2023年04月14日掲載

Point of view - 第226回 中村龍太 ―『副業』ではなく『複業』という働き方が良いわけ

中村龍太 なかむら りゅうた
複業家(コラボワークス 代表、サイボウズ株式会社 執行役員、自営農業 職員)

日本での副業・兼業の第一人者。2016年「働き方改革に関する総理と現場との意見交換会」で副業の実態を説明し、厚生労働省のモデル就業規則を副業解禁に導かせる。著書に、複業の本質をついたバイブル『多様な自分を生きる働き方』(エッセンシャル出版社)、幸せを目的にした働き方を描いた『出世しなくても、幸せに働けます。』(PHP研究所)がある。
コラボワークス HP:https://collaboworks.jp

そもそも、専業、副業に使われる職業の「業」とは何なのか?

 一般的に「業」とは、人が一定の技術や知識を身に付けて、それを職業として営むことを指す。職業には、例えば医師、弁護士、エンジニア、デザイナーなどがあり、それぞれが専門的な知識や技術を持って業務を遂行することが求められる。つまり、総じて、「業」という言葉は、このように、ある種のスキルや専門性を持って営まれる仕事を意味することに気づく。

 その仕事というのは、人が、自分のスキルや専門性で「できる」ことを、「やってほしい」人に、提供するものと捉えられる。それは、「できる」ことで、「やってほしい」ことが達成され解決することにより、お金という報酬が「やってほしい」人から「できる」人に支払われる。それが、一般的な仕事のイメージである。

 しかし、私は、お金の前に存在する、「ありがとう」という報酬が「業」の本質だと私の複業体験を通じて学んだ。
 あるとき、サラリーマンの若い男性が私に相談を持ちかけてきた。その男性の会社では、仕事ができて当たり前で、できなかったら叱られ、モチベーションが上がらないということらしい。私は、「あなたの会社には、仕事を達成したことに対して『ありがとう』という言葉はないのですか?」と聞くと、「あまりない」ということだった。だが、お金という給料は支払われる。これを聞いた私は、以下のように解釈した。

自己肯定感や自己効力感が下がりやすい経営環境

 その会社では、仕事の役割を厳密に定義し、そこに「できる」人を採用し、「やってほしい」人が、その定義した役割を基に依頼することにより、「ありがとう」というコミュニケーションがなくても、機能するような組織にしていると想像する。それは、会社にとっては悪いことではない。なぜなら、余計なコミュニケーションコストが発生せず、市場に均一化した品質でタイムリーに商品・サービスを提供できるからである。

 しかし、人が「ありがとう」を認知できないシチュエーションが続くと、自己肯定感や自己効力感が下がる要因になる。その結果、下記のような問題が起きる可能性がある。

1.自己評価の低下:自己肯定感や自己効力感が低下すると、自己評価も低下する傾向がある。自分自身に対する評価が低下することで、自信を失い、将来に対する不安や悩みが増えることがある。

2.ストレスの増加:自己肯定感や自己効力感が低下すると、ストレスを感じやすくなる。自分自身に対する不安や悩みが増えるため、心身ともに疲れやすくなり、ストレスの原因となることがある。

3.自己実現の妨げとなる可能性:自己肯定感や自己効力感が低下すると、自分自身の可能性を見いだせなくなり、自己実現を妨げることがある。自己肯定感や自己効力感が高い人ほど、自分自身の能力を信じ、新たなことに挑戦することができるため、自己実現につながりやすくなる。

4.対人関係の悪化:自己肯定感や自己効力感が低下すると、対人関係に悪影響を及ぼすことがある。自分自身に対する自信が低下するため、人とのコミュニケーションがうまくいかず、人間関係が悪化することがある。

 以上のように、自己肯定感や自己効力感が低下することで、さまざまな問題が起きる可能性がある。個人にとっても会社にとっても損失である。さらに新型コロナによって、リモートワークなどが増え、この問題は大きくなっている。そのため、これらを改善することが大切である。

「副業」ではなく「複業」とは

 それを改善する方法として、私は「複業」をお勧めする。[図表]は、「副業」と「複業」の位置付け、目的、得られる報酬、対象を対比して整理したものである。その中で、「複業」の対象に書いてある「すべての価値創造活動が対象」とは、まさに「ありがとう」をもらう「業」ということである。

[図表]「副業」と「複業」

[図表]「副業」と「複業」

出典:中村龍太『出世しなくても、幸せに働けます。』(PHP研究所)

 具体的に解説する。私がごみ出しを、早く、正確に、楽しくできる経験をしたとしよう。その経験を隣の家のパパに教えたら、とても喜んでくれて、彼から「ありがとう」をもらった。そうしたシーンが、まさに価値創造活動である。もしかしたら、この記事を読んでいる読者は、すでに「複業」をしているかもしれない。

 私は、その「複業」によって、以下のような効用を経験している。

1.価値創造活動で得られたスキルや専門性は、「やってほしい」と言われる対象者の市場の大きさの大小にかかわらず、インターネットを使ってブログや動画などで届けることができる。

2.ごみ出しのような、特に何でもなさそうな「業」を、多くの人に発信したり、教えたりして提供すると、さらにスキルを高めたり、人からの信頼のボリュームや質を同時に増やすことができる。

3.スキルや人からの信頼を高めることにより、それらの元手が、お金という報酬に変わることがある。

 これが私の「複業」の世界観である。会社の「業」で「ありがとう」を得られなくても、また、会社で、お金を他の会社でもらう副業が禁止されていたとしても、個人が、社会の要請に応えて、暮らし・家族・地域や友人の中で、「複業」をすることにより、自己肯定感や自己効力感の低下を抑制し、さらに向上する効果を経験してきた。
 実際に、先ほど登場したサラリーマンの若い男性は、地域のボランティア活動に参加することにより、会社で自分自身を取り戻した。

 「複業」は、社員の自立を支援し、組織としてのモチベーションを高め、結果として、企業の人財の定着や採用を促進し、事業目標を達成するための一つの選択肢となるに違いない。これが、『副業』ではなく『複業』という働き方が良いわけである。もし、その具体的な方法を知りたい方は、コラボワークスのWebサイトよりご相談いただきたい。