2022年06月09日掲載

“心理的安全性が高い”チームの新たな視点 - 第2回 DEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)を推進する心理的安全性

青島未佳 あおしま みか
一般社団法人チーム力開発研究所 理事
九州大学 人間環境学研究院 学術研究員

はじめに

 SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)、ESG(環境:Environment、社会;Social、ガバナンス:Governanceの頭文字を取ってつくられた言葉)や人的資本経営の重要性が認識されつつある中、ダイバーシティ&インクルージョンへの関心は、ますます高まっている。また、近年はDiversity(ダイバーシティ:多様性)とInclusion(インクルージョン:包摂)に加えて、Equity(エクイティ:公平性)も加わり、DEI宣言を発信する企業も増えている。日本におけるダイバーシティは、依然としてジェンダー(性差)を課題視している企業が少なくないが、近年は性別だけではなく、LGBTQや国籍・年齢・働き方を超え、一人ひとりの個性・多様性を大切にすることを推進していく流れがある。
 そもそもダイバーシティとは何だろうか。いうまでもなく、"多様性"であるが、年齢・性別といったSurface(表層)の観点だけでなく、価値観や考え方といったDeep(深層)の両方の観点もある[図表1]
 われわれは、すぐに表層的な観点を想起しがちであるが、本来考慮するべきは深層の部分であり、相手の価値観や考えを含めて多様な価値観を認め、尊重し合い、組織に受け入れられており、自身のスキル・強みが発揮・評価されていると感じられる「インクルージョン風土」の高いチームをつくっていくことが大切である。

[図表1]ダイバーシティ&インクルージョンとは何か

1.多様性とチームパフォーマンスの関係性

 多様性とチームパフォーマンスの関係については、いまだにさまざまな研究・所説が存在している。一部の研究では表層的(年齢・性別など人口統計学上の)な多様性は、チームの成果にプラスの影響を与えるとされる一方で、一部の研究ではマイナスの影響を与えることも示唆されている。
 有名なハーバードビジネススクールのリー・フレミングの研究では、チームの多様性は、平均的にはイノベーションの価値を下げる傾向にあるが、多様性が低いとイノベーションが中庸・平凡なものに終わってしまう一方で、多様性が高いと一部には非常に価値のある研究が生まれることを明らかにしている[図表2]

[図表2]イノベーションの価値と多様性の関係性(リー・フレミングの研究結果)

資料出所:Lee Fleming, Perfecting Cross-Pollination, Harvard Business Review, Vol.82,Issue 9, September 2004.

 多様性が高いチームでは、メンバーが持つ情報やアイデア、視点が多岐にわたるので、創造性やパフォーマンスが高くなることは想像に難くない。一方で、多様性が高いチームは、同質性の高いチームと比べ、メンバー間の規範の不一致や仕事の仕方、考え方の行き違いによって、マイナスの影響が生じることが多いのも事実だろう。
 実際に職場における対人関係上の葛藤を分析した別の研究(Nishii, 2013)においては、ジェンダーの多様性は、チームの関係性コンフリクト(relational conflict:パーソナリティや価値観など行為者の内的特徴におけるズレに由来するもの)を高め、グループの満足度を下げるという事実を明らかにしている。
 しかし、筆者らの研究では、多様性が高くとも、インクルージョン風土があるチームにおいては、関係性コンフリクトを低め、満足度を上げることができることが分かっている。要するに、ジェンダーの多様性が高くとも、チームにインクルージョン風土があれば、そのマイナス効果を抑制し、プラスに変えていけるということだ[図表3]
 そして、この多様性の負の側面を抑制するインクルージョン風土と心理的安全性は密接に関係しており、チームのインクルージョン風土を高めるためには心理的安全性が一つの重要な要素となる。事実、この関係性は筆者の調査からも明らかになっている。

[図表3]ジェンダー多様性とインクルージョンの関係性

資料出所:Nishii, L. H. (2012) "The benefits of climate for inclusion for gender-diverse groups." より一部筆者が改変

 また、エドモンドソンらが行った医薬品開発チームの調査によれば、心理的安全性の高いチームは、多様性とパフォーマンスは正の相関を示したが、心理的安全性が低いチームでは、平均値よりもさらに強く、多様性とパフォーマンスの負の相関が見られたという研究結果もある[図表4]

[図表4]パフォーマンスおよび多様性と心理的安全性の関係性

資料出所:Henrik Bresman and Amy C. Edmondson(2022)Research: To Excel, Diverse Teams Need Psychological Safety, Harvard Business Review.

2.DEIを促進する心理的安全性のポイント

 このようにDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)を促進するためには、心理的安全性は欠かせない要素となっている。
 あらためてDEIの定義を確認しておきたい。DEIとは、次のような状態をいう。

①個々人がそのチームの中で、自分らしくいられ、スキル・強味が発揮・評価されており(ダイバーシティ)

②そのチームの中で自分自身が受け入れていると感じることができ(インクルージョン)

③機会やリソース、評価などが属性にかかわらず正当であり、公平に扱われていること(エクイティ)

 これらが実現できているチームは、DEIが高いチームといえる。一方で心理的安全性とは、「組織・チームの中で、対人リスクを恐れずに思っていることを気兼ねなく発言できる、話し合える状態」を指す。概念だけを見ると、インクルージョンと心理的安全性は鶏と卵の関係で、心理的安全性があればDEIが醸成されそうであるし、インクルージョンが実現できていれば心理的安全性も高まりそうである。
 事実、筆者は『リーダーのための心理的安全性ガイドブック』(労務行政、2021年12月発行)に、心理的安全性を高めるポイントとして、以下の四つを指摘した。このうち「尊重」「主体性」「公平性」の三つはDEIの構成概念とかなり近い[図表5]。それぞれのポイントを簡単に伝えたい。

[図表5]心理的安全性を高めるポイント

[1]尊重
 ダイバーシティ&インクルージョンの定義にある「チームの中で自分らしくいられ、受け入れられていると感じる」ためにも、心理的安全性の構築に際しても、一人ひとりがそのチームで尊重されていると感じられることが大切だ。「尊重」にはいろいろな解釈があるが、ここで筆者が伝えたい尊重とは、その対象・存在を「価値あるもの、尊いものとして大切に扱うこと」である。われわれは、普段から相手に対して"好き・嫌い"、"良い人・悪い人"、"仕事ができる人・できない人"など、人を感情論や評価視点で二極化して判断しがちである。
 ここでの尊重とは、そのような視点から一歩引いて、(仕事ができようが、できまいが、人と違った思考を持っていようが、いまいが)組織における相手の存在自体を認めることを意味する。一言で言うと、存在承認である。この存在承認があれば、個人は、所属する組織やチームで自分の居場所があると感じられる。これこそが多様性の高いチームであり、最初に必要な視点である。
 最近、筆者は「プリズン・サークル」という映画を見た。服役中の受刑者たちが、TC(Therapeutic Community:治療共同体、アメリカから導入された薬物やアルコールなどの依存症から回復するためのプログラム)により受刑者どうしが輪になって対話をすることで自分自身の罪と向き合い、人間的に成長していくドキュメンタリー映画だ。この映画の中では、自分と向き合って来なかった受刑者たちが、支援者や他の受刑者との対話を通じて、人間としての尊厳を持って"個"として尊重され、自分自身の感情と向き合い、率直に言葉で自分の葛藤・思いを伝えていく過程が描写されている。また、刑務所では一般的に受刑者を番号で呼ぶのだが、支援者に番号ではなく"名前"を呼んでもらえることで、初めて一個人としての存在を認めてもらえたと感じられる瞬間が描かれている。
 企業や組織とは大きく異なる世界だが、人間が率直に語り、自分と向き合うための存在承認"対話"を通じた言葉の力、"聴いてくれる人の存在"の大切さをあらためて実感させられた映画だった。これは人が求めている本質であり、存在承認と対話は、どのようなコミュニティでも共通に必要とされる機能であろう。

[2]主体性
 組織の中で個人が主体的に振る舞えることは、実は心理的安全性のとても大切な要素である。
 前掲書でも述べたが、人間は、生まれもって本能的に主体的に行動する生き物である。その個人が組織の中で主体性を失っている状態があるとすると、それは主体性を失わせる何らかの環境要因・外部要因があるということだ。
 ちなみに、心理的安全性を高める要素にチーム・リーダーシップという概念がある。これはリーダーに求められるリーダーシップと捉えられがちであるが、リーダーだけでなく、メンバー一人ひとりがリーダーシップを発揮することが大切であるということだ。そのためには一人ひとりが主体的に行動することが必須となる。
 「主体性」とは"自分"が何をすべきかという観点で考えることであり、主体性を高めるための第一歩としては、チームの中での役割を明確にし、責任・権限を委譲していくことが大切となる。主体的に行動できると人は、その仕事の目的に目が向き、発言する意欲と責任感が高まる。また、役割意識と自身でコントロールできる裁量の範囲が大きくなればなるほど、自分自身のチームにおける存在の重要性を認知でき、多少言いにくい発言でも声を上げようとする意欲が生まれる。そして、その発言が歓迎されればされるほど、メンバーは発言に対する不安は低くなり、主体的に行動できるようになるという好循環が働く(もちろん責任感ばかりが増すと、安全性が担保されなくなるため要注意である。また、権限委譲と丸投げとは違うため、委譲した仕事に対するフォローや勇気づけは必須である)。一方で、主体性が担保されていないと、その仕事は単なる"人から指示された業務"と認識され、受け身になってしまう傾向にある。

[3]公平性
 集団の中で、人は自然と他人と比較をしてしまう生き物である。心理的安全性の阻害要因である"相手にどう思われているか"という他人の視点・目線への不安や無知・無能と思われたくない不安は、与えられた目標や周囲の期待値との比較というだけでなく、"人と比べて"という意識が少なからずあるだろう。
 他人と比較してしまう人間は、組織・チームの中で不公平に扱われると、脳科学的に嫌気がさす回路が働くといわれている。そのため、組織の中で尊重されておらず、不公平に扱われていると感じると、本能的に自分の存在価値を過度にアピールしたり、他人をむやみに陥れるような"別のタスク"を行ったり、会社に来ない、仕事の手を抜くなどの逃避的な行動をとってしまったりする。上記は極端な例ではあるが、率直な発言を促進するためにも、発言機会や承認の平等性・公平性は重要であり、職場に平等性・公平性があれば、普段感じている課題や確証的な意見でないことも発言する心理的、物理的なハードルは低くなるだろう。
 加えて、ダイバーシティが高いチームでは、平等だけでなく"公平性"を意識することがポイントになる。人材に多様性があればあるほど、それぞれの人に違いがあり、誰もが異なるニーズ・事情を持っており、すべての人が"同じ場所"からスタートするわけではないことをチームとして認識することが必要となる。
 [図表6]は、公平の意味を端的に示したイラストである。
 心理的安全性の構築においても、公平性、いわゆる人の状況・個性を踏まえた支援・協力行動や関わり方が大切である。そもそも人は能力・知識も含めて多様であり、地位や専門性などの権威勾配(権威者に服従してしまう)が高いほど、発言しにくいことはご存じのとおりだ。例えば、会議の場で上司がメンバーから多様な意見を引き出したいのであれば、新参者や若手にあえて意見を求める、発言を推奨するという配慮は公平性を保つためにも必要なことだろう。実際には"公平"であるべきか、"平等"であるべきかという議論は尽きないだろうが、適切なときに平等であり、適切なときに公平であることが大切だ。

[図表6]平等と公平の違い

3.心理的安全性を支えるもう一つのポイント"共感力・共感的行動"の大切さ

 エドモンドソンも言及しているとおり、心理的安全性の構築には、共感力(empathy、エンパシー)が重要であることは言うまでもないが、ダイバーシティが高いチームが成果を上げるためには、特に大切なポイントになる。
 共感力とは、他者の視点取得ともいえ、相手がどう感じているか、どう思っているかを想像・認知する能力である。一方で、われわれはどうしても相手がどう感じているのかを想像する場合、"自分だったらどう感じるか"という自分の価値観や考えに置き換えて想像してしまうことが多い。特に日本のような同質性の高い環境の場合には、自分と他人の考え方は基本的に同じであると思い込んでしまう傾向がある。
 しかし、多様性の時代においては、自分と他人の感じ方や価値観は必ずしも同じではないという前提に立って考えることが大切である。
 だからこそ、相手がどう思っているのか、どう感じているのかについて対話を通じて確認する必要がある。しかしながら、空気を読み、阿吽(あうん)の呼吸を大切にするハイコンテクスト文化の日本においては、組織の暗黙のルールや知らず知らずに形成されている組織の文化、会話の"文脈"は、言葉にしないで察するものだという空気が漂っている。そのような中では、相手の状況や思い・感情をあえて確認したり、聞いてみるという行為を省略してしまいがちだ。

 これまでの論を総括すると、ダイバーシティの高いチームでは、異質を排除するのではなく、異質を取り込み、コラボレーションすることによって創造性の高いチームをつくることが可能となる。その異質に対して、自分の価値観や経験値を基準にして判断してしまうと、不必要・邪魔な存在になってしまうが、視点を変えて物事を見ると、世界が変わって見えるようになり、その重要性に気づくことができる。
 そのためにも、自分と相手は同じであるという前提に立った共感力ではなく、自分と相手は違うという前提に立って、相手の置かれた状況や考え・思いを認知する力としての共感力を高めていくことが大切だ。そのための"対話"は、"口に出してもらう"という非常に重要な行為なのである。

青島未佳 あおしま みか
一般社団法人チーム力開発研究所 理事
九州大学大学院 人間環境学研究院 学術研究員

慶應義塾大学環境情報学部卒業・早稲田大学社会科学研究科修士課程修了。日本電信電話㈱に入社。その後、アクセンチュア㈱、デロイト トーマツ コンサルティング㈱、㈱産学連携機構九州(九州大学TLO)、障害者福祉施設わごころの立ち上げ等を経て、2019年3月より現職。人事制度改革、人事業務プロセス改革、コーポレートユニバーシティの立ち上げ支援、グローバル人事戦略など組織・人事領域全般のマネジメントコンサルティングを手掛ける。
九州大学ではチームワーク研究や組織づくりを主軸とした共同研究、コンサルティング、研修・講演などを実施。主な著書に、『リーダーのための心理的安全性ガイドブック』『高業績チームはここが違う:成果を上げるために必要な三つの要素と五つの仕掛け』(いずれも共著、労務行政)がある。

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KPMGコンサルティング 青島未佳
九州大学大学院 山口裕幸 監修

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