2014年10月10日掲載

ASTD ICEから読み取る人材開発の最新動向 - 第2回 リーダーシップ開発の現在と将来を1万人規模の調査から探る


永禮弘之 株式会社エレクセ・パートナーズ代表取締役 クライアントパートナー
ASTDジャパン 理事

長尾朋子 株式会社エレクセ・パートナーズ クライアントパートナー

 ASTD(American Society for Training and Development、米国人材開発機構)[注1]の年1回の最大イベントが、ASTD ICE(ASTD国際会議:ASTD International Conference & Exposition)だ。2014年はワシントンD.C.で開催され、1万人近くの参加者が人材開発・組織開発における第一線の理論や手法、事例を学んだ。本連載では、この人材開発分野最大級の国際会議で発信されたワールドワイドの最新動向を紹介する。第2回となる今回は、世界48カ国・1万3000人のリーダーを対象としたグローバル実態調査から、リーダーシップ開発のフィールドで、いま何が起きているのかを概観する。

[注1]ASTDは世界最大級の人材開発・組織開発に関する非営利団体であり、設立は1944年。米国ヴァージニア州アレキサンドリアに本部を置き、世界120カ国以上に約4万人の会員を持つ。

◆人材開発プロフェッショナル注目の調査

 コンファレンス・ボード(全米産業審議会)の2014年グローバル調査[注2]によると、CEOが最重視する経営課題は「人的資源」であり、「顧客リレーション」「イノベーション」を押さえて第1位となった。世界各国のCEOが選んだ人的資源に関するトップ10の重要施策は次のとおりで、このうちリーダーシップ開発に直接関係する施策(★で表示)は四つに上る。

1位 社員の教育訓練、能力開発
2位 社員エンゲージメントの向上
3位 パフォーマンス管理プロセス・責任の改善
4位 主要人材の定着に向けた取り組みの向上
5位 リーダーシッププログラムの改善★
6位 主要ポジションを担う人材の内部育成重視
7位 経営幹部チームの効果性強化★
8位 現場マネジャーの効果性改善★
9位 人材を引きつけるための企業ブランド・社員にとっての働く価値の改善
10位 後継者育成計画の改善★

[注2]Mitchell, C., Ray, R.L., & van Ark, B., The Conference Board CEO Challenge 2014: People and Performance, New York, The Conference Board, www.conference-board.org
 ※この「CEO Challenge 2014」調査は、世界各国のCEO約1000人を対象に2013年9~11月に行われた。

 トップの注目が高いリーダーシップ開発だが、グローバルでの実態はどうなっているのか。今回紹介するのは、米国有数の人材開発コンサルティング会社DDI社と前出のコンファレンス・ボードが共同で発表した「Global Leadership Forecast 2014/2015」の結果だ(本稿では関連する項目の調査データを抜粋紹介する)。本調査は1999年にスタートし、7回目を迎える今回調査は、世界48カ国、2000超の組織に属する約1万3000人のリーダーと1500人の人事専門職を対象に実施された[注3]。5月のASTD ICEでは、公表前の結果報告セッションに多くの参加者が詰め掛けた。

[注3]「Global Leadership Forecast 2014-2015」の調査概要(英語版)は、以下のサイトで読むことができる。  http://www.ddiworld.com/glf2014
 ※日本語版の入手先に関しては文末を参照ください。

◆リーダーシップ開発は進んでいるのか

 まずは、リーダーシップ開発の主な成果指標である、組織のリーダーシップの質・将来のリーダー人材の充実度について、リーダーと人事専門職の評価を紹介する。

【調査結果①】組織のリーダーシップの質、次世代リーダー人材の充実度
・リーダー1万3000人のうち、「自身の組織のリーダーシップの質が高い」と回答したのは40%(前回2011年調査は38%、前々回2009年調査は37%)
・人事専門職1500人による同様の回答は前回調査と変わらず、25%にとどまる
・3~5年後に事業を担う次世代リーダー人材の量・質の充実度(ベンチ・ストレングス)が高いと答えた人事専門職はわずか15%で、前回調査(18%)より3ポイント低下
・日本については、前回調査に続き、リーダーシップの質、次世代リーダー人材の量・質の充実度とも低く、横ばいとなる。同項目は中国、ブラジルでも低いが、両国は改善傾向にある
・自社のリーダーシップ開発プログラムの質が「際立って高い」「高い」と回答したリーダーは全体で37%にとどまり、過去7年間改善が見られない

 同調査結果は、この数年間、リーダーシップ開発の取り組みで思うように効果が出ていないことを示している。ワールドワイドで年間500億ドルの投資をしても[注4]、6割のリーダーは自社のリーダーシップの質に自信が持てず、大幅な改善が見られない。次世代リーダーの充実度に至っては下落傾向にある。リーダー開発プログラムに対するリーダーの評価も低迷しており、リーダーシップ開発への取り組みの見直しが問われている。

[注4]Kellerman, B.(2012), The End of Leadership, New York, HarperCollins.

◆力点が置かれるリーダーシップスキル

 取り組みの改善には、現行のリーダーシップ開発プログラムの検証が必要だろう。HR専門職は、リーダーシップ開発プログラムでどのようなスキルに焦点を当てているのだろうか。

【調査結果②】リーダーシップ開発プログラムの内容
・HR専門職が、現在のリーダーシップ開発プログラムで焦点を当て、この先3年間もリーダーの成功に欠かせないと考えるスキル(複数回答)は、「他者のコーチングと育成」「将来有望な人材の特定と育成」「変革の導入とマネジメント」「ビジョン実現に向けた他者の意欲づけ」
・現在焦点が当てられている「合意形成」「他者とのコミュニケーション」は基礎スキルであるため、今後のプログラムでは重要性が落ちると考えられている
・「社員の創造性・革新性の醸成」スキルを"十分身につけている"と回答したリーダーは56%。「国や文化をまたがるリード」スキルについての同回答は34%で、12の主要スキル項目中、最も不足している
・「社員の創造性・革新性の醸成」「国や文化をまたがるリード」は、3年前の調査でこの先最も重要とされたが、研修プログラムではあまり取り組まれていない。「社員の創造性・革新性の醸成」スキルに焦点を当てている企業は3社に1社、「国や文化をまたがるリード」スキルに至っては5社に1社にとどまる

 経営環境の激しい変化の下、事業構成や事業内容も環境に合わせて変わり、事業戦略を遂行するリーダーに求められる資質や能力も変化する。グローバル事業展開の拡大、競争激化に伴うグローバルリーダーの早期育成、持続的成長に向けた組織のイノベーション力強化は直近の最重要課題だ。現に、先述のコンファレンス・ボードの調査[注2]では、CEOにとって「イノベーション」は「人的資源」に次いで2番目の重要課題だった。他のグローバル調査[注5]では、高業績企業の約9割はイノベーションを重視している。
 「グローバルリーダー早期育成」「組織のイノベーション力強化」に通じるリーダーシップ開発の遅れは、さらなるリーダーの量と質の低下につながりかねない。グローバルリーダーシップ開発プログラムの実施状況や課題に関しては、次回、別の調査結果を引きながら詳しく述べるので、ぜひ参考にしてほしい。

[注5]ASTD 2012 ICE コンカレント・セッション
   「SU107:Learning Through Innovation」、2012年

◆"仕事の経験"は優れたリーダーシップ開発手法か

 リーダーシップ開発プログラムの内容の次に、開発手法について考える。ここ数年のASTD ICEでは、研修にとどまらない幅広いアプローチのプログラムが、次世代リーダー育成のベストプラクティスと言われているが、実際にはどのような手法が効果的なのだろうか。

【調査結果③】効果的なリーダーシップ開発手法
・効果的なリーダーシップ開発手法(複数回答)のトップは「能力開発目的のアサインメント」で、リーダーの70%が効果を認めている。以下「公式のワークショップ、研修コース、セミナー」が60%、「現在の上司のコーチング」が52%、「外部のコーチ、メンターによるコーチング」が43%で続く
・リーダーが考える現状の公式学習(研修、アセスメントなど)の問題点は、「業務との関係性の低さ」「事業課題との関係性の低さ」。一方、職場学習(能力開発主眼のアサインメント、プロジェクト活動、ネットワーキングなど)の問題点は、「事後の上司フィードバックの乏しさ」「学習成果の実践機会の不足」

 仕事の経験がリーダーの成長に効果的だという考え方は、国内外の組織で一般的になりつつある。例えば、多くのグローバル企業は有望な人材につき、国を越えて短期間で複数のストレッチポジションに異動させ、昇進させる。狙いは経営・事業の専門性習得、リーダーシップ向上のための"経営実践の場"の提供だ。本調査でも、育成目的の異動や昇進が回答者全体の7割に支持された。
 研修プログラムと職場の学びの連動には課題が残る。研修を現実の課題解決に活かせる内容に近づける一方、対象者の強みや開発点を見極めて、成長に必要な仕事の経験を体系的に盛り込み、対象者にチャレンジと内省の機会を与えることが求められる。この点、例えば研修で実際の課題解決を扱い、現場での活動プロセスの振り返りを通じて学ぶアクションラーニングは、公式の学習と職場学習の融合が進んだ、活用に値する手法だろう。

◆サクセッションプランの成功を目指して

 最後に、企業の将来を担うリーダーの継続的な育成について、取り組みのヒントをみてみよう。

【調査結果④】重要ポジションの後継者充足に向けた施策
・組織の重要な役職のうち、欠員が発生しても社内からすぐに充足できるのは46%のみ。約半数の役職には社内に適切な後任者がいない
・「組織戦略とリーダーの期待成果の連動」「複合的なタレントマネジメントの仕組みの基盤となるリーダーシップコンピテンシーの存在」「リーダーシップコンピテンシーの明確な定義」「リーダーへの主要なスキルに関するフィードバック」の欠落は、後継者の充足率の低下を招く
・重要ポジションの後継者の充足率の向上には、「質の高い効果的な開発計画」「上位職へのスムーズな役割転換に向けたプログラム」「リーダー開発計画への上位層の定期的なレビュー」「求められるリーダーシップスキルの特定に向けた構造的なプロセス」の実践が効果的である

 上記の施策を見渡すと、リーダーシップ開発が全社を挙げた体系的な取り組みであることが分かる。リーダーシップ開発は、集合研修やアサインメントなど一時的な「学習イベント」をバラバラに集めたものではない。企業業績の向上を目的とした、リーダー育成のための経験や環境、それを支える仕組みづくりも含めた一連の組織の取り組みだ。したがって、人事・人材開発部門だけでなく、経営層や現場ライン部門との協働がカギとなるだろう。

◆組織業績を上げるリーダーシップ開発へ

 前回調査の結果では、高評価のリーダーシップ開発プログラムを持つ組織では、リーダーシップの質、次世代リーダー人材の充実度は、低評価の同プログラムを持つ組織の8.8倍高くなっている。リーダーのエンゲージメントと定着率も7.4倍高いという。別の調査[注6]によると、「エンゲージメント」「組織のリーダーシップ力」と企業業績(1株当たり利益など)との間には相関関係があるようだ。

[注6]Kenexa High Performance Institute(2012), Engagement Levels in Global Decline:A 2011/2012 Kenexa Research Institute WorkTrends report. Wayne, PA.

 リーダーシップ開発を組織成果向上の重要な手段と捉える企業は、その取り組みに多大なエネルギーを注ぎ込んでいる。例えば、IBM社のリーダーシップ開発プログラムは、2011年の米国フォーチュン誌で最も成果の高いプログラムに選ばれた。同社ではリーダーシップ開発に参加者1人当たり年間30万ドル(約3000万円)を投じ、2万人(全社員の5%)以上のスタッフが関連業務に従事する[注7]。優秀なCEOを多数輩出するGE社でさえ、優れたリーダーは自然に現れないと考え、投資と情熱を注ぎ込み、組織全体で継続的な育成に取り組んでいる[注8]

 ASTD ICEの発表では、"リーダーシップの質、次世代リーダーの充実度とも、日本が調査国中最低レベル"とのコメントがあった。日本は、社員1人当たりの育成投資がグローバル平均[注9]の4分の1以下と格段に少ない。その上、リーダー研修と称し、コンプライアンスや人事評価など組織の管理統制に必要な知識習得に優先投資し、個人や組織の力を上げるリーダーシップ開発への取り組みをおろそかにしている、といった指摘もよく聞かれる。組織業績へのインパクトが明確なリーダーシップ開発を人材育成の核としなければ、日本企業とグローバル企業の組織力の差はますます広がるばかりだ。

[注7]ASTD 2013 ICE コンカレント・セッション
   「W118:Developing Creative Global Leaders, Lessons From IBM」、2013年

[注8]『戦略人事のビジョン』(八木洋介、金井壽宏著 光文社、2012年)
[注9]ASTD Research(2013), 2013 State of the Industry Report

 次回は、日本企業で昨今ニーズの高まるグローバルリーダー育成について、グローバルリーダーシップ開発プログラムの実施状況に関する年次調査結果を引きながら、最新のトレンドを紹介したい。


◎[注3]で紹介した「Global Leadership Forecast 2014-2015」の日本語版(2014年
 10月中旬ごろ完成予定)については、下記までお問い合わせください

 株式会社マネジメント サービス センター DDI事業部 マーケティング担当
 E-mail: ddi-marketing@msc-net.co.jp

 

永禮 弘之 ながれ ひろゆき
株式会社エレクセ・パートナーズ代表取締役 クライアントパートナー/ASTDジャパン 理事

化学会社の営業・営業企画・経営企画、外資系コンサルティング会社のコンサルタント、衛星放送会社の経営企画部長・事業開発部長、組織変革コンサルティング会社の取締役などを経て現在に至る。建設、化学、医薬品、食品、自動車、電機、情報通信、小売、外食、ホテル、教育出版、文具など幅広い業界の企業に対して、1万人以上の経営幹部、若手リーダーの育成を支援。ASTD日本支部理事、リーダーシップ開発委員会委員長。主な著書・雑誌寄稿に、『リーダーシップ開発の基本』(ヒューマンバリュー、日本語版監修)、『マネジャーになってしまったら読む本』(ダイヤモンド社)、『強い会社は社員が偉い』(日経BP社)、『問題発見力と解決力』(日本経済新聞社、共著)、『グループ経営の実際』(日本経済新聞社、共著)、『日経ビジネス』(2012年11月19日号、日経BP社)「イノベーションを生む組織 1人のリーダーに頼る限界」、『日経ビジネスオンライン』(日経BP社)連載「野々村人事部長の歳時記シリーズ1~3」、『日経ビジネスアソシエ』(日経BP社)連載「MBA講座」、『人材教育』(日本能率協会マネジメントセンター)寄稿「ASTD2011 International Conference & Expo レポート『リーダーシップ開発は個人の内面と向き合うアプローチへ』」、『IIBCグローバル人材育成プロジェクト』(国際ビジネスコミュニケーション協会)連載「Step by Step ゼロから始めるグローバルリーダー育成プログラム」、『労政時報』第3820号(12.4.27、労務行政)掲載「これからの管理職育成」寄稿「ミドル育成のカギは、『ピープルマネジメント』の意識付け、成長機会の7:2:1のバランス、若い頃からの判断経験の積み重ね」、「Web労政時報」連載「グローバル人材マネジメントへのリーダーシップ」(全13回)、『労政時報別冊 人事担当者が知っておきたい、10の基礎知識。8つの心構え。』(労務行政)寄稿「"グローバル化"で求められる人事の役割と考え方」など多数。

長尾 朋子 ながお ともこ
株式会社エレクセ・パートナーズ クライアントパートナー

流通・小売業で、全社能力開発・研修体系の構築、次世代リーダー、階層別マネジメント研修プログラムの企画開発・運営管理を行い、その後、教育事業会社の立ち上げや、組織変革コンサルティング会社での人材育成支援事業に携わる。現在は、研修プログラム、アセスメントなどの商品・サービスの企画開発、マーケティングをはじめ、事業会社の教育体系構築支援などを通じ、企業のリーダー人材開発支援に取り組んでいる。著書・雑誌寄稿に、『リーダーシップ開発の基本』(ヒューマンバリュー、日本語版翻訳)、『IIBCグローバル人材育成プロジェクト』(国際ビジネスコミュニケーション協会)連載「Step by Step グローバルHRが知っておきたい人材育成の実践理論」、『日経ビジネスオンライン』(日経BP社)連載「野々村人事部長の歳時記シリーズ1~3」がある。