亀田 高志
株式会社産業医大ソリューションズ
代表取締役社長・医師
これまでの連載で、危機事象を特定し、被害想定のもとに対策の手続きを決め、文書化を行い、教育・研修や訓練を通して、正しい行動を周知、徹底していくという、危機管理対策の進め方や流れを説明してきました。こうした進め方や流れは、危機事象ごとのPDCAサイクル、いわゆるマネジメントサイクルに当たります。
しかし、人事労務として、危機管理対策に関与する際には、そうした危機事象ごとのマネジメントサイクルだけではなく、対策の全体が自律的に回っていく、より大きなマネジメントサイクルを構築し、あるいはそれに協力していく必要があります。
本連載の最終回として、危機管理対策全体を継続させていく方法とその内容について、解説します。
1.危機管理対策全体に対するPDCAサイクルの視点
危機管理対策全体のマネジメントサイクルを[図表]に示しました。
[図表]危機事象ごとと対策全体のマネジメントサイクル
これまで解説してきた個々の危機事象に対する被害想定や対策手続きの文書化、あるいは教育・研修、訓練といった対応は、主に右のDo(実行)に含まれます。[図表]の中に火災、地震、感染症や、台風・暴風雨といった危機事象ごとのPDCAサイクルが含まれているのが分かると思います。
これらの危機管理対策全般としてのDo(実行)を進めていく準備は、全体のマネジメントサイクルにおけるPlan(計画)になります。ここには、第1回で触れた対策の目的や目標を設定すること、あるいはそうした手続きを定めることも含まれます。
一方、対策全体のマネジメントサイクルのCheck(評価)とAction(再計画)に当たる仕組みには、次の三つのレベルがあります。
①自己点検(Self-check)
一定のフォーマットで担当部署のメンバーで行う自己評価
②相互評価(審査)(Peer review)
同じ社内の別の拠点(オフィスや工場)の担当部署のメンバーで行う他者評価
③内部監査(Internal Audit)
担当部署とは直接の関係が無く、独立した部署のメンバーによる本社機能としての監査
そして、これらの三つの仕組みは、定期的に実行される必要があります。
例えば、自己点検は毎年、相互評価は隔年、内部監査は3年ごとという具合です。
自己点検の方法
さて、まず自己点検ですが、本連載第4回で[図表1](危機管理対策文書で網羅すべき基本的事項の例)に掲げて説明した次の事項の詳細が正しく定められ、あらかじめ決めたように実践できているのかを、担当部署のメンバー自ら、できるだけ、中立的、客観的に点検していきます。
①方針
②管轄部署・責任者
③組織・体制
④被害想定(被災シナリオ)
⑤対策プログラム(防災シナリオ)
⑥その他の事項
その際、○=実施できている、△=実施したが不十分、×=実施できていない、とするなど、3段階程度の評価を加え、△ないし×の事項については、具体的にいつまでに修正を完了するかという改善計画(再計画)を立てます。
対策を講じる必要があり、なおかつこの自己点検の時点で、ある程度の対策が行われている危機事象ごとに、この自己点検を行うことができます。
自己点検の対象は、その時点で対策ができている危機事象にある程度限定されることになります。また、自己点検は、担当部署として策定した対策の現状を、担当部署として客観的に見直す機会となりますが、一方で、改善計画の手間への負担感から、甘い評価になりがちだったり、視点が限定されたりする傾向が否めません。
自己点検の結果は、改善計画(再計画)を含め、その改善計画が完了したかどうかまでも記録に残していく必要があります。記録に残すことで、後述する相互評価や内部監査の中で確認し、不十分な点や改善を要する理由を明らかにすることができます。
相互評価(審査)の方法
次に相互評価ですが、同じ社内やグループ内等の他のオフィスや工場等を訪問したり、そうした拠点の担当部署のメンバーに訪問してもらい、ピア(仲間)としての評価(審査)を行ってもらいます。
通常の流れとその内容としては次のようになります。
(1)会議形式によるあいさつ
できればその拠点のトップの方にあいさつをしてもらうなど、公式の評価(審査)であり、担当部署だけで勝手にやっているわけではないという位置づけを明確にできるとよいと思います。
(2)会議形式による文書類の確認
① 相互評価(審査)を受ける側の担当部署は策定した文書を冊子にまとめ、教育や訓練、自己点検の結果等の記録も閲覧可能な状態で準備しておきます。
② 相互評価(審査)を行う側の担当部署のメンバーがこれらの文書類を見ながら、質疑を繰り返します。
③ その際は、相互評価(審査)を行う側は書記を設けて、メモを取りながら、第三者的な視線で、自己点検の項目に沿い、実施の有無を評価(審査)していきます。
④ 例えば、危機事象に対する文書化の内容が必要事項を満たしているか、教育、研修における受講が確実に行われているか、あるいはその参加者名簿、訓練の結果と参加者名簿、結果評価に基づく改善計画、自己点検の結果、改善計画とその実行等を確認していきます。
(3)実地形式による対策状況の確認
① 文書類の確認が一通り終わったら、次に担当部署のメンバーの案内で、相互評価(審査)を行う側のメンバーが、オフィスや工場を巡視します。
② その際、例えば、備蓄・備品の品目、数量等があっているかを確認したり、従業員に危機管理対策の目的や目標が浸透しているか、教育、研修、訓練が確実に実行されているのか等を質問したりします。
(4)会議形式による合意形成
① 文書類の確認と実地形式による巡視から得られた所見を、いったん相互評価(審査)を行う側でメモを見ながら、まとめます。
② 次に相互評価(審査)を受ける側と行う側が同席し、その上で、きちんと実行されているよい点と改善を要する事項を確認していきます。
③ 合意を重んじ、よい点もきちんと挙げていくと、雰囲気よく進行させることができます。
(5)報告書の作成と提出
① 自己点検と同じように、○=実施できている、△=実施したが不十分、×=実施できていない、とするなど3段階程度の評価を行います。このうち、△ないし×の事項については、具体的にいつまでに修正を完了するかという改善計画(再計画)を立て、合意し、記録しておきます。
② 相互評価(審査)を行う側の書記の担当が中心となって、報告書を作成し、相互評価(審査)を受ける側に提出します。その宛名には、受ける側のオフィスや工場等の責任者や別に本社があればその主管部署を含めて、同じ報告書を提出し、状況を共有します。
(6)改善計画のフォローアップ
改善計画(再計画)と締め切り日を報告書内で記載しておき、それを守って改善を実行できたのかを、相互評価(審査)を行う側と本社サイド等の主管部門に、相互評価(審査)を受けた側から報告し、確認を行います。
以上のような流れで相互評価(審査)を行いますが、目安としては時間に追われず、集中できるよう、少なくとも半日程度かけて、行うのがよいでしょう。
利点としては、自己点検では気づかない課題が明らかになる場合もあります。また、互いのよいところを披露し合うことで、危機管理対策の質の向上が期待できます。
一方で、相互評価(審査)を行う側も受ける側も、互いの立場が反対になることもあって、なれ合いになる傾向が否めません。だからといって、厳しく指摘し続けると本来は対等な者同士ですから、雰囲気が悪くなり、生産的とはなりません。
指摘すべきは指摘し、よい点を褒め、そして改善に関しては提案ベースで、というようなスタンスであると、効果的な相互評価(審査)にすることができます。
内部監査の方法
社内等での公式な危機管理対策の項目、内容、質の確保のためには、危機管理対策を大掛かりな内部監査の対象とするか、少なくとも危機管理対策のための内部監査の実施が望まれるところです。
この場合、内部監査を実施するのは、例えば人事部門が危機管理対策の主管部署であるならば、それとは別部門でなければなりません。その場合は内部監査を取り扱うことのできる部門、例えばコンプライアンス、リスク管理、監査等の名称のついた部門である必要があります。
というのは、自己点検では甘い評価を行い、相互評価(審査)ではなれ合いが避けられない面があり、そうした障害を取り除くためには、担当部署とは独立した部門である必要があるからです。
内部監査を行う人すべてが、必ずしも危機管理対策の専門家でなくともよく、むしろ、内部監査の目的や意義あるいはその手続きに慣れた人が加わっていることのほうが大切です。必要な文書や実行の記録等を客観的に見て、質問と確認を繰り返し、真の状態を見抜くことに長(た)けているからです。
内部監査の手順としては、相互評価(審査)と同じように、
①会議形式によるあいさつ、に始まり
②会議形式による文書類の確認
③実地形式による対策状況の確認
④会議形式による合意形成
⑤報告書の作成と提出
⑥改善計画のフォローアップ ――で完了します。
この内部監査の目的や目標は、危機管理対策の目的と目標が達成できる状態であるかどうかを監査し、課題が発見されればそれを解消するよう要求し、改善を完了させることにあります。
その手順は自己点検や相互評価(審査)と違いはなく、○=実施できている、△=実施したが不十分、×=実施できていない、とするなど3段階程度の評価を行います。ただし、実施できていない、重大な欠陥を見逃してはいけません。
そのためには、その拠点のトップや本社の役員、幹部に報告し、改善すべき事項を確認してもらうこと。そして、対策の見直しの指示や承認をもらう必要があります。これを、PDCAサイクル(マネジメントサイクル)を実行する中での「経営層による見直し(Management review)」と呼びます。
その中で、△ないし×の事項については、改善計画(再計画)も報告し承認してもらいます。これらの手続きや結果は、株主や取引先、あるいは行政や地域住民に対して、説明を要することもあり、企業等としての社会的な責任を果たすことにもなります。
2.危機事象の種類に関係なく、共通する準備や対応
さて、前出の[図表]に示したように、大きなマネジメントサイクルにおけるCheckやActionとは異なる軸で、その中心に位置し、Do(実行)ともオーバーラップする「共通事項」があります。
この共通事項に含まれるものとして、オフィスや工場における備品の備蓄・準備がこれに当たります。例えば、地震等の大きな自然災害の場合には、帰宅難民となって、オフィスや工場に一晩、多くの従業員が滞在しなければならないことがあります。そうした場合には、人数分、相当する時間分、場合によって日数分の水、食料等が必要になります。
同じように、新型インフルエンザのような感染症が生じた場合、オフィスや工場内で発熱等の症状が出た従業員の救護を行うケースでは、少なくともその担当者はマスクを着用することになります。その必要人数と、想定される流行期間における消費日数からマスクの数を算出することができ、それを備蓄しておく必要があります。
あるいは例えば、優先順位高く対策を行う危機事象として地震のケースを選択している場合、連載第4回で触れたように、その根拠となるリスクアセスメントの手順もこの共通事項に含まれる面があります。この手順は先の内部監査の中で確認すべき事項となります。
同じように前回(第6回)の話題に取り上げた、社内外の関係者に対して好ましくない事柄について説明するという「リスク・コミュニケーション」の担当や手続きも共通事項に含まれることになるでしょう。
おわりに
日本は地震、火山活動あるいは台風や洪水といった自然災害に曝(さら)されてきた歴史があり、近年は実際にそうした事象が顕在化する事例が増え、深刻な被害をもたらす可能性が高まっていると専門家や行政、メディアなどから報告されています。あるいは重大な感染症が突如としてわれわれの日常生活を脅かすかもしれません。
歴史的に日本の企業や教育機関、公共団体等では、9月1日の防災の日に避難訓練をするなど、一定の対応はしているように見えますが、それが行事と化して、実際に危機事象が顕在化した場合には、十分な備えができていると言い難い面があります。
どんな危機事象がいつ、どのように起きるのかを正確に予見することは、われわれ人間にはできません。しかし、受けたダメージを少なくとどめ、組織と事業の立ち直りを促進することはできます。この立ち直る力を個人単位でも、職場や組織の単位でもレジリエンス(Resilience)と言います。これを高めることがそこで働く人の職場を守り、企業等の存続可能性を高めるのです。
これまで、危機管理対策を人事労務部門として扱ったことがない、あるいはその対策の一部のみしか扱ったことがないという読者の方は少なくないと思います。けれども、この連載に記載した内容を理解し、実践していくことは専門家でなくとも可能であると、私は考えています。もしも組織における縦割りが障害となっていても、組織横断的な対策の充実を実現し、読者の方々の働く企業等の立ち直る力、レジリエンスの強化を目指していただければ幸いです。
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亀田高志 かめだ たかし 株式会社産業医大ソリューションズ 代表取締役社長・医師 1991年、産業医科大学医学部卒。国内大手企業ならびに米国外資系企業の専属産業医とアジア太平洋地域担当、産業医科大学講師を経て、2006年、産業医科大学による(株)産業医大ソリューションズ設立に伴い現職。企業における健康確保対策の構築と健康管理活動の事業化が専門で、職場のメンタルヘルス対策や危機管理対策に詳しい。企業人事に対するコンサルティングと研修講師としての活動や社会保険労務士に対するメンタルヘルス対応スキルの教育にも傾注している。 |