「人を活かすマネジメント」常識・非常識 - 第1回 一人前になるには「石の上にも三年」は必要か?

前川孝雄 まえかわ たかお
株式会社FeelWorks 代表取締役/青山学院大学 兼任講師

1.厳選採用が不可能な「超売り手市場」時代に突入

 最近、私が営む会社に企業経営者や人事担当者から若手社員の早期離職を食い止めたいという相談が急増している。特に、これまで就職人気業界・企業であったところほど顕著だ。
 これまで伝統的な日本企業は、新卒一括採用で若者を篩(ふるい)にかけて厳選し、OJT中心の企業内人材育成によって長期的に育ててきた。90年代はじめのバブル崩壊以降、「買い手市場」である就職氷河期が20年以上続いたため、この厳選採用がやりやすかったといえよう。
 ところが、近年はそもそもの募集人数に対して十分な応募が集まらなくなっている。若年人口の減少、技能伝承の必然、景気回復という三つの条件が重なってきたからだ。企業は、既に若者を篩にかけること自体が困難な売り手市場に潮目が変わったことをまず認識すべきだ。この数年は、コロナ禍という特殊な状況で採用を手控えた企業もあった。しかし、少子化の影響で、大学を卒業して企業で働き始める22歳の新卒人口が2022年から減少傾向に転じる「2022年問題」とも相まって、中長期的には売り手市場傾向は続くだろう。
 こうした中、やっとの思いで採用した若手社員が早期離職してしまっては、目も当てられない。ただ若手社員のほうも早期離職する前提で入社する人は少ないはずだ。現状を聴き分析する中で分かったのは、企業側が若者の真の離職理由を捉えきれていないということだ。いったい何が食い違っているのか。なぜ若者はすぐに辞めてしまうのだろうか。

2.《マネジメントの非常識》時代遅れの「石の上にも三年」

 若手社員の離職を招く要因は、リアリティショックだ。就職先の職場や仕事が想像とは大きく異なると感じること。理想と現実のギャップである。ただし、いつの時代にも新社会人にリアリティショックはあるものだ。管理職や経営層自身も、多かれ少なかれ経験してきたことだろう。「石の上にも三年」という諺(ことわざ)があるように、数々のギャップに耐え、試練を我慢し、自力で乗り越えるのが当然だと考える人も多いはずだ。
 けれども、この「我慢して頑張るべき」という考え方が、もはや時代遅れだと私は考えている。40代半ば以上の管理職や経営層が就職した頃は、まだ終身雇用が約束されており、若い頃に我慢して働けば次第に昇進・昇給する年功序列であり、定年まで勤め上げれば、退職金と年金で老後の暮らしも見通せたはずだ。特に大企業なら、就職できれば一生安泰と考えていた人も多いことだろう。つまり、「石の上にも三年」は、将来が保障されるという暗黙の前提があったから通用したのだ。
 しかし、今の若者は、終身雇用はおろか年功制の給与体系も崩壊しつつある現代に働き始めている。大手企業でリストラが頻発し、親世代が苦労する姿を間近に見て育ってきたため、企業の安定性を信じられなくなってきたのだ。その結果、優秀な若者ほど「寄らば大樹の陰」では将来が保障されない時代に働かなければならないことを自覚しており、会社がどうなっても食べていける市場価値のある人材に早く成長したいと考えている。
 これを裏付けるデータもある。リクルートキャリアの「就職プロセス調査(2021年卒)」(2021年3月26日)によると、若者が就職先を選ぶ決め手のトップは「自らの成長が期待できる」(49.8%)で、企業の安定性(34.9%)、福利厚生(34.8%)、成長性(21.8%)、知名度(21.5%)、規模(18.0%)、年収の高さ(10.2%)などを大きく引き離している。「就社」ではなく、「就職」に意識が変わってきたともいえる。そのため、「石の上に三年」も我慢する意味が分からなければ、若者はすぐに辞めてしまうのだ。
 では、若者の早期離職を防ぎ、職場定着を図るにはどう対処すべきか。

3.《マネジメントの新常識①》上司は管理職から"支援職"に役割を変える

 第1は、直接の指導役である上司やOJTリーダーの役割を、管理職から"支援職"に変更することだ。会社からの指示・命令を完遂させるマネジメントから、若手社員側のキャリア希望を受け止め、それを組織貢献できる役割に結合させ、自発的な働きを促すリーダーシップにシフトするのだ。具体的には、直属の上司やOJTリーダーが若手社員と育成のための定例ミーティングを設定したり、業務日誌やメール日報を交換するなど、若手側から気軽に発信し、相談しやすい報連相の機会をつくることだ。
 その際、上司側が心掛けるべきは「アドバイスよりまず傾聴」の姿勢である。これまでの上司像であれば立場上、若手社員に対して一方的な指示・命令をしがちだ。必要なOJTをしっかり行うことは大切だが、指示・命令が先行すると若手社員は次第に萎縮し、発言を遠慮するようになる。そうなると、職場や仕事に対するリアリティショックや不安・不満も内面に溜め込み、相談の機会を失い、ひいては離職につながってしまう。未然に防ぐためには意図的な傾聴の機会づくりが必須になるのだ。
 傾聴は、①相手の話をじっくり聴ける落ち着いた場所とリラックスした姿勢を整え、②受容的、肯定的に相手と接し、うなずきや相づちで話を引き出し、③話を共感的に受け止め、気持ちや感情を丁寧にくみ取り、④相手の話を復唱して確認し、⑤ポイントを要約し正確な理解を示し、⑥「なぜそう思うか?」質問し内省に導く、といったステップで行う[図表]
 実は、傾聴とは単にじっと聴くだけでなく、アクティブリスニング(積極的な聴きとり)であり、その真価は相手を受け入れつつ深く考えさせ、主体的な意見や行動を引き出すことといえる。

[図表]傾聴の六つのステップ

 なお、①受容や②共感は同調とは異なる。たとえ自分の意見と異なっていても、相手の意見や気持ち、価値観を否定することなく、ありのままに受け止めることだ。それによって、相手に「話を聴いてもらえた」「また相談に乗ってもらえる」という安心感と信頼感を与えられる。その上で、相談内容にいかに対応すべきかを上司側もしっかりと内省し、相互理解と解決に向けて向き合っていくのだ。

4.《マネジメントの新常識②》若手には早期に顧客満足や地域貢献につながる仕事を体験させる

 第2は、若手社員には早い時期から、働きがいや成長の可能性を感じられる仕事を経験させることだ。若者は現在の職場・仕事を通して働きがいと成長の機会をどれだけ持てるかに強い関心を持っている。また、平成生まれの若者は、災害救援や国際貢献をはじめとした多様なボランティア活動を頻繁に見て育ったため、社会貢献への意欲が強く、給料や職位以上に仕事の意義や意味に対する意識も高い。
 留意すべきは、成長意欲の高い若手は単に「働きやすい職場」を心地よく感じていないことだ。近年、働き方改革が進む中で、時間外労働の規制や年次有給休暇の取得促進、育児・介護と仕事との両立支援など、働きやすい職場環境づくりが進んできた。しかし、いくら労働条件は良好でも自らが成長できない「ぬるま湯企業」は敬遠されるのだ。
 ある食品製造・販売会社では、若手社員の離職に悩んだ末に、仕込み補助や後片付けなどの下働きで育成してきた旧弊を改め、若手の憧れである花形商品の製造と、その商品をお客様に直接提供し喜んでいただく瞬間に立ち会うという第一線の仕事を体験させることにした。その結果、早期離職は大幅に減ったという。若手社員は自社の仕事に働きがいと希望を感じ、日々の仕込みの仕事に励むようになったからだ。
 皆さんの企業現場でも、若手社員に仕事の下働きばかりではなく、働きがいを感じられる花形仕事を思い切って任せ体験させることだ。若手だけで難しければ、先輩社員のサポートをつけることも有効だろう。若手社員に早期に働きがいを体験させることで、職場と仕事へのエンゲージメント(会社への愛着・業務に対する意欲)を高めることができるだろう。

前川 孝雄 まえかわ たかお
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
人を育て活かす「上司力®」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団(株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力®研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員、(一社)ウーマンエンパワー協会 理事等も兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)、『「仕事を続けられる人」と「仕事を失う人」の習慣』(明日香出版社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)および『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)