2014年08月08日掲載

海外赴任事情 - 米国の皆保険制度「オバマケア」の概要と現地赴任者への影響(2)


藤井 恵
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
国際事業本部チーフコンサルタント

前回掲載のQ&A
  • Q1 「オバマケア」とは?
  • Q2 アメリカは先進国であるのに、これまで国民皆保険制度はなかったのですか?
  • Q3 オバマケアの施行により、アメリカではどのような保険加入が求められることになったのですか?

 

Q4 「オバマケアで定めるMinimum Essential Coverage を満たす保険とはどのようなものですか。また、それらの保険はどこで購入できるのでしょうか?

(1)加入しなければならない最低限の保険内容(Minimum Essential Coverage)とは?
 <参考1>は、Minimum Essential Coverageを満たすものとして例示されているアメリカ政府・民間の医療保険である。ここに見るように、アメリカ国外の医療保険は例示に挙がっていないが、法的にはMinimum Essential Coverageを満たすものとしてアメリカ政府の認可が下りれば、日本の公的医療保険(健康保険、国民健康保険等)もオバマケアの要件を満たすことになる(ただし、日本の公的医療保険がこの要件にかなうかどうかの照会に対して、アメリカ政府の公式な見解はまだ示されていない)。
 なお、日本からの赴任者が利用している海外旅行保険は、慢性疾患が医療給付の対象となっていない。今回のオバマケアは、原則として慢性疾患も医療保険の対象とすることを求めているため、慢性疾患がカバーされない従来の海外旅行保険が、Minimum Essential Coverageを満たす保険に認定されることは難しいと考えられる。

 

 <参考1> Minimum Essential Coverageを満たす医療保険の例

  • アメリカの連邦政府または州政府が設けている「医療保険購入webサイト」(いわゆる「マーケットプレイス」)を通じて購入した保険または、すでに加入している保険
  • COBRA(※)を含む雇用主が提供する保険プラン(医療制度改革から除外されたプランを含む)
  • Medicare(高齢者・障害者向け公的保険)
  • Medicaid(低所得者向け公的保険)
  • CHIP(児童医療保険プログラム)
  • TRICARE(軍人向け保険
  • Veterans health care programs(退役軍人向けプログラム)
  • Peace Corps Volunteer plans(ボランティアNPOが提供するプラン)
  • 2014年12月31日以前にスタートした、大学が提供する学生向けの保険プラン
  • (※)COBRA= The Consolidated Omnibus Budget Reconciliation Act の略称。離職者に対し最長36カ月の健康保険加入の権利を与えるもの。

  出典:https://www.healthcare.gov/what-if-i-dont-have-health-coverage/

 

(2)Minimum Essential Coverageを満たすための保険はどこから買えばよいか
 Minimum Essential Coverageを満たすための保険はどこで入手すればよいのだろうか。もっとも手っ取り早いのは、連邦政府または州政府が設けている「医療保険購入webサイト」だ。これらwebサイトは「マーケットプレイス」(別称「エクスチェンジ」または「パブリックエクスチェンジ」)と呼ばれ、さまざまな保険会社の医療保険が紹介されており、その中から予算や必要性に応じた保険を購入することができる。

 

 <参考2>Minimum Essential Coverageを満たす保険を購入できる医療保険
      購入webサイト(マーケットプレイス)の一例
 ■連邦政府が運営する医療保険購入サイト
   『Health Insurance Market Place』 https://www.healthcare.gov/
 ■州政府が運営する医療保険購入サイト
  ・カリフォルニア州の例
   『Covered California』 http://www.coveredca.com/
  ・ニューヨーク州の例
   『NY State of Health』 http://www.healthbenefitexchange.ny.gov/

 なお、連邦政府や州政府が運営するマーケットプレイスで購入できる医療保険は、すべて政府の要求する水準を満たしたQHP(Qualified Health Plan)として、下記10項目の保障を備えている。さらに保障内容の充実度に応じて、上からプラチナ・ゴールド・シルバー・ブロンズという4区分で示されており、当然ながら保障の手厚いプラチナの保険料が最も高くなる(なお、上記4区分に加えて、30歳未満限定でより保険料負担を抑えた「カタストロフィック」という下位区分も設けられている)。

 

 <参考3> QHP(Qualified Health Plan)に求められる保障内容

  • ①外来診療
  • ②緊急治療室の利用
  • ③入院患者へのケア
  • ④出産前および出産後のケア
  • ⑤メンタルヘルスや薬物乱用者に対するサービス(行動療法、カウンセリング、心理療法を含む)
  • ⑥処方せん
  • ⑦けがや障害、慢性疾患の場合のリハビリサービス、作業療法、音声言語病理学、精神科リハビリテーション
  • ⑧ラボ サービス
  • ⑨予防サービス(健康維持のためのカウンセリング、スクリーニング、ワクチンを含む)や慢性疾患の管理
  • ⑩小児サービス(歯科、視力を含む)

 また、これらマーケットプレイスから医療保険を購入する場合、年間所得が一定以下であるなどの条件を満たす場合は、税額控除(APTC=Advanced Premium Tax Credit)や補助金(CSR=Cost Sharing Reductions)の適用を受けることができる。
 このうちAPTCは、月々の医療保険掛け金負担を軽減するためのクレジットで、世帯別年収が連邦政府の定める貧困レベル(FPL)で100~400%に該当する場合に利用することができる(具体例は、次回Q8で紹介予定)。これを利用するためは、所得要件のほか夫婦合算申告を行うなどいくつかの要件も満たす必要がある。
 また、CSRは年間所得がFLP139~250%に該当する個人・世帯が対象となるが、適用される医療保険はマーケットプレイスを通じて購入した「シルバーランク」の保険のみに限定されている。

Q5 オバマケアで要求される条件を満たす保険に加入しなかった場合、どんな罰則があるのでしょうか?

 オバマケアで要求された条件(Minimum Essential Coverage)を満たす保険に加入していない場合は、罰金が科せられる。罰金の定めは[図表]の通りで、年度ごとに金額が上昇していく仕組みとなっている。
 ただし、保険に加入していなければどのような場合でも、すべての人に罰金が科せられるというわけではない。たとえばホームレスであったり、ドメスティックバイオレンスの被害を受けていたり、破産宣告を受けて6カ月以内など、やむを得ない事情がある場合は罰金の支払い義務は免除される(もっとも日本からの赴任者には関係ない話だが)。
 なお、罰金は確定申告時に支払うことになる。

[図表]Minimum Essential Coverageを満たす保険に加入していない場合の罰金

区分 2014年度 2015年度
加入手続期間 2013年10月1日~2014年3月31日まで 2014年11月15日~2015年3月31日
加入しなかった時の罰金 以下のうちいずれか高い金額
①世帯全体の所得の1%
②1名当たり$95(18歳未満の子供は$47.5)
  • ※つまり年間所得が$19,650未満であれば$95の罰金を払うことになり、$19,650以上の所得であれば所得の1%の罰金を支払うことになる
  • ※ただし所得が$10,150以下の場合ペナルティの支払い義務なし
①世帯全体の所得の2%
②1名当たり$325(18歳未満の子供は$162.5)
  • ※なお、2016年度のペナルティは以下のうちいずれか高い金額となり、以下はインフレ等を加味して年々上昇する予定
  • ①世帯全体の所得の2.5%
  • ②1名当たり$695

 出所:https://www.healthcare.gov/what-if-i-dont-have-health-coverage/

Q6 オバマケアはすべてのアメリカ国民に歓迎されるものなのでしょうか?

 オバマケアの施行により、これまで医療保険に未加入だった人たちを、医療保険に加入させたことは非常に画期的だ。実際、アメリカの医療保険未加入率は、オバマケア施行後、減少している。
 また、従来の民間医療保険では通常、保障対象外だった慢性疾患や予防医療等も、民間医療保険の対象になるなど、多くの人が医療保険の恩恵にあずかることができる機会が増えたといえる。
 一方、オバマケア以前から勤務先等で充実したサービスを提供する医療保険に加入し、特に医療保険や医療サービスに不都合を感じていなかった人にとっては、オバマケア施行のメリットはそれほどないかもしれない。
 さらに場合によっては、慢性疾患が保障の範囲に入ったことや、これまで医療保険に加入していなかった低~中所得者層が保険に加入したことにより、保険会社にとっては医療費支払いリスクが高まったために医療保険料が上がるケースもある。また、Minimum Essential Coverageを満たさないという理由で、これまで利用していた医療保険が廃止になり、新たな保険に加入し直さなければならない人たちにとっては、必ずしも歓迎できると改革というわけではなさそうだ。

 次回は連載の結びとして、アメリカに赴任している駐在員について、現在考えられる対応の選択肢と、民間医療保険を購入する場合にどの程度の費用がかかるのか、などについて取り上げて紹介する。

―次回第3回(最終回)は8月13日(水)の掲載予定です―

 

藤井 恵  ふじい めぐみ
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
コンサルティング・国際事業本部 チーフコンサルタント

大手証券系シンクタンク勤務の後、三和総合研究所(現:三菱UFJリサーチ&コンサルティング)に入社。海外勤務者の社会保険や税務、海外給与や赴任者規程、租税条約、契約書作成に関するコンサルティング業務に携わる。著書に『海外赴任者の税務と社会保険・給与Q&A』『タイ・シンガポール・インドネシア・ベトナム駐在員の専任・赴任から帰任まで完全ガイド』『台湾・韓国・マレーシア・インド・フィリピン駐在員の選任・赴任から帰任まで完全ガイド』(いずれも清文社)など。