2023年06月23日掲載

Point of view - 第231回 小澤亜季子―退職代行サービスを利用する労働者の実態について

小澤亜季子 おざわ あきこ
弁護士、東京弁護士会

弟の死や自身の妊娠・出産・育児などを経て、「働く」ことに対する考え方が大きく変化。2018年に退職代行サービスを開始。テレビ、ラジオ、新聞、ウェブニュースにコメント等を提供。労働問題について、労使双方の立場から日々取り組んでいる。単著『退職代行』(SBクリエイティブ)、共著『退職のプロが教えます! 会社のきれいなやめ方』(自由国民社)、『パワーハラスメント実務大全』(日本法令)他多数。

「退職代行」とは

 私は、「退職代行」サービスを提供している弁護士である。「退職代行」について、最近はだいぶ認知度も高まってきたので、聞いたことはあるという方も多いかもしれない。
 念のため簡単にご説明すると、「退職代行」とは、退職したいが、何らかの理由により直接退職の意思を伝えることができない方に代わって、弁護士や民間業者等が、退職に関するさまざまな事項、例えば、有給休暇の消化、未払いの立て替え金や残業代の請求、私物の処分方法、引き継ぎの方法や内容、社宅の退去等につき交渉を行うというサービスである(民間業者の場合は伝達のみ)。

「退職代行」を始めたきっかけ

 思い返せば昔から、退職したいができないというご相談はあるにはあったのだが、「退職代行」という言葉は存在しなかった。
 私が初めて「退職代行」という言葉を知ったのは、今から5年ほど前のことである。インターネットで、「退職代行」――すなわち退職の意向を自分で会社に伝えるのではなく、第三者に頼んで伝えてもらう人が増えているという記事を読んだのだ。これには非常に驚いた。なぜなら、弁護士からすれば、法的には退職はそう難しいことではないからである。
 従業員には退職をする自由がある。期間の定めのない従業員である場合、たとえ会社として納得できないとしても、法律上は退職の意思表示が到達してから2週間で退職の効果が生じることになるのである。それなのに、なぜ安くはないお金を払ってまで、わざわざ第三者に退職の代行を頼むのか?
 疑問に思うと同時に、納得する自分もいた。
 私の弟は、新卒で入社し半年した頃に、突然死してしまった。後から知ったことなのだが、生前、弟は非常に会社を辞めたがっていたようなのだ。なぜ気づけなかったのだろうか、死ぬ前に辞めさせればよかった、と心底後悔した。
 世の中には、弟のように、辞めたくても辞められず、文字通り死ぬほど悩んでいる人がたくさんいるのだろう。少しでも力になりたい――当時、退職代行サービスを提供していたのは弁護士ではない民間業者ばかりだったが、いてもたってもいられなくなり、自身でも弁護士による退職代行サービスを開始した。
 なお、「法的には簡単に退職できるのに、退職の交渉でお金を取るなんて、無知につけ込んだ情報弱者ビジネスだ」と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、もちろん違う。私は、ご相談者に対して、自分で退職する方法を教えるし、最近はそんなことは既にご理解されている方が多い。このご時世、インターネットで検索すれば、退職の仕方や退職届のひな型はいくらでも見つかる。
 法的に退職する方法は知っているが、それでもなお自分では退職できない方にとって、退職代行が最後の(とりで)になっているのである。

「責任感の欠如」?-「退職代行」の利用者像

 退職代行サービスを始めた当初、世間の風当たりは非常に強く、退職者の代理人として会社に連絡すれば、「責任感がない」「退職一つ自分でできないのか」「情けない」と(私が)お叱りを受けることも多かった。
 「退職代行」の利用者は、いったいどんな方で、どんな悩みを抱えているのか。あくまで弊所の場合だが、年代としては30代が最も多く、男女比でいえば男性が7割弱を占める。正社員と非正規社員の別でいうと、正社員の方が圧倒的に多い。中小企業ばかりでなく、大企業にお勤めの方も多い。
 依頼者が抱えている問題・悩みに即して、あえて分類するとすれば、以下のとおりである。

①客観的に見てヘビーな問題を抱える相談者

  • 退職を申し出たところ、暴言を吐かれたり、暴力を振るわれたり、報復を示唆されたりする(慰留ハラスメント)
  • 退職の意思を示しても取り合ってもらえない、退職届を受け取ってもらえない
  • 常日頃から社長や上司よりパワハラを受けており、恐ろしくて言い出せない
  • 退職を申し出たところ、会社から、相談者にとって不利(そう)な内容の書面(競業避止・秘密保持の誓約書等)にサインを求められた
  • 退職したが、待てど暮らせど、社保・年金・税金関係の退職書類が届かない
  • 長時間労働やハラスメント、家庭の事情等により、心身の健康を害しており、自分で退職の交渉をできる状況ではない

②客観的に見るとライトな問題を抱える相談者

  • 周囲を気にしすぎて、過剰な(そん)(たく)や遠慮をしてしまう
  • 自分で退職を申し出るのは面倒なため、「コスパ」(コストパフォーマンス)、「タイパ」(タイムパフォーマンス)の観点から退職代行を積極的に選択する
  • 会社に対して諦めきっており、誠意を尽くすほどの相手ではないと思っている

 ①の「客観的に見てヘビーな問題を抱える相談者」については、理解がしやすいのではないかと思う。中には、プライベートな事情により心身の調子が悪いため、自分から退職を言い出せる状況にない等、会社に全く非のないケースも存在する。
 難しいのは、②の「客観的に見るとライトな問題を抱える相談者」ではないかと思う。「コスパ」「タイパ」の観点から退職代行を積極的に選択する方や、会社は誠意を尽くすほどの相手ではないと思ってしまった方については、お話を伺っていると、在職中にいろいろなことがあり、少しずつ少しずつ会社に対する期待を失っていったようである。
 なお、「②客観的に見るとライト」と述べたが、人の悩みというのは、他人には理解できないことも多いし、強がって見せていても本当は折れてしまう寸前の方もいらっしゃると思う。説明の便宜上、上記のように分類を試みたが、ご相談の際には、私の尺度でその人のつらさを測るようなことはやめようと心掛けている。

「退職代行」に対する世間の変化

 「退職代行」という言葉が世間に登場してから5年ほど経過し、世間の認知度も高まったことで、会社側の対応も変化しつつある。
 退職代行を始めた当初は、「なぜ退職に弁護士が関与するのか」という点について、会社側になかなかご納得いただけない場合も多かった。しかし、例えば、つい先日、退職者の代理人として会社に電話したところ、以前も退職代行を利用して退職した従業員がいたようで、淡々とご対応いただいた。代理人弁護士としては仕事がしやすくなったというのが正直なところである。
 今は自分には関係ないという労働者の方も、退職代行の存在だけは頭の片隅にとどめ、いざ自分ではどうにも退職できなくなってしまった際には、弁護士を頼っていただければ幸いである。

「退職代行」の今後

 上述のとおり、退職すること自体は、法的には簡単である。しかし、退職というのは、本来的に気まずいものである。
 退職する場合、自分の仕事を他の誰かが引き受けなければならないのだから、ある程度周りに迷惑をかけることは避けられない。自分1人だけが、今の会社を卒業し新しいステップを踏み出すことについて、どこか仲間を裏切ってしまったような後ろめたい感覚を抱くこともあるだろう。
 特に会社とのトラブルを抱えていないとしても、退職の申し出が楽しいという人は、まずいない。退職の申し出を受ける側からしても(しか)りで、さらに人手不足も重なれば、トラブルになりやすいのは当然だ。
 事実、全国の労働局・労働基準監督署の総合労働相談コーナーに寄せられる民事上の個別労働紛争相談のうち、「自己都合退職」に関する相談は、「いじめ・嫌がらせ」に次いで多く、年間4万501件もある(2021年度)。
 少子高齢化により労働力不足が深刻化していくわが国において、今後も「辞めたくても辞められない」という相談は減ることはないのではないかと想像している。