2014年09月02日掲載

「採用学」の視点から探る、これからの新卒採用の方向性 - 第3回 採用と育成の連関:データに基づき採用と育成をつなげる


服部 泰宏
横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 准教授

1 はじめに

 前回の連載では、「手持ちのデータ分析で採用のPDCAを回す」ということについて対談を行った。その内容は主にデータ利用に関する取り組みの最初の部分であり、データを利用した採用活動を行うことの理由とその可能性については感じてもらえたことだろう。
 今回は、データ分析を採用・育成まで実際に応用している、三幸製菓株式会社の採用担当者、杉浦二郎氏(同社人事課 課長)と対談を行う。同社の取り組みを通じてデータを用い、採用後の育成まで見据えた採用施策の先進事例について紹介していきたい。
※三幸製菓株式会社のホームページはこちら

2 三幸製菓株式会社 人事課 杉浦氏と服部による対談

服部 本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介をしていただけますか。

杉浦 はい。本日はよろしくお願いします。私は、新潟に本社を置く三幸製菓株式会社という企業で採用担当を務めています。当社は、昭和38年に創業した菓子の製造・販売会社で、現在は従業員数が約1000名、人事課はパート社員1名を含む7名で採用・育成・人事制度構築・社会保険手続き・労務管理等の業務を行っています。新卒採用専任者はおりませんが、年間では、正社員・パート等を含め約300名の採用を行っています。

服部 有り難うございます。現在データを活用した採用・育成施策を採られているとのことですが、初めにそうした施策を採り入れることになったきっかけから教えていただきたいと思います。

杉浦 採用の方針を転換したのは、2012年採用から2013年採用にかけてのことでした。それは、この時期に自社業績が低下してきたこと、SNS(ソーシャルネットワークサービス)が発展して採用の環境が変化してきたこと、そして2016年卒採用から採用時期が後ろ倒しになることが決まったこと――この三つのことから、これまでの形とは違う採用の形を打ち出すことが求められていると考えたからです。

服部 なるほど、自社業績の低下と採用環境の変化が決め手になったのですね。そうして決めた採用の方針とは、どのようなものだったのでしょうか。

杉浦 まず前提として、自社のポジショニングを正しく認識するということを大切にしました。劣勢ならば競争の中で戦うことは無謀ですからね。そして、「採用力」は知名度や規模等といった企業基礎力と採用設計力を掛け合わせたもの、「人材マネジメント力」は採用力と能力開発力と活用力を掛け合わせたものと考えました。こうした考えの下で、採用担当者は"採用の設計者"であるべきという意識を大切にすることになりました。

服部 採用の方針を考える際に、人材マネジメント全体の中での採用設計の位置づけを念頭においているのですね。
 では、実際にこれを実現していくために、どのように進めていったのでしょうか。

杉浦 まずは、採用活動における課題を整理しました。大きく分けると三つになります。まず一つ目は、選考の制度について。そもそも自社にとっての「優秀」の定義が曖昧、もしくは一般化されすぎており、その選抜のために行う説明会や面接といった採用手法の目的が曖昧でした。しかも、それは主に感覚で行われていたため、アセスメントとしてあまり有効ではありませんでした。
 二つ目は、採用の成果や育成への連関の意識についてです。採用時点で将来予測も含めた業績への意識が薄く、また人事全般への理解が薄くなっており、能力開発から採用へのフィードバックが行われていませんでした。
 三つ目は、このように一貫性を持った制度設計がなされておらず、選抜が感覚的に行われていたため、採用活動が非効率化・ブラックボックス化し、採用担当者の暗黙知になってしまい、ノウハウの伝達が効果的に行われないことです。こうした課題を解決し、効率的で透明な、本質的採用を目指す必要があると感じました。

服部 なるほど、理想の人材像や選抜の効率化ということは多くの企業が抱いている問題ですが、さらに能力開発や将来予測まで見据えて、というところが独自の施策を実施していく基盤になっているのかもしれませんね。そうした採用方針は、どのように具体化していったのでしょうか。

杉浦 まずは、採用で評価すべき能力について考えていきました。能力を、先天的なものと後天的なもの、そして後天的なものを能力開発可能なものと能力開発不可能なものに分け、「先天的なもの」と「能力開発不可能なもの」に焦点を当てて選抜を行っていくことにしました。

服部 入社後の育成まで見据えて、育成でカバーしにくいところを採用において重要視したのですね。

杉浦 そうです。さらに評価の対象を、「思いや考え」「環境や感情」「行動」と三つに分け、評価が難しい思いや考え、環境や感情ではなく、行動という点に焦点を当てて評価を行うことにしました。

服部 評価の基準についても考慮されたのですね。それに併せて、具体的な施策についてはどうでしょうか。

杉浦 多様な人材を採用するためには、アセスメントの軸も多様にすることが必要だと考えていて、それを一つの選考スタイルで行うことは不可能であると考えています。そこで、「カフェテリア採用」として、五つの独自の選考スタイルを用意しました。それは、「遠距離就活」「出前全員面接会」「ガリ勉採用」「ニイガタ採用」「おせんべい採用」です。

服部 なかなか個性的なスタイルのようですね。具体的にはどのようなものなのでしょうか。

杉浦 まず「遠距離採用」は、遠距離の人なら、最終選考まで全てweb上で行えるというものです。学生・企業双方にとって効率的な採用活動ができるようにと実践しています。次に、「出前全員面接会」は、学生自ら5人仲間を集めて会場を準備してもらえば、当社の担当者がどこにでも面接に向かうという選考です。この方式では、選考を行う時点で人を巻き込む力、調整能力、段取り能力を見ることができます。「ガリ勉採用」は、とにかく学生時代は勉強しましたという人を採用する選考です。就活巧者ではなく、やるべきことに全力に取り組み、その継続力と集中力をシンプルに評価したいということで実施しています。「ニイガタ採用」は、新潟に縁もゆかりもないけれどなぜか新潟が好きという人を採用する選考です。地方企業であるという発想を逆転させ、地方だから働きたいという思いにストレートにぶつけるものとして行っています。そして最後が、「おせんべい採用」です。おせんべいへの愛を、それも普通のおせんべい好きではなく、みんなが"引く"くらいのレベルの人にプレゼンしてもらうことで選考を行っています。

服部 かなり独自の採用施策を行っているのですね。実は、そもそも企業は同質性を持ちやすいということが先行研究でも示されています。その理由としては、その企業の人々の持つ価値観や気質に惹きつけられる人がそもそも応募をしてくること、組織の文化に合った人のほうが高く評価され上の立場に就きやすいこと、そしてなじまない人は抜けていき、組織の文化に合った人だけが残る――という三つのことが挙げられています。こうした背景を考えると、多様性を確保するために採用のチャネルを多様にするというのは効果的な施策であるように思えますね。

◇  ◇  ◇  ◇

服部 さて、ここまでは具体的な採用施策のお話をしていただきましたが、次は育成まで見据えた採用の位置づけについてお話しいただきたいと思います。

杉浦 分かりました。当社では、採用から入社2年目までを自社における「エントリー期」と設定し、一貫した採用・育成体系を構築することを目指しています。その際には、企業業績を基にして将来を見据えた採用・育成をプランニングしていくこと、そして感覚的になりがちな業績評価をきちんと可視化した上で、「後天的に開発しにくい能力とはどのようなものか」を採用活動へフィードバックしていく、ということを重要視しています。

服部 具体的には、どのようなことをされているのでしょうか。

杉浦 以前、社員がもつ価値観や行動様式・技能のうち、どのような要因が業績に効いているのかについて、定量・定性分析を行いました。その調査では、「固執しないしなやかさ」が重要であることが明らかになりました。

服部 「固執しないしなやかさ」とは?

杉浦 自分なりの考えを持ちつつも、その考えで対応できないものに遭遇した時に、自分の考えを柔軟に変えて適応していく力のことです。当社ではこの力を採用時に重視することにしており、選抜の際にこの要件を満たすように設計していきます。そして、採用選考時の各種評価と、入社後の経年のアセスメントを連動させながら、今度は募集方法や選抜方法へのフィードバックをかけていきます。この際にも、感覚的な施策を打つのではなく、きちんと定量的・定性的に評価を行っていくことが大事であると考えています。

服部 採用の結果をデータとしてきちんと取り、それを採用にフィードバックしていくことが大切なのですね。

杉浦 そうですね、現状と今後を踏まえて自社にとって必要な人材を常に再定義していくこと、そしてそれに対応する人事制度・評価制度を構築して、さらにそれらのデータを利用して採用施策にフィードバックをかけていくということですね。

◇  ◇  ◇  ◇

服部 さて、ここまで採用の施策についてお話しいただきましたが、ここまで大きく変革を起こしていくのは非常に困難なことだったのではないでしょうか。

杉浦 それはその通りですね。これまでの採用に取り組む期間は、社内での戦いの期間であったと言っても過言ではないように思います。

服部 ではなぜ、それほどのことができたのでしょうか。

杉浦 そうですね、とにかくとことん話し合ったこと、そして自分のやるべきことを強く考え抜いたことですかね。初めに取り組んだ時には、採用予算はほとんどつかない状態からでした。そこから進めていくに当たって、経営陣とは何度も何度も話し合い、採用の重要性と活動について深く理解をしてもらいました。また、今すぐできないことであっても、そうした重要性を経営陣にしっかり説明して理解してもらうことが人事担当者の役割であると確信していましたし、そこから業績貢献への仕組み化を進めていくことが人事マネージャーの仕事であると私は考え続けています。

服部 育成まで見据えて採用を考えていくためには採用だけの狭い視野で考えているだけではだめで、とにかく話し合って経営陣に理解してもらうところから始めていくことが重要ということですね。

3 最後に

 採用活動をめぐる環境は、大きく変化している。最初に杉浦氏が話していたように、SNSによる採用活動の変化、2016年卒生からの採用スケジュール変更は、どの企業にとっても共通するものである。どのような企業も同じような採用施策を採ることが多い中、杉浦氏の問題意識に共感し、何らかの変革を行わなくてはいけないと考えた採用担当者は多いではないかと思う。
 採用活動の成果は、単純に採用が終わった時点でその成果が明らかになるものではない。新入社員が入社して2年後、3年後、そして10年後にどれだけ業績に貢献しているのかということがより重要なことである。そのためには、自社の現状と理想とのギャップから、求める人材像を明確にすることはもちろん、入社後の育成も踏まえて採用の段階でどういった能力を重要視するのかを明確にすることが必要になる。そして、杉浦氏が実践されているように、採用と評価のデータから常に人事施策・評価施策にフィードバックしていく必要がある。
 実際に施策を進めていくに当たっては、経営層の理解を促すことが必要である。すぐに実現できることでなくても、とにかく話し合いを重ねて重要性・必要性を理解してもらうことから、将来を見据えた「戦略的」な採用施策が生まれてくるようである。

 

PROFILE
服部 泰宏
 はっとり やすひろ
横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 准教授
1980年神奈川県生まれ。滋賀大学経済学部情報管理学科専任講師、准教授を経て現職。組織コミットメントや心理的契約といった日本企業における組織と個人の関わりあいや、経営学的な知識の普及の研究等に従事。2010年に第26回組織学会高宮賞を受賞。2013年以降は、人材の「採用」に関する科学的アプローチである「採用学」の確立に向けて「採用学プロジェクト」を立ち上げ、主宰者として精力的に研究・活動に従事している。