2023年11月01日掲載

キャリアマンス2023に寄せて - 第1回 従業員の「働くと生きる」を支える仕組みづくり~三菱電機におけるキャリアコンサルティング室立ち上げ奮闘記~

木村亜樹 きむら あき
三菱電機株式会社
人事部人材開発センター キャリアコンサルティング室長

毎年11月は「キャリアマンス」です。
キャリアマンスとは、すべてのキャリア支援職が所属団体・領域を越え、「自律的なキャリア形成が当たり前となる社会」の実現を目指して社会の課題に立ち向かい、【チェンジエージェント】として一丸となって輪を広げる特別な月間です。
キャリアマンス2023では、テーマを“「働くと生きるを考える」~今もう一度~”とし、キャリアコンサルタントのみならず社会全体で「働くと生きる」を考えていきます。そこで、皆さまと一緒に考えていきたい“組織と社会に関する寄稿”を全2回でお届けします。
第1回となる今回は、三菱電機において「キャリアコンサルティング室」を立ち上げるに当たっての検討経緯や課題等を通じ、従業員の「働くと生きる」を支える仕組みづくりを紹介します。

1.はじめに

 当社は、企業内キャリアコンサルティングで何か大きな成功事例を築き上げたわけではない。ようやく取り掛かったばかりで、現在進行形であれこれ試行錯誤を繰り返しながら奮闘中である。
 私は人事総務部門の経歴は長いが、「自律的キャリア開発支援」に関しては2022年春ごろに素人同然のところからスタートした。社内外のさまざまな方々の話やアドバイスをもらいながら、当社内におけるキャリアコンサルティング室の立ち上げと、従業員とのキャリア面談実施に携わり、現在に至っている。
 現在、各企業において従業員の「自律的キャリア開発支援」に取り組んでいる方、あるいはこれから取り組もうとしている方が多くいるだろうが、内容のいかんにかかわらず当社の事例を率直に伝えることで、それらの方々の気づきや参考になればと思ったことが、今回の寄稿を引き受けた最大の理由である。

2.キャリアコンサルティング室の設立経緯

 当社は、組織風土改革・人財マネジメントの転換を通じた組織の活力向上、エンゲージメント向上を図っていくために「従業員のキャリアオーナーシップの促進」「自律的キャリア開発」への会社支援強化を決定し、2022年10月に全社組織としてキャリアコンサルティング室を新設した。
 業務内容としては、キャリア面談を希望する従業員に対するキャリア面談の実施であり、面談を通じて、従業員のキャリアに関する支援、アドバイスを行いながら、以下3点を図ることである。最終的には、「働く人がイキイキと仕事ができる環境(組織/風土)の醸成」を目指す。

(1)従業員が自身のキャリア開発/能力開発ができる環境整備

(2)従業員のキャリア形成に対する不安・不満の解消

(3)社内の円滑なコミュニケーション強化

 当社のキャリア面談の概要は[図表1]のとおり。キャリア面談の実施は希望制とし、対象は直接雇用の従業員全員で、社内外の有資格者が相談員として対応する。面談は原則としてオンラインで実施している。

[図表1]キャリア面談の概要

 また、キャリア面談の分析状況を[図表2~3]に示した。キャリア面談応募者の属性を見ると、年齢は「30代」36.1%と最も多く、「20代」24.6%が続く。性別は「男性」82.0%に対し「女性」は18.0%にとどまる。職位別では一般社員が92.6%と大半を占めている。なお、キャリア面談申し込み時に従業員が社内相談員か社外相談員かを選ぶことができるが、社内の相談員が57.4%であり、社外の相談員42.6%を14.8ポイント上回っている。
 キャリア面談における相談項目としては、「将来の働き方やキャリア形成」が最も多かった[図表3(1)]。なお、キャリア面談に対して「満足」とする回答が約7割となっており、「不満」と回答した面談応募者はいなかった[図表3(2)]

[図表2]キャリア面談応募者の属性(年齢層、性別、職位)

[注]1.2022年12月~2023年9月に実施したキャリア面談244件の面談記録から集計。
2.キャリア面談応募者の年齢層について、「10代」「70代」はいなかった。

[図表3]キャリア面談における相談項目と総合的な満足度

[注]

1.(1)キャリア面談における相談項目については、2023年4~9月のキャリア相談員の面談記録(100件)にて選択された項目のうち、上位3項目を抽出(選択された項目の総計は279件)。なお、項目は、1面談につき最大3件までの選択制。

2.(2)総合的な満足度は、2022年12月~2023年9月に回答を得たキャリア面談に対するアンケート206件より集計。なお、「不満」という回答はなかった。

3.苦労した点・課題等

[1]キャリアコンサルティング室の設立準備段階での苦労
 まず、キャリアコンサルティング室の設立準備段階での苦労として、数ある選択肢の中から、限られた予算枠内で、自社の現状(リソースや解決すべき課題等)に合った、より最適な体制を選択する難しさがあった。検討を重ねて一定の解決を図ったが、今後も継続して検証が不可欠だと感じている。具体的には、①組織名称、②ターゲット(対象とする従業員の範囲)、③面談形式、④面談時間の取り扱い、⑤相談員の配置(社内外、出身職種)、⑥面談記録作成および保管方法(キャリアコンサルタントとしての守秘義務履行と会社組織の一員としての最低限必要な業務記録の両立、個人情報保護規定に抵触しないデータ保管)、⑦相談員の情報交換(共有)ならびにスキルアップ施策などについて、どういった形が自社にとって最適なのかを、一つ一つ検討していった。
 [図表1]からは当社におけるキャリアコンサルティング室の設立やキャリア面談体制の確立は順風満帆だったような印象を受けるかもしれないが、例えば組織名称一つにしても「相談室」「カウンセリング室」「コンサルティング室」の3候補から選択するに当たり、設立準備メンバーの意見だけでなく、所管部門長の意向も確認しながら調整を図ったなど、ここに落ち着くまでの細かい苦労は挙げ出したらきりがないのが正直なところである。
 しかしながら、最終的には社内の深い理解を得ることができ、予算的には申請どおりに進めることができたので、恵まれた環境にあったと感じている。
 もう一つの苦労した点は、“社内他部門との適正な機能分担を図るために、本来の指揮命令系統や従来の会社関連組織の機能との重複や抵触をどうクリアしていくか”である。具体的には、①各種相談窓口機能との重複(各種ハラスメント相談窓口、労働組合)、②全社と各事業所の機能分担(基本的に人事関係の権限は所属部門や所属部門が属する各事業所人事部門が所管となるが、当社キャリアコンサルティング室は全社機能となる)であり、それらのすみ分けについて明確化する必要があった。
 この点については、既に独自でキャリアコンサルティングに取り組んでいた社内先進事業所の人事総務部門と意見交換を実施することで解決を図った。

[2]現在の苦労・課題
 面談開始後から現在までに認識している苦労・課題について、(1)~(6)に示す。以下のほとんどはまだ解決できていないため、現在進行形で対応中である。

 

(1)キャリアに対する理解度を深め浸透を図ること
 対象とする従業員だけでなく、管理職や人事総務部門関係者にも「キャリア」の概念が十分に浸透しておらず、また、関心があったとしても意識や理解度に大きなバラつきがある。そのため、まずは「キャリア」に関する理解を深めるための活動が不可欠であることを痛感している。各種施策実施の所管部門だけでなく、個別従業員と所属上長のキャリアや各種施策への理解、また、円滑なコミュケーションによる相互理解によって初めて総合的な「自律的キャリア開発支援」が可能と考える。
 現在、従業員を対象とした研修・セミナーや個別事業所訪問による人事総務部門との意見交換等を通して解決を図れないか試行中である。

(2)若年層と中高年層のキャリアに対する意識や理解度、取り組み姿勢のギャップ
 若年層と中高年層でキャリアに対する意識や理解度、取り組み姿勢に大きな隔たりがある点も、大きな課題になっている。各世代について、相互理解を深めながら施策を浸透させていく必要がある。
 社内の議論では、特に管理職層のキャリアに対する意識や理解度を深める必要性を痛感しており、管理職対象の研修に関連講義や演習を盛り込むことができないかどうか模索中である。

(3)さまざまな相談への対処
 企業内のキャリア面談では、キャリアコンサルティングが目指す“内省による自己の成長”に該当する事例ばかりではなく、外的キャリア(職業、地位、資格、年収など、外から見たキャリアのこと)や、目前にある課題の解決に向けたアドバイスを求める相談者が多い。したがって、相談者のニーズに応え、一定のアドバイスや解決方法の提示をしないと相談者の満足度が得られない傾向がある。
 当社では相談者のニーズを最優先とし、カウンセリング要素だけでなく、要望に応じて(もちろん可能な範囲でだが)、課題解決に向けた社内規則や制度の説明、アドバイスの提供を実施している。

(4)「企業活動」と「キャリアコンサルタントとしての守秘義務/個人情報(プライバシー)保護」の両立
 キャリア面談は個人間で閉じられていることを原則とするが、会社内の組織として設置されたキャリアコンサルティング室の場合、企業活動の最終目的である「経営への貢献」要素が不可欠と考える。したがって、キャリア面談で把握したマクロな視点での社内における潜在課題を会社に対してフィードバックし、その解決に向けた提言や企画・立案・実行に関わることは大きな使命の一つであると考える。
 現在は、月次・半期の報告書中に記載している「面談員の所感」ページを通じて会社に対してのフィードバックを心掛けている。

(5)関係部門との連携
 当社のように組織が大きく、人事施策の企画担当、研修担当、キャリア面談担当部門が分業体制を取らざるを得ない場合、各部門間の連携が不可欠である。また、企業内キャリア支援は会社施策として実施していく必要があることから、国家資格を保有するキャリアの専門家だけでなく、会社事情や人事関連の各種施策立案運営に精通した人物のサポートおよび連携が必要である。

(6)パソコンを貸与されていない製造部門の従業員への対応
 現在、当社のキャリア面談は基本的にはオンラインで行っているが、製造部門ではまだパソコンを貸与されていない従業員が多く、当該層へのキャリア開発支援(当面はキャリア面談の実施)・対応は大きな課題となっている。

4.おわりに

 以上、当社キャリアコンサルティング室の概要や課題について述べてきた。
 最後に、キャリアコンサルティング室の運営だけでなく、企業におけるキャリアコンサルティングの活動、そして従業員が働くことを支えるために、現在ある諸課題の解決と今後に向けて、実施しているポイントを紹介する。

[1]社内外のリソースの把握と活用
 キャリアコンサルティング室の在り方に関して、どういった形が自社にとって最適なのかを検討するに当たって、キャリアコンサルティング室設置の準備段階で、設立準備メンバーや社内の関係者で議論したことはもちろんだが、社内のいくつかの事業所人事総務部門への個別ヒアリング・意見交換も実施し、できるだけ最前線の現場の声を拾うことにも注力し、課題解決の参考とした。
 また、当社の場合、組織の設立準備段階から一般財団法人ACCN(オールキャリアコンサルタントネットワーク)事務局に相談に乗ってもらい、企業や行政、教育機関におけるキャリア支援の状況についての情報提供や、規模・社風が近い企業におけるキャリア面談の運営経験者の紹介(後にヒアリングを実施)など、多岐にわたるサポートを得た。社外(第三者)の意見やアドバイスを受けられたことは大変参考になり、ありがたかったのは紛れもない事実だ(現在、キャリア面談の運営に当たり、ACCN事務局にはアドバイスやサポートの委託契約を締結し、仲介してもらった社外相談員の方々とともに週1回の連絡会に参画いただいている。社内相談員には良い刺激になると同時に、大変貴重な勉強の機会になっている)。

[2]他社との情報交換の機会
 また、キャリア支援を担当する他社のスタッフとの交流会にも取り組んでいる。これまで、人事総務関連の施策は各企業の社外秘事項も含まれることから、なかなか実益のある情報共有や意見交換がしにくかったように思うが、「自律的キャリア開発支援」については、それぞれの企業が抱える課題やその解決策を共有し、相互交流を図りながらさらに発展させていくことが可能なテーマであると感じる。もちろん、いくつかのハードルはあると思うが、今後、キャリア支援に関する各企業の情報や意見交換、各種施策やノウハウの共有を、個別企業間だけでなく、もっと広い枠組みでできるようになることを個人的には切に願っている。
 当社あるいは私自身が、その一歩を担えるように取り組んでいきたい。

木村亜樹 きむら あき
三菱電機株式会社
人事部人材開発センター キャリアコンサルティング室長

国家資格キャリアコンサルタント
一般財団法人ACCN会員、特定非営利活動法人JCDA認定CDA会員
1987年三菱電機㈱入社以来、一貫して人事総務部門に従事。国内8事業所、国内外関係会社2社出向の勤務経験あり。管理職通算18年。2022年10月、設立準備から携わってきた同社キャリアコンサルティング室の初代室長に就任。従業員のキャリア面談に対応しながら、企業内キャリアコンサルティング(特にキャリア面談)の企画・運営に携わる。「素人であり手探りではあるが、毎日新しい発見と学びの連続」を実感中。

社会でキャリアを考えるイベント

「キャリアマンス2023」(一般財団法人ACCN主催)のテーマは、“「働くと生きるを考える」~今もう一度~”です。キャリアコンサルタントでなくても参加できるイベントも掲載されています。ぜひ、下記サイトをご覧ください。
 https://careermonth.wixsite.com/2023