2026年03月17日掲載

戦略人事×生成AI:未来の組織デザインとHRの役割 - 第1回 世界のHRはどこへ向かうのか ~生成AIが変える人事と組織の大潮流

Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタント
津田恵子

【編集部より】

全5回にわたる連載「戦略人事×生成AI:未来の組織デザインとHRの役割」がスタートします。執筆いただくのは、2024年に「人事が取り組む生成AI活用」の連載を担当した津田恵子氏です。
生成AIが世界的に広がりを見せる中で、戦略的に生成AIを活用していくために人事や組織は何を行ってどうあるべきかを、専門家の観点から解説していただきます。

はじめに

 生成AIの急速な進展により、人事領域にも大きな変化の波が押し寄せている。「生成AIは人事の仕事を奪うのか」「人はどこまでAIに任せてよいのか」といった問いは、もはや一部の先進企業やIT企業だけのものではない。規模や業種を問わず、多くの企業において、人事・経営の共通課題となりつつある。
 人事はこれまで、制度設計や労務管理、採用・評価といった機能を通じて、組織運営を支えてきた。しかし生成AIの登場は、その前提を大きく揺さぶっている。業務の一部がAIに代替されるだけでなく、「人が担う仕事とは何か」「組織はどのような機能を持つべきか」といった、より根源的な問いが突きつけられているのである。

 本連載では、生成AI時代における人事の役割を、単なる業務効率化やIT活用の文脈にとどめず、「組織デザイン」「人材戦略」という経営レベルの視点から捉え直すことを目的とする。第1回では、まず、世界および日本企業の動向を整理し、生成AIが人事と組織に与える構造的な変化を俯瞰(ふかん)したい。

世界のHRで起きている構造変化

 2025年9月に米ラスベガスで開催されたHR Tech Conference2025では、生成AIをめぐる議論の質が、明らかに次の段階へと進んでいた。数年前まで中心だった「業務効率化」「自動化」「人件費削減」といったテーマは後景に退き、現在は「AIを前提とした組織設計」や「人とAIの協働モデル」が主要な関心事となっている。
 とりわけ印象的だったのは、生成AIが「人事業務を効率化するツール」ではなく、「組織の一員」「意思決定主体の一部」として語られていた点である。会場では、生成AIを “いかに導入するか” ではなく、 “組織の中でどのような役割として位置づけるか” という議論が主流となっていた。

 この文脈で頻繁に登場していた概念が、「AI Colleague」と「AIエージェント(Agentic AI)」である。
 AI Colleagueとは、AIを単なるアシスタントや自動化ツールとして扱うのではなく、人と並走しながら業務や意思決定を支える「同僚」として位置づける考え方だ。具体的には、AIが分析や選択肢の提示、過去データとの比較を担い、人が最終判断や責任を負う——という役割分担が想定されている。ここで重要なのは、AIを擬人化することではなく、「組織の中でどの判断を誰が担うのか」を明確にする点にある。実際のデモでは、電話でAIと会話してパソコンの在庫を確認し、それを指定の拠点に送るという指示をしていた。
 一方、AIエージェントは、より自律性の高い存在として構想されている。一定の目的やルールを与えられたAIが、タスクを分解し、必要な情報を収集し、複数の選択肢を評価した上で行動する。人はそのプロセスを監督し、必要に応じて介入していく。HR Tech Conferenceでは、採用、配置、人材育成、ワークフォースプランニングといった領域において、AIエージェントが実装段階に入りつつあることが示されていた。
 ここで注目すべきは、AIエージェントの導入が、人事の仕事を単純に代替するものではない点である。むしろ、意思決定のスピードと精度が高まることで、「どの基準で判断するのか」「誰が最終責任を負うのか」といったガバナンスの重要性が増している。HRは、AIエージェントの設計思想や運用ルールに関与することで、組織の価値観を反映させる役割を担うことになる[図表1]

[図表1]グローバルでの生成AIの役割変化

図表1

 こうした技術的な議論と並行して、企業トップのAIに対する哲学の違いも浮き彫りになっていた。とりわけ象徴的だったのが、ウォルマートとアマゾンという二大企業のCEOが語る、AIと人の関係性に対するスタンスの差である。
 ウォルマートのCEOは、AIを「現場の意思決定を支援する存在」として位置づける。同社では、店舗運営やサプライチェーンにおいて生成AIを活用しつつも、最終的な判断や顧客対応の責任は人が担うという原則を明確にしている。AIは判断材料を提供するパートナーであり、人の仕事を奪う存在ではないというメッセージが一貫して発信されている。
 一方、アマゾンのCEOは、AIをより大胆に「業務そのものを再構築する基盤」と捉える。生成AIによって業務プロセスを根本から見直し、人が担う仕事の定義自体を変えていく。その過程で一部の仕事は消滅するが、それ以上に新しい役割が生まれるという考え方である。ここでは、AIと人の境界線を固定せず、事業成長に合わせて動的に再設計していく姿勢が強調されていた。

 会場ではまた、メタの人員削減をめぐる議論も注目を集めていた。メタは大規模なレイオフ(一時的な整理解雇)を実施した企業として語られがちだが、実際には単純な削減ではなく、生成AI時代を見据えた大規模な内部異動と再配置が同時に進められている。
 メタでは、AI・データ関連領域への人材シフトを前提に、役割の見直しとリスキリングが行われている。外部から見ると「人員削減」に映る動きの裏側で、仕事の再定義と人材の再配置が進んでいるのである。この点は、日本企業が海外事例を読み解く際に、特に注意すべきポイントだろう。

 これらの事例が示しているのは、生成AIの活用が単なるテクノロジーの選択ではなく、経営哲学と人材戦略の表明になっているという事実である[図表2]。HRは、その翻訳者として、組織の中でこれまで以上に重要な役割を担うことになる。

[図表2]米国企業CEOのAIに関する経営哲学

図表2

日本企業における生成AI活用の現在地

 日本企業においても、生成AIは具体的な業務・組織変革の手段として活用され始めている。その象徴的な事例が、NTTおよびSHIFTである。
 NTTでは、生成AIを活用して定型業務やルーティンワークを自動化し、人がより付加価値の高い業務に集中できる体制づくりを進めている。34万人規模の業務分析を実施した上で、半分以上の業務がAIで代替可能であることを確認し、組織全体での業務再設計を推進中である。注目すべきは、生成AI導入の目的が、「人員削減」ではなく「人の役割の再定義」に置かれている点である。AIに任せられる業務は積極的に委ね、その分、人は判断、設計、対話といった領域にシフトしていく。こうした考え方が、全社的なメッセージとして共有されている。

※日本経済新聞(2025年11月15日付)「AIが仕分ける日本の雇用 NTT、34万人の業務『5年後に半分代替』」

 一方、企業の基幹システム構築などITの総合ソリューションを提供するSHIFTでは、ソフトウエアの品質保証(QA)業務において、AI活用を前提とした業務設計が行われている。業務を職種単位ではなくタスク単位に分解し、それぞれについて「AIが担う部分」と「人が担う部分」を整理する。その上で、業務フロー全体を再構築することで、組織規模を拡大しながらも生産性を高めるという成果を上げている。人事領域では、数年後に、400人規模の人事部で年間5000人の採用を実現するという目標があり、実在している面接官の情報を学習させ、書類選考にAIを用いるなど、テクノロジーを徹底活用した採用活動が行われている。

 これらの事例が示しているのは、生成AIが単なる業務効率化ツールではなく、組織能力そのものを引き上げる装置として機能し始めているという事実である。生成AI導入の成否を分けるのは技術力ではなく、組織設計の巧拙だといえるだろう。

生成AIは人事の仕事を奪うのか

 生成AIの導入に際して、現場の人事担当者からは不安の声も少なくない。「評価や採用はAIに置き換えられるのか」「人事の専門性は不要になるのではないか」といった懸念である。講演や対話の場でも、最も多く寄せられる問いの一つが、このテーマである。
 しかし、筆者自身がセミナーなどで繰り返し強調してきたのは、「生成AIは人事の仕事を奪うのではなく、人事の “仕事の重心” を移動させる」という点だ。本質的な変化は、仕事がなくなることではなく、仕事の中身と求められる能力が変わることにある。
 生成AIが得意とするのは、情報収集やデータ整理、パターン認識、選択肢の提示といった領域である。例えば採用において、生成AIは、候補者の母集団形成、職務要件とのマッチング、過去データとの比較分析などを高い精度で担うことができる。一方で、候補者の価値観や成長可能性、組織との相性をどう評価するかは、人の判断に委ねられる。
 評価制度においても同様である。生成AIは、評価データの分析や傾向把握を支援できるが、「評価基準そのものをどう設計するか」「評価結果をどのようにフィードバックし、成長につなげるか」を考えるのは人事の役割だ。人材育成においても、生成AIは学習コンテンツの推薦や進捗(しんちょく)管理を担えるものの、「どの能力を伸ばすべきか」「どの経験を積ませるべきか」という判断は、人が行う必要がある[図表3]

[図表3]AIと人間の判断分担モデル

図表3

 筆者は、この変化を「人事の仕事が “実行中心” から “企画・設計中心” へ移行する」と表現している。従来の人事は、制度運用や業務遂行といった実行フェーズに多くの時間を割いてきた。しかし、生成AIの活用が進むほど、人事に求められる役割は、判断基準やルール、意思決定プロセスの設計の比重が高まっていく。
 このとき重要になるのが、「人事の価値観」や「人材に対する哲学」である。AIが選択肢を提示する時代において、どの選択肢を良しとするかは、企業ごとの価値観によって異なる。人事は、その価値観をAIの設計や運用に反映させる存在として、これまで以上に重要な役割を担うことになる。

オペレーションから組織デザインへ——人事の役割転換

 生成AI時代において、人事に求められる役割は大きく三つに整理できる。

 第一に、仕事を「職種」ではなく「タスク×スキル」で捉え直す視点である。生成AIの導入によって、仕事は職種単位ではなく、より細かなタスク単位で分解・再構成が可能になる。人事は、どのタスクがAIに代替され、どのタスクが人に残るのかを見極め、その結果として必要となるスキル構成を再定義する必要がある。
 このとき重要なのは、スキルを「保有しているか否か」ではなく、「どの場面で発揮できるか」という観点で捉えることだ。生成AIが普及すると、知識そのものの希少性は低下する。一方で、状況に応じて知識を組み合わせ、意思決定や創造に結びつける力の重要性は相対的に高まる。人事は、こうしたスキルの質的な違いを可視化し、人材育成や配置に反映させる役割を担う。

 第二に、AIと人の役割分担を設計する力である。生成AIに任せる業務と人が担う業務、その境界を曖昧にしたままでは、現場に混乱や不安が生じる。特にAIエージェントの導入が進むほど、意思決定のプロセスや責任の所在を明確にすることが不可欠となる。
 ここで人事が果たすべき役割は、生成AIの導入可否を判断することではない。生成AIがどの判断を担い、人がどの判断を担うのか、その設計思想を組織として明文化することである。判断基準や介入ポイントが不明確なままでは、AI活用は属人的な運用に陥りやすく、結果としてガバナンス不全を招く。

 第三に、経営戦略と人材戦略を接続する翻訳者としての役割である。生成AIの導入は、事業戦略や組織構造と不可分であるにもかかわらず、AI活用がIT部門や一部の現場に閉じてしまうケースも少なくない。
 人事は、経営が描く中長期の事業戦略を、人材・スキル・配置という具体的な設計に落とし込む存在である。事業がどの領域で競争優位を築こうとしているのか、そのためにどの能力が必要なのかを整理し、AIと人の組み合わせとして組織に実装していく。この翻訳プロセスこそが、生成AI時代における人事の中核的な価値となる。

 生成AIの活用が進むほど、人事は「管理部門」ではなく、「組織デザインの担い手」としての役割を強めていく。その転換点に、今まさに多くの企業が立っている[図表4]

[図表4]人事の役割転換

図表4

本連載の全体像

 今後の連載では、生成AI時代の人事・組織をめぐる論点を、以下のテーマで掘り下げていく。

第2回:AIと人間の役割分担をどう再設計するか ~スキルベース組織の新基準

第3回:生成AI時代のワークフォースプランニング ~配置・離職・スキル需給を先読みする

第4回:生成AIリテラシーを採用・育成・評価に組み込む

第5回:人間中心のAI活用設計 ~幸福度と創造性が高まる組織づくり

 生成AIはテクノロジーの問題であると同時に、「人の価値をどう捉えるか」という組織の根本的な問いを突きつけている。人事は今、その問いに最前線で向き合う立場にある。

 次回は、AIと人の役割分担をどのように再設計すべきか、より具体的に検討していく。

プロフィール写真 津田恵子 つだ けいこ
Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタント
岐阜県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2002年より株式会社リクルートスタッフィングにて人事採用業務に従事。2004年より伊藤忠人事総務サービス株式会社にて、グループ会社向け採用アウトソーシングや伊藤忠商事向け研修企画・運営に従事。
2019年9月に独立し、「一人ひとりの能力が活きる社会を実現する」をビジョンにHappiness insightを創業。企業における採用活動支援では、2022年の面接実績は350名、ダイレクトリクルーティングに関しては、複業クラウド、LinkedIn(リンクトイン)、LabBase、Wantedly、アサインナビ、キミスカなど対象別にプラットフォームを使い分けて実績を出す。その他リカレント教育普及やRPO(採用代行)を通して、働き方に悩んだ自身の経験を活かし、人々の幸せな働き方を支援している。
2023年3月、早稲田大学大学院経営管理研究科修了・MBA取得。稲門会会員。プライベートは三児の母。生成AIプロダクト「Crew」を提供する株式会社クラフターでは、2023年3月から2025年11月まで人事を担当。生成AIに関する資格「生成AIパスポート」取得。現在は従業員幸福度測定のAgentic AI「ハピ子」についてプロダクト構想中。