2025年09月30日掲載

気になる人事制度インタビューシリーズ - 第3回 LIFULL ~モチベーションとエンゲージメントを高める人事施策

本記事は、『労政時報』本誌で取り上げていない各社独自の背景・思想に基づく人事施策を幅広く紹介する不定期シリーズ企画です。
今回は、「静かな退職」を防ぐための一手となり得る社員のエンゲージメント向上について、株式会社LIFULL 執行役員人事本部長の羽田幸広氏に話を伺いました。

ビジョンに基づく経営と「内発的動機づけ」を重視した人事施策により、すべての社員がモチベーション高く挑戦する組織へ

LIFULLはこれまで、社員の働きがい、モチベーションに関するさまざまな賞を獲得してきた。組織づくりにおいて特に重視しているのが、“ビジョンの共有” だ。社員一人ひとりが自社のビジョン(社是や経営理念)に共感し、その実現に向かって事業活動を進めていくことが、高いエンゲージメントを実現する鍵となっている。また、「内発的動機づけ」に基づき、さまざまな挑戦を行うことのできる環境づくりを進めていることも、人事施策における特徴といえる。

取材対応者写真

[取材対応者]
株式会社LIFULL
執行役員人事本部長 羽田幸広

※以下、本文敬称略

CORPORATE PROFILE
1997年設立。グループとして不動産・住宅情報サービス「LIFULL HOME'S」をはじめ、シニアの暮らしに寄り添う「LIFULL 介護」、空き家の再生を軸とした「LIFULL 地方創生」などの事業を展開している。

本社 東京都千代田区麹町1-4-4
資本金 97億1900万円
従業員数 1016人
 

〈2025年3月末現在〉

URL https://lifull.com/

LIFULLのビジョン

──貴社が最も大事にしている価値観である、社是と経営理念について教えてください。
羽田 社是の「利他主義」は、当社の会長(編注:井上高志氏)が不動産業界における情報の非対称性を解消し、「誰もがたくさんの選択肢の中から自分にぴったりの住まいと出会える仕組みを創る」ために不動産業界を変革していきたい、という思いを持って1995年に創業したときから、すべての事業活動の根幹を成す価値観です[図表1]。これに共感する社員が集まっていることは、創業時から変わっていません。「常に革進することで、より多くの人々が心からの『安心』と『喜び』を得られる社会の仕組みを創る」という経営理念も同様です。社員がこうした会社のビジョンに共感した上で、その実現を目指して自分の仕事に情熱を持って取り組むことが非常に重要だと考えています。社是と経営理念は創業時から現在、そして今後も変わることのない、当社において不変のビジョンです。

[図表1]社是、経営理念

社是
利他主義

経営理念
常に革進することで、より多くの人々が心からの『安心』と『喜び』を得られる社会の仕組みを創る

──社員はビジョンをどのようにして日々の行動に落とし込んでいますか。
羽田 ビジョンの実現に向けて、事業活動の中で日々遵守する行動規範をまとめたものとしてガイドライン[図表2]があります。ガイドラインは現在、10項目から成り、日常会話で自然に使われるなど、普段業務を進める中で社員に浸透しているものです。ビジョンに共感する人材が入社し、結果的に長く活躍してくれている当社の状況を考えると、会社が社員に求める行動を明らかにしておくことは大切だと感じています。ガイドラインは事業環境に合わせて4~5年に1回見直しており、最近は2023年に改定しました。

[図表2]ガイドライン

図表2

ビジョンをどう浸透させるか

──社是や経営理念をどのように浸透させていますか。
羽田 ビジョン浸透の基本的な構造は、①ビジョンを定める、②ビジョンに沿った経営活動を行う、③ビジョンに沿った採用を行う──から成り、これらには一貫性を持たせる必要があると捉えています。
 まず、ビジョンを定めて言語化することで、社員が増えても、上司が代わっても、時間が経っても、安定して社員にビジョンを伝えることができます。次に、ビジョンに沿った経営活動や制度づくりをすることで、会社にとってのビジョンの重要性が高まります。さらにビジョンに共感した人材を採用することで、優秀な社員を早期に組織化することができます。

──ビジョンの浸透のための具体的な施策を教えてください。
羽田 毎月の全社総会のほか、入社時や育児・介護休業からの復職のタイミングなどで行うビジョンシェアリング(トップの考えの共有)、入社半年を過ぎた社員を対象に経営陣が講師となり行う研修などを進めています。経営陣が率先して浸透に取り組んでいる点が特徴だと思います。
 また、社内のすべての組織で経営理念に(ひも)づいた「組織ビジョン」を策定しています。これらを「ビジョンツリー」という形でまとめており、社員は経営理念から自分の所属組織までの流れを順番にたどっていくことで、経営理念と日々の業務のつながりが理解できます。
 ガイドラインについては、改定時に経営陣だけでなく社員の有志も参加し、“今後社員に求める行動は何か” というテーマで、全員で意見を出し合います。新しいガイドラインをリリースすると、社是、経営理念、ガイドラインと「LIFULL Quality Standards」(事業やサービスの品質などあらゆる提供価値に対して、同社が約束する品質基準を表したもの)を掲載した「ビジョンカード」[写真]の配布や研修、ビジョン理解度テストなどを実施しながら、社内にしっかりと浸透させていきます。
 年に2回行う人事評価では、“社是、経営理念、ガイドラインに沿った行動が取れているか否か” を評価項目の一つに置いているため、ビジョンを意識する機会となっています。そのほか、記名式の360度フィードバックを実施しています。同僚だけでなく、上司の評価も行いますが、人事評価に直接反映させるものではなく、本人がガイドラインの体現度合いを振り返る目的で取り入れています。

[写真]ビジョンカード

図表3

──ビジョンの理解度を測るテストとはどのようなものですか。
羽田 当社は10月を事業年度の開始月としていますが、年度初めにグループ会社を含めた全社戦略についての勉強用資料を人事が作成し、これに基づく「LIFULLテスト」を実施しています。テストは毎年12月ごろオンラインで全社員に受けてもらっており、社是や経営理念、ガイドラインに関する問題も設けています。ビジョンを日常で自然に意識して業務に取り組むために、きちんと頭に入れておく必要があると考えて出題しており、それぞれの内容、要素を理解していれば満点が取れます。全社員の結果を社内のイントラネット上に掲示しており、全社総会で社長が高得点者を発表します。

──ビジョンに共感する人材をどのように採用していますか。
羽田 新卒採用においては、採用セミナーに社長が毎回登壇し、自ら当社のビジョンをしっかり説明します。おそらく、“合わないな” と思ったらそこで辞退されるのだと思います。その後、選考を進んだ学生に対しては、最終選考前に「アドバイザー制度」という仕組みを設けています。ここでは採用担当者が学生一人ひとりのアドバイザーとなり、将来どんなことをやりたいかなど、就活全体の話を聞きながら本人の志向性を確認します。当社のビジョンやカルチャーに合うと判断した場合は引き続き選考に進んでもらいますが、そうでない場合は「もしかしたらあの会社のほうがいいんじゃない?」と話をすることもあります。もちろん最終的には本人が判断しますが、相互のミスマッチを防ぎ、ビジョンとカルチャーのフィット感を確認する上で、お互いのために重要なフェーズだと考えています。そこで、アドバイザーに対しては、キャリアに関する専門性を高めるための支援を行っています。キャリア採用においても、当社のビジョンに共感してもらえるかどうか、面談を通してさまざまな話をしながら応募者に確認しています。

重視する「内発的動機づけ」

──人事施策を進める上で大切にしている考え方を教えてください。
羽田 当社の人事施策は、人の内側から湧き出てくる「自分はこれを実現したい、将来的にこうなりたい」という欲求である「内発的動機づけ」を核としています。内発的動機に基づく挑戦機会づくりに投資することが、会社としてのビジョン実現と社員個人のキャリアビジョンの実現に効果的だと考えているからです。

──内発的動機づけを促すための人事施策には、どのようなものがありますか。
羽田 社員は年2回、自分のキャリアビジョンから逆算して今後のキャリアを考える「キャリアデザインシート」を作成します。「将来」「5年後」「3年後」「半年後」といった時間軸を想定して考えてもらうのですが、若手社員は「将来」に関して40代くらいをイメージして書く人が多いようです。キャリアビジョンとして、“将来は自分で事業を起こしたい” など、社内に限らず各自の今後のキャリアプランを自由に記入できることとしています。キャリアデザインシートを起点に、自分から学びの場を広げてほしいと考えており、希望者参加型の研修プログラムを多く設けています。
 例えば社内兼業制度「キャリフル」は、業務時間の10%を他部署での業務に充てられるもので、2023年度は53人が参加しました。受け入れ側の部署も積極的に人材を募集しています。

エンゲージメント向上について

──エンゲージメント向上のための取り組みについて教えてください。
羽田 当社は2003年からモチベーションに関するサーベイを行っており、現在は定期的にエンゲージメントサーベイを実施しています。2000年代前半からサーベイに取り組んでいる企業はあまり多くないと思いますが、当時から、社員のやる気や仕事への貢献意欲が重要だと考えていました。
 もちろん会社として経営陣主導で導入したわけですが、サーベイ結果の振り返りや改善活動には各部門が主体的に取り組んでくれています。この点、経営陣だけでなくマネジャーやメンバーも、エンゲージメントが高いことはチームの目標を達成するために重要だと考えてくれているからだと思っています。
 私が入社した2005年時点では人事施策が未整備だったため、全社を挙げて施策の検討と改善を進めてきた結果、常にエンゲージメントが高い状態を維持できるようになりました。

──若手社員のエンゲージメントについてはどのようにお考えでしょうか。
羽田 当社では、エンゲージメントについて年代の区別なく捉えています。ただ、若手社員、とりわけ新卒社員に対するサポートは、手厚く行っていく必要があると思います。例えば、職場での関係性づくりがうまくいっているかについて、人事が情報収集をして上司やメンターにフィードバックするなど、適切に若手、新卒社員を支援しています。
 また、全社員を対象に、“現在の仕事はチャレンジングか(やりがいがあるか)どうか” を評価する「挑戦スコア」を計測しています。若手社員についても、“ストレッチした仕事ができている” と感じられることが、エンゲージメント向上につながると考えています。
 現在、特に力を入れて取り組んでいるのは「抜擢(ばってき)」です。これも若手に限りませんが、活躍している人材には早期に役職に就いてもらったり、難易度の高い仕事を任せたり、現状のレベルと比較して少し難しいミッションを担当してもらったりすることで、仕事への熱意をより高めていくものです。この取り組みをさらに推進するために、後継者候補の人選を行う会議体「未来人材会議」を定期的に実施し、積極的な抜擢につなげています。

──若手社員の仕事へのモチベーション、エンゲージメントを高めるためのアドバイスをお願いします。
羽田 若手社員に対し上司や先輩が期待をかけて、よく観察して向き合い、支援することが重要だと思います。仕事でモチベーションを高めるのに必要な要素として、「仕事に関して自主的な選択ができていること」「ストレッチした仕事をして成長し、称賛されること」「職場において、さまざまな人と良い関係性を築くこと」などが考えられ、これらに対して会社がサポートできることは多々あると思います。適切な支援の方法を見極めるためには、結局のところ「観察」に尽きるのではないでしょうか。本人が困っていること、悩んでいることが見えてくれば、最も適切なサポートにつなげられると思います。その前提として、「チーム一丸となって若手を育てる」感覚を持ってもらうために、上司や先輩に対する会社発信の働き掛けも重要だと思います。
 当社では、4月に上司向けの研修を行いましたが、その中で参加者は本配属になった新卒社員について、“最初の3カ月間でこんなことに取り組んでもらいます” とか “こういう挑戦をしてもらおうと思います” といった見通しを話していました。過去に自分たちが積極的に挑戦できる環境をつくってもらえたからこそ、若手にもそうした場を提供したいという気持ちになっているところもあるようで、挑戦のカルチャーが当社にしっかり根づいていると感じます。若手に対して期待を持って接し、挑戦を促す上司や先輩の姿勢、社内の雰囲気も重要ではないでしょうか。