2026年05月12日掲載

発達障害グレーゾーンの人たちと “ともに働く” 上で知っておきたいこと - 第5回・完 ハラスメントを防ぐポイントと、“ともに働く” 上で組織ができること

心理学者・博士
株式会社メンタルシンクタンク 副社長 舟木彩乃

 最終回となる第5回では、ハラスメント対策と組織としての対応法、発達障害グレーゾーン社員とともに働く社員や職員のメンタルヘルス対策などについて取り上げたい。

職場の発達障害グレーゾーン社員サポート:相互理解とリスク回避のポイント

 近年、職場における発達障害グレーゾーン社員への対応が重要な課題となっている。第4回で紹介したが、彼らはある領域においては高い能力を持っていることがある一方、特定のタスクで著しい困難を抱える場合があり、その両者の間のギャップが周囲の混乱を招くことが多い。その混乱の一つが、発達障害グレーゾーン社員の上司が彼らへのパワーハラスメント(以下、パワハラ)の疑いをかけられることだ。筆者に寄せられたAさん(課長職・男性40代)の事例を紹介する。

事例①:Aさん(課長職・男性40代)
 A課長は、ミスを繰り返す部下のBさんを会議室へ呼び出しては面談を重ねて、「もっと周りを見て、優先順位を考えて動いて」などと熱心に指導していた。会議室に呼び出すのは、 “みんなの前で注意するとBさんが傷つく可能性がある” と考えてのことだったが、Bさんに「執拗(しつよう)に個室に呼び出され、ミスすることを責められた」と人事部に通報されてしまった。なお、A課長からこれまでのBさんの仕事ぶりを聞いた限りでは、Bさんは診断を受けていないもののADHD傾向があると思われた。

 なぜ、Bさんが人事に通報するような事態になるのか。いくつかの要因が考えられるが、本事例においては次の2点に注目したい。

① 受け取り方の特性(認知の(ゆが)み)
 発達障害グレーゾーンの人は、過去の失敗経験から自己肯定感が低く、通常の指導も「攻撃」や「全否定」と受け取ってしまう傾向がある。

② 脳のワーキングメモリの差
 上司が「当たり前」と思う優先順位の判断であったとしても、脳の特性上、極めて困難な場合がある。その判断ができないのは「努力不足」だと思って指導すると、本人には「不可能なことを強要されている」と感じられ、ハラスメントの構図が成立してしまうことがある。

 では、ハラスメントにならない注意の仕方を考える場合、どのようなことがポイントになるのか。
 発達障害グレーゾーン社員への指導で最も重要なことは、「人格や能力」ではなく「具体的な行動と仕組み」にフォーカスすることである。具体的には、次のような点に留意するとよいだろう。

「なぜできないの?」の封印
原因を問いただすと、本人はパニックになり、言い訳や沈黙を招くことになる

「I(アイ)メッセージ」で伝える
「(あなたが)〜してくれないと困る」というYou(ユー)メッセージではなく、「(私は)この手順で進めてもらえると助かる」というI(アイ)メッセージの伝え方を意識する

視覚化と具体化
「適当に」「いい感じに」といった曖昧な指示は避け、「14時までに、このフォーマットのA列だけ埋めてください」というように、数値や期限を明確にして指示する

 続いて、上司が発達障害グレーゾーンのケースではどうだろうか。この場合、悪意のない「共感性の乏しさ」や「関心の偏り」が、部下にとっては放置や冷遇、あるいはハラスメントと受け取られることがある。パワハラが疑われた発達障害グレーゾーン(ASD傾向)上司の事例と、取るべき対策方法について紹介する。

事例②:Cさん(リーダー・女性50代)
 研究職であるCさんは、自分の担当業務や専門的な研究には没頭するが、部下の日々の体調変化や業務の進捗(しんちょく)には関心がない。挨拶をしても返事がないことが多く、トラブルの相談をしても「それは自分で考えたら」と一蹴する。部下は「自分は無視されている」「存在を否定されている」と感じ、適応障害を発症した人もいた。しかしCさんとしては、「能力の低い部下に正論を言っただけ」という認識で、パワハラの自覚が全くなかった。

 なぜ、このような事態になるのか。いくつかの要因が考えられるが、本事例においては次の3点に注目したい。

① シングルフォーカス
自分の興味があること以外に意識を向けることが脳の構造上難しく、部下の感情や「状況の機微」が視界に入りにくい。

② 感情の読み取りの困難さ
表情や声のトーンから「部下が困っている、傷ついている」という非言語情報をキャッチしにくい。

③「正論」の暴走
目的達成(業務遂行)を最優先するため、そこに付随する「人間関係のメンテナンス」を無駄なコストだと判断してしまう。

 では、発達障害グレーゾーン社員が上司の場合、部下はどのようなことに留意するとよいのだろうか。
 ポイントは、「心理的距離」と「連絡のルール化」である。ASD傾向の上司を変えることは難しいため、部下側が「この上司はこういうOS(オペレーティングシステム)で動いている」と割り切り、コミュニケーションの形式を最適化する。

「察してほしい」を捨てる
「これだけ困った表情をしていれば気づくだろう」という期待は、自分自身のストレスのもとになる。上司への相談が必要なときは、「今、5分だけ〇〇の件で判断を仰ぎたいです」と、目的・時間・用件をセットにして論理的にアプローチする

コミュニケーションを「ログ」で残す
無関心な上司は「言った・言わない」のトラブルも起こしがちである。そのため、口頭での挨拶や返事がないことは「特性」だと割り切って、重要な連絡は必ずメールやチャットなどを利用し、証拠となる形で残すようにする。これはパワハラから身を守る防衛策にもなる

「冷たさ」を「客観性」と捉え直す
感情的なケアは期待できないが、逆に言えば、好き嫌いで評価を変えたりすることは少ないという利点もある

 なお、発達障害グレーゾーン社員が上司の場合、部下一人の努力では限界がある。そこで組織としては、次のような対策をポイントにするとよいだろう。

「斜めの関係」の構築
その上司を通さなくても、他部署の先輩やさらに上席の管理職にも相談できるルートを確保させることが不可欠であり、このような仕組みづくりは会社側が率先して実施すべきである

評価軸の多角化
無関心な上司による「評価の偏り」を防ぐためには360度評価の導入や、人事部による定期的な面談の実施など、上司一人の裁量に頼らない仕組みづくりが部下のメンタルを守る鍵となる

 部下に関心がない上司の振る舞いは、部下の側からは冷酷なパワハラに見えることがある。しかし、その多くは「攻撃意図」ではなく、情報の欠落から生じている。一見冷たい上司を「関心の幅が極端に狭い専門家」なのだと思い、コミュニケーションのプロトコル(手順)を組織やチームメートがつくって、そのとおり実行するとよいだろう。この視点を持つだけで、部下側の「無視されている」という心理的苦痛は、少し和らぐことになる。

組織としてできること:サポートの網の目を広げる「チームケア」と「ピアケア」

 発達障害グレーゾーン社員への対応において、現場の上司や部下など一人だけが責任を背負い込むことには限界がある。組織が機能不全に陥るのを防ぎ、双方が安心して働ける環境をつくるためには、次の二つのケアが鍵となるだろう。

組織全体で支え合う「チームケア」

 チームケアとは、特定の個人に依存せず、組織全体でフォローアップを行うケアである。チームケアのメリットには、次の2点がある。

助け合いの風土醸成
メンバー同士が互いに声を掛け合い、困り事を早期に共有できる人間関係を築くことが可能になる

孤立の防止
良好なチームケアがあれば、業務上の些細(ささい)な違和感に対しても、周囲が早期に気づきを得て、適切なサポートにつなげることが可能になる

“縦・横” 関係ではない第3の居場所「ピアケア」

 仕事の悩みやメンタルヘルスの不調を感じた際、直属の上司や同僚に相談すると「評価に響くかもしれない」「理解してもらえないかもしれない」という不安から、本音を隠してしまう人が少なくない。そのような人にとって有効なのが「ピアケア」である。ピアケアサポートとは、一般的に、社内の他部署の社員や専門知識(キャリアやメンタルヘルスの知識)を持つ社員が、相談員としてサポートする仕組みを指す。ピアケアのメリットには、次のようなものがある。

利害関係のない安心感
直接的な業務関係がないため、キャリアへの不利益を恐れずに安心して悩みを打ち明けられる

「上司側の悩み」も救う
ピアケアは、上司も利害関係のない専門家や管理職経験者などに相談できるため、孤立する管理職自身の救いにもなる

 組織側の理想の対応としては、「チームケア」で日常の摩擦を減らし、「ピアケア」で安全な避難所をつくる二段構えだろう。これらのケアについて事例を通して紹介する。

事例③:Dさんの会社における実践
 IT企業の制作チームに所属するDさん(ASDグレーゾーン傾向)。Dさんの強みは、プログラミングの作業に驚異的な集中力を発揮し、コードの精度も高いことだ。一方で、課題としては、突発的なスケジュールの変更にパニックになったり、複数の指示が重なるとフリーズしてしまったりすることである。

 Dさんの会社では、次の2ステップでチームケアとピアケアを導入・実践した。

<ステップ1>チームケアによる「業務の標準化」と「声掛け」
 当初、直属の上司であるE課長は「Dさん専用の指示書」を一人で作成していたが、彼への対応に疲弊していた。しかし、チームケアの考え方を導入し、Dさんの傾向を「チーム全体の問題」として再定義した。そして、チーム全体で「タスク管理ツール」を導入し、誰が今何をしているか、変更があった場合はどこを見ればいいかを視覚的に共有した。その結果、同僚たちが「Dさん、今の変更点はツールのここを更新しておきました」と自然に声を掛ける風土が生まれた。E課長一人にかかっていた負荷が分散され、Dさんも「誰に聞いても同じ答えが返ってくる」という安心感を得ることができた。

<ステップ2>ピアケアによる「心理的安全性」の確保
 業務はうまく回り始めたものの、E課長は「Dさんのキャリアをどう描けばいいのか、自分の指導が本人のプレッシャーになっていないか」と一人で悩んでいた。そこで、Eさんは他部署の有資格者であり、管理職経験者が担当するピアケアの場で、「自分の指導方法が正しいかどうか自信がない」と相談した。Eさんは、このような弱音を吐露することで、管理職としての孤独から解放された。
 この事例のポイントは、「上司が一人で頑張るのをやめた瞬間、組織が回り始めた」という点だ[図表]

[図表]チームケアとピアケアの役割・成果

図表

 発達障害グレーゾーン社員と “ともに働く” 上で重要なことは、「発達障害グレーゾーン社員をどう変えるか」ではなく、「周囲との接続部(インターフェース)をどう整えるか」という視点だろう。

 本連載では、事例をとおして、発達障害グレーゾーン社員の持つ特性を理解した上で、彼らの特性の生かし方や効果的な組織などを解説してきた。多様な特性を持つ仕事仲間として、ぜひ良好な関係を築いていってほしい。

プロフィール写真

舟木彩乃 ふなき あやの
心理学者〈ヒューマン・ケア科学博士/筑波大学大学院博士課程修了〉
株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長

博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」/筑波大院専攻長賞受賞。官公庁カウンセラーでもあり、中央官庁や自治体での研修・講演実績多数。保有国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、キャリアコンサルタント技能士2級など。著書に『発達障害グレーゾーンの部下たち』(SB新書)、『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(集英社インターナショナル新書)など。