康被害をもたらすような言動は厳に慎まなければならず、ハラスメント防止の重要性は論を待たない。
 そうした中で、最近、筆者が営むFeelWorksが開講する「上司力®研修」の受講者からは、次のような悩みを聞くことが増えた。

「繁忙時や、ここぞという時でも、部下に残業はさせられない」
「部下の成長のためにも負荷の高い仕事を任せたいが、ためらってしまう」
「部下に少し厳しく注意すると不服そうな顔をされ、こちらが戸惑う」
「ハラスメントの指摘が怖くて、一歩踏み込んだ指導がしづらい」

 働き方改革とパワハラ防止対策の陰で、多くの上司たちが、いかに部下と接し指導・育成すべきか苦悩する事例が増えているのだ。

2.《マネジメントの非常識》褒めて伸ばす育成は絶対か!?~褒めすぎと褒め方次第で逆効果~

 最近では「今どきの若者は、褒めて伸ばすのが一番だ」という風潮が一般化してきた。褒め方のトレーニングや検定も生まれ、管理職研修のプログラムに組み入れて組織ぐるみで取り組む企業も少なくない。
 こうした"褒めて伸ばす"育成手法は、一見理想的に見える。しかし、絶対的な手法と過信してはならないであろう。思わぬ落とし穴があることに注意が必要だ。
 個人のモチベーションと組織との関係に詳しい同志社大学・太田 肇教授の著作『「承認欲求」の呪縛』(新潮社)で取り上げられた、ある民間病院の事例が象徴的である。優秀な働きをした職員をMVP(最優秀職員)として表彰する制度を取り入れたところ、なぜか受賞者の多くが、受賞後比較的短い期間に辞めていくようになったという。その理由を調べてみると、表彰されたことがプレッシャーとなり、その後も期待に応え続けなければと悩み、息切れを起こし、働き続けるのが苦しくなったという。
 また『先生、どうか皆の前でほめないで下さい』(東洋経済新報社)の著者で金沢大学・金間大介教授は、若者の多くが皆の前で褒められ目立つことをひどく嫌うと主張している。
 大学生が選ぶ「嫌いな講義」ランキングの第1位は、当てられる授業だという。横並びの平等意識が強く、いつも自分が浮いていないかが心配。自分に自信がなく、評価されることへの嫌悪感と恐怖心が強い。そうした若者たちを「いい子症候群」と呼び、自分以外の誰かに関わる事柄では何も決められず、自ら提案することもないという。
 長年、大学で教鞭を執り続けている筆者の感覚からすると、本の中で取り上げられているのはやや極端な描写で、実際には若者も多様だと感じる。ただ、デジタルネイティブでSNSの強い影響を受けている現代の若者たちの一つの傾向をリアルに映し出しているのは確かだろう。同調圧力に敏感で、自分だけが列からはみ出すことを嫌うのだ。筆者は、若者をそのように育ててしまった大人こそ、深く反省すべきだと考えている。
 以上の例から、"褒めて伸ばす育て方"は必ずしも万能ではないのだ。

3.《マネジメントの新常識①》部下の行動を具体的に褒める

 相手を褒めることは大切だが、「褒めすぎ」には注意が必要だ。これは心理学者アブラハム・マズローの欲求5段階説にある「他人から尊敬されたい、自分を価値ある存在だと認められたい」という承認欲求と関係する[図表1]。前出の太田教授も、現代人が承認欲求に縛られて身動きがとれなくなっていると指摘する。

[図表1]マズローの欲求5段階説

 部下を褒める際には、あまりに大げさに褒めて過大な期待をかけると、プレッシャーでつぶれてしまうおそれがある。一人ひとりの状態や気持ちをよく考え、適度な褒め方への配慮が必要だ。
 部下を褒めるべき時は、しっかり褒めたい。その時に大事なのは、第1に、特定の部下だけを褒めるのではなく、できるだけ間を置かず全員くまなく褒めるように心掛けるとよい。一人ひとりの持ち味を見極め活かしていく、ダイバーシティマネジメントの視点だ。
 第2に、部下の具体的な行動を褒めることだ。特に、TPO(タイミング、場所、状況)を明確にし、どの仕事のどの部分をどう評価したのか、具体的に伝えた上で褒めることだ。結果だけでなく、プロセスもしっかり評価しよう。そうした褒め方なら部下も素直に喜べるし、人材育成の効果も期待できる。
 そのためには、普段から現場で働く部下一人ひとりをしっかり見守ることが大切になる。

4.《マネジメントの新常識②》本物の優しさは厳しい愛

 冒頭に述べた「褒めて伸ばす風潮」の一般化という環境変化からやむを得ない場面も多いが、管理職はややもすると"褒めて伸ばそう"とばかりに、"優しいだけの上司"になりがちだ。しかし、それでは本気で部下と向き合っていることにはならない。
 表面的には優しいようでいて、実はひたすらハラスメントの指摘を避け、"触らぬ神に(たた)りなし"と、自分を守る意識からそうした行動に至っている人も少なくないからだ。少し厳しい指摘かもしれないが、これでは部下の育成を放棄した無関心に近い状態といえるだろう。
 [図表2]は、筆者が「上司力®」をテーマに語る際に提示しているフレームだ。部下に対する上司のタイプを4象限で示している。横軸は、部下に対して「冷たい」か「優しい」か。縦軸は、部下に対して「無関心」か「愛情(関心)がある」か、で表している。マザー・テレサの名言「愛の反対は憎しみではなく無関心である」としてご存じの方も多いだろう。

[図表2]部下との関わり方から見た上司のタイプ

 高度成長期のように、誰もが年功序列で部下を持つ管理職になれる時代ではなく、それなりに厳選された人材が登用されていると思われるため、[図表2]の左下のような、部下に無関心で冷たい「冷酷な上司」は、さすがに多くはないだろう。部下をモノのようにダメなら取り換えろという姿勢では、そもそも管理職の任にあらずだ。
 右下は、先ほど指摘した「事なかれ上司」である。一見、部下に優しく見えるが、実は無関心。深く関わることは面倒だが、嫌われることだけは避けようと、無難に振る舞っているタイプで、部下の成長が見込めない"ぬるま湯企業"にありがちだ。
 左上は、「俺の背中についてこい」とばかりに、自分のやり方を押し付け、マイクロマネジメントで自分に従わせようとする過干渉タイプ。部下への関心と愛情は持っているものの、勘違いが激しい。時代錯誤的な関わり方では、一歩間違うと「ハラスメント上司」になりかねない。
 そして、右上が、部下に対して時に厳しい「本物の上司」だ。一人ひとりの個性や主体性を重んじ、押し付けや無理強いはしない。ただし、部下自身が納得して決めた意志・目標に対して、本人が手を抜いたり、途中で諦めてしまったりするような場合には、一歩踏み込む厳しい指導をも辞さない。
 その場面では、部下と対立し、嫌われるかもしれない。しかし、後で部下が振り返り、厳しい指導があったが故に一皮むけて成長でき、自分らしいキャリアを築けたと思い返してもらえるなら、本人のためだ。これこそが本物の愛情であり、本物の上司といえる。

前川 孝雄 まえかわ たかお
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
人を育て活かす「上司力®」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団(株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力®研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員、(一社)ウーマンエンパワー協会 理事等も兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)、『「仕事を続けられる人」と「仕事を失う人」の習慣』(明日香出版社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)および『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)