2022年06月23日掲載

“心理的安全性が高い”チームの新たな視点 - 第3回 心理的安全性を高めるリーダーシップ再考

青島未佳 あおしま みか
一般社団法人チーム力開発研究所 理事
九州大学 人間環境学研究院 学術研究員

1.はじめに

 心理的安全性という言葉がバズワードとなり、さまざまな方面から関心を集める中、組織や職場において心理的安全性を構築していくために最も重要な要素が「リーダーシップ」であることは間違いない。
 なぜならば、心理的安全性を阻む要因の一つは、組織の中に必然的に存在するリーダーと部下の間に権威勾配(さまざまな権威:地位、資格、実績等の違いによる上下の力関係の強さ・格差)があるからだ。だからこそ、リーダーの一挙手一投足が、結果的に職場の空気や雰囲気に影響を与え、ひいては部下の発言行動(Voicing)を左右してしまう。
 一方で、上司のように意識せずとも立場的に強者の側にいる場合、自分がその集団にどのくらい大きな影響を与えているかを理解せずに、不用意な発言をしてしまうことがある。
 これは親子関係でも同じだ。子どもにとって親は最も偉大な権力者であるが、親は自分の価値観に沿って(当然、子どものことを思ってのことなのだが)「ああしなさい」「こうしなさい」と自然と子どもに対して権力を振るってしまうことがある。そして、子どもの行動をコントロールしたいがために、率直に物事を言わずに逆説的なことを言ってしまったり(例①)、子どもに選択権を与えているような言い方をする一方で、実際は選択権を与えずに誘導尋問をしていたりする(例②)。

例①:(なかなか宿題をやらない子どもに対して)もう宿題なんてしなくていいよ!

例②:勉強をしておくと将来役に立つとママは思っているよ。〇〇ちゃんはもっと勉強したい?

 こういった行動ややりとりが繰り返されると、子どもは自然と親の顔色をうかがうようになり、自己決定できない子どもになってしまう(これは自戒の念も含めて書いている。実際に私自身も上記のようなやりとりをしてしまうことがあるからだ)。
 また、権威勾配という観点からは、医師と患者もそうだろう。実例を挙げると、現在、筆者の父はがんで闘病しているが、担当の医師は多分腕はよいのだろうが、その態度は全くもって、死を意識した患者に接する態度とは思えないほどドライだ。担当の医師に痛みの症状を伝えると、そのつらさに対する配慮や共感は全くなく、"がんだから仕方ない""痛みを軽減するための薬を処方もできるが、命の保証はできない"といった答えが返ってくる。もちろん、1人の医師が多くの患者を抱えていることは承知している。しかし、"心理的安全性"や組織風土を調査・研究している手前、筆者(娘)としては、「がん患者への共感のなさや無配慮、つっけんどんな言葉遣いに対して、どれほど父が心を折られているかを知ってもらい、配慮ある行動をとってもらいたい」と率直に伝えたい気持ちが込み上げてくる。
 一方で、医師である相手のほうが立場は強いために、不利益を被るのではないかという気持ちや、それ以上にそのような態度を筆者がとることによって、父に迷惑がかかるだろうと思う気持ちも同時に働いていることも実感した。その結果、いまだに私の口は閉ざされたたままである。
 すべての権力のある立場の人間がそうだとは言わないが、このように権限・権力を持っている側の人間は、立場の弱い相手の気持ちに無配慮になりがちなことは間違いないだろう。

 職場でも同様の会話が垣間見られないだろうか。筆者も実際に多くの企業のコンサルティングを行ってきたが、クライアント先の上司・部下の間では無配慮・不用意な発言がしばしば見られる。また、伝統的な日本企業では、上司の考えや思いを"解釈する"=忖度(そんたく)する"ことが部下の重要なスキルだったりする。加えて、会議においても「上司が話す前に部下が自分の意見を言ってはいけない」といった暗黙のルールが存在している。
 このようなことが暗黙のルールとなっている職場では、部下は上司の思いや意向に沿って行動するようになり、本当はこうすれば良いという個人の意思や思いに口をつぐみ、主体性を失っていく。

2.リーダーとは役割であり、主役ではないと認識すること

 また、人は、リーダーとして職位が上がるほど、自分は大物であると勘違いしたり、自分にはパワーがあると誤解する場合も多い。また、部下も、出世や保身のために、自分の本意とは違うにもかかわらず、上司にゴマをすったり、たいこ持ちをしたりする。そして、部下の態度が迎合的になればなるほど、リーダーはますます自分の立場や影響力を勘違いしていく。
 しかしながら、リーダーとは組織の単なる"役割"であり、その役割の高さ・低さに人間的な上下はない(どんなに大企業の社長であれ、結局のところ、組織を去れば"ただの人"である)。
 もちろん組織の中では、職位が上がるほど役割も責任も大きくなり、投資配分、継続か中止かの決定などの経営的な判断・意思決定はより上位の職責のリーダーが下すため、組織全体の方向性を決めるといった影響力も大きくなる。
 しかし、リーダーの役割は、目標達成のために、部下を何でも自分の思いどおりに活用したり、駒のように扱ったりすることではない。また、能力が低いと部下にレッテルを貼り、評価することでもない。
 リーダー本来の役割は、いかにメンバー一人ひとりが最大限に能力を発揮できるような環境づくりや成長できる仕事を与えることができるかということである。
 もちろん組織の中では、前述のとおり権威勾配も自然と発生するし、人は生物学上、自分自身を集団の序列に当てはめて位置づけるように遺伝的に組み込まれているという意見もある。だからこそ、リーダーが自身のことを権威者ではなく、本来は上も下もない、単なる役割であるということを認識し、態度に示していくことが心理的安全性の構築に向けた第一歩である。
 また、リーダーは部下が主人公であると捉え、組織運営に対して、自分を中心とした円を描かないことだ。例えば、日本にいると、世界地図は日本を中心に描かれるが、アメリカにいれば、アメリカが中心に描かれる。組織の中でも同じである。自分視点だと、自分が真ん中にいることになるが、部下視点だと部下が真ん中にいるだろう。リーダーは、物事を捉えるときに、自分が中心であり、主役となっていないだろうか。組織は、多面的な見方が入り交ざって成り立っている。もし、相手の視点に立ったら、自分がどのような存在や影響力を発しているのだろうかということを理解して、組織を運営していく必要があるだろう。

3.今、求められているリーダーシップ

 それでは、本来のリーダーの役割を果たすために、具体的にはどのようなリーダー行動が必要なのだろうか。
 前回の連載「"心理的安全性が高い"チームのつくり方-第5回 心理的安全性を高めるリーダーシップ」(『労政時報』第3999号-20.9.11)で、心理的安全性を高めるリーダーシップとして、セキュアベース・リーダーシップを紹介した。詳細は、記事を参照いただきたいが、セキュアベース・リーダーシップやエドモンドソンが提示したリーダー行動を踏まえて、心理的安全性を高めるために実践したい12のリーダー行動をまとめたのが[図表1]である。

[図表1]心理的安全性をつくるためのリーダー行動

リーダー行動 概要
①部下を見る・人として受け入れる 部下のことを評価せずにありのままの人間として見る
②オープンさ/いつでも話せる いつでも相談・コンタクトが可能であると思われている存在でいる
③失敗を認める 自分の弱さや失敗を認める勇気を持つ
④冷静でいる プレッシャーを受けたときでも、冷静でいられる
⑤聴く 部下が話したいことに耳を傾け、積極的に聴く
⑥質問する 思考のフレームや視点を変えられる質問をする
⑦ビジョンを描くファシリテーション ビジョンをみんなで作るための対話を推進するファシリテーションを行う
⑧共感できるストーリーを語る 自分の言葉で共感できるストーリーを語る
⑨役割を再定義する 部下の強みの発掘と役割の再定義を行い、見える化する
⑩部下に任せる 部下の主体性を引き出すために権限委譲し、見守る
⑪境界線を示す 何が良くて何が悪いのかを明確に定義すること
⑫フィードバックする 信頼関係を基本として、良い点も改善点も率直に伝える

 [図表1]に掲げた12の行動は、すべてリーダーにとって必要な行動であり、このうちの幾つかのポイントは上記連載の第5回でお伝えしたが、今回は、特に前回(第2回)で述べた「尊重」や「主体性」を職場の中に埋め込んでいくために特に大切なリーダー行動として、①部下を見る・人として受け入れる、③失敗を認める、⑩部下に任せるに言及したい。

①部下を見る・人として受け入れる
 第2回の「尊重」でも言及したが、リーダーは日ごろから部下の評価者でもあるが故に、自然と"できる・できない""能力がある・ない"で部下を判断してしまいがちだ。そのような環境においては、部下は当然ながらミスを認めたり、できないことをできないとは言えないだろう。心理的安全性が高いチームづくりに向けて、上司は評価の視点を脇に置き、部下の"存在そのものを受け入れる"ことが大切だ。
 そのためには、過去のレッテルやバイアスにとらわれず、目の前の部下を人間として尊重することだ。もちろんバイアスは誰にでもあるし、過去の経験に基づいて判断する思考が身に付いているからこそ、さまざまな意思決定の場面で、時間とエネルギーを節約できているという利点もある。一方で、人は成長し、変わるものであるため、必ずしも過去の評価や判断が正しいとは限らない。ぜひリーダーは、部下に対して固定的な見方をしないように心掛けてほしい。そのためには、自分がどのようなバイアスを持ちやすいか、どのような価値観で人を見ているのかといった、思考の癖・傾向を知っておくことが有益だろう。

③失敗を認める
 リーダーにとって、自分が答えを持っていないことや分からないことを素直に認めることは、実は非常に難易度が高い。なぜならば、将来がある程度予測できた予定調和の時代を経験してきたリーダーは、「リーダーは答えを持っているべきだ」という価値観に染まってきたので、「分からない」と言うことは自分がリーダーとして不適合である、能力がないことを認めるようなものだと恐れを感じるからだ。一方でVUCAの時代となった現在、過去の成功体験や経験が必ずしも未来の成功につながるとは限らないため、おおよそリーダーは「答えを持っていない」ことはよくあることだ。トップの経営者ですら、先が読めない時代なのだから当然だろう。
 リーダーは勇気をもって強がりの仮面を外し、リーダーも部下も安全に対話できる場(知らないことを知らないと言える場)をつくることが大切だ。エドモンドソンも自分の限界を伝える、自分もよく間違うことを積極的に示すことを推奨している。勇気をもって失敗を認めたり、自分の限界を伝える行動は、部下にとって親しみやすい存在となるという効果だけではなく、リーダー本人が虎の威を借りる狐にならなくて済み、リーダーにとっても結果的に心理的安全性を確保できることになる。また、チーム全体にとっても、"人には限界がある"という規範を示すことにつながる。

⑩部下に任せる
 心理的安全性を高めるポイントの一つは「主体性」の担保である。アメリカの心理学者エドワード・L・デシの動機づけ理論でも、人間の基本的な欲求の一つとして自律性を挙げており、この「他人からコントロールされるのではなく、自分のすることは自分で決めて動きたい」という欲求が満たされるとモチベーションが高まるといわれている。
 前回(第2回)伝えたとおり、主体性・自律性が上がれば、その仕事の目的に目が向き、発言する意欲と責任感が高まる。また、役割意識と自身でコントロールできる裁量の範囲が大きくなればなるほど、自分自身のチームにおける存在の重要性を認知でき、多少言いにくい発言でも声を上げようとする意欲が生まれる。
 このメンバーの主体性を高めていくためにリーダーに必要なスキルは、「任せる力」だ。しかしながら、多くの現場リーダーに話を聞くと、上司は任せるどころか、一段下の仕事をしていたりする(以前よりも労働時間管理が厳密となり、上司が時間内で終わらなかった部下の仕事を巻き取らなくてはならないという職場も増えている。そうした状況であっても上司は寛容であり、一方的に「できない」という理由だけで部下を厳しく指導しないといった実態もあるようだ)。
 また、リーダーは仕事の質が担保できないという理由や、自分の仕事を権限委譲することで自分の存在価値が低下するのではないかという恐れを感じてしまうこともある。その不安に打ち勝って、任せる勇気を持ってみると、今の次元とは違う世界が開けてくるはずだ。

4.リーダーシップに潜む本質的な課題

 上記に挙げた三つのリーダー行動は、"言うは易く行うは難し"の典型だろう。これらはロナルド・A・ハイフェッツの言うところの"適応課題"であるからだ。
 ハイフェッツは、複雑化された社会の中で、課題を「技術的課題」と「適応課題」に分けて提示している。技術的課題とは、技術や知識といった従来のアプローチで解決できる課題であり、目標達成に必要な知識やスキルを身に付ければ対処できる課題のことだ。一方で、適応課題は、技術的な方法で解決することができず、メンバーの価値観やものの見方、考え方を転換し、行動を変えなければ解決しない課題のことであり、凝り固まった思考を排除し、失うことを許容していく適応性が求められる課題だ。
 ハイフェッツは、「あふれるほどの技術や経験を投じても解決できずにいる大半の問題が、"適応課題"である。だが大半の人々は、技術や経験で解決できる"技術的問題"と思い込み、問題は残り繰り返される。"適応課題"では、当事者が現実を直視し、喪失や恐怖を受け入れ、変化に適応しなければならない。」(『最難関のリーダーシップ』英治出版)と述べている
 先に挙げた三つのリーダー行動は、どれも本質的には適応課題だろう。そのために、リーダーは表面上の行動だけでなく、目に見えない自分の信念や価値観を見直していかなくてはならない[図表2]

[図表2]氷山モデル

5.リーダーばかりが頑張りすぎない

 また、心理的安全性が高い組織をつくるために、筆者が最も伝えたいのはリーダーばかりが頑張りすぎないということだ。実際に心理的安全性の必要性が高らかに唱えられるにつれて、リーダーの心理的・物理的な負担感は増しているだろう。そもそも心理的安全性が高い状態とは、リーダーもメンバーも気兼ねなく発言できる状態である。組織のリーダーも1人の人間であり、完璧ではない。その"完璧ではない"リーダーに対して、心理的安全性が高い組織をつくるための"完璧"なリーダー行動を求めていくことは、筋の通らない理屈ともいえる。
 地球から約3億キロメートルに位置する小惑星「リュウグウ」からサンプルを採取して地球に帰還する一大プロジェクトをチームワークで乗り越えた小惑星探査機「はやぶさ2」のリーダーは、「人間はミスをするものだし、100%完璧というのはあり得ない。『はやぶさ2』のチームにはそういう自覚が醸成されていた」と述べている。リーダーも人間であり、強みも弱みもある。その点をチーム全体が認め、尊重した上でチームをつくっていくことが大切である。

6.リーダー自身のセキュアベースをつくる

 心理的安全性が高い組織づくりに向けて、リーダー行動としてのセキュアベース・リーダーシップを紹介したが、リーダーがメンバーのセキュアベース(心の安全基地)になるためには、実はリーダーにとってもセキュアベースが必要だ。セキュアベースがないリーダーは、他者のセキュアベースにはなれない。
 このセキュアベースは、人(上司でも部下でも)だけではなく、自分が成し遂げたい目標でも、落ち着ける場所でもいろいろなものが自身にとってのセキュアベースとなる。ぜひリーダーは自分自身にとってのセキュアベースを見つけてほしい。それが、人(上司やメンバー)だったら最高のチームになるだろう。リーダーの上司は自分がリーダーのセキュアベースとなれているか、また部下もリーダーのセキュアベースとなっているかを見つめ返してほしい(実際には部下もリーダーのセキュアベースになれるはずだ)。

青島未佳 あおしま みか
一般社団法人チーム力開発研究所 理事
九州大学大学院 人間環境学研究院 学術研究員

慶應義塾大学環境情報学部卒業・早稲田大学社会科学研究科修士課程修了。日本電信電話㈱に入社。その後、アクセンチュア㈱、デロイト トーマツ コンサルティング㈱、㈱産学連携機構九州(九州大学TLO)、障害者福祉施設わごころの立ち上げ等を経て、2019年3月より現職。人事制度改革、人事業務プロセス改革、コーポレートユニバーシティの立ち上げ支援、グローバル人事戦略など組織・人事領域全般のマネジメントコンサルティングを手掛ける。
九州大学ではチームワーク研究や組織づくりを主軸とした共同研究、コンサルティング、研修・講演などを実施。主な著書に、『リーダーのための心理的安全性ガイドブック』『高業績チームはここが違う:成果を上げるために必要な三つの要素と五つの仕掛け』(いずれも共著、労務行政)がある。

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KPMGコンサルティング 青島未佳
九州大学大学院 山口裕幸 監修

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