浅野浩美 あさの ひろみ
開志創造大学大学院
事業創造研究科教授
1.治療と仕事の両立支援の課題を考える
2026(令和8)年4月1日から、改正労働施策総合推進法(令7.6.11 法律63)が施行され、職場における「治療と就業の両立支援」の取り組みが、事業主の努力義務となった。これに先立ち同年2月には「治療と就業の両立支援指針」(令8.2.10 厚労告28)も定められた。
社会全体が高齢化し、高齢者の就労も増える中で、治療と仕事の両立は社会的な課題となってきたが、支援に当たっては機微にわたる情報を扱う必要があるほか、医療関係者以外には分かりにくいことも多いなど難しい点がある。
本稿では、治療と仕事の両立支援の取り組みについて、これを取り巻く状況と両立支援に当たって留意すべきことを確認するとともに、キャリアの視点からこの課題を捉え、産業保健・人事はどう連携していけばよいのかについて考えてみたい。
2.治療と仕事の両立支援をめぐる現状
治療しながら働く人の数は増加傾向にある。厚生労働省「国民生活基礎調査(2025年)」によると、就業者全体に占める通院しながら働く人たちの割合は40.9%であった[図表1]。一方、近年の医療技術の進歩等により、かつては「不治の病」とされていたがんをはじめとする疾病においても生存率が向上し、「長く付き合う病気」に変化しているため、疾病に罹患しても直ちに離職しなければならないとは限らなくなっている。
[図表1]病気を抱える就業者の通院状況

[注]15歳以上の者を対象とし、入院者は含まない。就業者数は世帯人員のうち「仕事あり」の者。2016年の数値は熊本県を除いたもの。
資料出所:厚生労働省「国民生活基礎調査」
しかし、疾病を抱える就業者の中には、仕事を継続しながら治療を続ける選択肢や、治療経過に応じて働き方を調整する可能性があるにもかかわらず、離職に至ってしまう場合も見られる。労働政策研究・研修機構が2022(令和4)年に行った「治療と仕事の両立に関する実態調査(患者WEB調査)」(2024年)では、過去5年間にがん、心疾患、脳血管疾患、肝炎、糖尿病、難病の治療をした者(経過観察含む)8000人のうち「疾病を理由に退職した」と回答した者565人を対象に、退職した時期を尋ねている。これによると、その25.3%に当たる143人が治療開始前に退職していた[図表2]。
[図表2]疾病を理由に退職した者の退職時期
| 退職した時期(治療段階) | 割合(%) | ||
| 診断確定時 | 12.0% | 治療開始前 25.3% |
治療終了前 56.5% |
| 診断から最初の治療まで | 13.3% | ||
| 最初の治療中 | 31.2% | ||
| 治療終了後から復帰まで | 11.0% | ||
| 復帰後 | 22.1% | ||
| 再発後 | 10.4% | ||
資料出所:労働政策研究・研修機構「JILPT調査シリーズNo.241 治療と仕事の両立に関する実態調査 (患者WEB調査)」(2024年)を筆者が一部改変
より詳しいデータのあるがん患者について、国立がん研究センターの「患者体験調査報告書 令和5年度調査委(最終版)」で見ると、診断時に収入のある仕事をしていた人のうち、がん治療のために退職・廃業した人は19.4%であり、そのうち58.3%の人が治療開始前に退職・廃業していた。一方、診断時に収入のある仕事をしていた人のうち、がん治療中に職場や仕事上の関係者から治療と仕事を両方続けられるような勤務上の配慮が受けられた人(「ある程度受けられた」と「十分受けられた」の合計)は74.5%、治療開始前に医療スタッフから就労継続について話があった人は44.0%であった。
支援を受けて、治療を受けつつ働き続けている人は多いが、その一方で、支援が届く前に退職してしまう人も少なくないことがうかがえる。
3.治療と仕事の両立支援が努力義務になるまで
治療と仕事の両立に社会的な関心が向けられるようになったのは、最近のことではない。第2期がん対策推進基本計画が策定された2012(平成24)年ごろから、「がん患者の就労を含めた社会的な問題」に目が向けられるようになり、徐々に、他の難病についても、治療後・治療中の就労について論じられるようになった。その過程で、「病気や治療の見通しがつかない」「復職可否の判断が難しい」「主治医から得られる情報と、職場が必要とする情報がかみ合わない」「どこまで業務を制限すべきか分からない」といった問題も把握された。
これを踏まえ、厚生労働省は、2016(平成28)年2月に「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」(労働基準局長、健康局長、職業安定局長の連名通知)を公表した。しかし、この時点では事業主の自主的な取り組みに委ねられており、企業規模や職場によって実施状況に差があった。当時、筆者は、治療などのために退職した者の就職支援の立場からこの問題に関わったが、病状の多様さや職場による違いに問題の難しさを感じた覚えがある。
4.「治療と就業の両立支援指針」のポイント
それから10年が経過し、治療と就業の両立支援は事業主の努力義務となり、これを適切・有効に実施するための指針として、「治療と就業の両立支援指針」が告示された。
指針の対象は、雇用形態にかかわらず、すべての労働者で、対象となる疾病は、反復・継続した治療が必要と医師が判断した疾病(国際疾病分類に基づく。負傷を含む)である。
指針には、留意すべきことを示しているが、以下に3点を挙げておく。
① 労働者本人の申し出
治療と就業の両立支援は、労働者本人の支援の申し出から始まるのが基本である。事業場内でのルールの整備、研修による意識啓発、情報の取り扱い方法の明確化など、申し出を行いやすい環境を整備することも重要である。
② 労働者との十分な話し合い、上司・同僚等の理解
事業主が一方的に判断しないよう、十分な話し合い等を通じて労働者本人の了解を得ること、病気だからと安易に就業を禁止するのでなく、主治医や産業医などの意見を勘案して、可能な限り就業の機会を失わせないよう留意すること、誤解や偏見等が生じないよう、事業主、人事労務担当者、上司・同僚等の関係者において必要な配慮を行うことが重要である。
③ 個人情報の保護
両立支援のためには、疾病に関する個人情報が必要となるが、こうした情報は機微な情報である。情報管理体制の整備など個人情報の保護も含めた両立支援のルールや体制の整備などが重要である。
以上の留意点に加えて、日頃からの取り組みが重要である。具体的には、事業主が方針を表明することや、研修等を通じて意識啓発を図ること、相談窓口の明確化、社内の支援体制の整備などに取り組むこと、併せて、休暇制度・勤務制度の整備などが重要だとする。
5.産業保健・人事・キャリア支援はどう連携すればよいのか
治療と就業の両立支援の取り組みは、本人による支援の申し出から始まるが、治療と就業の両立支援を行うに当たっては、事業場と医療機関との連携が重要であり、労働者本人を通じた主治医との情報共有や、本人の同意を得た上での産業保健スタッフや人事労務担当者と主治医との連携が必要である。
この連携は、❶労働者が主治医に就業状況などを伝える、❷労働者は、主治医から症状や治療の状況などの情報(意見書)を得て事業主に提供する、❸事業主は、主治医の意見書を基に、産業医等の意見を踏まえ、労働者本人と十分話し合った上で、就業継続・職場復帰の可否や就業上の措置等について決定する――というように進む。その上で、❹事業主が、労働者の就業継続・職場復帰が可能だと判断した場合は、具体的な措置や配慮について検討し、実施する。企業内だけで対応が難しい場合には、都道府県の産業保健総合支援センター、いわゆる「さんぽセンター」などの外部支援機関もある。
連携の仕組みがあり、そのための様式や支援機関も用意されているが、支援を受けるには、本人が支援を申し出ることが必要である。また、支援を受ける中で職場と話し合い、働き続ける条件を考えるためには、本人のこれまでの経験、現在の不安、これからの働き方の希望について整理することが望ましい。
病状や職場によって両立支援の在り方は異なるが、厚生労働省の「治療と仕事の両立支援ナビ」には、さまざまな事例が掲載されている。事例の中には、キャリアコンサルタントが両立支援に関わっている事例などもある。「ショックで何も考えたくない」「職業人としての存在価値を失うのではないか」「仕事で迷惑をかけてしまうのではないか」「職場をリードしていた自分であり続けたい」などといった気持ちを受け止め、これからの働き方をサポートしている様子などが紹介されている。
疾病があっても、その人らしく働き続けるためには、本人がこれまでの経験や現在の病状や今後の見通しを踏まえ、現在の不安、これからの働き方について考え、整理できるよう支援することが重要である。
6.「どのような措置や配慮があれば職業生活を継続できるのか」を考える
治療と仕事の両立支援は、高齢化が進むわが国において重要な課題である。また、この課題は、高度な専門的知識を要する医療の問題であると同時に、疾病を抱えた人が職業生活をどのように継続していくかというキャリアの問題でもある。
主治医が症状や治療など医学的な情報を提供し、産業医はこれを職務に即した就業上の措置へ翻訳し、人事部門は制度や勤務条件を整え、上司や職場は日々の業務の調整などを行う。さらに、キャリア支援があれば、本人の不安を受け止め、これまでの経験やこれからの働き方について考えていくことをサポートできるだろう。
治療と仕事の両立支援は、「働けるか、働けないか」ではなく、「どのような措置や配慮があれば職業生活を継続できるのか」を考える取り組みであり、本人、主治医、産業保健スタッフ、人事、職場がともに具体化していくべきものである。その過程でキャリア支援を行うことは、疾病を抱えた人のキャリア継続を支える力の一つになると考えられる。
【参考文献】
・厚生労働省「国民生活基礎調査」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/20-21.html
・厚生労働省「治療と仕事の両立支援ナビ」
https://chiryoutoshigoto.mhlw.go.jp/
・厚生労働省(2026)「治療と就業の両立支援指針」
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001666578.pdf
・国立がん研究センター(2025)「患者体験調査報告書 令和5年度調査(最終版)」
https://www.ncc.go.jp/jp/icc/policy-evaluation/project/010/2023/R5_all.pdf
・労働政策研究・研修機構(2024)「JILPT調査シリーズNo.241 治療と仕事の両立に関する実態調査(患者WEB調査)」
https://www.jil.go.jp/institute/research/2024/documents/0241.pdf
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浅野浩美 あさの ひろみ 開志創造大学大学院 事業創造研究科教授 厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。 社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリア・カウンセリング学会副会長、日本キャリアデザイン学会会長、人材育成学会常任理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。 筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学キャリアデザイン学研究科非常勤講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師など。 専門は、人的資源管理論、キャリア論。 |
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