2023年05月26日掲載

Point of view - 第229回 江崎貴裕―ルールデザインの視点から見る、「人を動かすルール運用のルール」とは

江崎貴裕 えざき たかひろ
東京大学先端科学技術研究センター 先端物流科学寄付研究部門 特任講師、
株式会社infonerv 取締役

2011年、東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2015年、同大学院博士課程修了(特例適用により1年短縮)、博士(工学)。日本学術振興会特別研究員、国立情報学研究所特任研究員、JST さきがけ研究員、スタンフォード大学客員研究員を経て、2020年より現職。2021年には株式会社infonervを設立。東京大学総長賞、井上研究奨励賞など受賞。数理的な解析技術を武器に、統計物理学、脳科学、行動経済学、生化学、交通工学、物流科学など幅広い分野の問題に取り組む。主な著書に『データ分析のための数理モデル入門』、『分析者のためのデータ解釈学入門』、『数理モデル思考で紐解くRULE DESIGN―組織と人の行動を科学する』(いずれもソシム)。

ルールの失敗について考える

―社員のパフォーマンスを上げさせようとして、個人の成果に連動するインセンティブ給を強化したら、チーム内での連携が悪くなり、逆に組織全体としてのパフォーマンスが下がってしまった―
 「なかなか人が想定どおりに動いてくれない」という悩みはあらゆる組織で存在します。そのせいで制度がうまく機能せず、こんなルールならないほうがましだという「ルールデザインの失敗」が至る所で起こっています。これは組織、コミュニティー、社会といった集団の規模にかかわらず言えることで、そのようなルールの失敗について体系的に整理し、分析するのが「ルールデザイン」の考え方です。
 すべてのルールの失敗は、大きく四つのカテゴリに分けることができます。一つ目が、ルールそのものや作り方に欠陥があるパターン(「ルール内的要因」)。二つ目が、ルールが個人に与える心理的な影響を見誤るパターン(「個人的要因」)。三つ目が、想定外の集団的な振る舞いが起こってしまうパターン(「集団的要因」)。そして最後の四つ目が、集団が置かれた外部の環境の変化によってルールが意味をなさなくなってしまうパターン(「環境的要因」)です。
 そして、このそれぞれのカテゴリごとに、さらに細かいさまざまな失敗メカニズムが存在しています。例えば冒頭の例では、“集団の中での協力と競争が共存しにくい”という集団的要因による失敗や、“金銭的なモチベーションによって元々持っていた自発的なモチベーションが失われてしまう”という個人的要因の中の動機づけの問題が考えられます。
 このような枠組みの中で、どういう失敗リスクを想定しなければいけないかを整理することで、事前に「失敗しやすいルール」を避けて制度設計を行うことができます。細かい事例や失敗パターンに興味のある読者の方は、拙著『数理モデル思考で紐解くRULE DESIGN―組織と人の行動を科学する』をご参照いただければと思います。

制度を失敗させないために

 事前に入念に設計したルールがうまく機能しないことは日常茶飯事ですが、われわれはそれにどう向き合えばいいのでしょうか?
 組織の中では、しばしば問題が発生するたびに(あるいは管理職の単なる思い付きで)ルールが作られます。そして一度そのルールが運用され始めると、うまく機能しているかどうかはあまり顧みられずに、気がついたときには業務効率が大きく低下したり、場合によっては取り返しのつかない損失につながることもあります。また、別のパターンとして、「企業コンプライアンスや情報セキュリティーのためのルールを設定したにもかかわらず、従わない社員がいたせいでインシデントが発生した」というタイプの失敗も後を絶ちません。
 こうした状況を回避するためのポイントを紹介します。

①ルールの目的の明確化/見える化
 当然のようですが、ルールには必ずその「目的」があります。目的が達成されるのが「良いルール」、達成されないのが「悪いルール」です。それぞれのルールの目的が何なのかを具体的に明文化すること、そして、それがルールに従う構成員から見えるようになっていることが大切です。「このルールは、この目的のために設定されたルールです」ということを全員が理解しているメリットは二つあります。
 一つ目は、もし目的が達成されていない状態に陥った場合に、ルールを修正または破棄しやすくなることです。例えば、そのルールに従う現場の社員が「この手続きはこういう目的のためにやっているはずだけど、これではうまく機能していない」という状況に気づくことができれば、業務改善案を考える契機になります。逆に、何のために存在しているルールなのかが明確でないと、本来不要な手続きが残り続けてしまうことになります。
 二つ目のメリットは、ルールを守ってもらいやすくなることです。例えば事故防止のルールでは、そのルールを守らないと何が起きてどう困るのか、また、別のより良い解決方法がなさそうであることが理解されると、「そういうことなら仕方ないか」という納得感につながり、遵守度合いが高まります。また、ルール作りの段階で現場の構成員の意見を取り入れるなどすると、さらに高い効果を得ることができます。

②ルールの運用状況のモニタリング
 作ったルールを放置せずに、「うまく機能しているか」をモニタリングして、機能していたとしても「その目的を達成することはまだ必要か」という観点から定期的に見直しを行い、適宜、修正や廃止を行っていくことが大切です。
 一度作ったルールを撤回・変更するというのは、制度設計する者の立場からすると、ある種の失敗のようにも感じられるかもしれません。しかし、「ルールを狙いどおりに機能させるのはそもそも非常に難しいことである」という正しい前提に立てば、そのまま放置するほうが問題であるのは明らかです。例えば、スペースシャトルの開発や航空機の運用といった技術的に難易度が高い課題に対しては、人類は徹底的なトライ・アンド・エラーとモニタリングによって、少しずつ対象を制御可能なものとしてきました。ルールの設計においても、事前に設計したものがそのまま想定どおりに機能するという幻想を捨て、柔軟に、また継続的に対策を取る姿勢が大切です。

「組織のルール」の運用ルールを作るためのネクストステップ

 「ルールの当初の目的が達成されているか」。これは言われてみれば当然ですが、今一度、この観点から身の回りのルールを見直してみてください。そもそもルールの目的が曖昧(あいまい)でよく分からず、何をどう参照したら良いのかすら分からない、という組織も多いのではないでしょうか。一時はうまく機能したルールも、環境や社内の状況の変化によって、時代遅れになっているかもしれません。変化が加速する現代において、ルールの運用ルールにも変化が求められています。
 とはいっても最初から大きく仕組みを変えることは難しいでしょうから、まずは、不要なルール・非効率なルールの見直し、また、そもそも目的が曖昧なルール・成果が測れていないルールの洗い出しなどのうちでやりやすい課題から取り組み、自組織に合った「ルールの運用ルール」をぜひ、模索していっていただければと思います。