2023年02月24日掲載

Point of view - 第223回 川上淳之 ―「本業の仕事で足りないこと」を副業から考える

川上淳之 かわかみ あつし
東洋大学経済学部 教授

学習院大学経済学部卒業。同大学研究科博士後期課程単位所得退学。博士(経済学)。経済産業研究所リサーチアシスタント、労働政策研究・研修機構臨時研究協力員、学習院大学学長付国際研究交流オフィス准教授、帝京大学経済学部准教授、東洋大学経済学部准教授を経て現職。主な著作に『副業の研究−多様性がもたらす影響と可能性』(慶應義塾大学出版会・第44回労働関係図書優秀賞受賞)、『30代の働く地図』(玄田有史編、岩波書店)、“Multiple job holding as a strategy for skills development”(Japan and the World Economy 49,2019年)ほか。労働経済学専攻。

 「働き方改革」で政府が副業を推進するように政策の転換をしてから、副業に対する関心が高まり、新聞や雑誌の記事でも「副業」の文字をよく見かけるようになりました。既に一つ仕事を持っている中で、もう一つ副業で仕事を持つ。その理由はどのようなものでしょうか。その背景にある「本業の仕事では足りないこと」について考えましょう。

副業を持つ理由

 昨年、私が正社員として働く人を対象に実施したアンケート調査で、本業で働く理由と副業で働く理由の両方を複数回答で尋ねました。その集計結果をみると、回答者の94%が「収入を得るため」に本業の仕事をしていましたが、副業を持つ理由で「収入」を選んでいたのは68%でした。副業の働き方をみると、3分の1が収入を理由とせずに働いているのです。これは、他のアンケート調査でも同様の傾向が見られます。
 本業の仕事は、確かに収入を得ることが一義にあります。しかし、働くことは必ずしも直接的に収入を得ることのみが目的であるとはいえません。副業で働く理由を通じて、働くことのさまざまな側面を見てみましょう。

 経済学は20世紀の半ばから、副業の問題を扱ってきました。その端緒となる研究で考えられた「本業の仕事では足りないこと」は、時間でした。本業の仕事で労働時間が制約されて、自分や家族が生活するために必要な収入を得ることができない。そのため、本業よりも効率が低い(時給単位で得られる収入が低い)副業を持つことになるというのです。副業は短時間労働問題、言い換えると非正規雇用やワーキングプアの問題であるといえます。この問題の対照にある働き方が、長時間労働であり、残業で割増賃金を得られるフルタイムの働き方であるといえるでしょう。この場合、働きすぎである長時間労働の問題が生じます。

副業とイノベーション

 もし副業を持つ人が収入のみを目的に副業を持つのだとすれば、これまで副業が禁止されていた正社員に、あらためて解禁する必要性は小さいと考えられます。では、政府はどのような意図で副業を認めているのでしょうか。その答えは「働き方改革実行計画」(2017年3月)で次のように書かれています。

 副業や兼業は、新たな技術の開発、オープンイノベーションや起業の手段、そして第2の人生の準備として有効である。我が国の場合、テレワークの利用者、副業・兼業を認めている企業は、いまだ極めて少なく、その普及を図っていくことは重要である。

 オープンイノベーションとは、組織の中でイノベーションを促すために、積極的に組織外のアイデアや技術などの資源を活用する必要があるという考え方です。社内で新規事業を始めるときも、自身で起業をするときも、本業の中の経験のみではなく、本業の会社の外で経験を積み、そこで得られるネットワークやビジネスのアイデアを活用することが求められるというのです。
 副業の効果を分析しているグラスゴー大学パノス教授の研究グループは、イギリスの個人を対象とした追跡調査から、本業とは異なる業種の副業を持っているときに、新たに事業を起こしたり、転職をしたりすることで、収入が高まることを明らかにしています。その効果は、「飛び石効果(Stepping-stone effect)」と呼びます。この観点からも、ビジネスやイノベーションに求められる外部の経験は、本業の仕事のみでは足りないといえます。

「職場の外の経験」の重要性

 一方、イノベーティブなものでなかったとしても、現在の職場の仕事を通じて、自分自身に成長を感じられず、キャリアが伸び悩んでいると感じている人もいるでしょう。私たちは新入社員の頃から経験しているように、普段の仕事から学びを得て成長しています。従来、この「経験」は自分の勤め先の仕事、職場での経験でしたが、それを外部の勉強会や、社会人大学院など、職場の外に求めるという考え方があります。この職場の外で得られる学びを「越境学習」といいます。
 職場の外の経験には、副業の経験も含まれます。自分の勤め先では、基本的には配置転換という形で企業にコントロールされて経験を積んでいきますが、副業の場合には、自発的に自分が経験したい仕事を選択し、働いているという点で、これまでとは異なる考え方であるといえます。そのためには、自分自身を客観視し、どのような仕事の経験を得る必要があるのかを考える、分析する力が必要でしょう。
 収入や学び以外にも、副業で「自分のやりたいことをやる」こともできます。楽器の演奏を人に教えたり、趣味で作ったものを販売したりするように、自身の余暇の時間として副業を楽しむこともできます。これまでは就業規則などで実質的に制限されていた余暇の時間は、「働き方改革」以降、副業を認める動きが広がったことで、より自由に活用できるようになりました。このことは、私たちが活き活きと生活する上で望ましい変化であると評価できるでしょう。

 ただし、最初にみたように、副業は一つの仕事では生活できない、本業の待遇の問題という側面もあるということ(そして、それがむしろ多数であること)を忘れてはいけません。両者を分けて、副業を評価することが重要であるといえます。