2022年05月13日掲載

Point of view - 第204回 原田 勉 ―VUCA時代の意思決定“OODAループ”とは

原田 勉 はらだ つとむ
神戸大学大学院経営学研究科 教授

スタンフォード大学よりPh.D.(経済学博士)、神戸大学より博士(経営学)取得。経済学、経営学、認知心理学の領域で創造性をテーマに研究を行い、海外の学術誌で論文を精力的に発表している。主な著書に『OODA Management(ウーダ・マネジメント)』、訳書に『OODA LOOP(ウーダ・ループ)』『POSITIVE DEVIANCE(ポジティブデビアンス)』(以上、東洋経済新報社)がある。

VUCAの時代における意思決定

 多くの企業で取り入れられている意思決定、マネジメントの手法として、PDCAサイクルがある。それは、計画(Plan)、実行(Do)、チェック(Check)、是正(Action)から構成される。その特徴は、計画から出発するということ、そして1サイクルが回る期間(通常は1年)が固定化されているという点にある。したがって、PDCAが機能するためには、大きな不確実性が存在しないことが求められる。というのも、不確実な環境下では、そもそも計画を立てることができないからだ。
 変化が激しく、将来を予測するのが困難なVUCAの時代では、PDCAでマネジメントを回していくことの弊害、限界が露呈しつつある。計画を策定するために多くの時間と労力を要し、役員会で承認されるために全エネルギーの90%以上を費やしている企業も少なくない。それでも、予算案や生産計画などは不確定要素が少なく、PDCAサイクルは依然として有効だ。しかし、現場での状況が刻一刻と変化し、それに応じて柔軟に対応することが求められる営業、企画、研究開発などの非定型業務では、PDCAを回すことは困難である。たとえ計画を立てたとしても、1年間行動を拘束するような計画は現場での効率的な問題解決を阻害することになる。

OODAループの高速回転による機動戦略

 このような状況下での意思決定手法として注目を浴びているのが、「OODA(ウーダ)ループ」だ。OODAループとは、観察(Observe)、情勢判断(Orient)、決定(Decide)、実行(Act)から構成される。
 これは元米空軍大佐であったジョン・ボイドによって提唱された考え方である。ボイドは第2次世界大戦のドイツ軍による電撃戦を詳しく研究した。この電撃戦では、ドイツ軍はイギリス・フランス連合軍に兵力や軍装備では劣っていたものの、数週間で反撃らしい反撃を受けず、ほぼ無傷で相手を完全降伏に追い込んで見せた。それが可能だったのは、ドイツ軍による敵の意表を突く機動戦略であり、それを可能にした仕組みがOODAループだったのである。
 敵の裏をかく必要のある機動戦略では、敵の動向を観察し、状況に応じて即座に反応することが求められる。ドイツ軍が電撃戦に成功したのは、OODAループをイギリス・フランス連合軍よりも高速で回転させることで不確実性を削減したからに他ならない。ジョン・ボイドはこの事例からOODAループを提唱し、現在では、先進国の主要な軍事組織で標準的に採用されており、米国でもデルやサウスウエスト航空などはOODAマネジメントを実施し成果を上げている。日本企業でも近年、OODAループを採用するところが増えつつある。

OODAループの特徴

 このOODAループの特徴は、観察から始まるという点になる。PDCAは観察ではなく計画から始まる。しかし、VUCAの時代には、情報は日々変化していく。したがって、古い情報や予測に基づいた計画はすぐに陳腐化してしまう。だからこそ、観察を重視し、そこで直観的に決断し、即断即決で実行していくのがOODAループである。"サイクル"ではなく"ループ"という言葉が使われているのは、サイクル期間が固定化されていないからだ。むしろ、OODAループでは、逐次的に観察、情勢判断、決定、行動をたどるのではなく、ほぼ同時並行的にこれらをすべて実行していくことが求められる。例えば、テニスの試合で相手が打ち返したボールを観察すると同時に、直観的に判断し、体が反応していないと試合に勝つことはできない。つまり、観察、情勢判断、行動をほぼ同時並行的に実行しているのである。
 ボイドは、決定(Decide)についてはあまり重要視しておらず、観察、情勢判断、行動を瞬時に実現し、それを何度も繰り返すことを求めた。まさにループ構造であり、ある条件が満たされないかぎり、それは何度も繰り返されることになる。そのようにして不確実性を削減していくのがOODAループである。
 このようなOODAループは、一言でいえば「試行錯誤」ということになるだろう。この試行錯誤を支援するのがOODAループであり、その実践としてのOODAマネジメントになる。私たちが非定型的な業務に従事するときは、無意識にこのOODAループを実行しているだろう。しかし、それを組織として奨励していくには、いくつかの仕組みが必要になる。そうでなければ、個々人の試行錯誤が行き当たりばったりになったり、非効率的なものになったりする。あるいは、PDCAを押し付けることで試行錯誤が排除され、OODAループが回らなくなる危険性も指摘できる。

OODAマネジメントの仕組み化と人事評価

 VUCAの時代、非定型業務ではOODAループを高速で回していくことが成功の鍵となる。しかし、この試行錯誤は当然ながら失敗の確率が高く、コストも高くなるだろう。それにもかかわらず、できるだけ効率的にOODAループを回していかなければ、不確実な環境に適応することはできない。
 そのためには、OODAマネジメントの仕組み化が必要不可欠である。その仕組みとして特にここで強調しておきたいのが、"観察の仕組み化"であり、失敗に対する評価基準である。この観察の仕組み化を実現する上では、何を観察するのかという点について、あらかじめ組織メンバー間で合意しておく必要がある。これは、最近のDX化の取り組みにうまく統合していくことで対処できるだろう。
 そして、OODAループとは試行錯誤であるため、失敗はどうしても多くなる。そのような中で成果主義での評価しかなされないと、だれもリスクのある試行錯誤にチャレンジしなくなってしまう。それを回避するためには、プロセス評価やインプット評価を導入する必要がある。ホンダの「チャレンジ目標制度」やGEの「バリュー評価」などはプロセス評価の代表例であり、アマゾンにおける新規事業の評価基準としての「インプット評価」も、結果ではなく、事前にどのような準備を経たのかで評価するという意味で、試行錯誤を奨励する評価手法であるといえる。このような評価の仕組みを確立することが、効率的なOODAマネジメントにとって決定的に重要なのである。