2022年09月29日掲載

キャリアコンサルティング―押さえておきたい関連情報 - 第4回 「職場の情報」をどう活かすか

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授

1.人的資本に関する情報開示の動き

 去る8月30日、政府は、企業の「人的資本可視化指針」を正式に取りまとめた。かなり前から概要について報道されていたこともあってか、「(案)」が取れた正式版公表の扱いは大きくなかったが、引き続き、人的資本に関する情報開示に対する関心は高い。
 既に2022年6月13日に公表された金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ報告」には、投資家の投資判断に必要な情報を提供する観点から、①「人材育成方針」「社内環境整備方針」について有価証券報告書のサステナビリティ情報の「記載欄」の「戦略」の枠の開示項目とすること、②女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差について有価証券報告書の「従業員の状況」の中の開示項目に追加することなどが方針として示されている。今後、開示府令の改正を経て、有価証券報告書の記載事項として上場企業などに開示が求められていくこととなる。
 一方、趣旨は異なるが、既に女性活躍推進法、次世代育成支援対策推進法、育児・介護休業法、労働施策総合推進法などでも人的資本に関する情報の公表が定められている。法令によって開示義務を負う事業主の要件は異なるが、上場企業などに比べ、その対象はかなり広い。各種認定・表彰企業においても情報の公表、取り組み内容の公表が求められている。例えば、対象が中小企業に限られ、認定企業数も1000社に満たないが、若者雇用促進企業を認定する「ユースエール認定制度」では、認定の要件に、①直近3事業年度の新卒者などの採用者数・離職者数、男女別採用者数、平均継続勤務年数、②研修内容、メンター制度の有無、自己啓発支援・キャリアコンサルティング制度・社内検定の制度の有無とその内容、③前事業年度の月平均の所定外労働時間、有給休暇の平均取得日数、育児休業の取得対象者数・取得者数(男女別)、役員・管理職の女性割合について公表していることなども含まれている。既に、そのつもりになりさえすれば、インターネットなどを通じて、個別企業の職場の状況について、かなりの情報を得たり、伝えたりすることができる状況になっている。
 今回は、既に労働関係法令において求められている人的資本に関する情報がどのように開示されており、どのように活用できるのかなどについて見てみたい。

2.人的資本に関する情報の公表の状況とその活用

 ある企業の情報を知りたいと思えば、今なら、まず、インターネットで検索するのが普通である。その企業のホームページを閲覧し、情報を得る。ある程度大きな企業や情報発信に力を入れている企業であれば、かなりの情報が載っている。採用を意識したサイトづくりをしている企業も多い。
 新聞・雑誌記事から、企業・事業所情報を収集できることもある。経済団体や新聞社などの発行する事業所名鑑、有料のデータベースなどからも、企業・事業所情報を収集することができる。
 労働関係法令で定められている情報の公表の場として推奨されているサイトもある[図表]。求められていることは「公表」であり、これらサイトに登録しなければいけないわけではないが、相当数の企業の情報が掲載されている。
 こうした情報を一度に検索・閲覧できる、職場情報総合サイト「しょくばらぼ」という便利なサイトもある。「しょくばらぼ」には、「女性の活躍推進企業データベース」、「両立支援のひろば」、「若者雇用促進総合サイト」で求められている項目のほか、企業の判断によって独自に掲載できる項目もある。掲載項目・内容は、出典元のデータベースや企業の考えによって異なる。各企業を比較しつつ、閲覧することにより、その取り組み状況や考え方、課題なども浮かび上がる。他社の取り組みから学べることも多い。

[図表]人的資本に関する情報の公表の場の例

女性の活躍推進企業データベース:女性活躍推進法に基づいて全国の企業が女性の活躍状況に関する情報・行動計画を公表している企業を検索できる。企業は、「女性の活躍の状況に関する情報公表」および「行動計画の外部への公表」の掲載先として使うことができる。データ公表企業は2万2964社、行動計画公表企業は3万2916社。

両立支援のひろば:両立支援対策を積極的に進めている企業の取り組みや次世代育成支援対策推進法に基づく一般事業主行動計画などを掲載している。登録企業数は10万2588社。

若年雇用促進総合サイト:若者雇用促進法に基づいて職場情報の提供を行う企業の情報を検索できる。掲載企業数は、ユースエール認定企業908社、一般企業845社。企業規模を問わず、自主的な青少年雇用情報の提供

職場情報総合サイト「しょくばらぼ」:上記3サイトに掲載されている職場情報を収集・転載したサイト。併せて国の各種認定・表彰制度についての情報も掲載されている。掲載企業数は8万4210社。

資料出所:厚生労働省ホームページを基に筆者作成

[注]1.掲載企業数は、「女性の活躍推進企業データベース」「両立支援のひろば」「若者雇用促進総合サイト」は2022年9月22日に閲覧した際の企業数、「しょくばらぼ」は2022年9月1日現在の企業数である。

2.「若者雇用促進総合サイト」には、一般企業(企業規模を問わず、自主的な青少年雇用情報の提供を行う企業)の情報も掲載されている

3.このほか、各種認定・表彰サイトでも、企業の取り組みが公表されている。

 「しょくばらぼ」からは、子育て支援企業を認定する「くるみん」「プラチナくるみん」、女性活躍企業を認定する「えるぼし」「プラチナえるぼし」のほか、先に紹介した「ユースエール」などの認定企業や、キャリア支援に関して優れた取り組みをしている企業を表彰する「グッドキャリア企業アワード」など表彰企業の情報も閲覧できる。
 梅崎・島貫・佐藤(2020)によると、中堅・中小企業を対象とした調査分析の結果、表彰・認定の取得数は、採用者の質的確保と従業員の離職率低下に貢献している。中堅・中小企業についての分析結果だが、質の良い応募者、従業員双方に企業の取り組みが伝わっているということだろう。人的資本に関する情報開示が注目される中で、応募者や従業員の関心はこれまでよりも高まることが考えられる。雇用管理改善に取り組んできた企業にとって、情報開示は一つのチャンスとなる可能性がある。
 その一方で、開示するとなれば、少しでもよく見せたいと考えるのが普通である。事実に反しない範囲で、見せ方を工夫することもあるだろう。工夫が過ぎれば、従業員の信頼を損ねたり、応募者から不信感を招いたりするおそれもある。また、これまで知らなかった処遇差などに気づき、従業員がモチベーションを低下させたり、無力感を抱いたりするおそれもある。

 経営戦略は、人的資本である「ヒト」の協力なしには、実行することができない。投資家向けの人的資本開示に注目が集まっているが、「見栄え」ばかり気にするのでなく、「しょくばらぼ」のようなサイトを活用し、どのような情報がどのように開示されており、自社にどう活かすことができるのか、改めて確認し、考えてみる。その上で、抱えている課題があるのであれば、それにしっかり向き合う。人的資本に関する情報開示の動きが、企業の取り組みを加速させるとともに、従業員の企業への信頼感、モチベーション向上につながることを期待したい。

【参考資料】

・非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」(令和4年8月30日)

・金融庁金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ報告―中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて―」(令和4年6月13日)

・梅崎 修・島貫智行・佐藤博樹(2020)「公的な表彰・認定が中小企業の人材確保に与える効果―雇用主ブランディングの観点から―」『組織科学』Vol.54 No.1, 2-15

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学 事業創造研究科教授
厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。
社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会理事、人材育成学会理事、経営情報学会理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学キャリアデザイン学研究科非常勤講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。
専門は、人的資源管理論、キャリア論

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