2022年12月09日掲載

Point of view - 第218回 小林孝徳 ―よく眠る会社が勝つ時代の幕開け

小林孝徳 こばやし たかのり
株式会社ニューロスペース 代表取締役社長CEO

自身の睡眠障害の実体験を基にこの大きな社会課題を解決したいと決意し、2013年に株式会社ニューロスペースを創業。これまで健康経営や働き方改革を推進する企業100社・2万人以上のビジネスパーソンの睡眠改善を支援。一人ひとり最適な答えが異なる睡眠を、いかに楽しくデザインし改善できるか考えた仕組みづくりを専門としている。Forbes JAPANオフィシャルコラムニスト。著書に『ハイパフォーマーの睡眠技術 人生100年時代、人と組織の成長を支える眠りの戦略』(実業之日本社)がある。

これまでの社会の睡眠に対する考え方

 OECD加盟国の中で国民の平均睡眠時間がワースト1位、睡眠不足による経済損失が年間15兆円(GDP比で約3%)を記録し、不眠大国として日本は世界に認識されるようになってしまった。特に就労者の睡眠時間は短く、平日・休日問わず日本人は慢性的な睡眠不足に陥っており、当社の「『企業の睡眠負債』実態調査」でも約6割のビジネスパーソンが睡眠に不満を抱えているとの結果が出ている。
 睡眠は前半で脳と身体の休息、後半は心の休息というように役割が異なっており、ストレスの解消などはREM睡眠中に行われているということが最近の研究で分かってきた。それが阻害されることで、メンタル不調、うつ病、糖尿病、生活習慣病などの大きな原因になることが分かってきており、特にシフト勤務者は規則的なスケジュールで働く勤務者に比べて肥満(1.14倍)、心疾患(2.32倍)、前立腺がん(3.0倍)、乳がん(1.79倍)などさまざまな疾病リスクが有意に高いことも分かってきている。
 このように睡眠が健康のために重要であることが知られているにもかかわらず、企業社会ではともすれば眠らないで働くことが美徳とされ、眠らない自慢や「ハイパフォーマーは朝が得意」など間違った認識が広まってしまい、「24時間働けますか?」というTVCMが有名になったように、その時代の経済発展には長時間労働が必須と考えられていた。
 私が会社を起業したのも、自身の睡眠障害の実体験により眠れないことの辛さを誰よりも理解していて、この大きな社会課題を解決する仕組みを構築したいと決意したことがきっかけであった。

最新研究で分かった事実

 2022年5月、慶應義塾大学商学部の山本 勲教授の研究で、上場企業700社を対象にしたアンケート結果を基に、睡眠の時間と質を確保している企業ほど利益率が向上しているとの論文が発表された。また2021年、早稲田大学政治経済学術院の大湾秀雄教授の研究でも、睡眠改善による経済的な効果が年間12万円になると試算する論文も発表された。これまでは、寝ている休息時間は物理的に仕事ができないゆえ、生産性と成長の敵とされてきたが、最新研究ではなんと全くその逆の結果が示されたのだ。
 最適な睡眠時間も、就寝および起床時間のタイミングも人によって異なるが、自分にとって最適な睡眠を確保することが、結果的に一人ひとりのワークエンゲージメント向上、生産性向上、心の余裕を生み出し、チームワークの向上にもつながる。それが組織の利益率や社会的信頼向上、さらには時価総額という数字に表れ、資本主義社会で評価される大きな重要な要素になる時代、"睡眠資本主義"の幕開けをもたらすものと考えている。

次世代の成長を実現する会社が取り組むべき、具体的な三つの効果的な施策

 その睡眠資本主義の実現のために、私は三つの提言をしている。
 一つ目は勤務間インターバル制度の義務化である。過労死の防止対策として2021年7月に厚生労働省は、勤務間インターバル制度の普及率を2020年現在の4.2%から2025年までに15%以上に引き上げる目標を掲げた。睡眠の観点でみれば、前半と後半で役割が異なる睡眠を労働の仕組みとして確保できるので、とても有効な施策である。
 二つ目はフレックスタイム制度の普及である。コアタイムを除き、始終業時刻を自分で柔軟に決められるフレックスタイム制度は、IT企業などを中心に普及が進んでいる。通勤ラッシュによる勤務負担の軽減やワーク・ライフ・バランスの実現などだけでなく、睡眠の観点からみれば、夜型の従業員でも無理に早寝早起きする必要がないので、この制度が就業規則に組み込まれているだけでも大きなメリットと言える。特に一昔前に注目された朝活というのは、クロノタイプ(個人が1日の中でどの時間帯に最も活動的になるかを示した時間帯特性のこと)の観点から考えれば全くナンセンスであり、このように「多様性のある働き方の許容」が時代のトレンドになりつつある。
 最後の三つ目は、睡眠衛生リテラシーの普及である。厚生労働省が2014年に「睡眠12箇条」を公開したが、まだまだ認知度が低いのが現状だ。起きている時や寝る前のどんな行動が睡眠の質を悪化または良くするのかを、ビジネスパーソンの多くが理解していない。どんなに高級な布団を使っても、寝る前にお酒を暴飲していたら脳と身体は休息できないのである。その事実をしっかり個人および会社が理解する必要があると私たちは考えている。
 最後に読者の皆さんにご理解いただきたいのは、睡眠は個人で自己管理する時代から企業と社会で取り組む時代へ変化しているということだ。睡眠状態は、寝る前に考えていたストレス、それを解消するための寝る前の行動などに大きく左右される。そしてその因果関係をほとんどのビジネスパーソンは知らずに生活している。つまり、従業員一人ひとりが人生の多くの時間を過ごす場である会社が、睡眠時間の確保や睡眠リテラシー向上につながる仕組みを作ってあげる必要があると私は考えている。