2022年04月08日掲載

Point of view - 第202回 久保田一美 ―不確実性の高い時代だからこそ、ストーリーを持って語れる強いチームを創ろう

不確実性の高い時代だからこそ、
ストーリーを持って語れる強いチームを創ろう

久保田一美 くぼた かずみ
MY STORY K.K. 代表
企業研修講師、イノベーションディレクター

「人材育成で発展する、人と企業のストーリー創造」を支援するMY STORY K.K.の代表として、全国エリアの企業、中央官庁、自治体等で研修やコンサルティング活動を実施。VUCAの時代に求められるチームの創造的ビジネス思考力を7倍に高めるプリズムシンキング®︎を開発。早稲田大学総合研究機構 グローバル科学知融合研究所 DX競争優位実践ラボ内PRIME GROUP Partnerのイノベーションディレクターとしても活動。『THE21』「最強」の働き方(PHP研究所)、『PRESIDENT WOMAN』(プレジデント社)などのインタビューや、政府系メディア、『企業と人材』(産労総合研究所)、『月刊リーダーシップ』(一般社団法人日本監督士協会)、『銀行実務』(株式会社銀行研修社)等の専門誌での連載多数。
https://www.mystorykk.com

人材育成にまつわるジレンマ

 VUCAと呼ばれる不確実性の高い時代に、働く人のワークスタイルも変化する中で、どのような業界の企業であっても既存の事業以外に新しいビジネスモデルを生み出したいと考えている。その過程においてデジタルトランスフォーメーション(DX)が注目されているが、DXはあくまで手段であり、「新しい事業が顧客にどんな価値をもたらすのか」というアイデア創発と、それらに対応できる社内の人材育成に課題を抱えている企業は多い。

 新型コロナウイルス感染症によるパンデミック以降、特に人材育成部門やマネジメント層からは、下記のような悩みを聞く。
①時代の変化に対応できる創造的思考力を養成するのは難しい
②能力を持つ人材をなかなか採用できない
③リモートワークでメンバーのモチベーションが下がっている
④アイデアを提案しても周囲から猛烈な批判がある
⑤新しい分野にチャレンジする風土がない
 皆さんの組織では、いくつ当てはまるだろうか。

 新規事業開発において、一つの商品やサービスが成功するのに必要なアイデアの素案は3000個ほど必要(ハイス・ファン・ウルフェン著『イノベーションの迷路』サウザンブックス社)とも言われる中で、多くの企業では、新規事業開発部門や、企画部門などの専門部署がその役割を担っている。
 しかし、それほどの数のアイデアはどのように創発されているのだろうか。過去のデータやフレームワークからは独創性を生み出せず、どうしても既存ビジネス内の発想に終始してしまうという切実な声もある。

階層別研修からチーム単位で学べる研修を増やす

 今までにないアイデアを生むためには、必ずしも難易度の高いスキルが必要なわけでもない。むしろ幼少時代に誰もが持ち合わせていた、枠を超えるような想像力を思い出し、従来にない発想を否定することをいったんやめて、自由に対話できる場を用意したい。新規事業は既存ビジネスとはかけ離れたモデルになることも多いため、マネジメント層や社内からの猛烈な批判により貴重なアイデアが埋もれ、実行のスピードも減速する。企業発の新規事業には、従来にないアイデアを肯定的に受け取り、小さな失敗という名の「実験」を繰り返しながら実行していく心理的安全性のある環境が不可欠だ。

 また、社会の変化のスピードに対応するために、これからは一部の限られた担当者を育成するのではなく、自社の状況をよく知り、社員が自ら多様な考えを自由に発言できる環境をつくり、柔軟な発想力を、短時間で、楽しみながら養成することが急務だと考えている。これは単にアイデア創発だけでなく、業務改善や生産性向上、キャリア自律にもつながることになる。

 その際に、VUCAの時代を生き抜く若年層と、人生100年時代を迎えて不安や戸惑いを隠せない管理職やリーダー層が別々に学ぶ階層別研修だけを計画するのではなく、これまでの1回当たりの時間を短くして「組織単位のチーム全員で参加できる学びの場」を作ることが大切な時代になったと痛感する。なぜなら、従来型の階層別研修では、参加した管理職やリーダー層から「部下の主体性がない」という声が挙がる一方、若年層の研修では、「上司の考え方が古い」という不満がしばしば聞かれる。チーム内の1人、2人がどんなに良い研修で学んでも、職場に戻ったら周囲が変わっていないのであれば、受講した本人も元の日常に戻ってしまうだろう。スピードが求められる現代では、「組織単位で学び続ける」ことが最優先だ。

アートを導入して"ストーリーで語れる"チームを創る

 社会の流れが今後も加速していく中、コロナ前の思考や、これまでの認知バイアスから脱却するための一つとして、「アート思考」が注目されている。これはアートを生み出すアーティストの思考そのものが、今までにない発想を生み出すプロセスに似ているからだ。イノベーションを創発する企業やリーダーは、従来から存在するロジカルなテンプレートやフレームワークに限界を感じ、アートから学んでいることも多い。教育界でもSTEM教育(科学、テクノロジー、工学、数学)による理系人材の育成だけでなく、人間らしさを重要視するアート(Arts:芸術・教養)を導入した「STEAM教育」にも注目が集まっている。

 弊社はアートや本を導入した研修を提供することがあるが、受講者はアートを観賞すると、実に多様な解釈をする。その多様な解釈に触れることで、全く新しい発想が生まれる。また、人の脳はそのアートを目にした時に、いくつかの問い掛けをすると、その背景にあるストーリーを考え始めるようになる。不確実性の高い、先の見えない社会だからこそ、企業も、そこで働く人たちも、
◎『これからどんな未来にしたいのか』
◎『どんな価値を提供したいのか』
を、ストーリーを持って語れることが重要だ。そのストーリーを共通言語にすることで、チームは強くなる。

 ベストセラーにもなった一橋ビジネススクール教授で経営学者である楠木 建氏の著書『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)でも、「優れた戦略にはストーリーがある」と提唱されている。
 共通言語を持ったチームが、今までの枠を超えたストーリーをこれから次々に生み出し、より良い社会になっていくことを願っている。