2026年01月15日掲載

気になる人事制度インタビューシリーズ - 第5回 サッポロビール ~現場と人事の対話の場「人事キャラバン」を展開し、新人事制度を浸透

本記事は、『労政時報』本誌で取り上げていない各社独自の背景・思想に基づく人事施策を幅広く紹介する不定期シリーズ企画です。
今回は、新人事制度への理解度向上を狙い、人事担当者が全国の事業場を訪問し現場の社員と対話する「人事キャラバン」の取り組みについて、サッポロビール株式会社の人事総務部の皆さんに話を伺いました。

全国の事業場の約1700人と「人事キャラバン」で対話。参加者の8割が新人事制度への「理解が深まった」

サッポロビールは、「現場主体の育成評価」「社員の主体性を重視」「内向きから外向き・未来向きへ」をキーワードに、2020年1月に人事制度を改定した。年間考課ランク付けを廃止し “ノーレイティング” を導入するなど、抜本的な改革を行ってきた。しかし、新人事制度を社内外に公表した直後に、新型コロナウイルス感染症が拡大し、人事から現場へのダイレクトコミュニケーションも難しくなった結果、現場で「人事がブラックボックス化しているのではいないか」との不平・不満が生じていることが大きな課題となった。その解決を図るために、2023年6月からスタートしたのが、新人事制度をテーマに現場と人事が対話する「人事キャラバン」である。

取材対応者写真

[取材対応者]
サッポロビール株式会社
(写真左から)
人事総務部 武井紘哉
人事総務部 丸一菜々
人事総務部 佐々木一馬

※以下、本文敬称略

CORPORATE PROFILE
1876年に創業した酒類メーカー。「新しい楽しさ・豊かさをお客様に発見していただけるモノ造りを」を経営理念とし、ビール・発泡酒・ワインなどの製造販売、洋酒の販売を手がける。代表的なブランドには「サッポロ生ビール黒ラベル」や「ヱビスビール」がある。

本社 東京都渋谷区恵比寿4-20-1
資本金 100億円
従業員数 2125人(単体)
 

〈2024年12月現在〉

URL https://www.sapporobeer.jp/

「人事がブラックボックス化している」という現場の不満を解消すべく、対話型の人事キャラバンで新人事制度の理解を深める

──人事キャラバンとは、どのような取り組みでしょうか。
武井 人事総務部が全国各地の事業場(本社、営業本部、工場、研究開発拠点)を訪問し、現場の管理職・一般社員と意見交換する場として、2023年6月から展開している取り組みです。2020年1月に導入した新人事制度(『労政時報』〔第4035号-22. 5.13/ 5.27〕参照)をテーマに、現場の声に耳を傾けると同時に、新人事制度のポイントを改めて伝え、理解を深めてもらっています。参加者の意識にポジティブな変容を促すため、“対話” の要素を組み込んだプログラムになっている点が特徴です。

──スタートした経緯を教えてください。
武井 2020年の改定により、当社では評価制度では年間考課ランク付けを廃止して “ノーレイティング” 型の制度とし、管理職のマネジメントスタイルを “支援型マネジメント” にシフトしました[図表1]。また、役割変更(昇格・降格)については、経験年数等の昇格基準を見直し、部長・課長クラスが参加する「人財育成会議」で候補者を決め、推薦する方式に変えました。しかし、本改定が抜本的な改革であったこともあり、現場に「人事がブラックボックス化しているのではいないか」との不平・不満が生じており、大きな課題となっていました。

[図表1]人事評価制度改定の方向性(キーワード)と主な改定内容

図表1

[注]具体的な内容に関しては『労政時報』(第4035号-22. 5.13/ 5.27)参照

丸一 もちろん、明確な基準を設けて人事制度を運営していますので、人事総務部の意識としては全くブラックボックスには当たらないのですが、現場からそのように見えてしまっているのも事実です。こうした不平・不満を生み出す大きな原因の一つは、「新人事制度の設計意図が現場にうまく伝わっていない」点だと考えました。導入時には人事総務部が全社向けの説明会を実施し、質疑応答の時間も設けてはいました。ただ、制度の内容説明が中心なので、現場目線では「聞いておしまい」になっていた面もあると思います。新人事制度の内容をかみ砕いて現場に落とし込む部分については、マネジャー任せとなってしまうケースも多く、制度の設計意図がなかなか伝わり切らず、社員一人ひとりが “自分ごと化” できていない状況に課題感がありました。
 制度改定直後に新型コロナウイルス感染症が拡大し、現場と直接コミュニケーションを取ることが難しくなってしまったため、コロナ禍が収束してきたタイミングで仕切り直しの意味も込めて、制度改定の狙いを改めて伝えるとともに、現場から新人事制度への率直な意見をもらう機会を設けたいとの考えに至りました。

──訪問当日までの流れはどういうものでしたか。
武井 人事キャラバン開催に際して、実施目的や内容を、各事業場の部長にオンラインミーティングで伝えました。忙しい合間を縫って開催をお願いすることになるので、耳の痛いことを言われることもありましたが、「新人事制度を適切に運用することで、個人と組織の成長を促していきたい」との思いは、現場も人事も同じです。このベクトルをしっかりと合わせてキャラバンをスタートしたかったのです。
 その上で、各部長から事業場メンバーにキャラバンの趣旨を伝えてもらい、参加者を募りました。人事から全体に通達すると招集のようなイメージになってしまうので、キャラバンの開催目的を部長からしっかりと説明してもらいました。

心理的安全性を確保することで、グループワークを促進

──どのくらいの規模感で行われるのでしょうか。
武井 担当は人事総務部の人事グループで、人事総務担当役員および人事総務部長を含む5、6人のメンバーで現場に訪問します。
 対象は総合職全員で、有期雇用社員も希望者は参加可能としました。当日は、管理職と一般社員を同じ会場に集めて、意見をダイレクトに出し合ってもらいます。人事も含めて、全員がそれぞれ違う視点の意見を傾聴することが気づきや学びにつながるからです。本社では複数の部をまとめて、本社以外の事業場では全員に集まってもらう場合が多いので、最大で100人弱の会になります。担当役員・部長は参加必須としました。

丸一 人事総務部側で各回の参加者を4~7人にグループ分けしました。グループワークを促進するように、メンバーの決め方も工夫しています。例えば、同一拠点でも、上司が違うと仕事の進め方や思考に異なる部分があるため、相互の気づきにしてほしいと考え、異なる部署のメンバーが混在するように分けました。また、年代や役割、等級に応じて抱えている悩みも違うので、身近な悩みを共有できるように、年代や役割が近い層で固めるようにもしました。

佐々木 工場で生産ラインに従事する技能コースの社員は人事キャラバンとは別の枠組みで、人事施策の浸透にフォーカスした機会を用意しました。各事業場の総務部が中心となって、改めて新人事制度の骨子を説明するとともに、「育成評価制度を活用した成長支援とは」といったテーマについてディスカッションしてもらっています。

──プログラムはどのようなものでしょうか。
武井 グループワークを中心に構成しています[図表2]。具体的には、社員のキャリアに与える影響が大きく、かつ、会社の意思決定フローが不透明に感じられやすい、「育成評価制度」「役割変更」「異動配置(キャリア形成)」の三つのテーマについて対話を行います。
 会の冒頭に、人事総務部長が人事キャラバンを展開する思いを伝えます。新人事制度に関する人事から現場へのダイレクトコミュニケーションが不足していたという反省に立って、①人財育成施策に対して、社員全員が腹落ちできている状態ではないこと、②育成評価制度の活用度合いは道半ばであること——が人事キャラバンの実施背景にあることを素直に伝えます。その上で、「部長から新入社員まであらゆる層の社員が集まっている中で、率直な意見をぶつけ合う相互理解の場として活用してほしい」と、心理的安全性が保たれている点を強調するようにしました。

[図表2]人事キャラバンのプログラム

図表2

──グループワークはどのように進行しますか。

人事総務部 武井紘哉氏 人事総務部 武井紘哉氏 武井  ①人事から「現状の声」を説明、②新人事制度について人事に回答してほしいこと・全体に共有したいことをグループで討議、③グループワークで出た質問や意見に対して人事が回答——という流れで進みます。
 ①のプログラムを設けているのが一つの工夫なのですが、グループワークを始める前に、人事制度アンケート等で人事総務部に届いた人事制度に対する疑問・不満の声を紹介しています。例えば、育成評価制度であれば「『スキルレビュー』『ストレッチゴール』『パフォーマンスレビュー』の使い分けが難しくない?」、役割変更であれば「他事業場は推薦者が多いのに、どうしてウチの職場ではこんなに少ないの……?」、異動配置であれば「ずっと同じエリアにいる人と、あちこち動く人にはどんな違いがあるの?」といった率直な意見を開示し合います。グループワークが盛り上がらなくなってしまう要因の一つは、「こんなことを聞いていいのかな」「みんながいる中で、自分だけ知らないのは恥ずかしい」といった心理的な障壁が参加者側に生じるためだと思います。冒頭に人事側から “さらけ出す” ことで、「忌憚(きたん)のない意見がほしい」という人事のメッセージを伝えると同時に、「こんなことを話したり、質問したりしてもいいんだ」と感じてもらうことで、参加者の心理的安全性を確保したいと考えました。
 また、人事総務部のメンバーはグループワークには参加せず、会の運営に専念しました。人事の話題には参加者全員がいろいろな思いを持っており、会話が自然と盛り上がっていたこともあり、人事総務部がファシリテートする必要性はあまりなかったと記憶しています。

佐々木 意見や質問が多く出すぎて、「ごめんなさい。あと1問でいいですか」と時間を区切ることもあったくらいです。人事は社員からの声を待つだけでは駄目で、現場に出て声を集める姿勢こそが重要だと実感しました。

事前準備をしすぎず、その場で回答することで “リアル感” を伝える。反映できる意見はすぐに生かして人事制度をアップデート

──現場からはどのような質問や意見が出てきたのでしょうか。
佐々木 事前質問は受け付けていなかったので、グループワークで出た意見や質問がそのまま人事に伝えられます。「役割変更はどのように決まっているのか」「1on1は何のためにあるのか」といった質問は、すべての会に共通して多く出ていた印象です。
 人事としての想定問答は作っているものの、現場から踏み込んだ質問がリアルタイムで寄せられますので、人事総務担当役員や人事総務部長が出席する中で、それらに対して人事グループの担当者がしっかりと答えることを重視しました。そういった意味で “リアル感” が現場からの参加者にも伝わったのではないかと思います。また、厳しい質問にもゼロ回答は避けるように心がけました。もちろん、公平性の観点から答えられないものもありましたが、その場合には制度が出来上がった背景や人事側の思いを伝えて納得してもらうよう努めました。

人事総務部 丸一菜々氏 人事総務部 丸一菜々氏 丸一 現場視点では、どうしても「対会社、対人事」といった構図が作られがちですが、「われわれは相対する存在ではなく、会社の成長に向けてともに協力していく仲間であり、人事は現場社員の思いに共感して変革したいと思っている」という姿勢を伝える場として、人事キャラバンを位置づけています。だからこそ、事前準備をしすぎずに、その場で出た質問や意見に対して、共感しつつ可能な限り答えていく姿勢を大事にしています。
 また、現場社員は、出来上がった新人事制度に触れる中で、初めてその内容を知ることになります。制度の公表に至るまでに人事としては紆余(うよ)曲折があるわけですが、人事以外の社員がこうした熟議の経緯や苦労に触れる機会は少ないですよね。そんな中で、人事キャラバンでは現場からの意見に対して、「人事としても本当はご意見のような形こそがあるべき姿だと思っています。ただ、会社の判断としてはこのような経緯があり、そこまでは実現できていないのが現状です」といった具合に、共感を示しつつ「実は」という “人事の裏話” ができます。これはリアルイベントだからこそできる対話だと思っています。

──人事キャラバンの実施状況とこれまでの成果を教えてください。
武井 2024年末までに、全事業場(海外駐在員はオンライン参加)で実施を完了しました。実施回数は40回、参加者数は約1700人となっています。
 キャラバンで出された意見について、反映できるものはすぐに人事制度に反映させ、常時アップデートを図っています。例えば、役割変更については、上司側のフィードバックスキルおよび部下側のフィードバックを受け取るスキルの双方に課題があるとの意見を受けて、フィードバック研修を新しく導入しました。異動配置については、旧制度では自身のキャリアの見通しを上司に申告する「キャリアビジョンシート」を年1回しか提出できなかったところ、キャリアを考える機会を増やすために年2回に変更しました。その他、育児や介護などを理由とする1カ月以上の休業者の業務を引き継ぐ社員に、代行した業務負担分を賞与の一部として還元する「休職職場応援ポイント」の導入や、人財公募制度の拡大なども、人事キャラバンで出された意見を参考に実施したものです。
 また、人事キャラバン実施後、参加者にはアンケート調査に回答してもらいます。その結果の一つとして、新人事制度(育成評価制度、役割変更、異動配置〔キャリア形成〕)に関して、「参加前後で理解度に変化はありましたか」という質問に対し、8割前後が「理解が深まった」と回答しました。「人事と現場が直接対話できる機会があった場合、また参加したいですか」という質問には75%が「参加したい」と回答しており、人事キャラバンの意義を改めて実感しています。

丸一 キャラバンを行う中で、印象的な場面が一つありました。参加者の一人が「チーム内の評価差を気にするよりも、全員でもっと高い業績を目指して力を合わせましょう。事業場や会社の業績が高まれば、賞与のベースが上がるのですから」と呼びかけ、会場全体が盛り上がったのです。「会社に不満をぶつけるだけでは変わらないことを理解した上で、今どうしていくべきかを考えていくこと」は、現場社員にとっても、人事にとっても大事な心構えだと思います。こうしたポジティブな声が現場の一般社員から挙がったことが、リアルイベントである人事キャラバンを展開している一番の成果と感じています。

事業場の総務部門を巻き込みながら施策を展開

──今後はどのような施策を検討していますか。

人事総務部 佐々木一馬氏 人事総務部 佐々木一馬氏 武井 人事キャラバンのような現場と人事の対話の場は、継続的に設けなければならないと思います。現場の声は常に変化しているので、人事制度が変わったタイミングや、事業環境に変化があったタイミングで、しっかりと現場に寄り添い、現場の声を基に人事制度をブラッシュアップし続けたいと考えています。2025年3月に人事総務担当役員が変更となりましたので、現在は役職者を対象とした人事キャラバンを全国各事業場で実施しています。前回同様、対話を重視した内容に変更はなく、現場の生の声を聴き、制度や施策に生かしています。
 また、本社だけでなく、各事業場の総務部門を巻き込んで施策を展開していきたいと思います。現場社員にとっては、一番身近に意見を出せるのが事業場の人事総務部門なので、タイムリーに声も拾えますし、よりスピード感を持った改革を実行できると思います。

佐々木 人事キャラバンには、事業場の人事総務部門も事務局として参加しています。例えば、首都圏エリアでは、人事キャラバン実施後に課題として挙がった1on1の進め方について、事業場の人事総務部門が独自でセミナーを開いていました。このように、本社が展開する人事キャラバンと、各事業場が展開するミニキャラバンのようなものが並走する形が理想型といえます。そのためにも、本社人事と事業場の人事総務部門で権限委譲や責任の所在などをどのように整理するのかは、今後検討すべき課題です。

──人事施策の発信や人事制度の周知に取り組む他社へのメッセージをお願いします。
武井 どんなに良い人事制度を設計しても、現場で使われないと意味がないと思っています。人事制度はあくまでも “道具” でしかなく、正しく使えば良い成果が出る一方で、使い方を間違えれば目指したい姿にはつながりません。道具は作るだけではなく、その使い方も重要なので、丁寧に対話を重ね、正しい使い方を現場に伝えるというスタンスが重要だと思います。また、古くなった道具は改良し、時には捨てる判断も大事です。その判断を正確に行うためにも、日ごろ道具を使っている現場の社員の声を真摯(しんし)に受け止める姿勢が大切だと考えます。現場と人事の間には、まだまだ距離があると感じています。「現場では思っていても人事に言わない、言えないことがある。だからこそ、人事から寄り添い、声を拾いにいく」。この姿勢が不可欠だと思っています。

佐々木 やや重複しますが、人事制度は経営理念やビジョンを実現するための道具にすぎません。現場と人事が一体となって、この意識を浸透させないと、いくら良い制度であっても円滑に運用できないと思います。その実現のために、人事キャラバンのようなダイレクトコミュニケーションの機会が重要だと感じます。特に当社は、裁量を現場に預ける人事制度となっていますので、こうした意識の統一と浸透についてはこだわっていますし、今後も丁寧に対応していきたいと思います。

丸一 人事キャラバンのような現場を巻き込んだ取り組みについては、目的意識が特に大事だと思っています。やり方によっては、「時間だけ取られて終わってしまった」と参加者に思われかねないものです。そうならないために、参加者に対して「何を求めて参加するのか」「何をつかんでほしいのか」といった目的をしっかりと伝えることが大事だと思っています。
 現場で働いている管理職・一般社員と、われわれ本社人事では、当然ながら見えている景色が違います。それを踏まえた上で、「見えている景色が違うから分かり合えない」と諦めるのではなく、人事キャラバンを「 “別の景色” を互いに共有し、相互理解を通じてみんなで成長するための方策を考える場」と認識することが大切だと思います。今後も、現場と人事の相互理解という視点を意識しながら、取り組みをブラッシュアップしていきたいです。