篠﨑 隆
株式会社ISIDビジネスコンサルティング
ユニットディレクター
1.はじめに
リーダーシップ、グローバル、そして最近ではダイバーシティー(日本では女性の活躍推進とほぼ同義に使われているようだが)、こういった言葉は人事部門で働くスタッフにとって、喫緊かどうかは別にして何らかの課題として認識されていることが多いだろう。
本連載のタイトルは、編集部と話し合い、上記のうち特にリーダーシップにフォーカスして、「リーダーの選抜・育成、サクセッションプランにおける人事部門の役割」とした。人事部門では、経営層のリーダーの育成ということについては、十分に取り組めていないという意識を持っているという話を聞く機会が多いことが背景にある。人事部門は、従業員の採用から処遇・配置・育成、そして退職まで、フォローしていく。しかしながら、ある従業員が役員になると、秘書室の管轄となり、人事部門がタッチしなくなるということが多い。確かに、従業員と役員(特に取締役)は、理論的には異なる位置づけであり、適用となる法律も異なる。しかしながら、同じ人間があるポジションについた途端に、育成等の断絶が起きてしまうのは、企業としてはもったいない話である。人事部門の役割という組織論の視点をも入れて、リーダーシップ等を論じていきたい。
第1回のタイトルは、「コーポレートガバナンス・コードとHR」である。あまりピンと来ないと感じられた向きも少なくないかもしれない。人事部門のスタッフにとって、コーポレートガバナンスは、なじみが薄かったり、IR部門等の他部門の話と認識していることが多いのではないだろうか。「コーポレートガバナンス・コード、聞いたことはあるけど、内容までは……」というのが大方の反応ではないかと思われる。コーポレートガバナンス・コードについてのマスコミの報道では、独立取締役の員数をどうするか等に焦点があたりがちである。しかしながら、コーポレートガバナンス・コードを読むと、取締役構成員や経営陣の選任について、国際的にみてもかなり踏み込んだ記載が見られる。グローバルな競争環境から意識されてきたリーダーシップという課題が、資本市場とリンクしたコーポレートガバナンス・コード導入で、喫緊の課題として認識されるようになる可能性が高い。
2.コーポレートガバナンス・コードについて
コーポレートガバナンス・コード原案(以下、本コード)は、金融庁と東京証券取引所が事務局として取りまとめ、2014年12月に発表され、2015年3月に確定版となった。
既述のように、取締役会構成員や経営陣の選任等について、かなり踏み込んだ記載が見られる。役員選任については、現行の会社法上、手続きに関する規定があるのみで、実際、経営権取得の場面くらいしか問題にならなかった。本コードでは会社法上の役員以外の経営陣も射程とされている。
従来は、コーポレートガバナンスに係る論点で、人事部門の対応が求められる可能性があったのは、役員報酬分野であった。役員報酬分野については、2010年の開示府令(平22.3.31 内閣府令12)で1億円以上の個別開示や報酬の方針開示等、一応の決着がついており、本コードにおいても、目新しいことはない。
本稿では、役員および経営陣の選任等について、本コードが求めていることを整理し、上場会社の人事部門がどのような対応をとる必要があるのかを整理する。
本コード策定についての経緯等は、コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議(以下、有識者会議)による「コーポレートガバナンス・コードの基本的な考え方」(平成27年3月5日)(以下、基本的な考え方)に詳しい。
※「基本的考え方」の開示資料はこちらを参照(金融庁サイト)
2014年6月に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2014」において、コーポレートガバナンス・コード策定が盛り込まれ、有識者会議での議論、パブリックコメントを経て、2015年3月5日に確定し、東京証券取引所では6月1日から適用されるスケジュールとなっている。開示が求められるコーポレートガバナンス報告書は、初年度は年内の提出でよいとされた。
本コードは、2014年に策定・公表された、機関投資家の原則をうたったいわゆる日本版スチュワードシップ・コードと車の両輪をなすものと位置づけられている。また、日本版スチュワードシップ・コード、社外取締役についての説明義務に関する会社法改正、東京証券取引所におけるJPX日経インデックス400導入等の一連のコーポレートガバナンス関連改革の一つに位置づけられるともいえる。
本コードは、基本原則、原則、補充原則から構成されている。基本原則には、「考え方」という解説が付いている。また本コードでは、プリンシプルベース・アプローチ(原則主義)を採用し細則を規定していない。法令ではないので、「コンプライ・オア・エクスプレイン」(原則を実施するか、実施しない場合に理由を説明するか)の手法を採用している。上場会社が誠実に説明義務を果たすことを前提に、上場会社に大きな裁量を与える構成になっていると言える。しかしながら、「一方、会社としては、当然のことながら、『実施しない理由』の説明を行う際には、実施しない原則に係る自らの対応について、株主等のステークホルダーの理解が十分に得られるように工夫すべきであり、『ひな型』的な表現により表層的な説明に終始することは『コンプライ・オア・エクスプレイン』の趣旨に反するものである」(下線は筆者)と基本的な考え方には記載されており、上場会社の安易な対応にくぎを刺すことも忘れていない。
内容は、「第1章 株主の権利・平等性の確保」「第2章 株主以外のステークホルダーとの適切な協働」「第3章 適切な情報開示と透明性の確保」「第4章 取締役会等の責務」「第5章 株主との対話」となっている。HRに関係してくるのは、主として第3章および第4章である。
コーポレートガバナンスの定義は、「『コーポレートガバナンス』とは会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する」(基本的な考え方)とし、英米流の株主主権を前面に出したものとは一線を画している。株主以外のステークホルダーへの目配りもされているOECDコーポレートガバナンス原則を踏まえたものとすることが明記されている。
3.役員・経営陣選解任関連の原則
以下、人事部門の対応が必要と考えられる役員・経営陣選解任関連の原則を紹介し、コメントする。
本コードにおける役員・経営陣の選解任関係については、開示や透明性についての第3章および取締役等の責務についての第4章に記載がある。すなわち、役員・経営陣の選解任は、取締役会等の重要な責務であると位置づけられ、情報開示をきちんと行うべきであるという枠組みになる[図表1]。
[図表1]コーポレートガバナンス・コードにおけるリーダーシップ関連規則
東京証券取引所のコーポレート・ガバナンス報告書での開示が求められているのは、以下である。
・役員・経営陣の選任に関する方針と手続き、および個々人についての説明(原則3-1(iv)(v))
・独立社外取締役の3分の1以上選任が必要と考える場合の取り組み方針(原則4-8)
・独立社外取締役の独立性判断基準(原則4-9)
・取締役会の人的ポートフォリオに対する考え(補充原則4-11①)・取締役会についての評価(補充原則4-11③)
・取締役・監査役に対するトレーニングの方針(補充原則4-14②)
開示が求められているのは、基本的な方向性である。しかしながら、ひな型的な記述や具体性を欠く記述を避けるということが、前文(12)、基本原則3の考え方に続き、再三強調されていることにも留意する必要があろう(補充原則3-1①)。
本コードでは、役員・経営陣関係のHR関連の原則は、こうあるべきであるという基本的な方向性、手続きおよび内容に関する具体的な施策に分類することができよう。
基本的な方向性の多くは、上記の開示事項となっている。開示のそもそも論いわば哲学として非財務情報開示の重要性が説かれている(基本原則3)。また、取締役会の責務の一つは経営陣の監督であるとの位置づけもある(基本原則4)。さらに、監査役(原則4-4)、非執行取締役(原則4-6)、独立社外取締役(原則4-7)についても役割・責務が記載されている。
具体的な施策については、最近話題になることも多いサクセッションプラン(補充原則4-1③)、会社の業績等の評価および経営陣人事への反映が記されている(原則4-3、補充原則4-3①)。また、指名の検討を目的とした、独立取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会の設置に言及がある(補充原則4-10①)。
その他、第2章においては、最近話題のダイバーシティーに触れている(原則2-4)。ダイバーシティー推進はコストでなく、利益であることを明確にうたっている。上位の基本原則2で、取締役会・経営陣が、企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきとされている。
4.上場会社に求められる対応
経営陣や社外取締役の選解任の実態は、外にはなかなか出にくいものである。基本的には多くの場合、CEOが次期CEOを選んで、取締役会なり指名委員会が追認し(その前にOBに対する根回しがあるかもしれない)、株主総会に諮られているというのが現状であろう。経営者のインタビューや回顧録から透けて見える像もそんなところである。業績の急激な悪化等による経営陣の交代で社外取締役が主導した例がごくまれに報道される程度であろう。現状、経営陣選解任については、ほとんどブラックボックスと言ってもよいような状況が多いと思われる。
本コード導入により、上場会社はどのような対応が必要になるだろうか。
時間軸で考えると、短期的な対応と中長期的な対応がある。本年6月1日に本コードは施行予定であるので、時間が限られる中、短期的な対応が必要である。具体的には、本年の株主総会および年内のコーポレートガバナンス報告書提出への対応が求められる。同時に、目前の開示対応ということではなく、中長期的に、リーダーを選抜、育成するタレントマネジメントについてしっかりと方針を固めて実施することが必要である。その中には当然、次期リーダーを選ぶサクセッションプランも含まれる。
対応の具体的な内容としては、経営陣や社外取締役の選任の方針が必要で、東証の開示でも求められる。大きく手続面と実体面に分けて考えると分かりやすいだろう。手続面は、役員や経営陣の選解任のプロセスである。会社法が基本となり、本コードの遵守が望ましい。基本的なスタンスは、透明性を重視し、ステークホルダーに対する説明責任をきちんと果たせるものであるということである。法定であれ、任意であれ、独立社外取締役がメンバーである指名委員会の活用がテーマとなろう。一方、実体面が意味するのは、企業経営に必要な役員、経営陣は、どういった機能を果たすことが求められ、どのような資質が必要であるかということである。これは、経営陣、役員の構成のポートフォリオを考え、必要な機能が満たされているかを検討するのがよいであろう。
アプローチとしては、説明責任を果たす際には、客観性が一層重要になり、根拠に基づくマネジメント(Evidence-Based Management)という考え方が有効である。Evidence-Based Managementは、データを収集し(Datafication)、指標を用いて分析し(Analytics)、それらに基づいて人間が判断するものである。より客観性を持つということであり、説明責任になじみやすく、人事の公平感という点でもメリットがあろう。欧米のHR分野で注目を浴び始めている。
組織論としては、直接の開示を担うのは、IR部門であろうが、上記のリーダーシップ関係の内容を担っていくのは秘書室ではなく人事部門であるべきである[図表2]。日本のように、内部昇格が多い場合は、従業員時代からの資質と実績をベースに、選抜と育成が役員になっても継続して行われていくべきであろう。それがタレントマネジメントであり、サクセッションプランである。リーダーシップの担い手たる人事部門にも変革は求められよう。
次回以降、こうした視点も交え、リーダーシップについて具体的に論じていきたい。
[図表2]企業組織からみた役員と従業員
※編集部より:本記事は全4回、隔週連載の予定です

株式会社ISIDビジネスコンサルティング
ユニットディレクター
東京大学法学部卒業。ハーバード・ロー・スクール修士(LL.M)。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。野村證券、外資系人事コンサルティングファームを経て現職。人事の他にコーポレート・ガバナンスや内外M&A等、資本市場や経営戦略の経験も有する。現在大学院にてビジネス・データサイエンス専攻。共著に、『OECDコーポレート・ガバナンス』(明石書店)、『経営改革を進める役員マネジメント』(経営書院)など。『労政時報』本誌にも「役員報酬開示に関する改正内閣府令と実務対応」(第3774号-10.5.28)等を寄稿。