2023年05月12日掲載

Point of view - 第228回 後藤宗明―リスキリングを成功に導く、組織に必要な七つのアクション

後藤宗明 ごとう むねあき
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事
SkyHive Technologies 日本代表

早稲田大学卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入行。渡米後、グローバル研修領域で起業。NPO法人、米フィンテック企業、通信ベンチャー、アクセンチュアを経て、AIスタートアップABEJAのシリコンバレー拠点設立に携わる。2021年、日本初のリスキリングに特化した一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。22年、SkyHive Technologies日本代表に就任。著書に『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』(日本能率協会マネジメントセンター)。
https://jp-reskilling.org/

誤解されているリスキリングの意義と方法

 岸田文雄首相は2022年10月3日、第210回臨時国会の所信表明演説において、個人のリスキリングに対する公的支援に5年間で1兆円を投じると表明し、リスキリングが国策として取り上げられるようになりました。
 このところメディアで用いられるリスキリングに対する和訳の「学び直し」という表現が、個人の自主的な学びを指すかのように誤解を招いているように感じます。しかしリスキリングは、企業の新たな事業戦略に基づいて、従業員の職業能力の再開発を行うことを指しています。つまり、組織が実施責任を持つ業務なのです。従業員視点に置き換えると、リスキリングは
 「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、新しい業務や職業に就くこと」
 となります。
 残念ながら、現在の日本企業におけるリスキリングの課題は、オンライン講座を福利厚生の一環として提供し、業務時間外や週末に自由に好きなものを学んでください、という形式になっていることです。このやり方では講座の利用率や修了率も低く、DX等を実現する成果に結びついていないのが現状です。

リスキリングする組織を創るために必要な七つのアクション

 これからの経営者と人事部の皆さまにぜひ実施していただきたい、リスキリングの成功に必要なアクションとして、[図表]に示した七つが挙げられます。 以下、これらのポイントを説明します。

[図表]経営、人事のリスキリング推進に必要な「七つのアクション」

  主な役割 必要なアクション 注目の手法
制度 リスキリング制度の策定 人事グループ内の連携と運用支援 アウトスキリング等
戦略 HRBPが事業部と協議 Future Skillsの策定 AI活用によるスキルマップ
教育 研修制度の運用 学習管理ツール(LMS/LXP)導入 ブレンディット・ラーニング
評価 スキル、コンピテンシー制定 スキルの可視化 スキルズ・タクソノミー
資格 社内外におけるスキル証明 保有スキル、学習履歴の証明 マイクロ・クレデンシャル
配置 ポジション整理、社内公募 ポストチャレンジ制度の改訂 サンドボックス環境の運用
報酬 スキルに基づく昇給昇格制度 職務給とスキルレベルの紐付 SBP:Skill Based Pay

資料出所:一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ

①全社共通の制度設計と部門横断の連携
 リスキリングは、DX等の企業変革を支える人的資本投資の重要な施策となるため、経営者が必ず関わり、全社プロジェクトとして行っていく必要があります。
 それゆえ、全社共通で運用するためのリスキリングに関する制度設計を行い、人事部の採用、教育、労務といったグループごとに連携して進めていくことが重要です。

②将来必要となるスキルの決定
 リスキリングによって身につけるべき将来必要となるスキルは、実は部門ごと、担当者ごとに異なります。
 そのため、各部門と人事部が連携し、どのようなスキルが必要となるかを検討し、どんな新しいことを学び、スキルを習得するべきかを具体的に明示する必要があります。一定以上の規模の組織において部門人事の機能がある場合は、この部門人事担当者が各部門の上長と、将来必要となるスキルについて検討していくことが必要です。

③研修制度、学習環境の整備
 将来必要となるスキルが部門ごとに明らかになった後、具体的にスキル習得に向けた研修制度や学習環境の整備を行います。従業員一人一人が、自由に好きな時間に学習することができるオンライン講座と、新しいことを仲間と一緒に学ぶことが可能な集合形式の両方をセットで提供できると理想的です。

④従業員のスキルの可視化
 リスキリングを行う上でとても大切なのが、「スキルの可視化」です。現在、従業員がどんなスキルを保有しているのかを把握できていない企業が多いのではないでしょうか。
 実は、会社の中では営業の仕事をしている従業員が、週末にボランティアでNPOのWebサイトを作っている場合などもあります。従業員がどんなスキルを持っているのかを棚卸しすることで、どんなスキルをこれから身につけたらよいかを考える際のスタート地点が把握でき、また社内に埋もれてしまっているスキルを発見することにもつながります。

⑤学習履歴の証明
 従業員のリスキリングが進んでいった後、研修の修了証と同様にオンライン講座等で学んだスキルを証明する仕組みを用意することで、誰がどのようなスキルを持っているのかが将来的に明らかになります。「オンラインバッジ」という仕組みで、積極的にリスキリングに取り組む従業員を評価すれば、社内における配置転換等を検討する際に役立ちます。

⑥配置転換先の準備と社内公募制度の拡充
 従業員がリスキリングを開始し、新しいことを学び、新しいスキルを身につけたにもかかわらず生かす場所がないということがないよう、あらかじめ配置転換先を用意することが大切です。例えば、デジタルスキルを身につけたものの、事業としてはまだ生かせないといった場合には、新規事業創出のための部門を作り出す等の工夫も必要になります。
 また、リスキリングを行うことに積極的な従業員がチャレンジできるチャンスをつくるために、手挙げ式の社内公募制度を開始することも重要です。

⑦スキルレベルに基づく報酬制度の運用
 リスキリングを実施し、新しいスキルを身につけた従業員への処遇に変化がない場合、そのスキルを高く評価してくれる外部企業への転職が誘発される可能性が高くなります。
 日本では長きにわたって給与が上がらないという課題を抱えていますが、リスキリングを行い、「学んだら昇給・昇格」という文化を定着させていくことも、優秀な人材を社外流出させないためにとても重要です。最終的には、保有しているスキルを評価する給与制度を作ることで、リスキリングを加速させてゆく原動力になるのです。

リスキリングを成功させる会社の未来とは

 ChatGPTを含む生成AIの登場によって、多くの従業員の業務が自動化されることが懸念され始めていますが、次世代の従業員は、まだ見ぬ新たな社会構造において、現在は存在しない未来の職業に就くことになります。
 リスキリングを導入して、企業が得る最大の財産は、外部環境の変化に合わせて、自分自身を「リスキリングするスキル」を身につけた自律自走型の従業員が育ち、未来の事業、収益をつくり出すことに貢献する人材となることです。
 企業の未来を担う人材への投資や人的資本経営を進めていく上で、リスキリングの導入を積極的に取り組んでいただきたいと思います。