採用実務の悩みどころ・多角分析ケーススタディ(3)
中尾ゆうすけ(人材育成研究所 代表)
採用実務の現場から具体的なケース(事例)を切り取り、担当者を悩ませる原因となっている問題点を多角的に抽出した上で、その有効な対策を提示していく本連載。前回は、新任担当者の佐藤さんが初めて行った採用面接を例にとり、担当者として絶対に留意すべき勘所を確認していきました。
気を引き締め、次の面接に挑む佐藤さんですが、やはり課題は山積みのようです。今回は、面接を行う前の、事前準備の重要性を中心に取り上げていきます。
<ケース3>一次面接(面接の事前準備)
前回、初めて面接官として一次面接を行った佐藤さんでしたが、3人の面接をしたところ、見事に失敗の連続でした。
「今度こそは!」という思いで次の面接に臨むことにしました。 今日も3人の学生の面接を予定しています。本来はもっと大勢の面接をしていかないとスケジュールが厳しいところですが、他の仕事もあり、なかなか時間が作れないのが現状です。
~1人目~ 大木さんのケース
前回の失敗を糧に、気をつけながら慎重に面接を進めていきます。
―――……なるほど、よく分かりました。では、大木さんの長所は何ですか?
「はい、履歴書にも書かせていただいたとおり、明るく前向きな性格です」
―――確かにそのようですね。では、短所と認識していることはありますか?
「はい、短所についても履歴書に書かせていただいたとおりですが、明るく前向きな性格のため、時に相手の気持ちをおきざりにして空回りしてしまうことがあることです」
―――なるほど……。
大木さんは明るく、質問にも無難に答え、そんなに悪くない印象をもちました。
~2人目~ 中林さんのケース
――中林さんですね。私は面接を担当します、佐藤です。よろしくお願いします。
「こちらこそよろしくお願いします。すみません、最初に確認をさせていただきたいのですが……」
――はい、何でしょう?
「面接中はメモを取らせていただいてもよろしいでしょうか?」
佐藤さんは、断る理由もないし、積極的にメモを取るような学生もなかなかいないので第一印象としては「優秀そうな学生だな」と感じました。
予定より少し長い面接になってしまいましたが、こちらの質問に的確に答え、佐藤さんも好印象です。
~3人目~ 小森さんのケース
2人目が終わった時点で、少し予定より遅れていることに気づいた佐藤さん。小森さんを待たせてしまって申し訳ない気持ちでいました。ところが、小森さんはまだ来ていないようです。佐藤さんはあわてて、小森さんの携帯電話に連絡をしました。
――小森さんですか?
「はい小森です」
――労政株式会社の佐藤です。
「大変申し訳ございません。実は到着しているのですが、場所が分からなくて……」
――分かりました、お待ちしておりますので、今どこにいますか?
その後、小森さんは無事に面接会場に来ることができ、面接を行いましたが、時間に遅れたことに対し佐藤さんとしては、悪い印象が残りました。
佐藤さんはその日の面接について高橋部長に報告をしました。すると……。
「大木さんというのは随分高い評価のようだな。明るく元気な印象か。営業として重要なポイントかもしれないな。でも、この適性検査の結果を見ると『性格は内向的』とあるな。それと『気分にムラがある』とも書かれているな。もしかして面接の場だけムリをしていたんじゃないのか? 過去の経験で、具体的なエピソードとか確認したか?」
そう聞かれて佐藤さんは困ってしまいました。
「次の中林さんも随分高い評価だな」
――はい、メモなどもとってとても積極的な印象を受けました。
「そうか、質問にも的確に答えていたようだな。ただ、そういう学生は、面接についてかなり情報収集していて、面接対策を完璧にしているケースがあるな。あと、メモをとっていたことも、自分で後から振り返るためなら結構だけど、ほかの応募者に面接の傾向を伝えるためだとすると、少し問題が出てくるな……」
「それと、最後の小森さんだけど、控え室までの案内掲示はきちんとしていたのか?」
―――いえ、確かに少し分かりにくいものだったかもしれません……。
佐藤さんは高橋部長からの指摘に対し、またまた答えることができませんでした。
<問題点>
問題-1 事前に資料に目を通しておらず、質問内容が行き当たりばったりになっている
佐藤さんは、忙しさのあまり、事前に面接者の情報(履歴書の内容や適性検査の結果)に目を通していませんでした。その結果、履歴書に書いてある質問をそのままし、同じ答えを確認するだけになってしまいました。
問題-2 面接の情報が流れ、ネットで情報が流れる可能性がある
メモを取ることや面接の質問情報が流れることは、直接の問題ではありません。
ただし、自社の面接の質問等が情報として流れると、それを見た人と見ない人では面接対策に差が出ます。それによって、面接官の判断が難しくなることが問題です。
問題-3 入門・入館の仕方~控え室までのルート等の周知が不十分
面接の案内が、日時と場所だけでは、初めて来る学生にとっては迷路に飛び込むようなものです。
<対策>
対策-1
面接官は、面接者の情報を事前に把握し、どのような人材なのか、自社で働くにはどのような適性があるかなどを想定した上で、実際のところどうなのか、書類では見えない部分を確認していくことが必要です。
事前に読み込んでおく資料としては、履歴書、エントリーシート、適性検査の結果(実施していれば)、論文(実施していれば)、その他応募書類などです。
資料に目を通したら、確認すべきことをメモし、自社の適性を判断できるような質問をあらかじめ準備しておくと、行き当たりバッタリの面接にならずに、より的確に人材像が見えてきます。
対策-2
佐藤さんのように、まだ、十分な面接スキルが備わっていない場合、本当に優秀な学生なのか、コミュニケーションスキルが高いのか、あるいは万全な面接対策によるものなのか、見極めは非常に難しくなります。それによって合否の判断ができなかったり、誤ったりしてしまいます。
適切に応募者を見極めるためには、面接の質問内容等の情報が流出しないよう努めることが必要です。面接終了後や控え室等で学生に対し「面接の内容は、ネットや知人等へ公開しないようお願いします。面接対策をするのは結構ですが、学生間の公平性を保つためにもご協力お願いします」というようなことを伝えるようにしましょう。
とはいえ、根本的には、面接スキルを上げ、的確な質問をし、人物像を見極められるように面接官としてスキルアップする必要があります。
対策-3
学生と面接のアポイントを取る際は、日時と場所だけではなく、オフィスへの入門・入館の仕方や、敷地内・ビル内の道順を案内するとともに、入り口から控え室までの経路に案内板を出したり、案内係を配置したりするなどし、学生が迷わないようにします。
それによって、学生からは、企業としての姿勢が伝わり、志望度も上がるなど副次的な効果も現れます。
自社オフィスではなく、公共や民間の貸し会議室等で面接を行う場合は、案内が十分かどうか、事前に確認します。こういった場所では、許可なく掲示を行うことはできないケースがほとんどですので、施設の窓口に確認をしましょう。
中尾ゆうすけ Profile
人材育成研究所 代表
技術・製造現場等を経験後、一部上場企業の人事屋として、人材開発、人材採用、各種制度設計などを手がける。理論や理屈だけではない、現場目線から「人材戦略」や「人材育成」の重要性とその方法を日々説いている。2003年より日本メンタルヘルス協会・衛藤信之氏に師事、公認カウンセラーとなり、コミュニケーションを中心と(または重視)した指導・育成は「成果につながる」と受講者やその上司からの信頼も厚い。その他、一般向けセミナーの実施、執筆・講演活動など、幅広く活躍中。
著書に『欲しい人材を逃さない採用の教科書』『人材育成の教科書』(ともにこう書房)、『これだけ!OJT』(すばる舎リンケージ)などがあり、人事専門誌等への執筆、連載記事の執筆実績も豊富。