服部 泰宏
横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 准教授
1 はじめに
「採用活動は、長年の経験則に基いて行われる」――この指摘は、企業の採用活動に関してよくなされることである。確かに一部ではデータが用いられているのかもしれないが、しかしそれは限られている。「データを取るにはコストがかかる」「どうやってやればいいか分からない」「経験的にこれが正しいと思われる」そうした考えが広がっている中で、どのようにデータに基づいた採用を行っていくのか、これが今回のテーマである。
今回は、採用学プロジェクトと産学連携で取り組みを進めているTIS株式会社の採用担当者である大河内隆吉氏との対談を通して、手持ちデータの分析による採用活動の精緻化について紹介していきたい。
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2 TIS株式会社 人事部 大河内氏と服部による対談
服部 それでは本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介をお願いします。
大河内 はい。本日はよろしくお願いします。私はTIS株式会社 コーポレート本部人事部主査の大河内隆吉と申します。当社は1971年に設立され、システムインテグレーション事業を行っています。2014年4月1日現在で従業員数は6077名であり、新卒採用では毎年250名程度を採用しています。私は2003年に新卒で入社した12年目で、2012年から人事部に所属して新卒採用計画の立案・実施の業務を行っています。
服部 有り難うございます。次に、なぜ採用学と協働しようと思われたのか、そのきっかけをお話しいただきたいと思います。
大河内 採用学との協働のきっかけは、2年間の新卒採用業務を通して、新卒採用に対し課題感を持ったことです。
具体的には三つあって、一つ目は採用担当者の経験則で採用活動が進められることが多くノウハウの蓄積や定量化がほとんど行われないこと。二つ目は、素人によるデータ分析が誤った理解を導くことがあると感じたこと。そして三つ目は、採用評価と入社後の評価が有効に連動していないことに対して違和感を覚えたということです。
服部 なるほど。確かにそれらは採用活動において、多くの企業でまだ考えが回っていないところですね。一つひとつについてもう少し詳しくお話しいただけますか。
大河内 それではまず一つ目、「採用担当者が経験則で動いている」ということですね。採用担当者というのは、同一人物が長年採用業務に携わっているというケースが多くあります。そうすると、経験値が特定の人に貯まりながらも、そこだけで属人化して他のメンバーへ知識やスキルが伝わっていきません。こうして採用のノウハウは採用チームの中に組織として蓄積されていかず、また採用のノウハウが正しいかの定量的判断も行うことができないと感じました。
服部 確かにそれは問題ですね。そういう状態だと採用活動は改善していくことが難しい。そして、定量化というのはやろうとしてもスキルがないと適切に行えないと思います。二つ目の「素人によるデータ分析」というのはどういうことですか。
大河内 当社では12月中旬から2月にかけて、オープンセミナーというものを行っています。感覚・経験としてオープンセミナーに参加した学生は、そうでない学生に比べて内定承諾率が高い、つまり内定辞退率が低いのですが、単純にオープンセミナーへの参加有無と内定承諾/辞退との相関関係を見てみると、オープンセミナーに出席しているほうが内定の辞退率が高いと読めるのです。
このまま結果を鵜呑みにすると、オープンセミナーは開催しないほうがいい、となります。しかし、これは採用学との協働で明らかになったのですが、きちんと分析してみると、その結果の捕らえ方に誤りがあったことが判明し、やはり当初の感覚が正しかったということが分かりました。いくらデータがそろっていても、その分析方法を正しく行えないと誤った結果を導くことになるのです。
服部 そうですね、データの相関というものは難しくて、一つの要因と一つの要因が単純に因果関係になっているということは原則的にないですね。いろいろな要因がある中で、どの要因がどのように影響しているのかを明らかにするためには、データの取り方から分析の仕方まで、適切な統計の手法を利用する必要があります。
最後に、三つ目の「採用評価と入社後の評価」とはどういったことでしょうか。
大河内 新入社員研修でなかなか実力を発揮できない社員や、遅刻をするなど勤務態度が良くない社員がいたのですが、どうしたことかと採用時の評価を確認してみると、採用評価が高い人材であるケースがありました。つまり、研修評価や業績評価などの入社後の評価を採用評価にフィードバックするということがうまく行われていない可能性がある、というように感じたのです。
服部 確かに採用活動と育成は担う人も分断されていることが多くて、育成を見据えた採用活動が適切に行われている企業は少ないと言わざるを得ないですね。そのような問題意識は重要なものだと思います。
◇ ◇ ◇ ◇
服部 さて、続いて採用学と行った取り組みの内容についてお話しいただけますか。
大河内 先ほどの話とつながるのですが、弊社は採用学プロジェクトと協力して、既存の人事データの専門的分析を行いました。採用は本当にうまくいっているのか、これまでの経験則は正しかったのか、そして採用後の成果指標と選考時の指標がどのような関係にあるのかを明らかにすることが目的です。まずは、適性検査のデータを因子分析という手法を用いて再分析してもらいました。これは、質問項目の中からその傾向を探していくということですよね。
服部 そうですね。見たいものは心理的傾向や能力であって、適性検査の質問項目への回答ではありません。そこで質問項目を整理して、その傾向を見ることで心理的傾向や能力を抽出する手法です。
大河内 そうです。その手法を用いて、適性検査の効果を明らかにしました。次に、その項目の中から入社後の業績評価を予測できるかを検討しました。そうすると、「思考性」つまり内省する能力と「迅速性」つまりスピード感を重視する姿勢が高いほど高業績を上げる関係にあることが分かりました。
服部 それは因子分析から抽出した項目についてモデルを組んで、どれが業績に影響しているかを評価した結果ですね。そうやってきっちりと分析することによって、既存の適性検査のデータもより効果的に活用することができると思います。
大河内 それに加えて、先ほどお話したオープンセミナーの出欠と内定辞退率との関係について、さまざまな要因を統制しつつ分析を行いました。その結果、やはりオープンセミナーに出席している人は欠席している人に比べて内定辞退率が低いことが明らかになりました。
服部 その分析においては、「年齢や性別、評価、一次面接の時期などといった要因が同一ならば」という統制をかけて分析を行いました。ある一つの要因の影響を見るときには、それ以外の要因を同一にするということは比較を行う際の基本です。そして、現実にはそうした状況はないのですが、それを擬似的に作り出すことができるという点が統計の力ですね。
大河内 そうした一つの要因以外を同一にして比較するという当たり前のことを行わないと誤った結果を導くことになりますよね。
このようにして、既存データを再分析することの重要性を認識することができました。データ分析は、採用活動を経験的なものだけに頼らず、それを証明および反証しつつ改善していくことができます。また、その際に適切な分析手法を選択することの重要性も感じました。誤った手法は、誤った結論、ひいては誤った施策につながります。単純な分析の結果を鵜呑みにせず、必要な要因を統制して正しくデータを見ていくことが重要であるということを痛感させられましたね。
服部 それは非常に重要な点だと思います。そうした結果はどういったことにつながっていくと考えていますか。
大河内 まず、本当に効果のあるセミナーやイベントの選定、地区ごとや大学ごとの弊社との相性、就職活動の開始時期や選考時期、出会った時期による相関関係などを明らかにすることができると思っています。そしてこの結果を、特定の採用担当者のノウハウから企業全体のノウハウにつなげていける。また、特定の施策の効果を定量的に測ることにより効果の高い施策へ注力していけると思っています。
次に、専門家に分析をしてもらうことで、正しくデータを分析できるだけでなく、当社だけの知見を超えた、より大きなノウハウ、マーケット動向を商売っ気なしに入手することができると感じました。これらを通じて、分析結果を正しいノウハウとして蓄積できるだけでなくマーケット動向の把握や、最新情報・ノウハウの取得にもつながると思っています。
服部 「学問の中立性」という点は確かに重要な点で、営利を目的にしないからこそ多様なActorと関わり、中立的な情報を提供することができるのです。私もそこが採用支援企業とは異なる研究者の強みだと思っています。
大河内 そしてもう一つ、入社後の情報から選考の精度向上を実現することができると考えています。
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服部 それでは最後に、今後採用学とどのようなことを進めていきたいとお考えでしょうか。
大河内 そうですね、今後は採用をさまざまなデータと連動させていきたいと思っています。具体的には、まずは採用評価と業績評価、退職やその理由、勤務態度やメンタル疾患、組織の活性やモチベーションとの関係を分析したいです。そして、その分析から分かることを選考基準にフィードバックしていくことが重要だと考えています。
こうしたデータを基にして、採用活動のPDCAを回す仕組みを構築することが必要です。Planとして採用計画や採用基準を設定し、Doとして採用を実施し、Checkとしてその各採用施策を振り返り、Assessmentとして各採用施策にフィードバックをする。このサイクルを確立して、1年ごとに採用活動を改善していきたいと思っています。
服部 今まであまり行われてこなかったデータに基づく採用活動のPDCAの確立、そこにぜひ協力させていただきたいと思います。これからも頑張っていきましょう。それでは、本日は有り難うございました。
大河内 有り難うございました。
3 最後に
独自に積み上げた採用活動のノウハウ、それを積み重ねた経験則は、もちろん企業にとって重要な意味を持つ。しかし、その視点のみに偏ってしまっては、時に目の前の変化を見誤る危険性もある。また、大河内氏が指摘されたように、経験則の属人化、つまり特定の担当者以外にその方法論がうまく伝わらず、さらに方法論自体の有効性が適切に検証されない状況は、厳しさを増す今日の採用環境下で、人材獲得を進める上でのデメリットにもなり得る。
採用活動時と入社後の実態について、把握可能なデータを結びつけて分析することの有効性を実感していただいた大河内氏から、さらにそれを採用活動の改善に向けたPDCAサイクルに生かす必要性を指摘していただいた。こうした仕組みを構築し、入社後の社員の働きぶりと結びつけながら、採用活動の有り様を検討していくことの大切さについては、いま採用実務を担当されている多くの方々にもご共感いただけるのではないだろうか。
PROFILE
服部 泰宏 はっとり やすひろ
横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 准教授
1980年神奈川県生まれ。滋賀大学経済学部情報管理学科専任講師、准教授を経て現職。組織コミットメントや心理的契約といった日本企業における組織と個人の関わりあいや、経営学的な知識の普及の研究等に従事。2010年に第26回組織学会高宮賞を受賞。2013年以降は、人材の「採用」に関する科学的アプローチである「採用学」の確立に向けて「採用学プロジェクト」を立ち上げ、主宰者として精力的に研究・活動に従事している。