2022年08月12日掲載

「人を活かすマネジメント」常識・非常識 - 第8回 終身雇用・年功序列が安心して働ける?

前川孝雄 まえかわ たかお
株式会社FeelWorks 代表取締役/青山学院大学 兼任講師

1.終身雇用・年功序列を強みとしてきた日本の大企業

 少々時代をさかのぼるが、アメリカの経営学者ジェームズ・アベグレンが、日本企業を分析して1958(昭和33)年に著したのが『日本の経営』だ。終身雇用・年功序列・企業内労働組合の「三種の神器」が日本的経営の強みであり、戦後の復興から高度経済成長を成し遂げた原動力だと指摘した。平成初期のバブル経済崩壊までの間、日本の大企業の長所として自他ともに認めるものであった。
 まず、終身雇用は、欧米型の仕事の細分化と専門人材配置によるジョブ型雇用ではなく、社員の仕事内容を限定せず、人事異動や転勤などで柔軟に活用し、顧客ニーズや産業構造の変化に弾力的に対応できるメンバーシップ型雇用が特徴である。新卒一括採用、社内教育、配置転換で、企業に必要な人材を息長く育成する仕組みが功を奏し、社員も企業も成長することができた。「就職」ではなく、「就社」であったわけだ。
 年功序列は、社員には生涯にわたる雇用が見込まれ、年々給料が上がる安心感を得ることができた。世界的にも稀有(けう)な公的な皆保険・皆年金に加えて企業ごとの上乗せもあり、退職金まで支給するため老後の安泰を保障した。自身と家族の安心・安全が確保されたことで、少々過酷な役割や仕事であっても社命に従い、一所懸命に働くインセンティブが働いた。企業にとっても人材の離職などに頭を悩ませることが減り、人事・組織戦略を確実に実行することを可能とした。
 終身雇用・年功序列の仕組みは、企業にとっても働く個人にとってもウィンウィンの関係であった。現在、大企業に勤める50代以上のミドル・シニアは、こうした日本型雇用の効用を信じ、入社した最後の世代といえるだろう。

2.《マネジメントの非常識》スタートアップ就職、大企業からの転職は収入ダウンする!?

 平成の30年間、業績低迷が続いた日本経済・企業の状況を背景に、この日本型雇用のマイナス面が指摘されてきた。近年は、第4次産業革命とグローバル化の中、グローバルスタンダードである欧米型のジョブ型雇用に転換し、年功賃金を見直し、優秀な若手人材を高額の賃金で獲得しようとする企業も出始めている。
 とはいえ、伝統的な大企業の多くは、いまだ日本型雇用の名残が強いのが現状だ。転職市場も未成熟な日本において、ミドル世代は働き手としても、就活生や若手社会人を子に持つ親としても、終身雇用・年功序列が安心と考えがちだ。革新的なビジネスを短期間に成長させて利益を上げるスタートアップ企業の躍進も見聞きするが、その多くは経営基盤が弱く、給与も低く経済的不安がつきまとう。やはり、大企業で働くことが無難であり、転職しようものなら収入ダウンが必至と考える。
 ところが、この認識はもはや常識でなくなりつつある。エン・ジャパンがミドル世代のための転職サイト「ミドルの転職」の35歳以上ユーザーを対象にした調査によると、76%(積極的に転職したい16%、条件次第では転職したい60%)が「スタートアップ企業へ転職したい」と回答した[図表1]。中でも50代が最も転職意欲が高く、希望者の31%が「年収が下がっても転職したい」としているのだ[図表2~3]

[図表1]スタートアップ企業への転職意向

資料出所:エン・ジャパン株式会社「ミドル1000人に聞く!『スタートアップへの転職』実態調査」(調査期間:2022年3月29日~5月5日、[図表2~3]も同じ)

[図表2]年代別に見たスタートアップ企業への転職意向

[図表3]転職したいと回答した人のうち、年収が低下した場合におけるスタートアップ企業
  への転職意向

 また、同社が転職コンサルタント175人に行った「『ミドルの転職』コンサルタントアンケート」(調査期間:2022年5月26日~6月2日)によると、回答者の77%が、「人材紹介サービスを通じたミドルの転職は年収が上がるケースが多い」と回答している。年収が上がる転職先の傾向は、業種ではIT・インターネットやメーカー、コンサルティングなど、職種では経営・経営企画や事業企画、IT等の技術系、営業・マーケティング系などとなっている。
 以上の調査は転職サイト利用者向けだけに、若干割り引いて参照すべきだろう。それでも、ミドル世代の転職意識が変わり始めたことに着目すべきだ。「スタートアップへの就職や転職時の収入ダウン」との認識は、もはや常識ではなくなりつつあるのだ。
 また、大企業のビジネスパーソンは夢を抱きづらくても給与が高い、スタートアップ企業は夢を抱けても給与が低いと考えるかもしれない。しかし長引くマイナス金利政策もあり、今やベンチャーキャピタル等から支援も充実してきており、資金的に恵まれたスタートアップ企業も増えつつある。つまり、夢も抱けて給与も高いスタートアップ企業も生まれている。

3.《マネジメントの新常識①》寄らば大樹より、2~3年でどんな経験を積めるか

 次に、Z世代と呼ばれる1996~2012年生まれの世代(実年齢で10~26歳)の若者の意識にも注目したい。
 リクルート就職みらい研究所の「就職プロセス調査」(2022年卒)によれば、就活生が就職先を選ぶ際に最も決め手になった項目は、「自らの成長が期待できる」ことだ[図表4]。業界・企業の安定性や成長性、給与や福利厚生などの条件以上に、自分自身のキャリアを磨けるかに最も関心を持っている。もちろん、まだまだ「寄らば大樹」の安定志向が主流ではあるものの、企業を選ぶ傾向に変化がみられる。

[図表4]就職先を確定する際に最も決め手となった項目(単一回答、上位10項目)

資料出所:リクルート就職みらい研究所「就職プロセス調査(2022年卒)2021年12月1日時点内定状況」

 就職先企業への定着意識はどうか。リクルートワークス研究所が大企業の新卒3年目までの社員を主な対象に行った調査によると、「いつまで現在在籍する会社で働き続けたいか」との質問に、「定年・引退まで働き続けたい」は20.8%にとどまった。最も多かったのは「2・3年は働き続けたい」28.3%。「すぐにでも退職したい」も16.2%いる[図表5]

[図表5]現在在籍する会社での継続勤務意向

資料出所:リクルートワークス研究所「大手企業における若手育成状況調査報告書」(2022年7月)

[注]調査対象は従業員規模1000人以上の企業に在籍する大学卒・大学院卒の正規社員、新卒後入職から3年目までの者

 大企業で働く若者の3割近くが、現在の会社にとどまるのは2~3年と考えており、全体の約7割が10年以下と考えている。
 若手層にとって、就職先企業で2~3年の間にどれだけの経験が積め、成長できるかが重要になってきている。企業人事が求める自律意識の高い若者ほど、その企業が自分のキャリアにとって有意義な経験を提供してくれなければ、自分を磨くために転職や起業に躊躇(ちゅうちょ)しないというわけだ。

4.《マネジメントの新常識②》終身キャリア自律、キャリア自律支援マネジメントへ

 以上を踏まえ、経営・人事側、部下をマネジメントする上司側も人材の定着と育成に、新常識で臨まなければならない。すなわち、人材戦略を「終身雇用」から「終身キャリア自律」へ、マネジメントは「キャリア自律支援」へ転換することが必要だ。
 それには第1に、上司自らがキャリア自律を果たすことが大前提となる。会社都合の人事・処遇を当然とするのではなく、自らのキャリアビジョンを描き、そのために今の仕事を意味づけしたり異動を願い出て、成長し続けたりすることが求められる。定年後のセカンドキャリアにも希望を持ち、部下や後輩にバトンを渡しながら、新境地を開き続ける気概を持つことだ。自らのキャリアにワクワクした展望を持たない上司が、部下のキャリアを支援していくことはまず難しい。
 第2に、部下には、社内のみで通用する人材にとどめるのではなく、社外でも通用するプロフェッショナルとしてのキャリアを身に付けさせるために、多様な仕事の機会を任せることだ。現在の仕事を通して、どのような能力を磨き、どのような道を経て働きがいあるキャリアビジョンを実現できるのか、という観点で支援することが大切となる。それには部下一人ひとりのキャリア意識を傾聴し、内省を促してキャリアビジョンを明確化してもらい、組織目標ととともにキャリアビジョンの実現につながる仕事を任せ、伴走していくことが求められる。
 個と組織ともに成長する機会は、上司の創意工夫でさまざまに考えられるはずだ。新たなプロジェクトづくりや、部署連携の協働、社内外での兼業・副業の奨励や出向もよい機会になる。実務を離れた自己啓発も支援し、一人ひとりの経験の幅を広げることもできるだろう。
 そのためには、何よりも上司自身のキャリア観と育成観の変革が鍵を握っている。

前川 孝雄 まえかわ たかお
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
人を育て活かす「上司力®」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団(株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力®研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員、(一社)ウーマンエンパワー協会 理事等も兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)、『「仕事を続けられる人」と「仕事を失う人」の習慣』(明日香出版社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)および『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)