2013年06月07日掲載

360度評価による人事マネジメントの再構築 - 第3回 さまざまな人事問題の解決を支援する―360度評価の新たな活用方法


藤原 誠司
株式会社SDIコンサルティング 代表取締役

■INDEX■
第1回 まさに今、360度評価制度を見直す好機
第2回 360度評価の新たな可能性―組織の活力アップ、人材育成の仕組みとしても効果あり
第3回 さまざまな人事問題の解決を支援する―360度評価の新たな活用方法
第4回 360度評価の効果を高めるために

※本記事は2009年6~8月の連載解説を再掲してご紹介するものです


1 人事部門を取り巻く新たな問題

現在、企業では、誤った成果主義人事制度の導入や時代の変化によって、従来にはなかった問題が生じている。

―従業員のモチベーションの低下
―メンタルヘルス不調者の増加
―若手社員に対するマネジメントの難易度の高まりと早期退職者の増加  など

人に関する問題は、本質的には「感情」に基づく問題であり、それに大きな影響を与える要因として「他者との関わり(コミュニケーション)」がある。上記に挙げた問題の解決においても、「コミュニケーション」を避けて通ることはできない。

しかし、「コミュニケーション」と一言で表現しても、それにはタテ方向とヨコ方向の形態がある。「タテ方向の形態」とは、経営と現場、上司と部下、先輩と後輩のなどのコミュニケーションをいう。一方、「ヨコ方向の形態」とは、組織内の同僚同士や、組織と別組織との間のコミュニケーションである。「コミュニケーション」の問題の解決においては、この点を明確にした上で進めていく必要がある。

360度評価の機能の一つに、360度のあらゆる方向においてコミュニケーションの機会を作り出し、日常の場面では伝えにくいことを伝える媒体として、個人や組織を活性化させる機能がある。この機能を活用することで、上記のコミュニケーションにひもづく人事問題の解決の糸口とすることができる。

今回は、上記の「従業員満足(ES、EmployeeSatisfaction)」「メンタルヘルス」「若手社員
のマネジメント」について、それらの問題解決における360度評価の有効活用方法を説明したい。

<図表1 人事部門を取り巻く新たな問題>

2 従業員満足(ES)と360度評価

前述のとおり、以前、多くの企業で「従業員満足(ES)」に対する関心が高まった時期がある。その理由として、以下のようなメリットを重視したためと考えられる。

―ESが高まることで、従業員が積極的に活動し、生産性の向上や高い成果の創出につながる―ESが高まることで、組織間の連携が強化され、お客様への高い価値提供とそれによって業績向上につながる

ESへの関心が高まると同時に、その現状把握を行うES調査にも注目が集まり、外部専門家(人事コンサルティング会社、研修会社など)へのES調査の依頼が急増した。しかし、現在、その熱は、徐々にトーンダウンしている感がある。それは、従業員の満足度が高まり、その問題が無事に解決したからであるとは考えにくい。

トーンダウンした理由の一つには、ESの現状を測定したものの、必ずしもその根本的な原因を明確にすることができていない。また、改善策の立案や実行にまで踏み込めていないことが挙げられる。つまり、調査を実施したものの、次の一手である有効なES向上策を打ち出すことができないため、再度の実施には至らないのである。さらには、ESを調査しているうちに、調査すること自体が目的になってしまい、自己満足に陥っている企業も見受けられる。

総合的なESに影響を与える要因として、さまざまな経営論者やコンサルティング会社が独自の考え方を提示しているが、おおよそ以下の五つに分類することができるだろう。

①仕事に対する満足
②職場の風土や人間関係に対する満足
③上司のマネジメントに対する満足
④会社のビジョンやビジネスに対する満足
⑤会社内の制度や仕組みに対する満足

上記の中で、総合的なESに最も影響を与えているのは③の「上司のマネジメント」である。
「上司のマネジメント」は、「仕事」や「職場風土」に対する満足度の原因の一つにもなっているのである。上司が部下に対し、意義などをしっかりと伝え、動機づけながら仕事を指示することによって、「仕事」に対する満足度は向上し、また上司から発信される組織方針や組織運営の仕方によって、「職場風土」に対する満足度も向上する。

つまり、上司のマネジメントのやり方(考え方や行動)を改善させることが、ESを向上させる最短の近道である。

そのためにも、上司のマネジメントの現状、特に組織メンバーとの関わり方(コミュニケーションの実態)をしっかりと把握することが最優先となる。ES調査だけでも、ある程度その状態は把握できるが、改善策の立案を踏まえた詳細把握を行うために、ES調査の実施後に、上司に対する360度評価も実施し、分析することは非常に大きな意味を持っている。

例えば、ES調査の実施結果によって、ESの現状とその原因が「上司と部下とのコミュニケーション」にありそうだということが分かったとしよう。

ここでES調査結果から導かれる仮説を踏まえて、ESに影響を与えていると思われる上司の行動を評価項目として設計した上で、上司を対象とした360度評価を実施する。単に「上司とのコミュニケーション」といった漠然とした状態ではなく、コミュニケーションの頻度、タイミング、態度、具体的なやり方など、出来るだけ具体的な行動項目に落として実施するのである。

そして、重要なポイントは、上司の360度評価の結果をES調査の結果と突き合わせて分析を行うことである。高いES組織をマネジメントする上司の行動特徴と、低いES組織をマネジメントする上司の行動特徴を比較することで、具体的にどのようなマネジメント行動が組織のES向上に影響を与えているのかを明らかにすることができる。

その上で、明らかになったESに影響を与えるマネジメント行動のポイントを伝えながら、個々の上司に360度評価の結果をフィードバックするのである。このことで、上司はESを向上させるマネジメント行動に対して強く意識づけられ、それを実践するようになる。

なお、分析によって明らかになった内容は、ES向上に向けた管理職教育の方針や内容設計にも有効に活用できる。

ES調査を既に実施しているが、その後の具体的な施策の展開について悩んでいる会社や、さらなるES向上を図りたいと考えている会社では、360度評価を活用することで、新たな活路を見いだすことができるので、検討に値するといえるだろう。

<図表2 ES調査結果と360度評価結果の分析活用>

3 「メンタルヘルス」と360度評価

近年、企業においてメンタルヘルス不調者の問題が、より一層顕在化している。

厚生労働省の「平成19年労働者健康状況調査結果」によると、メンタルヘルス不調によって長期休職や退職した従業員の数は年々増加している。メンタルヘルス不調に大きな影響を与える具体的なストレスの内容としては、「職場の人間関係の問題」が38.4%で一番多く、以下「仕事の質・量の問題」(34.8%)、「仕事の量の問題」(30.6%)と続いている。
年齢別にみると、組織の中核であり仕事の負荷が大きな30代の従業員にメンタルヘルス不調者が多い。

実際にメンタルヘルス不調者が発生した場合は、外部の専門家に任せて対処すべきであるが、メンタルヘルス不調者の発生を予防し、メンタルヘルス不調者の早期発見を行うことは、自社内で主体的に行うべきである。

いずれにせよ、メンタルヘルス不調者の問題は、多くの企業において避けて通れない重要な問題となっている。

しかしながら、メンタルヘルス不調は症状の明確な定義が難しく、さまざまな原因が関係しているだけに、その予防や対処のために具体的に何を行えばよいのか気づいていない、または知識を持っていない管理職も少なくない。それに対して、多くの企業は、メンタルヘルス研修などの実施に取り組み始めている。

そのことは望ましいことではあるものの、メンタルヘルス研修だけでは限界がある。研修を通じてメンタルヘルスに関する知識の習得はできるものの、実際に自分が置かれている状況を踏まえ、高い意識を持って実践していくことは、なかなか難しい。

メンタルヘルスに対して、組織長である管理職が行うべきことは、以下の2点である。

一つは、メンタルヘルス不調者を発生させないような組織や部下のマネジメントを行うこと。
もう一つは、メンタル不調者が発生しそうな状況をいち早く察知し、それに対する適切な予防策を講じることである。

そして、360度評価は、これらを支援するための機能を有している実践的な手法である。
以下に、その活用方法の一例を紹介する。

まずは、メンタルヘルスにおける大事なマネジメント行動を項目として設定して360度評価を実施することで、管理職に取るべき行動を意識させることができる。

例えば、「部下の表情の変化を気にかけながら部下と接している」「業務効率の低下やミス増加など、部下の変化にいち早く気づいて適切なアドバイスを行っている」など、部下の変化を察知するマネジメント行動を問うような項目の設定である。そして、実施結果を管理職本人にフィードバックし、現在のメンタルヘルス不調者を発生させないマネジメント行動を自分が取れているかどうかを自覚させ、その重要性を意識づけた上で改善させるのである。

折りしもこの4月に、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害等に係る業務上の判断指針」が一部改定され、パワーハラスメントなど上司のマネジメントによる心理的負荷から生じた精神疾患についても労災認定できるようになった。そうした意味でも、上司のマネジメント行動を360度評価によって確認することは、重要な意味を持っている。もはや上司のマネジメントは、部下のモチベーション創出といった問題の次元を超え、経営問題にまで発展するリスクマネジメントの次元に高まっているといえる。

また、360度評価のコミュニケーション機能(対象者に周囲の人が気づいたことを伝える機能)を活用し、評価者(回答者)である職場メンバーは、自由記述欄を通じて、上司が気づいていないメンタルヘルスに関する職場の情報を伝えることができる。

例えば、上記で設定した項目に関連させて「最近、業務効率が低下したり、ミスが増加したメンバーはいませんか? 気になることがあれば、些細なことでも教えてください」といった問い掛けによって自由記述欄への回答を促すのである。

このように360度評価の機能を活用すると、管理職が気づかないメンタルヘルス不調を予感させる些細な情報を管理職に伝え、そして、しかるべきマネジメント行動を管理職に促すことができる。

さらに、360度評価の実施と前述のメンタルヘルス研修を組み合わせることで、メンタルヘルスに関する現場での自分のマネジメント行動の現状を理解した上で、研修内容を習得できるため、より一層高い意識づけが期待できる。

これからは、ゆとり教育を受けた新たな価値観を持った若手社員が次々と入社してくるため、職場にはこれまで以上に多くの心理的ストレスが生じることが考えられる。そして、ますますメンタルヘルスに対する予防や早期発見が重要となってくる。

そのためにも、上記で紹介した360度評価の新たな活用方法に注目したい。

<図表3 メンタルヘルスのマネジメントを支援する360度評価の活用方法>

4 若手社員の育成・マネジメントと360度評価

中長期的に継続した企業発展と、将来の労働力人口の減少を踏まえると、若手社員の早期戦
力化は、人事部門のみならず経営としても重要な課題である。

しかし、ここ近年、若手社員の育成やマネジメントにおいては悩みの声が多く聞かれる。

「受け身であり、主体性が感じられない」
「協調性に欠け、組織への関心が薄い」
「せっかく育成したのに早期退職してしまう」
「最近の若手社員は何を考えているのかよくわからない」

経済環境の悪化によって、離職後の再就職が困難になっていることや、若手社員の安定志向が強くなっていることから、早期退職者は多少なりとも減少するとの見方はある。しかしながら、10年以上前から続いている大学卒新入社員の「入社3年で3割離職」という傾向は、そう大きくは変わってはいない。それどころか、最近では3割を超えている状況である。

「リクナビNEXT」(リクルート社)が行った退職経験者に対する調査には、非常に興味深い結果が表れている。退職理由を、「建前」と「本音」の二つの観点によって調査しており、「建前」の理由で最も多いのは「キャリアアップしたいから」であるが、「本音」の理由で最も多いのは「上司との人間関係」と回答しているのである。そしてこの原因の主な理由は、「上司とのコミュニケーションギャップ」であるといえる。

このコミュニケーションギャップは、単なる年齢差によって生じるギャップだけではなく、若手社員の価値観が変化したことによっても生じている。インターネット、携帯電話・携帯メール、そしてSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)やブログによるコミュニケーション文化の中で育ってきた若手社員は、面と向かってのコミュニケーションに大きなストレスを感じる。特に、「叱られる」「否定される」ことに対する免疫力が弱い傾向にあることに着目しなければならない。その一方で、真面目で堅実志向であり、早く成長したいという欲求も強い。

これらを踏まえて、若手社員に対する効果的なマネジメントのためには、何を行うべきであろうか。

まずは、率直なコミュニケーション機会の設定が必要である。管理職は、若手社員の話に耳を傾け、考えや気持ちに理解を示すことから始めなければならない。一般的に管理職は、本人が思っているほど部下の話に耳を傾けていないことが多いといえるため、注意が必要である。
また、若手社員のよいところや少しずつ成長している事実を褒め、前向きに考えさせながら自信を持たせる加点的発想のマネジメントも重要となる。

上記課題に対しては、360度評価を活用した二つのアプローチが有効である。一つのアプローチは、上司である管理職に対する360度評価の実施であり、もう一つは、若手社員本人に対する360度評価の実施である。ただし、いずれの場合も、実施の際には以下の例で紹介するような工夫が必要である。

[1]上司に対する360度評価の実施と活用(一例)
「上司と部下とのコミュニケーション・サーベイ」というコンセプトで、上司本人と部下のみの回答に限定して実施する。必ずしも部下回答のみに限定しなくてもよいが、この方がコンセプトは伝わりやすい。
項目については、「部下の顔を見て共感しながら話を聞いている」「部下の話を途中で遮ることなく最後まで聞いている」「厳しい指摘ばかりでなく、よい仕事ぶりもみつけて褒めている」といった部下とのコミュニケーションに特化し、場面が想起しやすい行動項目を設定する。具体的にイメージできるようにすることで、普段、面と向かっては伝えにくいことでも率直な回答を促せるようになる。また、自由記述欄には、行動項目の回答では表現できない上司に対する要望などを記入できるようにする。なお、この場合、匿名性がしっかりと担保されていることが重要である。
結果が出た後で、人事部は上司に対して、このサーベイ実施の意義と結果の受け止め方・解釈の仕方についてのレクチャーを実施する。上司にとってネガティブな結果が出た場合、サーベイ実施の意義を理解していない上司は、態度を硬化し、あらぬ詮索や軋轢、葛藤を引き起こす危険性がある。あくまでこれは、部下とのコミュニケーション強化、しいては組織の強化につながる施策であることを徹底的に理解させることが重要である。
その上で、上司に、「結果共有ミーティング」を開催させ、360度評価の結果に基づいた現状の反省と、これからのコミュニケーションのスタンスと具体的な行動改善について部下に宣言させる。このことは、若手社員にとっての安心感(今後対話しやすい雰囲気)を醸成し、そして、このプロセスをしっかりと踏むことで、上司への信頼感向上にもつながる。

[2]若手社員本人に対する360度評価の実施と活用(一例)
360度評価をいきなり若手社員に実施することは、若手社員のストレス耐性にとってリスクがあるため、以下に述べるような実施のコンセプトを強く打ち出すことが求められる。しっかりとした社内広報を徹底することで、誤解のないように伝えることが非常に重要である。
一般的に360度評価は、「できている」「できていない」といった評価を行うことで、対象者の現状の強み・弱みを明らかにするものだが、ここでは「期待どおりに成長している」「まだまだこれから成長」といったように若手の成長努力に着目し、「成長を共に喜ぶためのアンケート」といったコンセプトを打ち出して実施する。その際、5段階評価の選択肢には、「できていない」といったマイナスの評価要素が感じられる表現ではなく、「まだまだこれから成長」というように、現時点ではまだでだが今後の期待を表現した選択肢を使用することが望ましい。
さらに自由記述欄には、「一番成長したと思われること」「今後の成長を期待すること」など、前向きな意見を引き出せるような質問表現を設定する。
フィードバックにおいても、まずはよい部分に着目して自信を持たせ、その上で、まだまだ成長できていない部分についても自覚させながら今後の成長目標を立案し、具体的な行動改善について上司と話し合うこととする。

一般的な360度評価が「問題の発見」や「弱みの改善」に重きを置いていることに対し、若手社員の育成に関する360度評価は「よい部分への着目」や「動機づけ」に重きを置くソフトタッチな活用方法といえる。


<図表4 若手社員のマネジメントを支援する360度評価の活用方法>


次回(最終回)では、360度評価の効果が高まる運用上の工夫について説明する。

 

藤原 誠司 ふじわら せいじ
株式会社SDIコンサルティング 代表取締役

神戸大学工学部大学院修士課程修了後、リクルートに入社。その後HRR社(現リクルートマネジメントソリューションズ)にて360度評価の拡販プロジェクトリーダー、人事コンサルタントとして多数・多様の360度評価の設計、導入支援を推進。360度評価に関する執筆活動やセミナー、学会発表など多数。2007年にSDIコンサルティングを設立し、360度評価を中心とした人事・教育に関するソリューションの提供に従事。

【会社概要】株式会社SDIコンサルティング
事業概要 360度評価ソリューション
設  立 2007年9月
資 本 金  1000万円
東京本部 〒141-0031 東京都品川区西五反田8-1-7 ダイアパレスビル10階
 TEL  03-6431-9181
 FAX  03-6431-9182
 URL  http://www.sdi-c.co.jp/