藤原 誠司
株式会社SDIコンサルティング 代表取締役
■INDEX■
第1回 まさに今、360度評価制度を見直す好機
第2回 360度評価の新たな可能性―組織の活力アップ、人材育成の仕組みとしても効果あり
第3回 さまざまな人事問題の解決を支援する―360度評価の新たな活用方法
第4回 360度評価の効果を高めるために
※本記事は2009年6~8月の連載解説を再掲してご紹介するものです
1 最初に行うべきは「新たな概念への意識転換」
アメリカの企業と比べて、日本企業への360度評価の導入が進んでいないことは第1回に述べたとおりである。
しかし、留意すべきは導入が進んでいないことではなく、導入したにもかかわらず十分に活用できていない企業が多いことである。
十分に活用できていない理由の一つとしては、360度評価の「複数人によって人事評価を行う」といった限られた機能だけに着目し、非常に狭い領域でのマネジメントツールとしてしか認識していないことが挙げられる。
また、人材育成ツールとしても、単に結果を本人に送付するだけで、適切なフィードバックや十分なフォローが行われているとはいえない。
360度評価は、「評価ツール」ではなく、「コミュニケーションを通じた人材マネジメントツール」として認識すべきである。このように認識を変えることで、第2回、第3回で紹介した新たな活用方法が生み出され、新たな展開が可能になってくる。
[狭義の概念・活用方法…評価ツール]
―精度の高い人事評価(査定)を行うための評価ツール
―結果を本人に返却することで自己理解を促すツール
[広義の概念・活用方法…コミュニケーションを通じた人材マネジメントツール]
―研修効果を高めたり、OJTを支援したりする人材育成ツール
―組織内のコミュニケーションを活性化させる組織開発支援ツール
―上司のマネジメントを支援し従業員満足度の向上を促進するツール
―メンタルヘルス不調者の予防や早期発見を行う職場状況把握ツール
しかし、360度評価を上記の「狭義の概念・活用方法」としてとらえている人事部門の人には、「広義の概念・活用方法」の内容は、すぐには馴染めないかもしれない。
そのために、まず行うべきは、現在、人事部門がイメージしている「360度評価の既存の概念」をリセットし、そして、新たに「コミュニケーションを通じた人材マネジメントツール」としてとらえ直すことで、意識を大きく転換することである。
そのための有効な方法の一つとしてネーミングの変更がある。「評価」という表現を使わずに、「360度アドバイスサーベイ」や「スキルアップ・フィードバック・システム」といった活用の実態に即したネーミングを使用するだけでも、360度評価に対するイメージが一変し、社内の受け止め方も異なってくるだろう。
そして、そのタイミングで、360度評価についての新たな概念を分かりやすい形で社員に伝え、会社や組織のみならず、社員自身のレベルアップにおいてもメリットが大きい人材マネジメントの手法であることを理解・浸透させるのである。
このように、360度評価を別の視点からとらえ直し、これまでの既存概念を大きく変えることから、新たな活用への道はスタートしていく。
2 導入後の定着を図るために
360度評価の実施は、初回の導入に限らず、何度か実施を重ねることで、さまざまな効果が表れてくる。例えば、初回は対象者個々人の気づきを目的に実施したが、2回目以降はES(従業員満足度)向上や組織開発といった組織力の強化を目的に実施することなども考えられる。しかし、一度導入した後で、「思ったほど効果が出なかった」という理由から、中止してしまう企業も少なくない。導入後の定着を図るためには、現場に360度評価を実施する意味を理解してもらわなければならない。
そのための方法として、「現場で起きた成功事例の共有」や「360度評価の推進役の任命」などが考えられる。
「現場で起きた成功事例の共有」は、多くの社員に対して360度評価の実施が自分自身にとってのメリットとして、具体的にイメージしてもらえるため有効な方法である。
・A君が高い業績を生み出したきっかけは、昨年実施した360度評価による自己理解と、それを踏まえた行動改善によるところが大きい。具体的には...。
・3年目になって伸び悩んでいた私を元気づけてくれて、何をすべきかを気づかせてくれたのは360度評価のフィードバックでした。360度評価の実施・フィードバックに感謝しています。―といった、360度評価の実施を通じて、効果があった人の声を集めて、全社で共有するのである。
また、360度評価によって上司のマネジメント改善や組織内コミュニケーションが活性化して、ES(従業員満足度)調査の結果が向上したり、さらには業績が向上した組織の事例を取り上げたりすることも有効である。
これらの成功事例の社内広報を通じて共有化することで、各々の現場では、360度評価に対する前向きな考えが徐々に出てくる。私が以前在籍していたリクルート社では、360度評価を活用した研修によって、持てるポテンシャルが覚醒した同期メンバーの活躍がうわさとなって広がり、不安に感じながらも、その研修を受けることを楽しみにしていたような雰囲気があった。私自身、その研修を受けて、その後の行動とキャリアが大きく変わった。あの時、360度評価のフィードバック研修を受けていなかったら、現在のコンサルタントとしての私は存在していない。
上記のことを推進していくためには、360度評価についての伝道者的な役割を担う人材を任命していくことが理想である。その伝道者は、上記のような成功事例を社内イントラネットに共有したり、社内広報誌に掲載したりするだけでなく、新規で導入する際の現場で生じる諸々の誤解や疑問、不安を取り除いてくれる相談員としての役割も担う。さらには、360度評価結果を対象者にフィードバックする研修トレーナーとして育成することも考えられる。
しかし、初めて導入する企業において、そのような伝道者を社内で任命することが難しい場合は、トレーナー役として外部専門家の力を借りたり、一部を代行してもらいながら、社内に360度評価の導入、活用についてのノウハウを蓄積していくことも有効だろう。そして最終的には、外部専門家がいなくても運用できるまでに定着させていくことが望ましい。
3 360度評価を最大限に活用するために
360度評価を有効活用するためには、導入の目的を具体的に設定することが重要である。360度評価を導入したものの、うまく活用できていない会社の話を聞くと、導入した目的が具体的になっていないことに気がつく。
例えば、「管理職の能力開発」や「管理職の意識改革」といった漠然としたニュアンスで目的を表現しているケースをよく見掛ける。360度評価を最大限に活用するためには、自社が現在抱えている課題を踏まえて、導入の目的を出来るだけ具体的に設定することが重要である。
例えば、「管理職の能力開発」を目的として設定した場合について考えてみたい。上記のとおり、この表現のままだと、「どの能力を開発するのか?」「なぜ、その能力を開発するのか?」といったポイントがあいまいである。
これに対し、現在抱えている「当社の管理職は、コミュニケーションスキルが課題である。特に部下とのコミュニケーション面において弱みがある」といった問題意識を踏まえると、「管理職における部下とのコミュニケーションスキルの強化」といった、より具体的で納得感の高い表現によって目的を設定することができる。
このように、目的を具体的に設定することで、何を行うべきなのかが明らかになり、360度評価の実施プロセス、例えば回答者の選定や評価項目の設計などを目的に合わせて最適化することができる。また、上記目的の場合、質問項目については、管理職に求められる一般的な能力要件で設計するのではなく、部下とのコミュニケーション場面に特化した設計を行うことが必要となる。例えば、「コミュニケーションの頻度」という量的な側面、「コミュニケーションのやり方」という質的な側面を考えながら設計することで、現場のコミュニケーション状況をより詳細に把握することを狙うのである。現場の詳細な状況が分かれば、それに応じて最も効果を高めるための結果の活用方法を検討することができる。意図を持たずに、単に360度評価を実施するだけでは、その効果を十分に引き出すことはできない。
一方、360度評価を現場で最大限に活用するために欠かせないことは、現場の上司が360度評価について正しく理解し、積極的に活用することである。人事部門が、いくら最大限の活用を図った施策を講じても、現場のキーパーソンである上司が正しく理解していないと話にならない。第2回、第3回に記した360度評価のさまざまな活用方法を展開していくには、上司の存在が大きく関係しているため、なおさら重要となってくる。
それだけに、実施に先駆けて、現場の上司に対する説明会などを行うことは重要である。その際には、これまで360度評価に対して持っていた概念を大きく変えるために、前述のような誤解のないネーミングを使うなどして、分かりやすく説明を行う必要がある。
360度評価を活用して経営理念の浸透に取り組んだ大手メーカーでは、人事部が外部コンサルタントを帯同して全国約10カ所の支社を回り、現場の上司が集まる会議の場で、360度評価の全社導入の意義とその活用方法、そして現場にとってのメリットについて説明した。その熱意ある説明の甲斐もあって、実施の際の混乱は少なく、前向きな活用が促進され、理念浸透についての期待以上の成果を残すことができた。
この事例は、現場の上司をいかに動機づけて正しい活用方法を理解させることが、360度評価の効果を最大限に引き出すことにつながり、ひいては成功に導くためのポイントの一つであることを象徴する好例といえよう。
4 360度評価に対して疑心暗鬼の企業での再生の仕方
360度評価を過去に導入したにもかかわらず、その効力に対して疑心暗鬼の会社も少なくない。それらの企業からは、「導入の手間のわりに、実施効果が見えにくい」「まずは導入してみたが、従業員の反応もいま一つだった」といった声が聞かれる。
しかし、そのような企業に質問してみたい。
「実施結果を対象者本人に丁寧に、かつ適切にフィードバックし、自己理解を促していましたか?」
360度評価の実施効果を十分に感じていない企業のほとんどが、実施結果を対象者本人にフィードバックしていない。もしくはフィードバックしたとしても、社内便などによって事務的に結果を送付しただけという状況になっている。それらの企業は、組織全体としての実施結果の確認が最優先となってしまい、個人結果を本人へフィードバックすることに対しては、意識が疎かになっている様子がうかがえる。
一方、実施によって高い満足を得ている企業も多い。そして、一度きりではなく、定期的な健康診断のように同一対象者に対して何度も繰り返して実施している企業もある。
あるサービス関連の大手企業は、ミドルマネジメント人材の育成に対して積極的に投資しており、ここ数年間で、マネジメント知識研修、コーチング研修、課題解決スキル研修など、数多くの研修を実施してきた。
一段落したところで、これら一連の研修効果を測定する意味で、残った予算で360度評価を実施し、その結果のフィードバック研修(半日程度)を行った。研修終了後の受講者の感想で一番多かったのは、「これまでの研修の中で、フィードバック研修が一番よかった」という予想外(期待を超えた)のコメントであった。
その理由として、「現場の自分の実態をここまで客観視できる実践的な研修であるとは思わなかった。それによって気がついたことは、即現場で行動に移すことができ、自分にとっても効果が期待できることがみえているので、早く現場に帰って改善したい」というものだった。
多大な投資によって数多くのスキル研修を実施してきただけに、その企業の人事部門の方々は苦笑いせざるを得なかった。その後、定期的に360度評価の実施とフィードバック研修を継続したのは言うまでもない。
360度評価の活用方法はさまざまあるが、それを成功に導くために共通している必須条件は、「対象者本人への丁寧かつ適切なフィードバック」といえる。
なお、私(筆者)が、自信を持って360度評価を広めている理由の一つは、実施結果を本人にフィードバックしたことで優秀な人材への成長のきっかけとなった人たち、そして活性化した組織を数多く見たり、聞いたりしているためである。
360度評価に対して疑心暗鬼の企業には、まずは「新任管理職研修」「特定の部門」といった一部の限られた対象者でも構わないので、試験的にでも実施をお勧めしたい。置かれた状況に配慮しながら、しっかりとした手順で360度評価を実施し、適切なフィードバックを行うことで、360度評価の効果を実感することが重要であろう。理屈よりも、まずは小さな成功体験を感じることが第一歩といえる。
なお、導入の際には、可能であればインターネットでの実施をお勧めしたい。これまで紙の調査票で実施しており、準備作業が面倒と感じていた企業にとっては、実施負荷の軽減が図れ、より一層コストパフォーマンスの高さを実感できるだろう。
5 最後に
これまでの4回の連載で、従来行われていた「特定の対象者を複数人によって評価することで、人事評価(査定)の精度を高める」や「個人結果を本人にフィードバックして自己理解を促す」といった活用方法ではなく、これまであまり着目されていなかった360度評価の新たな活用方法について紹介を行った。従来の活用方法を強くイメージされている方にとっては、すぐには理解しづらく、それゆえに違和感を持つ方もいると思われる。
今回紹介した活用方法や活用場面以外にも、「次世代リーダーの発掘・育成」や「企業価値観(バリュー)の浸透」「コンプライアンス」「キャリア開発」「人材の最適配置」などのさまざまな経営・人事・教育テーマにおいて360度評価を有効に活用することが可能である。
繰り返しになるが、360度評価の本質的機能は、「コミュニケーションの促進」である。
この機能をしっかりと理解した上で活用すれば、360度評価は上記のようなさまざまな人材マネジメントの場面において、非常に高いコストパフォーマンスを発揮する優れた人事・人材育成・組織開発の手法となり得る。
多くの可能性を秘めているにもかかわらず、まだまだ十分に活用されていない360度評価に着目することで、これまでになかった組織の活性化や個々人の成長支援を実現していただきたい。
藤原 誠司 ふじわら せいじ
株式会社SDIコンサルティング 代表取締役
神戸大学工学部大学院修士課程修了後、リクルートに入社。その後HRR社(現リクルートマネジメントソリューションズ)にて360度評価の拡販プロジェクトリーダー、人事コンサルタントとして多数・多様の360度評価の設計、導入支援を推進。360度評価に関する執筆活動やセミナー、学会発表など多数。2007年にSDIコンサルティングを設立し、360度評価を中心とした人事・教育に関するソリューションの提供に従事。
【会社概要】株式会社SDIコンサルティング
事業概要 360度評価ソリューション
設 立 2007年9月
資 本 金 1000万円
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