山本奈々 やまもと なな
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
執行役員 パートナー
ここまで6回にわたり、要員・人件費計画を策定する際の基本的な考え方についてお伝えしてきた。第1回では全体像を、第2~5回では人材の“量”に関する検討方法を、そして第6回では、人材の“質”に関する検討方法について述べてきた。本シリーズの最終回となる第7回では、ここまで述べてきた“量”と“質”の計画を踏まえた、「人事中計」のつくり方についてお伝えする。
人事中計とは
そもそも、「人事中計」とは何か? 一般的な会社であれば、自社のビジネスについては中期経営計画(以下、中計)という形で3年ほどの計画を立案していることがほとんどだろう。では、その中計を実現するために必要となる“人”の計画についてはどうだろうか。
もちろん、中計の中で人材についても言及されていることもあるが、大抵の場合、「〇〇人材の早期育成」「多様性と活力のある組織・風土づくり」といったざっくりとした方針・取り組み事項の記載にとどまっており、ビジネスの計画を実現するために、「いつまでに、どういう人材が、何人必要で」「その人材を確保するために今後どういった施策を行っていくべきか」といった具体的な計画まで落とし込まれてはいないことがほとんどだろう。しかし、経営目標・事業戦略の実現に向けては、その担い手である人材の量・質の確保が必要不可欠であり、そのために取り組むべき施策は、中計と同様にプランニングされているべき事項なのである。
本連載では、ここまで人材の量・質を確保するための計画策定の考え方を述べてきたが、それらをすべて含め、かつ必要な量・質を確保するための各種施策まで含めてプランニングしたものが「人事中計」であり、将来に向けた人事機能の取り組みの指針となるべき計画なのである[図表]。
[図表]人事中計とは
資料出所:デロイト トーマツ コンサルティング作成
人事中計の要件と構成要素
では、人事中計とはどのようなものなのか。まず、人事中計の具備すべき要件として、以下3点が明確になっていることが挙げられる。
◇ 最終的な目標は何か
◇ 最終的な目標を実現するために、「何を」「どの順番で」「誰が」実施するか
◇ 施策をモニタリングするKPIは何か
人事中計とは、人や組織の観点から目標達成に向けた道筋を示したものであるため、そもそもどこに向かっているのかという、最終的なゴール地点を明らかにすることが必要である。そして、その最終的なゴール地点に向かうための方法を、より具体化することがポイントとなるのである。そして、計画の実行度合いを把握するためにも、各種施策についてKPIと目標値を定めてその実現度合いを可視化し、それをモニタリングしていくことも必要となってくる。
では、具体的にはどのような項目が記載されているべきであろうか。特に決まったフォーマットが存在するわけではないが、一般的な例として、人事中計に記載すべき項目を以下に挙げる。
■中計実現のために必要な、“人”“組織”の観点から必要な取り組みの方向性
- 会社として実現したい売上・利益の状態や、ビジネスポートフォリオの変化、経営環境や市場の変化を踏まえたときに、人や組織の観点から今後実現していかなければならない要素の洗い出し
■必要人員数
- 中計を達成するために必要な、年度ごとの必要人数
- 会社全体の人数に加えて、事業/機能/組織/職種別等の人数の計画値もしくはマネジメントの方向性についても記載があるとなおよい
■あるべき人材の質
- これからの自社に必要な人材のタイプと、各タイプの人材が保有すべきスペック(知識・スキル、経験、コンピテンシー等)
※最近では、必要人員数とあるべき人材の質を併せて、将来のあるべき“人材ポートフォリオ”という形で検討を行うこともよくある
■総額人件費
- 上記人材を確保するために必要な人件費総額の推移
- このとき、総額人件費だけでなく、売上・利益等の数値や人件費以外コストの試算の前提条件と想定している推移も併せて提示し、ビジネスの計画との整合性について検証しておくことが重要
■生産性
- 中計を達成するために実現すべき生産性(必要生産性)
- 会社全体としての必要生産性だけでなく、事業/機能/組織/職種別等の必要生産性についての言及もあるとよい
■現状の課題
- 必要人員数・あるべき人材の質と現有人材とのギャップ
- 上記以外の、現状および将来発生することが想定される人材マネジメント上の解決すべき課題
■人材マネジメント方針
- 現状の課題と将来のあるべき姿を踏まえた、今後の人材マネジメント方針
■具体的な施策とスケジュール
- 現状および将来発生し得る課題を解決し、あるべき姿を実現するための施策一覧
- 各種施策の優先順位と今後の展開のスケジュール(効果発現時期を含む)
※施策の実効性を高めるために、各施策の責任部署を明示する場合もある
これらの要素が経営の目標と連動して検討され、計画に落とし込まれることで初めて、経営目標・事業戦略の実現に資する人・組織を実現することができるようになるのである。
ここまで、要員・人件費の計画、そしてそれらの集大成である人事中計策定の基本的な考え方についてお伝えしてきた。いずれも、会社が経営目標を達成しようとする際には必要不可欠な要素であり、これらの計画策定および実行は人事機能に課された最も重要な役割であるといえるだろう。
一方で、「この検討を100%やり切れている会社は実はないのではないか」と思うほど、実際の検討にはデータ収集の壁や現場の反発などさまざまな困難が伴い、日々苦労されている方も多いかと思う。本連載の内容が、皆さまの検討の一助になれば幸いである。
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山本奈々 やまもと なな デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 人事中計の策定、要員・人件費計画の策定(Workforce Planning)および最適化マネジメント、要員・人件費計画策定プロセスの高度化、人材のトランジション実行支援、組織・人事戦略策定、同一労働同一賃金、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)推進支援、People Analytics、人事制度設計等、組織・人事関連のコンサルティングに幅広く従事している。 共著書に『要員・人件費の戦略的マネジメント ~7つのストーリーから読み解く』『"未来型"要員・人件費マネジメントのデザイン』(ともに労務行政) |