2026年04月06日掲載

発達障害グレーゾーンの人たちと “ともに働く” 上で知っておきたいこと - 第4回 発達障害グレーゾーン特性を “生かす” には

心理学者・博士
株式会社メンタルシンクタンク 副社長 舟木彩乃

発達障害グレーゾーン社員を “生かす” とは

 連載の第4回となる今回は、「発達障害グレーゾーン社員の特性を生かす」をテーマに、事例を参考にしながら周囲の対応法についても考えたい。
 発達障害グレーゾーンの人たちは、診断はついていない状況ではあるが、ADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)の特性を持つことがある。彼らは、「困り事」と「強み」が同じ根から生まれていることも多く、環境によっては生きづらさに悩む一方で、適切な働き方に出合うと驚くほど能力を発揮することがある。
 ここでは、ADHDやASD傾向の特性を “生かす” という視点から、適切な働き方の事例を紹介する。

ADHD傾向:エネルギーの方向づけが鍵

 発達障害グレーゾーンの中でも、ADHD傾向を持つ人は「ちょっとした生きづらさ」を抱えやすい。しかし、その “生きづらさ” のもととなる特性は、裏を返せば “資質” としてプラスの側面もあり、環境次第で大きな強みに変わることもある[図表1]

[図表1]ADHDの傾向を持つ人の特性と行動例、資質としての側面

図表1

 ADHDの三大特徴である「不注意」「多動性」「衝動性」を中心に、働き方と周囲の関わり方を具体的な事例とともに紹介する。

事例①:企画職で力を発揮したAさん
 Aさん(女性30代)は、営業事務として働いていたが、周囲からは「ミスの多い人」と評価されていた。適応障害を発症したAさんは、受診先でADHDの傾向があることを指摘されたが、彼女の特性は、仕事にどのように影響していたのだろうか。

「不注意」のエピソード
必要書類を共有するためのメールでその書類の添付を忘れる、会議の時間を勘違いして違う時間を伝えてしまう、メモを取ったがそれをどこに置いたか忘れる

「多動性」のエピソード
会議中に面白いアイデアが浮かぶとそわそわしてしまう、デスクでじっと座っていると疲れるため席にいないことが多い、複数のタスクを同時に始めてしまい優先順位の高い仕事が終わらない

「衝動性」のエピソード
思いついた内容をすぐチャットに投げてしまう、相手の話を最後まで聞く前に意見を言ってしまう

 事務職としては、これらのエピソードは「欠点」として扱われるので、Aさんは自信を失っていた。

 しかし、以前から興味があったベンチャー系広告代理店の企画職に思い切って転職すると、状況は一変した。風通しが良く規模が小さい会社だったこともあって、Aさんには社長や役員と自由に意見交換できる機会に恵まれ、そこで彼女の意見が採用されることもしばしばあった。また、Aさんは採用時にADHDの傾向があることを社長らに伝えたところ、「まずは働いてみてから考えよう」と言われ、その言葉に救われたという。
 Aさんが企画職として働き始めると、小さなミスはあるものの、それ以上に社内外から評価されることが多かった。彼女が評価された点としては、トレンドを素早くキャッチする感度の良さやアイデアの豊富さ、行動力、試行錯誤して結果を出すまでの速さであった。Aさんは、「自分の落ち着きのなさが、企画の現場では “スピード感” や “行動力” と捉えられて武器になる」と気づいたと回想している。

 一方で、Aさんと仕事でペアを組んでいる同僚との人間関係は、最初の頃はギクシャクしていた。同僚からすれば、“会話の途中で自分の話を始めること” や “伝えたはずのことを忘れていること” などがAさんのADHD特性によるものとは知らなかったので、単に「失礼な人」という印象を抱いていたからだ。しかし、Aさんが同僚に自身の特性を開示し、お互いにとって、そして組織にとって良い方法を模索し始めたことで、同僚はAさんとの関わり方を学んだそうである。その内容を以下にまとめる。

ADHD傾向のある同僚への関わり方(Aさんの同僚が留意したこと)

Aさんが担当するタスクについては、口頭とメールで「目的・期限・優先度」を伝えた上で役割分担を明確にした

企画会議などアイデアを出すような場では、自由に発言してもらうことにした

細かい管理は同僚が自分の役割として引き受け、チームでも補完した

Aさんの衝動的な発言を責めず、“一度整理してから共有しよう” などと提案するようにした

 また、同僚は、AさんからADHD傾向があることについて開示されたとき、「どういう状況だとストレスになる? Aさんにとってストレスにならない状況は?」という質問をしたそうだ。これに対し、Aさんが「責められない環境だと、自然と落ち着いて行動できる」と語ったことが、同僚にとってはAさんと良好な関係を築く関わり方のヒントになったということだった。発達障害グレーゾーンの同僚と仕事の進め方について話し合うときの良質な質問の一つとして、覚えておくとよいだろう。

ASD傾向:深い集中と構造化が力に変わる

 発達障害グレーゾーンの中でも、ASD傾向を持つ人は、「社会の曖昧さに疲れやすい」という生きづらさを抱えているといえるだろう。しかし、その “生きづらさ” の根にある特性は、先ほどのADHDの特性同様に、裏を返せば “専門性を支える資質” でもあり、環境次第で大きな強みに変わる[図表2]

[図表2]ASDの傾向を持つ人の特性と行動例、資質としての側面

図表2

事例②:データ分析で力を発揮したBさん
 Bさん(男性30代前半)は、営業マーケティング部の所属で、主にデータ分析の仕事を任されていた。彼は、[図表2]にあるようなASD特性を持っていたが、これらはむしろ彼の仕事に有利に働いていた。Bさんは、興味を持ったテーマに対して驚くほどの集中力を発揮するタイプだったが、データ分析の仕事に就いてからは、過去15年分のデータを自らさかのぼって調べたり、新しい分析手法を休日に独学で習得したりするといった “深掘り” を自然にやっていた。ほかにも、別のメンバーが見落としていた細かなパターンを見抜き、原因を突き止め、モデルの改善につなげたことが何度もあった。その一方で、興味のない雑務は後回しになりがちで、周囲からは「こだわりが強い」「周囲への迷惑を考えない」などと言われることもあった。
 それでも結果を出していたBさんは、データ分析の仕事に加えて、お得意さま対応を含む顧客管理の仕事を任されるようになった。しかし、曖昧な依頼や相談をしてくる顧客への対応はBさんにとって大きなストレスとなり、これまで順調に処理していた業務にも支障が出るようになった。チーム全体に影響が出てきたこともあって、同僚数人がBさんのアシストをすることとなった。

 Bさんのケースは、ASD傾向の人が職場でつまずきやすい典型的なポイントを含んでいる。特に、曖昧な依頼への弱さ、興味のない業務から受ける大きな負荷、急な変更や抽象的なコミュニケーションへのストレスが重なると、これまで安定していた業務にも影響が出やすい。しかし、専門家のアドバイスを受けて周囲との関わり方を少し変えたことで、Bさんの強みは “専門性” として機能し始めた。以下に、同僚やチームが実際に取り組んだ対応を整理する。

① 顧客対応は “抽象部分をチームが補助” し、Bさんは “分析・整理” に集中できるようにする

 顧客対応には、曖昧な相談や感情的なニュアンス、文脈の読み取りなど、ASD傾向の人が苦手とする要素が多い。Bさんをアシストする同僚ができる対応としては、次のようなものがある。

顧客からの相談内容を一度チームで要点化してからBさんに渡す

顧客の “意図” や “背景” を言語化して共有する

Bさんには、事実整理・データ分析・提案内容の構造化を任せる

 つまり、曖昧な部分はチームが前処理し、Bさんは自身の専門性が生きる部分に集中するという役割分担が有効である。

② 雑務や曖昧なコミュニケーションが多い業務は “チームで分担” する

 Bさんは、興味のない雑務を後回しにしがちだった。これは怠慢ではなく、ASD傾向の脳の特性によるものである。同僚ができる対応としては、次のようなものがある。

雑務はチームでローテーションして処理する

Bさんには “専門性が必要な業務” を中心に任せる

雑務が必要な場合は、手順を明確にしたチェックリストを用意する

 これにより、Bさんの負荷は大きく減り、得意分野の仕事でのパフォーマンスが安定する。また、アシストする側もローテーションで対応することで、特定の人に負担が集中しない。

 Bさんのケースは、ASD傾向の人が職場でつまずく典型例だが、チームや同僚の関わり方が少し変わるだけで、特性が有利に働くことも少なくない。曖昧さを減らし、役割を明確にし、強みが発揮される領域に集中できる環境さえ整えば、ASD傾向の人は組織にとって欠かせない “安定性の軸” となる可能性が十分にあるだろう。

プロフィール写真

舟木彩乃 ふなき あやの
心理学者〈ヒューマン・ケア科学博士/筑波大学大学院博士課程修了〉
株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長

博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」/筑波大院専攻長賞受賞。官公庁カウンセラーでもあり、中央官庁や自治体での研修・講演実績多数。保有国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、キャリアコンサルタント技能士2級など。著書に『発達障害グレーゾーンの部下たち』(SB新書)、『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(集英社インターナショナル新書)など。