2016年04月08日掲載

Point of view - 第61回 中嶋よしふみ ―住宅購入の相談に乗っているFPから見た、働くママと会社の関係。

住宅購入の相談に乗っているFPから見た、働くママと会社の関係。

中嶋よしふみ  なかじま よしふみ
ファイナンシャルプランナー(FP)
シェアーズカフェ・オンライン 編集長


2011年にFPの店、シェアーズカフェを開業。日経DUAL、東洋経済、プレジデントウーマンなどで執筆を行う。著書に『住宅ローンのしあわせな借り方、返し方』(日経BP社)。対面では共働きの子育て世帯にプライベートレッスンを提供。住宅購入のアドバイスを得意とする。2013年には主にマネー・ビジネスをテーマにしたWebメディア「シェアーズカフェ・オンライン」を開設、編集長を務める。現在ヤフーニュース等に配信中。お金より料理が好きな36歳。
 シェアーズカフェ・オンライン http://sharescafe.net/

 

 家を買う……これは多くの人にとって、人生の一大イベントだ。自分はファイナンシャルプランナー(FP)として住宅購入の相談を多数受けている。保険の販売や不動産の仲介等は一切行っておらず、対価としていただくのはアドバイス・相談料のみというFPの中でも珍しいスタイルだ。

 住宅購入の相談というとお金の話だけをしていると思われがちだが、お金の話はさほど大きなウエートを占めない。借入額・金利・返済期間の三つさえ分かれば、FPに相談するまでもなくネット上にある無料の住宅ローンシミュレーターで一瞬にして毎月の返済額は分かる。問題は「借りたお金を返せるかどうか?」ということになる。

 売り手である不動産会社はできる限り高い物件を買ってほしいので、ローンに通るギリギリの予算を提案する。彼らにとって買える=ローンを組めるであり、返せるということではない(もちろん、売り手としては当然だ)。

 そこで家がほしい人は自分のようなFPにわざわざお金を払って相談をすることになるわけだが、その相談内容は最後には働き方、生き方の話になり、「お金に関わる人生相談」になる。住宅の購入は損得よりもリスクとライフプランを重視すべき、というのがいつものアドバイスだ。

■住宅購入のカギは妻の収入がどうなるかにある。

 住宅購入の相談は長い時には5時間・6時間と長引くことも珍しくないが、必ずぶつかるのが妻の側の働き方だ。

 自分の元に訪れる相談者の平均的なプロフィールは、主に関東圏在住在勤、夫婦共働きでどちらも正社員、30代前半から半ば、子どもは生まれたばかり(0~2歳位)、世帯年収は1000万円超、貯金は同年代の平均よりかなり多い……となる。

 一見すると何の問題もない、非常に恵まれた夫婦に見えるが、家を買おうと思うと、実はまったく余裕がないことが判明する。

○ 家を買った後のローン返済額が賃貸時より毎月何万円も増加する

○ 産休・育休・時短勤務で妻の収入がフルタイム時より大幅に減る

○ 高額の子育て費用が発生する(妻が仕事復帰すると、収入が高いので保育園の費用も最高ランクに近い額が適用される)

 これら三つの金銭的なダメージにより、最低でも200万~300万円ほど家計の収支は悪化する。それまで毎年順調に貯金を増やしていた家庭でも、貯金ができなくなる、あるいは貯金を取り崩す状況に陥る。そしてこの三つのうち、近い将来に回復するのは二つ目の妻の収入だけだ。

 妻の収入を出産後に扶養範囲内の100万円程度に抑えるのか、時間的に融通の利く働き方で200万円くらいにするのか、あるいはフルタイムで300万円以上を目指すのか。妻の収入が家計に与える影響は極めて大きい。

■将来が見えない働くママの不安。

 では、子どもを産んでこれから家を買おうとする妻が考えていることは何か。それは継続して、安定して働きたいということだ。35年の住宅ローンを組んだ場合、35歳で家を買うと70歳までローンが続く。繰り上げ返済等で期間が短縮されても、定年退職するころまで返済は続く。

 そこで問題になるのが「給料はいくらもらえるのか?」「何歳まで働けるのか?」という2点だ。もちろん、夫にも同様の心配はあるわけだが、どちらにしろ男性は働き続けるという前提がある。しかし女性の側は、働きたいと思ってもそれが前提とはいえない。

 近年では産休・育休の取得はすでに当たり前の状況になりつつあるが、世代が一つ、二つ上の人にとっては、子どもが生まれたら仕事を辞めることが当たり前だった。つまり、近年急激に増えた働くママにお手本はいない。育休から復帰して10年、20年と働いて定年退職を迎える女性は世間一般では極めて少数派だろう。ロールモデルがいないといわれる問題だ。これは中小に限らず大手企業であっても同様だ。

■あの民放でも女性アナウンサーで初めての定年退職者が?

 先日、「なるほど! ザ・ワールド」などで有名な女性アナウンサーの益田由美さんが、フジテレビの女性アナウンサーとして初めて定年退職を迎えたという。特殊な職業とはいえ、民放キー局でもこの状況かと驚いたものだ。ただ、これは他の企業でもほとんど同じ状況だろう。

 独立・起業をしている自分からすると、お手本があろうとなかろうと気にしなくていいのになどと思ってしまうが、安定して働きたい人にとっては今後どんな立場でどんな仕事をして、いくらの給料がもらえるのか、何も目安がないことになる。会社側が自分をどのように扱おうとしているのか分からないことは大きな不安につながる。

 このような状況は、社員に長く働いてほしいと考える会社の意向と大きなズレがある。一部の問題社員に辞めてほしいとか、リストラせざるを得ないほど業績が悪化しているとか、そういった状況を除けば手間暇かけて育てた社員に辞められてしまっては会社にとって損失でしかない。

■人口減少は企業を直撃する。

 2015年の総務省の労働力調査によれば、男性の年齢階級別就業率は90%を超える(25~34歳、35~44歳、45~54歳の3世代いずれも)。まともに働ける人はほとんど働いているとみて間違いない。

 一方で同年代の女性は70%を超えるにとどまるが、過去10年でほぼ一貫して上昇を続けている(10年前は60%台半ば)。男性より低い理由は出産・育児等による退職によるものと思われるが、就業率上昇の要因は産休・育休の普及と、母数が少子化により大きく減少していることが挙げられるだろう。

 現在は働くママが増える一方で国も会社も制度の整備が追いつかず、どのように対応すればよいか扱いかねている状況にも見えるが、10年もすれば人材を奪い合う主戦場がこの「働くママ」になっていることは確実だと思われる。つまり制度が整っていない企業が制度の整っている企業に人材を奪われる、という状況だ。

 現状では小さい子どもがいると転職できないと言われるが、10年前にここまで産休・育休・時短勤務が一般化するとは多くの人が予想していなかった。今後10年で起きる変化として、少子化による人手不足がより深刻化し、高齢者の増加によって介護離職はさらに増加することを指摘できる。

■ワカモノは急激に減る。

 日本全体の人口減少は穏やかに続くが、ワカモノの人口減少は急激に進む。大学を卒業して今年度から働き始める、1994年生まれの日本人の出生数は123.8万人だが、10年後には111.1万人(2004年生まれ)、20年後には100.4万人(2014年生まれ)と10年でおおよそ1割ずつ減少していく。10年前の149万人(1984年生まれ )と比べれば労働力の供給が急激に減少していることが分かる(データはいずれも総務省統計局『日本の統計2016』より)。

 介護人口の増加については、つい先日も介護離職を未然に防ぐため、三井物産、JFEスチール、三菱電機、日本KFCホールディングスなどの大手企業が制度の導入・拡充を予定していると報じられた。(『介護離職ゼロ目指し、支援策拡充の企業相次ぐ 介護と仕事の両立後押し』産経ニュース 2016.3.25)

 今は「小さい子どもがいる人は、子どもの風邪などで急に休むから困る」といった程度の話でも敬遠されてしまうが、介護と比べれば小さい子どもの世話にかかる手間は極めて小さく、手間がかからなくなる時期も見通しが立つ。子連れ出勤はできても介護中の親を連れて出勤はできない。

 「社内託児所完備だから待機児童も関係ありません!」「車通勤で子供を連れて出勤してください!」「在宅勤務歓迎!」といった子育て層をターゲットにした大手企業の募集がずらりと求人サイトに並ぶ日は遠くない。子どもを産んでも働き続けることはできますか?という大学生の質問で、会社説明会がざわついていた時代はもはや昔の話だ。

■「資生堂ショック」という勘違い。

 昨年、資生堂の子育て中の社員に対する報道が話題になった。時短勤務や働く曜日の制限がフルタイムで働いている他の社員の負担になっていることから、子育て中の社員にも忙しい時間帯である夕方や土日にも無理やりシフトを入れて働かせようしている、といった内容だ。

 ネット上でも「資生堂は女性に優しい会社だと思っていたのにひどい」「2度と資生堂の化粧品は買わない」といった強い反響を呼んだ。しかし実態はまったく違うと資生堂出身でワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵氏は指摘する(資生堂、「子育て社員へ遅番要請」は是か非か 東洋経済ONLINE 2016.2.21)。

 資生堂は他社より10年進んでいる、今まで子育て中の社員に行っていた一律の対応を辞めて個別の対応ができる段階まで進んだ。その結果働ける人や働きたい人には子育て中であってもキャリアを積めるような体制を整えることができた。それを誤解されて報じられてしまった――ということだという。

 現在多くの企業が産休・育休・時短勤務などを法律で定められた通り取得可能にしている。これは習熟度別の学習塾に例えることができる。従来の「会社の求める働き方ができない人は辞めてもらって結構」という対応は「すべての生徒が一つの教室で授業を受ける」状況であり、成績の良い子どもは退屈で、成績の悪い子どもはついていけず、多くの生徒にとって満足度が低い。習熟度別のクラスはそこから一歩進んだ段階といえる。

 そのさらに先は「個別指導」となる。小室氏の指摘する個別対応とは、一人ひとりにきめ細やかな対応をする個別指導の塾と同じだと考えれば、決して身内びいきではなく正しい指摘だとスムーズに理解できる。

 同じ子育て中の社員であっても、パートナーが子育てにどれくらい参加できるか(勤務時間や勤務先の制度など)、近くに子育てに協力してくれる親族は住んでいるか、保育園は何時までやっているのか、どこに住んでいて通勤時間は何分かかるのか……「働くママ」といってもちょっと考えただけでこれだけ違いがあることが分かる。当然、能力も一人ひとり違う。これらの差異を全て無視して一律の配慮をすることはかえって問題があることはいうまでもない。

 働くママへの一律の配慮は、異なる環境にある人は異なる働き方を認めるべきという、習熟度別クラス的な段階に進んだが、長時間労働ができない人は扱いにくいという、従来の認識は残ったままでもあったと思う。さらに長時間働く人が偉いという、これも従来の価値観が加わることで、あくまで労働時間の面で制約のある働くママが、あたかも能力面でも劣っているかのように扱われることにつながった。

 結果的に重要な仕事はさせない、できない、出世コースからも外してよい(あるいは外した方が喜ばれる)、という認識・誤解にもつながった。気を使ったつもりがかえって反発を生んだ「マミートラック問題」などはまさにその典型だ。この種の配慮は企業側にその意図がなくても、当事者にとっては冷遇にも見えたことだろう。

 こういった問題の解決方法は、すでに書いたとおり個別指導塾のように、社員は一人ひとりを特別扱いしてよいし、特別扱いすべき、ということになる。たった一人の優秀な社員を引き留めることができるかどうか。それが今後の人口減少社会では、他社より優位に立つ決め手となる。毎年、生産年齢人口が数十万人から100万人も減り続けているという客観的な事実を、すべての企業は重く受け止めるべきだ。

■「お金で解決」する方法も。

 30代で1000万円を超えるような高い報酬を約束できる企業ならば、認可保育園に空きがなく認可外保育園で毎月高い保育料を払うことになっても働いたほうがよい、といった判断を社員にしてもらうことも可能だろう。働く側の視点から見て、必ずしも柔軟な働き方だけが求められるわけではないともいえる。

 以前、時短勤務をすると年収が300万円も下がってしまう、という女性には「フルタイムで働いて300万円をベビーシッターや家事代行の費用に充ててキャリアを維持するという選択肢もあるのでは。お金で解決できる問題はお金で解決してしまえばよい」とアドバイスしたことがある。何の話をしているのかというと、企業が柔軟な雇用を提供できないのであれば、高い報酬を払って社員自身に解決してもらう、という方法もあるということだ。お金で解決というアドバイスは社員にも会社にもいえることだ。

 これは仕事を休む機会損失が大きく、なおかつ時短勤務によりキャリアにロスが発生することを心配している給与の高い相談者へのアドバイスであり、まったく逆にそこまで働かないとついていけない職場ならば辞めたほうがマシという相談者もいた。どちらが正しいということはなく、考え方が違うだけだ。

 より理想的な職場は、こういった異なる考え方をする社員が共存して双方ともに納得できる働き方を提供できる会社だろう。それを管理する側は大変だと思うが、できなければライバルに人材を奪われるだけだ。

■会社の制度を驚くほど知らない社員。

 自分は住宅を含めたお金に関わる相談に乗る際、会社の制度なども事前に詳しく聞くようにしているが、多くの人は会社の制度をほとんど理解していない。まともな企業であれば配布されている冊子や社内のLANにあるPDFなどで必ず説明されているはずだが、入社してから初めて読んだ、といった話を聞くことも珍しくない(知っている人は入院や休職で制度を利用したことがある人くらい)。随分お金をかけている制度なのに存在すら知らず、知らないのだから感謝されることもない状況だろうと思うと、もったいないといわざるを得ない。

 そして現在の制度ですら理解していないのだから、将来会社は社員をどのように扱おうとしているのか、それが社員に伝わっている企業はほとんどないと言ってよいだろう。

○ 安心して働けるように、他社にはないこんな充実した制度がありますが、皆さん知っていますか?

○ 将来こんな制度を導入したいと検討していますが利用したいと思いますか?

○ もし社員の皆さんがこの部分で少し協力してくれればこんなによい制度を導入することも可能ですがいかがですか……?

 社内で従業員とこういった丁寧なコミュニケーションを取ることができれば、社員の満足度、ひいては定着率にも確実にプラスの影響が出るのではないか。先ほど紹介した資生堂の育児休業からの復帰率は90%台後半から100%、復帰後の定着率も約90~90%台後半と極めて高い(資生堂国内グループおよび資生堂販売(株)、CSR人事関連データより 定着率は前年度の育休復帰者と当年度の在籍者数を比較)。

 住宅購入の相談という、人事の方とは大きく異なる立場から「働き方」を見てきたFPとして、日々感じていることを書いてみたが多少でも参考になればと思う。