2014年07月30日掲載

海外赴任事情 - 米国の皆保険制度「オバマケア」の概要と現地赴任者への影響(1)


藤井 恵
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
コンサルティング・国際事業本部 チーフコンサルタント


 オバマ大統領が就任選挙戦以来、政権公約の目玉として打ち出してきた医療保険制度改革法が本年1月から施行され、アメリカで初めて国民皆保険制度が導入される運びとなった。大統領の名前を冠して「オバマケア」と呼ばれるこの制度は、公的皆保険制度をとる日本のシステムとは異なり、特定対象者への公的医療保険と民間医療保険への加入義務づけにより皆保険を実現するというものである。このため、アメリカへ自社の社員を赴任させている、あるいはこれから拠点展開を図ろうとしている企業にとっては、赴任期間中の社員の医療費をどのような保険でまかなうかという新たな課題が生まれたことになる。
 そこで今回は、Q&A形式により、そもそもオバマケアとはどのようなものか、どのような医療保険が法的要件を満たすのか、日本からの赴任者対策としてどのような手立てが考えられるのかを中心に、3回にわたって解説していきたい。

Q1 「オバマケア」とは?

 オバマケア(Obama-care)とは2014年1月からスタートした医療保険制度改革法(Patient Protection Affordable Care Act 通常は「Affordable Care Act」と呼ばれる場合が多い)の略称だ。
 2010年3月にオバマ大統領が署名し、成立したことからこの名称で呼ばれており、すべてのアメリカ国民が医療保険に加入することを促進することを目的としている。なおここでいう「アメリカ国民」とは「アメリカにおける税法上の居住者」を指すため、日本からアメリカに駐在している日本人等も含まれることになる。ただし、留学生等、就労アメリカで就労資格がなく、税務申告が必要でない人は適用除外になる場合もある。

Q2 「アメリカは先進国であるのに、これまで国民皆保険制度はなかったのですか?

 そのとおり。アメリカは先進国の中でもめずらしい、国民皆保険制度のない国だった。ただし、公的医療保険制度が「まったく」ないわけではなく、低所得者向け(Medicaid=メディケイド)や高齢者・障害者向け(Medicare=メディケア)の公的医療保険は存在する(概要はQ3参照)。しかし低所得でもなく、高齢でもない人は、これらの公的医療保険には加入できない。そのため、医療保険に加入したい場合は、民間の医療保険に加入するしかなかった。
 しかし、民間の医療保険は保険料が非常に高額であることから、医療保険に加入していない人も多かった。このような医療保険未加入者は、病気や事故の際、アメリカの高額な医療費を支払うことができず、満足な治療が受けられなかったり、医療費負担が原因で破産に至るようなケースが社会問題になっていた。また、そうした民間保険に加入している場合でも、慢性疾患は保険適用の対象外になるなど、医療給付を受ける際にもさまざまな制約があった。
 実際、新聞報道などによると、2007年度の個人破産者のうち、高額な医療費負担を自己破産の理由に挙げるものが62%に上り、しかもその大半は医療保険加入者だった。このことからも、アメリカの医療費がいかに高額であり、また医療保険に加入していても、そのカバー範囲が限定されているかが分かる。

 

 <参考> 高額なアメリカの医療費と医療保険制度をめぐる問題

 公的医療保険制度が適用されるのは、低所得者と65歳以上の高齢者のみ。
  そのため…
 ①民間の医療保険に加入していない場合は――

  • 医療費は全額個人負担となるため、高い治療費を強いられる
  • ⇒よって、必要な医療行為を受けられなかったり、高額な医療費の支払いが原因で、自己破産する人も少なからず存在した
 ②民間医療保険に加入している場合でも――
  • 医療保険に加入していても、慢性疾患等は保険対象外になっている医療費が多かった
  • ⇒よって、医療保険に加入しているからといって、必ずしも安心できる状況ではなく、無保険者と同様に自己破産する場合もあった
  • (勤務先からの医療保険の提供がない等の理由で)個人で医療保険に加入する場合、個人単位での加入は非常に割高であるため、保険料が非常に高い上、医療サービスについてもさまざまな制約が設けられているものも多かった
  • ⇒そのため、医療保険に加入していても安心な状況とはほど遠かった
  • 仕事をしている間は、勤務先の医療保険の適用を受けられるものの、失業すると、個人で医療保険に加入しない限りは無保険状態になってしまうというリスクがある
  • ⇒失業は職業の喪失だけではなく、「医療保険の喪失」にもつながっていた

 

 

Q3 オバマケアの施行により、アメリカではどのような保険加入が求められることになったのですか

 Q1で触れた通り、オバマケアは国民全員が医療保険に加入することを求める制度である。そのため、これまで医療保険に加入していなかった人には、医療保険制度改革法が定める最低条件(Minimum Essential Coverage)を満たす何らかの医療保険に加入することが義務づけられ、未加入者には罰金が科せられることになった(罰金については、次回Q5で取り上げる予定)。
 一方、オバマケア施行以前から医療保険に加入していた人については大きな変更はない。保険加入状況別に対応を整理すると[図表]の通りとなる。

[図表]アメリカの医療保険とオバマケア施行後の対応

該当者 適用される保険 オバマケア施行後の対応
 公的医療保険の適用対象になるケース
低所得者 Medicaid
①加入要件:所得が一定以下の場合のみ加入できる
例)ニューヨーク州・カリフォルニア州等の場合、年間所得が1人当たりUSD16,105以下または4人家族で USD32,913以下
②実施者:連邦政府・州政府
③サービス内容:全額政府が負担だが、治療内容等に応じて一部自己負担の場合もある
MedicaidとMedicareはオバマケアのMinimum Essential Coverageを満たしている医療保険であるため、施行後も特に変更はなし
65歳以上の高齢者や障害者 Medicare
①加入要件:65歳以上の高齢者・一般の障害者
②実施者:連邦政府
③サービス内容:強制加入部分(PartA)と任意加入部分(PartB)で構成される
※一部自己負担あり
 公的医療保険の適用対象にならないケース
勤め人 勤務先が従業員のために加入している団体保険等の民間保険に加入 勤務先が加入している医療保険がMinimum Essential Coverageを満たしている場合は特に大きな影響はない
勤め人以外 個人で民間医療保険に加入(自営業者など) 加入している医療保険がMinimum Essential Coverageを満たしていない場合は、条件を満たす医療保険に加入しなければならない
⇒条件を満たす医療保険に加入していなければ罰金を支払う必要あり
Medicaidの対象にはならないレベルの低~中所得者 高額な医療保険が払えず、保険に加入していない場合が多い(無保険者) Minimum Essential Coverageを満たす医療保険に加入する必要がある
⇒条件を満たす医療保険に加入していなければ罰金を支払う必要あり
[注]このほか18歳以下の子供向け保険プログラムとして、Medicaidの資格を有していない低
   所得者世帯で、無保険の子供たち向けのCHIPS(Children's Health Insurance Program)
 等も存在する。


 なお、Minimum Essential Coverageを満たす医療保険については、いくつかの例示等はなされているものの、その具体的な要件については、必ずしも法律上で明示されているわけではない。次回は、どのような保険がこの最低基準を満たすものとされているのか、また法律が求める保険加入をしない場合の罰則等について紹介をしたい。

―本記事は週1回・全3回の短期連載で掲載いたします。次回は8月6日(水)の掲載予定です―

 

藤井 恵  ふじい めぐみ
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
コンサルティング・国際事業本部 チーフコンサルタント

大手証券系シンクタンク勤務の後、三和総合研究所(現:三菱UFJリサーチ&コンサルティング)に入社。海外勤務者の社会保険や税務、海外給与や赴任者規程、租税条約、契約書作成に関するコンサルティング業務に携わる。著書に『海外赴任者の税務と社会保険・給与Q&A』『タイ・シンガポール・インドネシア・ベトナム駐在員の専任・赴任から帰任まで完全ガイド』『台湾・韓国・マレーシア・インド・フィリピン駐在員の選任・赴任から帰任まで完全ガイド』(いずれも清文社)など。