採用実務の悩みどころ・多角分析ケーススタディ(7・完)
中尾ゆうすけ(人材育成研究所 代表)
10月1日、労政株式会社の内定式が行われました。
今年初めて採用担当者となり、右も左も分からないまま採用活動をスタートした労政株式会社人事部の佐藤さんでしたが、計画通りの15人の内定者を迎えることができました。採用担当者として初めての内定式を無事終了することができ、これまでの苦労が一気によみがえってきました。
■ノウハウの引き継ぎもない中、波乱含みのスタート
前任者の急な退職により引き継ぎもないままスタートした採用活動。始めてみるといろいろな課題や問題が見えてきました。
入社5年目の佐藤さんは、人事部の中でも中堅になり社内のこともおよそ把握してはいたものの、採用という仕事はまったくの未知の領域でした。
(1)採用ノウハウの蓄積がない
業務が個人のスキルに依存しすぎていると、異動や退職、事故等により担当者が変わらざるを得ない時に、充分な引き継ぎ期間があればよいのですが、そうでない場合、仕事の継続が困難になってしまいます
母集団形成に当たっては、上司や周囲の協力、厳しい就職環境もあり、何とかエントリー数は確保できたもののそこからが大変でした。
書類選考の段階になって、無計画な状態で採用活動を進めるのは困難だということに気づいたのです。
(2)採用人数を決める
採用人数が未定のままでは、面接実施人数や合格者の人数をどうするか? そのための母集団はどれだけ必要か? ――など、計画が立てられません。計画がなければ、現在の進捗がよいのか悪いのかがまったく把握できません
(3)求める人材像を決める
自社に必要な人材要件が明確でないと、合否の判断基準があいまいになり、判断が困難になります
詳細→「ケース1:書類選考」(本記事下の「バックナンバー」を参照)
■面接で露わになった「面接する側」のスキル不足
そして書類選考を終え、面接が始まると、失敗の連続でした。時にはインターネットの掲示板で採用担当への批判まで書き込まれたりし、面接のノウハウやスキルの必要性を強く感じました。
(4)人権を尊重し、能力・適正以外を採用条件にしない
選考に関係のない「本人に責任のない事項」、「本来自由であるべき事項」などの情報収集をしてはいけません。
(5)学生をリラックスさせるのも面接官のスキル
緊張したままの面接では学生本来の能力を見極めるのは困難です。緊張したままというのは、面接官が緊張させている場合もありますので、リラックスできる空気を面接官が作りましょう。
(6)広く浅い質問より、狭く深い質問
一問一答形式の質問はたくさんの質問ができますが、表面的なことしか見えてきません。その内容は多くの場合、エントリーシートや履歴書に書かれている内容と同じでしょう。そこに書かれていない具体的なことを面接では確認しましょう。
詳細→「ケース2:採用面接」
次第に基本的な面接スキルを理解した佐藤さんは、引き続き面接をしていきましたが、面接を行うには面接スキルさえあればよいわけではありませんでした。
面接を行うための準備や、環境を整えるということも採用担当者のノウハウだということも失敗を通じて学びました。
(7)事前準備で質問内容も変わる
面接者の応募書類は事前に目を通し、気になるところや、確認するところをあらかじめ確認して面接に臨むことが重要です
(8)面接の内容をインターネット上に流されるのは、学生間の不公平感を生む
面接の内容がインターネット上に公開されると、見た学生と見ない学生では公平感がなくなると同時に、面接官が学生を見極める妨げにもなります。
学生には「不公平のないよう書き込まないように」と説明しておきましょう
(9)面接に関する案内は充分に行う
面接会場への案内は、初めて来た学生でも迷わないように案内をし、必要であれば案内板を掲示したり、案内係を配置し、学生が迷わず、安心して面接に臨めるようにします
詳細→「ケース3:面接の事前準備」
佐藤さんも経験を積むうちに、面接にも慣れてきましたが、学生の話を聞くと誰もがすばらしい人材に見えてきました。なぜならば、ほとんどの学生は面接対策として想定問答に対する回答を用意しているからだということが分かりました。
高橋部長には「全員合格させるのか?」などと指摘され、人を見極めるということの難しさを思い知らされ、その見極め方も学んでいきました。
(10)理想と現実を見極める
ほとんどの学生は質問に対し、ポジティブな話をします。ただしそれは、学生の考え方なのか、理想なのか? それとも事実や経験なのか? ――など、具体的に確認し見極めていく必要があります
(11)「知っていること」と「行っていること」を見極める
知識を持っていても、行動が伴わない学生がいます。頭がよいだけでは、戦力にはなりませんので実際の行動を確認して見極めます
(12)他人の成果と本人の成果を見極める
過去の経験を明確に語る学生はいますが、それがグループやチームの成果の場合があります。その中で、自身がどのような役割でどのような活躍した結果そうなったのかを確認し、見極めていきます
詳細→「ケース4:一次面接(事実の見極め方)」
■次の段階への引き継ぎや内定者への連絡にこそ、担当者の力量が試される
佐藤さんは、迷ったり、失敗を繰り返し何とか一次面接を終え、二次面接に進み肩の荷がおりたかと思えば、そこにも採用担当者として必要なノウハウがたくさんありました。
(13)一次面接の内容を二次面接官へ伝える
一次面接と二次面接で同じことを確認するのは非効率的です。また一次面接で確認できなかったことや、気になる点を確認するのも二次面接で行います。そのために一次面接の内容はしっかり二次面接官に伝える必要があります
(14)学生の就活状況を把握する
選考が進むと次第に他社で内定が出始め、選考を辞退する学生が出てきます。採用担当者はそれを前提に選考を進めていく必要がありますが、そのためには学生の就活状況を確認しておく必要があります
(15)採用人数の確保より採用水準の確保を優先する
採用人数確保のために選考の水準を落とすことは将来の会社のためになりません。求める人材像にマッチしない人材を採用すると後々苦労することになります
詳細→「ケース5:二次面接・最終面接」
何とか無事に最終面接を終えると、佐藤さんはこれで一安心と考えていましたが、本当に大変なのは、内定を出してからでした。
学生と密に連絡し、いかに人間関係を良好にしていくか。内定辞退を防止し、欲しい人材を逃さないためには、採用担当者の人間力が試されていると感じました。
(16)内定辞退者には理由を確認する
内定辞退の理由には、採用担当者として改善すべき点がたくさんあります。辞退の申し入れは残念ではありますが、改善のチャンスととらえ、次の採用活動に生かせばよいのです。
(17)受諾を迷う学生には志望順位を確認し期限を短く設定する
受諾の可能性のない学生をいつまでもつなぎ留めていてはいつになっても採用人数が決まりません。しかも、受諾を引き延ばそうとする学生のほとんどは、他社の選考に合格すれば、他社を選びます。
(18)採用担当者は学生の相談相手でもある
迷っている学生の相談者は、学校・両親・友人がほとんどですが、その中に自社のことをよく知っている人はいません。一番の相談者は採用担当者であるべきなのです。
詳細→「ケース6:内定通知」
■内定式を終え、さっそく始まる次年度採用
内定式を無事に終え、これまでのことを思い出していた佐藤さんに高橋部長が声をかけてきました。
「お疲れさま、初めての採用だったが、何とか目標の15名、欲しい人材を逃さず、内定が決まってよかったな」
―――ありがとうございます。いろいろご指導いただき本当に感謝しています。
「もうすぐ、次の採用が始まるから、12月までにしっかり準備をして、いい形で採用活動がスタートできるように頼んだぞ」
―――はい!
佐藤さんは、さっそく翌日から、次の採用ニーズを確認するため、各部署の責任者にヒアリングをするためのスケジュールを組みました。
それぞれの部署の人員計画を確認し、事業と人件費のバランスを見つつ、採用目標人数と、求める人材要件を固め、それらの情報を基に、就職活動ナビサイトをはじめとした各種媒体の準備に取り掛かりました。
佐藤さんは、採用という仕事は、年間を通して、何をどのようにどの時期に行うのか、一度経験したことでずいぶん見えてきました。
そこで、5W1Hで採用活動をフロー化しまとめ、いつ別の担当者に引き継ぐことになっても困らないよう、マニュアル化を進めることにしました。
■採用担当者とは、「人生の岐路」のお手伝いをする存在だ
学生にとって就職というのは、その後の人生に大きな影響を与える、人生の中でも大きな岐路でもあります。
その岐路に立った時、どっちに進むべきか明確な答えがあるわけではありません。だから多くの学生はさまざまな悩みを抱えています。
就活中は「内定がもらえるだろうか?」、内定が出ても「本当にこの会社からの内定を受諾してよいのか?」、内定受諾をしても「この会社で本当によいのか?」……隣の芝生はいつまでも青く見え、悩みがなくなることはないでしょう。
採用担当者はそんな学生の一番身近な先輩であり、よき相談相手です。人生の選択ともいえる就職先を決める手伝いをするわけですから責任は重大です。
だから、決して手を抜いてはいけないですし、真摯(しんし)に、一生懸命仕事に向き合わなければならず、簡単な仕事ではありません。
しかも採用という仕事は、目標人数を採用したからといって評価されるわけではありません。本当に評価されるのは、採用し、入社後に会社の戦力になった時に初めて「いい人材を採用してくれた」と評価されるのです。
自分が採用した新入社員が入社後活躍し、成果を上げ、成長し、昇進していく姿を見るとまるでわが子のようにうれしいものです。
だから採用という仕事は、産みの苦しみがある分、やりがいもある……そんな仕事なのです。
◆採用実務の悩みどころ・多角分析ケーススタディ[バックナンバー]
ケース1:書類選考~100人の採用応募者から、面接への通過者を選ぶには
ケース2:採用面接~「聞くべきこと」と「聞いてはいけないこと」
ケース3:面接の事前準備~準備を十分に行わないまま、適切な採用面接ができますか?
ケース4:一次面接(事実の見極め方)~学生の人物像を引き出せるかどうかは面接官の力量次第
ケース5:二次面接・最終面接~人数の確保を優先して、合格基準を落としてしまうと…?
ケース6:内定通知~採用担当者には、「自社を選んでもらう努力」が必要
中尾ゆうすけ Profile
人材育成研究所 代表
技術・製造現場等を経験後、一部上場企業の人事屋として、人材開発、人材採用、各種制度設計などを手がける。理論や理屈だけではない、現場目線から「人材戦略」や「人材育成」の重要性とその方法を日々説いている。2003年より日本メンタルヘルス協会・衛藤信之氏に師事、公認カウンセラーとなり、コミュニケーションを中心と(または重視)した指導・育成は「成果につながる」と受講者やその上司からの信頼も厚い。その他、一般向けセミナーの実施、執筆・講演活動など、幅広く活躍中。
著書に『欲しい人材を逃さない採用の教科書』『人材育成の教科書』(ともにこう書房)、『これだけ!OJT』(すばる舎リンケージ)などがあり、人事専門誌等への執筆、連載記事の執筆実績も豊富。