2023年08月28日掲載

自律・自走型組織に学ぶ、組織と個人の新たな関係 - 第1回 「自律・自走型組織」の国内先進企業における人材戦略

内藤琢磨、立山宗径、成瀬双葉
株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部

本解説は、野村総合研究所『知的資産創造』(2023年4月号)掲載論文を一部編集して転載した。

第1章 組織と個人の関係性変化の背景

[1]組織と個人の新たな関係性を巡る動向
 企業経営において人材は重要な経営資源であり、会社や組織の指示・方針に基づいて人材は業務を遂行するという主従関係にある。
 しかしながら、事業・業務のプロジェクト化による社内組織の曖昧化、人的資本経営を始めとする“人”に着目した経営コンセプトや投資家によるESG評価、サスティナビリティといった資本市場のモノサシの変化、さらには労働市場の流動化といった動向が、従来の組織と個人の関係性に変化をもたらしている[図表1-1]

[図表1-1]組織と個人を巡る動向

図表1-1

 一方で、会社組織は人・社員を束ね、結束させてビジネスモデルを回し、価値創造をしていかなくてはならない。個人に「自分勝手にふるまって」もらっては、経営は成り立たないのである。
 では、自律し、あるいは自身のキャリアを達成するために仕事をする個人・社員と組織とをどのように結束させ、企業運営をしていけばよいのか[図表1-2]。そもそも、そのような両立が成り立ち得るのだろうか。

[図表1-2]新たな「組織と個人の関係」の模索

図表1-2

 本稿では、組織と個人の新たな関係性を模索する上でヒントとなり得る「自律・自走型組織運営形態」として、ティール組織、ホラクラシー経営に着目した(この二つの組織運営形態については第2章で詳述する)。日本において当該組織運営モデルを実践する企業3社(株式会社ネットプロテクションズ、株式会社Colorkrew、九州電力株式会社インキュベーションラボ)に協力を得て、組織内のリーダーとメンバーの行動特性について調査を実施し、「自律・自走型組織」を運営する企業が、どのような人材マネジメントシステムやリーダー行動を有するのかについて考察していく。そして、今後自社を自律・自走型組織に近づけたいと考える企業が、どのような取り組みを行うべきかを考える上での示唆を第2章以降で提供する。

[2]適用可能な組織の要件
 企業組織において、ある決断がなされ、それを組織で総力を挙げて効率的に実行する場合には、トップダウン型で指示命令系統を明確にした階層型組織のほうが合理的である。
 しかしながら、決まったことを効率的に実行するのではなく、新たなアイデアを具現化し、常識を疑って考え直したりすることが組織のミッションである場合には、階層型組織のような支配的な組織運営だけではうまくいかない。こうしたミッションを持つ組織の場合は、メンバーの誰もが組織(会社)全体の視点、すなわち経営的な視点からさまざまなアイデアを持ち寄り、心理的にも安全でフラットな状態を保持しつつ、議論を通じて進むべき方向性を見定める必要がある。
 自律・自走型組織運営は、すべての企業組織において適用可能なわけではない。従って、企業、あるいは企業内組織が掲げるミッションとの親和性を踏まえて、この組織運営モデルがふさわしいかどうかを適切に見極める必要がある。新規事業開発や研究開発のような、創造的かつ非定型な業務が中心を占める企業・組織においては、より適用性が高いといえる。
 また、自律・自走型組織運営を実践しているのはスタートアップ企業や小規模組織が中心であり、大企業にはそぐわないのではないか――といった意見も多く聞かれる。しかしながら、米国の材料化学メーカーであるW.L.ゴア&アソシエイツ社のように、1万人を超える大企業においても、自社組織の99.9%において役職・階層を持たないフラット型組織運営を徹底している企業も存在する。同社では、単位組織内の人数を最大で150人とし、社員一人一人の経営的視座からセルフコミットメントを引き出し、業容拡大に成功している。

 では、国内では、どのような企業や組織において、自律・自走型組織運営が効果的に行われているのだろうか。続く第2章では、ティール組織、ホラクラシー経営のコンセプトを改めて確認した上で、国内の先進企業における、自律・自走型組織運営の実例を見ていく。

第2章 国内の自律・自走型組織運営の先進企業における人材戦略

[1]既存研究の総括
 まず、自律・自走型組織運営の在り方について、既存研究に基づいて見ていこう[図表2-1]

[図表2-1]ティール組織運営/ホラクラシー経営/DAO

図表2-1

 ティール組織運営とは、2014年にフレデリック・ラルーが提唱した次世代経営モデルの一つである。
 ティール組織は、以下①~③の三つの特徴を持ち、絶えず変化していく事業環境に対して、生物の進化のように柔軟に対応するという理論・組織コンセプトである。

① 組織構造:階層やコンセンサスではなく、仲間との関係性の中で働く自主経営(セルフ・マネジメント)チーム

② 慣行:個々のメンバーが壁を作らず、ありのままをさらけ出して働く「全体性」

③ 存在目的:組織のあるべき姿、達成すべき目的とメンバーの方向性を(ひも)づける

 一方、ホラクラシー経営とは、2007年にブライアン・J・ロバートソンが提唱した組織運営手法である。前述のティール組織運営には、並列するチームが独立して動く「パラレル型」、メンバー間が個別に約束(コミットメント)を交わす「ウェブ(網)型」等、幾つかの組織運営手法が存在するが、ホラクラシー経営もティール組織運営のコンセプトを踏まえた組織運営手法の一つと位置付けられる。ホラクラシー経営においては、上下関係のない入れ子構造のサークルを単位とするフラットな組織体制が敷かれ、社員は役職や肩書を持たず、それぞれが裁量を持ちながら組織の目的やビジョン達成に向けて働く。そして、意思決定が、「ホラクラシー憲法」と称されるルールに従って下されるのが最大の特徴である。
 なお、昨今では、役職や肩書のないフラットな組織運営を、単純にホラクラシー経営と呼ぶ場合も多い。こうしたホラクラシー経営では、階層型のひずみをなくすことで、従業員の意思を柔軟に、かつ素早く取り入れることが可能となる。さらに、それぞれの社員が起業家的視点を持つことによって、イノベーションや共創が促されるという特性を持つ。
 また、最近では、ブロックチェーン技術を利用した管理者不在の組織として、DAO(Decentralized autonomous organization:自律分散型組織)も注目されている。
 DAOでは、「ガバナンストークン」と呼ばれる暗号資産を保有する人が投票することで、組織の方針が決定され、決定された方針は、ブロックチェーン上のプログラムであるスマートコントラクト[注]に従って実行される。ティール組織が理論、ホラクラシー経営がコンセプト・手法であれば、これらの実践型の一つがDAOといえる。

[注]スマートコントラクト:ブロックチェーン上で契約を自動的に実行する仕組みのこと。

[2]先進企業における組織・人材マネジメントシステムの特徴と示唆
 本研究では、自律・自走型組織運営を実践する先進企業/組織として、株式会社ネットプロテクションズ(以下、ネットプロテクションズ)、株式会社Colorkrew(以下、Colorkrew)、九州電力株式会社インキュベーションラボ(以下、九電インキュベーションラボ)のベンチマーク調査を実施した。

(1)ネットプロテクションズ
①概要

 ネットプロテクションズは、東証プライム市場に上場する株式会社ネットプロテクションズホールディングスの主要事業会社であり、後払い(BNPL=Buy Now, Pay Later)決済サービスを事業のコアとして展開している。独自の人事制度Naturaを中心に、自律・分散・協調を実現するティール組織運営を実践している。

②人事制度Natura
 Naturaでは、ティール組織として全員がマネジメント視点で意思決定を行う観点から、特定のメンバーに権限・責任が集中しないよう、マネージャーの役職が廃止され、代わりに、情報、人材、予算の采配権限を持つ「カタリスト」の役割が設けられている[図表2-2]。カタリストのミッションは、権限を行使することではなく、メンバーに最大限権限を委譲・共有しつつ、現場の意思決定を促すことにあり、ティール組織運営を支える重要な役割を担っている。社命ではなく、一定以上の社内資格を満たす対象者から手上げ式など本人の合意の下で社員が自主的に担う役割であり、複数のユニットを兼務するカタリストも多い。

[図表2-2]ネットプロテクションズのカタリスト

図表2-2

資料出所:ネットプロテクションズ提供資料より野村総合研究所(NRI)作成

 Naturaには、その他にも、全社員に公開されるバンド制度(5段階の職務グレード)、成長を促す半期で計6回の面談、コンピテンシー(ビジョン達成に向けた行動特性)による360度評価、それによる昇給・昇格の決定等、ティール組織運営を支える複数の仕組みが整備されている[図表2-3]

[図表2-3]ネットプロテクションズの人事制度Naturaの概要

図表2-3

資料出所:ネットプロテクションズ2022年度決算説明資料

 同社は、特徴的な組織風土やビジョンにフィットする人材を集めるため、人材獲得・初期育成に力を入れている。人材獲得については、新卒・中途を問わず、1時間半の面談を3回実施し、生い立ちも含めて人となりを深掘りして、組織風土へのフィット性を確認する。特に35歳以上の中途社員については、柴田 紳社長自ら最終面接を行うという。
 初期育成については、社員数300人の企業規模にもかかわらず半年以上もの期間をかけて実施される[図表2-4]。研修の中には、現場発の仕組みである、特定の先輩社員に2週間張り付く“弟子入り”等も含まれる。中途社員の場合も、自部署の業務に従事する前に、3カ月かけて複数部署を2週間ずつ経験する制度が設けられている。複数部署にまたがった意思決定ができるよう、他部署への深い理解促進を意図したものである。

[図表2-4]ネットプロテクションズの初期研修体系

図表2-4

資料出所:ネットプロテクションズ

③導入の背景・経緯
 一方でネットプロテクションズも、Naturaといった人事の仕組みを導入したことで、すぐにティール組織運営を実現できたわけではない。
 柴田社長が出資元企業であるベンチャーキャピタルからネットプロテクションズに取締役として出向してきた当初は、“旧来型”のマネージャーが多く、柴田氏の方針に反発して退職するマネージャーも少なくない状態であった。
 根本的な考え方が異なる中でマネージャーに権限を委譲しても、組織がうまく回らないと実感した柴田社長は、2012年から1年間かけて全社で組織の在り方について議論を始める。結果として、既にあったミッション・バリューに、“組織価値観”としてのビジョンが追加され、これがティール組織としての風土を形成する精神的な結集軸となった。価値観の異なる個人が集まった上で、組織としてどのように運営をし、価値を出していくのかを表したものが“組織価値観”であり、七つのビジョンの中でも特に「歪みがない事業・関係性をつくる」にその想いが集約されている。
 社員の誰もが「歪み」を感じない会社を目指し、多くの議論を重ねた結果、共感できなかった社員の退職もありつつ、同じ価値観を持つ人材が凝集された。2018年にNaturaを導入し、マネージャー(役職)を廃止した際には、既にティール組織運営たる組織風土が浸透しており、違和感を覚える社員もいなかったという。

(2)Colorkrew
①概要

 Colorkrewは、総務tech、HR tech、クラウド系受託サービスを始めとした各種アプリ受託サービス等を展開する企業である。同社は、2019年10月まで豊田通商株式会社の子会社であった株式会社ISAOが、2020年に商号変更の上、ミッション、ビジョン、スピリッツを再制定し、設立された。同社では、「バリフラットモデル」という、役職や部署を撤廃した自律・自走型組織運営を実践している。

②バリフラットモデルに基づく制度運営
 バリフラットモデルでは、役職、部署、階層、情報格差をなくす、“4つのゼロ”を原則としている。例えば、個々の社員の評価や報酬に関する情報もすべてオープンになっている[図表2-5]
 同社の組織は、プロジェクトリーダーの下にメンバーが集まる形で運営され、あるプロジェクトでリーダーを担う社員も他のプロジェクトではメンバーとなる。例えば中村圭志代表も、経営プロジェクトのリーダーを担う一方で、他のプロジェクトでは1メンバーとして参画する。基本的な意思決定は現場のプロジェクトリーダーが担い、中村代表や経営メンバーは月次のプロジェクトレビューや日々の行動を可視化する、自社開発サービスの見える化ツール(Goalous)を通じて、各プロジェクトのリーダーやメンバーとコミュニケーションをとっている。
 処遇は360度評価を基に決定される。360度評価では、当該職種におけるコアスキルに加え、チームのプラスアルファとなる行動をしているか、コミュニケーションコストが高くないか、英語基準を満たしているかといった項目が評価される。これに、昇降級推薦に関するコメントが付記されたものを参考に、人事委員会が、①役割、②目標、③活動と成果――という三つの観点から等級格付けを行う。

[図表2-5]Colorkrewのバリフラットモデル

図表2-5

資料出所:Colorkrew社 のHPより

③導入の背景・経緯
 前述のバリフラットモデルは、中村代表が出身元である豊田通商でも感じた違和感、具体的には階層間の“伝言ゲーム”の無駄を解消したいという思いが基になっている。前職での駐在経験等を通じて、欧州企業のフラットな風土に触れたことも、きっかけの一つとなった。
 2010年にColorkrewに出向した中村代表は、2011年から少しずつ組織のフラット化を進めると同時に、人事制度の刷新を行った。例えば、それまで前職の年収等を参考に個別に設定されていた社員の報酬は、役割や市場価値と照らし合わせながら、当時350万~1200万円(現在では420万~1700万円)のレンジの中で、一から再設定されている。こうした見直しは、当然社内から大きな反発を引き起こし、複数人の退職にもつながったという。なお、2011年には、ミッション、ビジョン、スピリッツについても、現在の原型となるものも策定された。
 その後も自律型組織運営に向けた取り組みが進められ、徐々に組織風土が変化していく。結果として、2015年には、組織管理を担っていた5人のマネージャー側から、役職を完全になくすべきだとの提案が中村代表に上がった。この発案がきっかけとなり、評価体系やコーチ制度に関する詳細な設計を経て、2015年10月に現在の「バリフラットモデル」が導入されることとなった。

(3)九電インキュベーションラボ
①概要

 九電インキュベーションラボは、九州電力の新たな事業やサービスを生み出すためのプロジェクト「KYUDEN i-PROJECT」の下、イノベーションを生み出すための環境整備、イノベーション人材の確保・育成等の役割を担う組織である。九電インキュベーションラボでは、ティール組織運営の考え方が取り入れられており、特に、新規事業を担うメンバーは、ラボ長直下に配置され、組織階層のフラット化が図られている。

②ティール組織運営と制度
 九電インキュベーションラボにおいて、人事上の階層は存在するものの、間にあるレポート階層が省略されている。各メンバーがグループ長等を介さず、直接ラボ長と相対できるのである。組織階層のフラット化を志向した結果、経営に関係する上位層の情報も、ラボ長をはじめとする管理職から、積極的に発信される風土が根付いている[図表2-6]
 プロジェクトのゴールも、プロジェクトリーダー、メンバーが自律的に設定し、実行していくことが基本となる。これに伴い、予算の策定を含め多くの権限もプロジェクトリーダーに委譲されている。プロジェクトの最終的な継続判断や事業化評価のみを、会社が担う形となっている。
 人事評価制度は九州電力本体のものを共通プラットフォームとして活用しているため、他の自律・自走型組織のように多面評価が導入されているわけではない。一方で、元々社内にあった「参考評価」(出向者や複数の職務を兼務する場合に適用する評価制度)という制度を活用し、プロジェクトリーダーがメンバーを評価する仕組みを導入している。プロジェクトリーダーとメンバーが人事上の階層を逆転させていたり、非管理職がプロジェクトリーダーを担うことも多く、九電グループ共通の評価制度だけでは不具合が生じてしまうためである。
 人材は主に社内公募や九電グループ内のビジネスアイデアコンテストによって集められる。特に新規事業プロジェクトには、社内のビジネスアイデアコンテストにおいて最終選考を通過した提案者が配属される。当該コンテストでは、複数回のワークショップ等を通じて人となりを事前に確認するため、九電インキュベーションラボの組織風土にフィットしないケースは少ない。また、そもそも社内ビジネスアイデアコンテストに向けて事業アイデアを考えている状態は、いわば“1人ティール状態”であるため、組織と人材とのミスマッチは発生しにくいという。

[図表2-6]九電インキュベーションラボにおけるティール組織運営

図表2-6

資料出所:九電インキュベーションラボへのヒアリングに基づきNRI作成

③導入の背景・経緯
 九電インキュベーションラボにおけるティール組織運営は、ラボの設立時にプロジェクト運営のスピード感を最も重視したことから、検討が始まった。組織階層の無駄を省き、役職に縛られない働き方を志向した結果、新規事業を担うメンバーはラボ長配下のグループに所属せず、ラボ長と直接相対できる体制を整備することとなった。
 また、設立から2~3年が経過した頃には、「NEW WAY 新しい明るさを、一緒に作ろう」というラボ独自のパーパスが策定されている。メンバーの増加に伴い、ラボ長の目が届かない場面も出てきた中で、メンバーの「心のよりどころ」が必要となっていたためである。パーパスはラボメンバーへのインタビューに基づいて策定されたものであったが、最終案の検討時には、「既存事業に従事している社員からの共感は得られるか」といった意見も上がり、最終決定に至るまでには多大な労力を要したという。

 以上、本章では先進企業へのヒアリングを通じて、自律・自走型組織の定性的な特徴を分析した。次回の第3章では、そうした企業で働く社員への行動調査(アンケート)を基に、自律・自走型組織のメンバーに共通する具体的な行動特性を定量的に抽出する。

内藤琢磨 ないとう たくま
株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 グローバル経営研究室 プリンシパル
専門は人事戦略策定、人事制度設計、コーポレートガバナンス改革、役員報酬制度設計
立山宗径 たてやま むねみち
株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 グローバル製造業コンサルティング部 シニアコンサルタント
専門は人事戦略策定、人的資本経営、人事制度改定
成瀬双葉 なるせ ふたば
株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 経営コンサルティング部 シニアコンサルタント
専門は人事戦略策定、人事制度設計