永井 由美 ながい ゆみ 永井社会保険労務士事務所 特定社会保険労務士
1.社員が退職した時の手続き
社員が退職した時には、社会保険・税金などの手続きが必要となる。退職が決まったら必要な書類等の回収・交付を漏れなく行い、手続きをスムーズに行うようにしたい。
[図表1]退職手続きの流れ
※表中「手続き」欄の略称は次の通り…【雇保】=雇用保険、【社保】=健康保険・厚生年金保険、
【税務】=住民税・所得税
手続き | 提出者⇒提出先 | 提出書類等 | 任意・必須 | 備考 |
退職申し出時~退職日までに | ||||
退職(願)届の提出 | 退職者⇒会社 | 退職(願)届 | 労働者の意思表示でも退職の効力は生じるため、口頭でも可能 | ― |
【雇保】離職理由等の確認 | 会社⇒退職者 | ― | 必須 | 雇用保険被保険者離職証明書の提出には離職前に本人が記名押印または自筆による署名をすることになっているので、離職理由等の記載内容について確認しておく必要がある。 |
【社保】健康保険任意継続希望の確認 | 会社⇒退職者 | ― | 必須 | 退職後の健康保険には、「任意継続」「国民健康保険」「家族の健康保険(被扶養者)」の三つの方法がある。退職者が任意継続被保険者となる場合は、資格喪失後20日以内に資格取得届を本人が行わなければならないため、会社側の理由で喪失の手続きが遅れないよう注意が必要である。 |
【税務】住民税徴収方法の確認 | 会社⇒退職者 | ― | 時期により徴収方法は異なる | 1月1日~4月30日:一括徴収 5月1日~5月31日:通常どおり 6月1日~12月31日:①普通徴収、②一括徴収、③再就職先にて特別徴収継続の3通りから退職者が選択。 |
貸与品の回収 | 退職者⇒会社 | 貸与品(社員証・事務用品・備品・名刺・制服・作業服等) | 貸与品があれば回収 | ― |
【社保】年金手帳を提出 | 会社(預かっている場合)⇒退職者 | 年金手帳 | 預かっていれば返却 | 退職後の年金加入に必要。 |
退職証明書の交付 | 会社(退職者より請求がある場合)⇒退職者 | 退職証明書 | 請求があれば交付 様式自由 |
証明書には退職者が請求していない事項を記載してはならない。これに反すれば30万円以下の罰則に処されるため、注意が必要である。 |
【雇保】雇用保険被保険者証の交付 | 会社⇒退職者 | 雇用保険被保険者証 | 保管していれば渡す | 雇用保険加入時、原則本人に交付。会社が保管している場合、退職時に退職者に渡す。 |
【社保】健康保険被保険者証(本人・被扶養者分)等の回収 | 退職者⇒会社 | ①健康保険被保険者証(本人・被扶養者分) ②高齢受給者証 ③健康保険特定疾病療養受給者証 ④健康保険限度額適用・標準負担額減額認定証 ※②~④は交付されている場合のみ |
必須 | 「健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届」に添付して、協会けんぽの場合は年金事務所へ、健康保険組合の場合は、健康保険組合へ提出する。 |
【社保】健康保険をやめた証明書の交付 | 会社⇒退職者 | 加入する市区町村や被扶養者として加入する健康保険によって必要な書類が異なる | 請求があれば交付 | 国民健康保険に加入する場合や被扶養者として健康保険に加入する場合に必要。 |
退職金の支払いまで | ||||
【税務】退職所得の受給に関する申告書の受理 | 退職者⇒会社 | 退職所得の受給に関する申告書 | 退職金がある場合に必要 | 税務署長から提出を求められた場合以外は、税務署への提出の必要はない(退職金の支払者が保管することになっている)。 |
退職日の翌日から5日以内 | ||||
【社保】健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届の提出 | 会社⇒所轄年金事務所(または健康保険組合) | 健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届 | 必須 | 【添付書類】 ①健康保険被保険者証(本人・被扶養者分) ②高齢受給者証 ③健康保険特定疾病療養受給者証 ④健康保険限度額適用・標準負担額減額認定証 ※②~④は交付されている場合のみ |
退職日の翌日から10日以内 | ||||
【雇保】雇用保険被保険者離職証明書の提出 | 会社⇒所轄ハローワーク | 雇用保険被保険者離職証明書 | 必須 | 雇用保険被保険者資格喪失届・離職理由の分かる資料(退職願(届)、労働者名簿、出勤簿、賃金台帳)等を添付。 |
【雇保】雇用保険被保険者資格喪失届の提出 | 会社⇒所轄ハローワーク | 雇用保険被保険者資格喪失届 | 必須 | 雇用保険被保険者離職証明書・離職理由の分かる資料(退職願(届)、労働者名簿、出勤簿、賃金台帳)等を添付。 |
退職後 | ||||
【雇保】離職票-1・2の送付 | 所轄ハローワーク⇒会社⇒退職者 | 離職票-1・ 離職票-2 |
退職者より希望がなければ必要ないが、59歳以上の退職者には必要 | 退職者が住居を管轄するハローワークに求職の申し込みを行う際に必要。 |
退職月の翌月の10日まで | ||||
【税務】給与支払報告・特別徴収にかかる給与所得者異動届の提出 | 会社⇒市町村税務課 | 給与支払報告・特別徴収にかかる給与所得者異動届 | 必須 | 提出がない場合は、特別徴収義務が継続したままとなり、督促状等が送付されることがあるので、必ず提出すること。 |
退職日から1カ月以内 | ||||
【税務】源泉徴収票(給与・賞与)の交付 | 会社⇒退職者 | 源泉徴収票(給与・賞与) | 必須 | 再就職先へ提出(年末調整)または退職者本人が確定申告。 |
【税務】源泉徴収票(退職金)の交付 | 会社⇒退職者 | 源泉徴収票(退職金) | 必須 | 退職者本人が確定申告(「退職所得の受給に関する申告書」を提出していれば、原則確定申告は不要)。 |
2.雇用・社会保険関係の手続き上の注意点
[1]雇用保険
①離職理由の確認
退職者に「雇用保険被保険者離職証明書」(事業主控・安定所提出用)内の⑦欄の離職理由を確認させ、⑮⑯欄に署名・押印をしてもらう。
署名・押印を得ることができなかった場合は、同欄にその理由を記載し事業主の押印または自筆による署名でも可。
②退職者への説明
退職後の状況に応じた、必要な説明を行う[図表2]。
[図表2]退職後の状況に応じた雇用保険に関する説明
状 況 | 説 明 |
再就職先あり | 雇用保険被保険者証を再就職先に提出すること |
基本手当の受給資格あり | 受給期間は離職の翌日から1年間なので、離職票が届いた後、なるべく早くハローワークで手続きすること |
基本手当の受給資格なし | 離職前2年間に11日以上働いた月が12カ月未満の場合は基本手当の受給資格はないが、離職日から1年以内に雇用保険に加入した場合には被保険期間が通算されること |
65歳以後に退職 | 基本手当は一時金で支払われること |
③資格喪失届・離職証明書(離職票2)の提出
・ハローワークに提出する場合
「雇用保険被保険者資格喪失届」は資格取得の際に被保険者情報が印字されたものを交付されるが、紛失してしまっている場合はこちらを印刷して使用することができる(印刷の際には必ず「帳票印刷のポイント」を読むこと)。「雇用保険被保険者離職証明書(離職票2)」の記入についてはこちらを参照。
・電子申請で提出する場合
「雇用保険被保険者資格喪失届」「雇用保険被保険者離職証明書(離職票2)」は電子申請でも提出できる。その場合は⑮⑯欄に署名・押印ではなく、「離職証明書の記載内容に関する確認書」に退職者が署名・押印したものをPDF画像にして添付する。
④離職票1・2の交付
退職者に、受け取り方法を確認する。郵送の場合は送付先を確認すること。
[2]健康保険
①任意継続被保険者となる場合
原則として次のⅰ・ⅱを満たしていることが必要。
ⅰ 「資格喪失日の前日までに継続して2カ月以上の被保険者期間」があること。
ⅱ 資格喪失日から「20日以内」に申請すること。
協会けんぽの場合は都道府県支部に、健康保険組合の場合は健康保険組合に申請。
退職者が任意継続被保険者となることを希望する場合は、健康保険被保険者証回収の際にコピーを交付して退職者本人が手続きするように説明する。
②健康保険被保険者証の回収
退職の日までに被扶養者分も合わせて回収すること。
回収ができなかった場合には「健康保険被保険者証回収不能・滅失届」を提出する。
③健康保険の給付を受けている者の退職
退職後の期間についても以下ⅰ・ⅱを満たせば、傷病(出産)手当金の支給を受けることができる。
ⅰ 退職日までに、継続して1年以上の被保険者期間があること。
ⅱ 資格喪失時に傷病(出産)手当金を受けているか、または受ける条件を満たしていること(なお、退職日に出勤したときは、継続給付を受ける条件を満たさないこととなり、傷病(出産)手当金を受けとることができない)。
退職者に支給申請書を必要枚数交付して、退職後は本人が申請するように説明する。
退職後の申請では事業主証明欄の記載は不要である。また、傷病(出産)手当金受給中は基本手当を受給することはできないため、ハローワークで受給期間延長の手続きをするように勧めるとよい。
[3]年金
60歳未満の退職者およびその被扶養者は退職後も年金に加入する必要がある。再就職先が決まっていない場合は国民年金への加入が必要。
[4]保険料の徴収
①雇用保険
毎月の支給額に保険料率を乗じてその都度徴収しているので、最後の給与まで通常どおり徴収して終了。
②健康保険・厚生年金保険
・月途中で退職の場合:退職月分の保険料の徴収は不要。
・末日退職の場合:資格喪失日は翌月1日のため、退職月分の保険料の徴収が必要。
[図表3]保険料徴収の例
退職日 | 保険料徴収対象となる月 | 給与支払月と徴収する保険料 | ||
給与が当月払いの場合 | 給与が翌月払いの場合 | |||
3月払給与 | 3月払給与 | 4月払給与 | ||
3月15日 | 2月分まで | 2月分徴収 | 2月分徴収 | 徴収なし |
3月31日 | 3月分まで | 2、3月分徴収 | 2月分徴収 | 3月分徴収 |
3.税金関係の手続き
[1]所得税
1月から退職月まで支払った給与・賞与の「源泉徴収票」を作成し、退職後1カ月以内に退職者に交付する(所得税法226条1項)。
[図表4]源泉徴収票の用途
退職後 | 用 途 |
年内に再就職あり | 退職者本人が再就職先に提出し、再就職先で年末調整 |
年内に再就職なし | 退職者本人が確定申告 |
[2]住民税
給与等の支払いを受けなくなった月の翌月10日までに、退職者の1月1日の住所地の市民税担当課に「給与支払報告・特別徴収にかかる給与所得者異動届出書」を提出する。
ただし、特別徴収を継続する場合は、退職者に交付して再就職先から提出する。
[図表5]未徴収税額の徴収方法
退職時期 | 徴収方法 | 納付内容 |
1月1日~4月30日 | 一括徴収 | 5月分までの未徴収税額をまとめて徴収 |
5月1日~5月31日 | 通常どおり | 1カ月分(=5月分)を徴収 |
6月1日~12月31日 (右の3通りから退職者が選択する) |
普通徴収 | 市町村から交付される納税通知書により退職者が直接納付 |
一括徴収※ | 翌年5月分までの未徴収税額をまとめて徴収 | |
特別徴収継続 | 再就職先で給与から徴収 |
※一括徴収は本人から申し出がある場合に可能。
[3]退職金
退職者から「退職所得の受給に関する申告書」を提出してもらい、所得税および復興特別所得税と住民税の計算をして徴収する。
所得税額および復興特別所得税の額の算出方法についてはこちらの24・25ページを参照。
住民税についてはこちらを参照。退職者へは「退職所得の源泉徴収票」を交付する。
4.労働基準法上の手続き
[1]退職証明書
退職者から希望があった場合は「退職証明書」を遅滞なく交付する(労働基準法22条)。なお、退職証明書には退職者が請求していない事項を記載してはならない。これに反すれば30万円以下の罰金に処されるため、注意が必要である(労働基準法120条)。
書式は任意であるが厚生労働省でモデル様式を公開しているので利用するとよい。
[2]退職金の支払い
労働基準法23条1項は、退職者の請求があれば7日以内に賃金を支払わなければならない旨定めている。しかし、退職金については、退職前は単なる期待権(退職事由の如何によっては支給されない場合もある停止条件付き債権)にすぎないため、「通常の賃金の場合と異なり、予め就業規則等で定められた支払時期に支払えば足りる」とされている(昭26.12.27 基収5483号、昭63.3.14 基発150号・婦発47号)。
永井 由美 ながい ゆみ 平成18年永井社会保険労務士事務所開業。年金事務所年金相談員、労働基準監督署労災課相談員、雇用均等室セクシャルハラスメント相談員、両立支援コーディネーターの経験を活かして、講師、年金相談、労務管理を中心に活動中。親の介護を通じて介護保険に興味を持ち、千葉市の介護保険関係審議会委員(平成19~22年度)を務める。著書「社労士業務必携マニュアル」(共著・日本法令) |
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