採用実務の悩みどころ・多角分析ケーススタディ(6)
中尾ゆうすけ(人材育成研究所 代表)
今年初めて採用担当者となった労政株式会社人事部の佐藤さん、右も左も分からないまま採用活動をスタートし、たくさんの失敗を繰り返しながら少しずつスキルアップをしてきました。
今年度の採用予定者が、技術職3人、営業職10人、企画職(人事・経理)2人という中、思うように進まないこともありましたが、なんとかすべての候補者の最終面接を終えることができました。
いよいよ、最終合格者を決め、内定の連絡をする段階にきました。
<ケース6 内定通知>
「おーい、佐藤君、ちょっと最終面接者の資料を持ってきてくれ」
高橋部長に呼ばれた佐藤さんは、資料をそろえ、高橋部長の待つミーティングルームに急ぎました。
「急に呼んで悪かったね。早速だけど、最終合格者を決めないといけないね」
――そうですね。
社長と役員の評価結果は、まだ確認できていないのですが、聞いていますか?
「実はさっき社長に呼ばれて、話をしたんだけど、この20名を合格にすることにしたよ。採用目標は15名の予定だけど、おそらく辞退者が出ると思うからな」
――分かりました。
「それから、甲乙つけられなかったけれど、やむなく不採用としたこの3名を補欠として、辞退数が多くなったときは、この3名には繰り上げ合格としても良いと、社長にも確認済みだ」
――では、まずは20名に連絡し、受諾状況を見ながら3名については連絡をします。
「ここからが採用担当者の力の見せ所だから、がんばってくれよ」
――はい!
佐藤さんはさっそく内定の連絡をするとともに、不合格者にも不合格の旨を連絡しました。
~1人目~福野さんのケース
――福野さん、先日は最終面接にお越しいただき、ありがとうございました。選考の結果、採用とさせていただきます。ついては、受諾の意思を確認したいと思います。
「大変申し訳ございません、他社から内定が出まして辞退をさせていただきたいと思います」
――……そうですか、残念ですが分かりました。
きっぱり断られてしまっては佐藤さんもあきらめざるを得ませんでした。
~2人目~石原さんのケース
――石原さん、先日は最終面接にお越しいただきありがとうございました。選考の結果、採用とさせていただきます。ついては、受諾の意思を確認したいと思います。
「ありがとうございます。実は、他社の選考がまだ終わっていなくて、返事は待ってもらってもいいでしょうか?」
――分かりました。その選考はいつごろ結果が出ますか?
「あと3社残ってまして、面接日程はまだ未定なので……」
――それでは日程が分かったら教えてください
佐藤さんは、1人目が辞退者だっただけに、2人目はまだ可能性があるので、その可能性を信じることにしました。
~3人目~平川さんのケース
――平川さん、先日は最終面接にお越しいただきありがとうございました。選考の結果、採用とさせていただきます。ついては、受諾の意思を確認したいと思います。
「ありがとうございます。実は御社を含めて内定が3社あって、迷っているんです」
――そうですか、今内定はどことどこから出ていますか?
「大手メーカーと、広告代理店から1社ずつ内定をもらいました」
大手のメーカーと、人気の広告代理店が競合だということを聞いた佐藤さんは内心「ウチの会社に来る可能性は低いな」と思いました。
「それから……大手商社の最終面接を昨日受けて、自分としては良い感触だったと思ってます」
大手の商社も人気企業ですから、佐藤さんはますます「無理かなぁ」という気持ちが強くなりました。
――状況はよく分かりました。就職先は大事な決断ですので、当社を含め、よく検討してみてください。3日後にもう一度お電話させてください
「分かりました」
その後も半分程度連絡した時点で、思いのほか辞退者が出てしまい、このままでは、繰り上げの3人を入れても、15人の採用人数の確保は難しくなってきそうです。
<問題点>
問題点1 辞退理由を十分に確認にしていない
内定の受諾率が100%という企業は、よほどの人気企業でない限りまずないでしょう。
辞退者が出るのはある程度やむを得ず、採用担当者もそれを見越している場合がほとんどです。
ただし、辞退の申し入れがあったときに、理由も聞かずに終わってしまうと、採用担当者としてのスキルは上がっていきません。「他社から内定が出た」だけではなく、より具体的な理由を把握する必要があります。
問題点2 志望度合いの確認をしていない
他社の選考結果を待って回答したいという学生はほとんどが、第一志望が他社にある場合です。自社が第一志望であれば他社を辞退してでも受諾してくるはずです。
では、自社の順位は何番目なのか? ――その点を把握しなければ、ただ受諾の期限を引き延ばし続け、さんざん待たされた挙句、辞退という結果になる可能性は高いです。
自社で採用したいレベルの学生は、他社でも採用したいレベルであるということを忘れてはいけません。
問題点3 自社を選んでもらう努力をしていない
採用という仕事は、学生を選ぶ立場のようですが、内定段階にくると、選ばれる立場になります。特に、採用レベルを高くすればするほど、それをクリアした内定者は複数の内定を獲得しているはずですので、その中から選ぶことができるのです。
その時点で“自社に来てほしい”という思いが伝わらなければ、学生は他社を選んでしまいます。
<対策>
対策1 内定辞退の申し入れを受けたら、必ずその理由を確認しましょう
「他社から内定が出たため」という理由ではなく、どうして自社ではなく、他社を受諾したのかを確認します。
例えば、「通勤がラクだから」「上場企業だから」「経営者が著名人だから」というような、一朝一夕ではどうにもならない理由もあれば、「親や先生が勧めるから」「最初に内定が出たから」「処遇や労働条件が良いように見えるから」などのように、選考の中で(情報の出し方次第で)改善することができるような理由もあります。
他にも、「先輩社員のナマの声が聞けたから」「御社の将来像が見えなかった」「仕事が想像できなかった」「親や先生が勧めるから」(このケースの場合、その企業のどういった部分について良いと勧められたのかを確認する)――など、説明会等で十分に情報提供できなかったことによる理由も比較的多く挙げられます。そして採用担当者として一番大きいのは「他社のほうが、採用担当者が良い対応だったから」という理由です。
辞退理由は必ず確認し、今後の採用活動の見直しや自分自身の対応方法の見直し等を行い、採用ノウハウを蓄積していくことが重要です。
対策2 自社の志望順位を明確にし、受諾の回答期限を短く設定する
学生の言うとおりに期限をただ延ばすのは、採用確定者(受諾者)の人数を管理する上で、大きな支障になります。
受諾するのか、しないのかはっきりしない学生をいつまでも抱えていると、採用活動終了のめどが立ちません。
自社に対しての志望度合いは何番目なのかをはっきり聞き、受諾の可否をはっきりする回答期限を短く設定した上で、それまでに受諾できなければ、辞退していただくほうが賢明です。
採用担当者は一度「採用」や「内定」という意思を伝えたら、基本的には取り消しはできないと思ったほうが良いでしょう(判例等では、内定は「解約権を留保した労働契約」とされておりますが、この「解約権」を行使する、つまり内定取り消しをするには、一定の合理的な理由が必要です)。学生から辞退の申し入れをしてもらうことになるので、言葉の使い方は気をつけないといけません。
結果的に辞退が増えると、採用担当者としてつらいところですが、それによって採用目標に届かないのであれば、母集団形成から再スタートしなければなりません。その場合スタートは早ければ早いほうが良いのですから、いつまでも結論を先延ばしにするのは何一つメリットはありません。
対策3 他社と迷っている場合は真剣に相談に乗りつつ、自社の優位点もアピール
学生が迷っている場合は、コミュニケーションを密にし、社会人の先輩として真剣に相談に乗るということが、内定受諾してもらうためのコツです。
就職先の選択はその後の人生を大きく決める重要な決断の一つであるといえます。
その決断のために、学生の相談者となるのは、先生、両親、先輩、友人などがほとんどです。しかし多くの場合、この中には自社のことを詳しく知っている人は誰もいません。その限られた情報の中で決めるとどうしても大手や人気企業になります。自社のことをもっとも詳しく情報提供できるのは採用担当者なのです。
自社がどれだけその内定者を求めているのかを伝えるとこと、仕事の具体的な話や業界の将来の話など、さまざまな情報提供をしていきます。
また、平川さんのようなケースは、迷っている会社名を確認し、その会社の情報収集と、自社との比較をし、学生に対し自社の優れていることをアピールしていきましょう。
相手は大手や人気企業であればあるほど、さまざまな情報が公開されています。上場企業ならなおさらです。財務情報から商品情報、営業戦略まで研究されている企業もたくさんありますので、採用担当者としては一番大変かもしれませんが、自社と競合する企業を分析し知っておくことは採用担当者に求められる能力の一つでもありますので、一人の学生だけでなく、複数の学生に対しその情報は生きてきます。
それによって学生が、採用担当者への信頼の度合いを上げてくると、たとえ中小企業が大手と競合しても、内定受諾につなげていくことは十分可能です。
(次回は、本連載の最終回として、「当年度の採用活動を振り返り、次年度の計画・戦略立案に生かすには」を取り上げます)
中尾ゆうすけ Profile
人材育成研究所 代表
技術・製造現場等を経験後、一部上場企業の人事屋として、人材開発、人材採用、各種制度設計などを手がける。理論や理屈だけではない、現場目線から「人材戦略」や「人材育成」の重要性とその方法を日々説いている。2003年より日本メンタルヘルス協会・衛藤信之氏に師事、公認カウンセラーとなり、コミュニケーションを中心と(または重視)した指導・育成は「成果につながる」と受講者やその上司からの信頼も厚い。その他、一般向けセミナーの実施、執筆・講演活動など、幅広く活躍中。
著書に『欲しい人材を逃さない採用の教科書』『人材育成の教科書』(ともにこう書房)、『これだけ!OJT』(すばる舎リンケージ)などがあり、人事専門誌等への執筆、連載記事の執筆実績も豊富。