2012年06月13日掲載

トップインタビュー 明日を拓く「型」と「知恵」 - BS局への移籍は大チャンス。「生中継」で視聴者獲得めざす――株式会社ジェイ・スポーツ 笹島一樹さん(上)

 


 

   
撮影=小林由喜伸

笹島一樹 ささじま かずしげ
株式会社ジェイ・スポーツ 代表取締役社長
1967年東京都生まれ。慶応義塾高校・慶応義塾大学時代は体育会レスリング部に所属。
90年に住友商事(株)へ入社後は映像関連事業畑を歩み、ジュピターゴルフネットワーク(株)編成部長、(株)AXNジャパン取締役、住友商事・映像メディア部チームリーダーなどを経て、2010年に(株)ジェイ・スポーツ・ブロードキャスティング(当時の社名)社長に就任。11年10月にBS2局、12年3月にBS4局体制に移行した放送局を率い、スポーツ放送の醍醐味(だいごみ)を伝える。

スポーツファンの支持を集めてきたテレビ局が転換期を迎えた。
今春からBS4局体制となり、社運をかけて攻勢に出る。
「生中継が最も面白い/年間6000時間放映」で顧客獲得に挑む。

取材構成・文=高井尚之(◆プロフィール

 イングランドの名門、マンチェスター・ユナイテッドへの移籍を基本合意した香川真司。MLB(大リーグ)テキサス・レンジャーズで日米通算100勝を達成したダルビッシュ有。そして開幕まで1カ月半(6月13日現在)に迫るロンドン夏季五輪。
 政治や経済が閉塞(へいそく)感漂う国内にあって、世界と戦う日本人選手の活躍は一服の清涼剤だろう。そして国内外のスポーツを扱うこのテレビ局は、別の意味で「世界」と戦っている。


●BSで4チャンネルの放送を開始したスポーツ専門放送局、J SPORTS

テレビ販売不振の中、BS放送に参入

 「国内最大4チャンネルのスポーツテレビ局 J SPORTS 3月1日 全4チャンネルBS放送開始」
 受け取った名刺に記された文字が決意を示す。この3月1日からJ SPORTSはBS放送に“完全移籍”し、スポーツ報道をBS4局体制で行っているのだ。

 これまでの名前を見直し、シンプルに「J SPORTS 1」「J SPORTS 2」「J SPORTS 3」「J SPORTS 4」という局名にした。1はJリーグ、ラグビー、卓球、バドミントンなど国内スポーツで、2は欧州サッカー、バスケットボール、WWE(プロレス)など海外スポーツ。3はモータースポーツやプロレス、格闘技、ニュース、情報番組、4はサイクルロードレースやフィギュアスケートなどを放映する。野球は、広島・千葉ロッテ(1)、中日・オリックス(2)、東北楽天・大リーグ(3)、大リーグ(4)と分けて放映する。
 有料放送なので、視聴料金は4チャンネルで月額2400円(税込み)。


●香川真司選手の移籍が決定的となった名門クラブ、マンチェスター・ユナイテッド
(写真提供:株式会社ジェイ・スポーツ 
Photo:アフロ

 「路地の奥でコアなファンに支えられてきた店が、一等地のショッピングモールに出店したようなもの。CS放送とは知名度がケタ違いのBS放送には、NHK BSやBS日テレなどの大先輩がいます。特にNHKはBSの開拓者。サッカーW杯(90年イタリア大会~)、野茂英雄投手の大リーグ挑戦(95年~)といったスポーツを起爆剤に加入数を増やしました。われわれも今後は幅広い視聴者を意識し、見やすい映像を作らなければなりません」
 社長の笹島一樹さんは、こう解説する。

 見やすい映像とは、例えば字幕の見直しだ。以前はWWE(米国のプロレス団体)の放映では、レスラーのマイクパフォーマンスもウリで、コアなファンを満足させるためトークを一字一句訳し、字幕も長かった。それも他局を意識して短くシンプルにした。
 「社内会議でも言います。『今度はNHK BSやBS日テレなどとすぐ比較されちゃうよ』、と」

 そう言いながらも、差別化にはチョッピリ自信がある。
 「サッカー情報番組の『Foot!』や野球情報番組の『野球好きニュース』などは、本音トークやチームや選手のウラ話が人気です。内心〈ほかの局にはこんなのできないでしょ〉という思いがあり、週1回だったのを毎日の放送に変えて、生中継の視聴に導く位置づけにしました」


●J SPORTSオリジナルサッカー番組「Foot!」(写真提供:株式会社ジェイ・スポーツ)

 しかしBS放送のスタート時には想定外の逆風が吹いた。テレビの売れ行き不振である。昨年7月に地上デジタル放送に移行し、購入を促進した家電エコポイントも終了したためテレビの購買特需はなくなった。販売台数落ち込みは予想されたが、関係者の予想を大きく下回る低調ぶり。現在のところ、対前年比で40%弱しか売れていない。
 テレビの販売時に合わせて新規加入が取りやすい有料放送局にとっては大問題だが、その割にJ SPORTSの加入者数は堅調だという。現在の契約件数は約752万9000件(2012年4月末現在)。うち120万件がDTHと呼ばれる「スカパー!(HD、e2、光)」経由でJ SPORTSを視聴できる世帯。残りの630万9000件がケーブルテレビ経由だ。


●スポーツ専門局ならではのコンテンツに自信を見せる

ラジオ的な放送で魅せる

 野球、サッカー、ラグビー、自転車、バスケット、プロレスなど多彩なスポーツ中継を行うJ SPORTSだが、笹島さんには特定のスポーツを囲い込む発想はない。
 「それよりも、さまざまなスポーツを放映するので、そのスポーツが持つ醍醐味を楽しんでいただきたいという思いです。今年は昨年よりも15%増やし、年間6000時間以上を生中継にしました。スポーツは次の展開が読めないライブが最も面白い。『生中継こそテレビ!』を掲げて進みます」
 かつてはスポーツ放送というと生中継が当たり前であったが、今では地上波では録画も増えている。そんな中、J SPORTSの数字は突出している。年間6000時間といえば1日平均に直すと16時間半近い。

 特定のスポーツを囲い込まないとはいえ、人気種目へのこだわりはある。J SPORTSには独自の放送スタイルで固定ファンを増やした番組も多い。
 例えばサッカー中継だ。1978年のW杯(アルゼンチン大会)からサッカー放送を見続け、スポーツビジネスの視点で取材を続ける筆者も、J SPORTSの中継は評価する。逆に地上波は総じて未熟だ。理由の一つは、テレビなのにプレーを細かく伝えるから。

 「右サイドを切れ込んでセンタリング、ヘディングシュート、外れました~」というのは、いちいち教えてもらわなくても画面を見ていれば分かる。
 また海外の放送局のヘンな部分だけを真似(まね)して、しょぼいシュートでも巻き舌で「ゴォ~~~ル」を絶叫する自意識過剰な放送も目立った(さすがに最近は減ったが)。

 サッカー王国・ブラジルのベテランアナウンサーの実況はこんな感じだ。
 「パウロ・ロベルト、ハイデューク、(声が強まり)マザロービ、レナト!(絶叫)」
 これなら音声だけでもレナトがシュートをして、ビッグチャンスだったのが分かる。

 J SPORTSの手法はこれに近い。パスをつなぐ選手の名前を中心に伝え、プレーは時々紹介するだけ。これが目の肥えたサッカーファンに支持される。例えば倉敷保雄アナは、“クラッキー”と呼ばれ、本音を交えた実況も持ち味だ。笹島さんはこんな背景を明かす。

 「J SPORTSは開局以来、フリーのアナウンサーによって支えられてきました。フリーの人たちはラジオ局出身も多く(注:倉敷アナはラジオ福島出身)、競馬中継で鍛えられたそうです。馬群が一団となって進む競馬を、音声のみのラジオでどう伝えていくか。それぞれ工夫しながら場面場面をきちんと押さえ、直線での叩(たた)き合いでは臨場感を描き出す。そこで培った放送手法をサッカーでも応用したのです。
 サッカー制作部長の田口賢司も『ラジオ的な放送』を掲げ、ラジオを強く意識しています」


●ラジオ出身の個性溢れるフリーアナウンサーによる中継で、ファンの評価を得てきた

生き方を含めた人生に共感

 有名選手に対するファンの見方も、昔と今とでは違う。昔はプレーの結果だけで判断され、日々の活動まで問われることはなかった。現在はそこに至るプロセスから注目される。
 「もともとアスリートには、生き方を含めた人生がかかっています。マイナー契約から大リーグに昇格した松井秀喜選手(タンパベイ・レイズ)の活躍も注目されていますが、うまくいかなかったら、大リーガーとしての選手生命が終わってしまう。それでも日本に戻らず、『最高峰の舞台で野球をやりたい』と挑む姿勢に共感が集まる時代です。
 当社も急遽(きゅうきょ)、3Aで対戦した松坂大輔投手と松井選手の一戦を放映。『(一時代を築いた)松坂と松井がメジャー復帰めざしてマイナーで対決か』と熱い目が注がれました」

 ネットの進展でメディアが増えたせいもあり、周辺情報もあっという間に伝わる時代。松井選手の例でいえば、一時は年俸10億円以上を得ていたのが、今年はシーズン終了までメジャー契約の40人枠に入っていても同4860万円だと報道されている。視聴者はそこに、人生は山あり谷ありというのを思い起こすのだろう。

 人生といえば、笹島さんの歩みも面白い。
 高校・大学時代はレスリング部で汗を流す。高校時代は70キロ級だったが、減量が苦手で大学時代は74キロ級に階級を上げて戦った。
 「理不尽なことだらけでしたが、レスリングから学んだことは多い。『人生は気合いだ』と言うのも、その一つ。今もたいていのことは気合いで何とかなると思っています(笑)」

 出身校は慶応だが、そこは体育会の学生。「大学に行く時は詰め襟の学生服を何の疑いもなく、カッコイイと思って着ていました。でも今でもそう思っていますよ」
 周囲に迎合せず、独自の価値観を持つのは、どこか局の姿勢に通じるようだ。


●アスリートたちのライフストーリーが、視聴者の共感を呼ぶ

生中継は「想定外」続き

 生中継にこだわるJ SPORTSでは、中継の苦労は多い。現場では想定外の連続だという。
 「特に大リーグ中継はハプニングが多いですね。まず予定調和で終わることがない。延長17回や18回になっても引き分けにせずに決着をつけますし、雨で2時間ぐらい中断して天候の回復を待つなんてことが平気で起きます。
 放送する側にとっては本当に大変。事前にフォーマットを用意しますが、それも崩される。編成でも『中継が延びた分の後番組をどうするんだ』と言いながら臨機応変に対応する。スタッフはトイレに行くのも一苦労です」

 暑かったり、寒かったり、雨が降ってくる現場で耐えながら中継する仕事には、肉体労働の側面もある。それでも完全生中継にこだわる。スポーツの醍醐味がそこにあるからだ。
 「生中継が最も面白いのは、次の展開が読めないから。視聴者のワクワク感やドキドキ感に応えることができます。最初から最後まで放送することもそうです。例えば夜の6時に試合が始まるプロ野球を、7時から放送を開始して、始まった時に10対0だったら、ワクワクやドキドキもなくなりますよね」

 よく「不満あるところにビジネスあり」と言われる。プロ野球中継でいえば、ゲームが盛り上がったところで放送終了時間が来て中継を打ち切る(尻切れ放送)が続いた地上波は視聴者の支持を失った。満足できない視聴者が、有料でも完全生中継をするBSやCSに加入していった一面がある。


●伝えたいのはスポーツの醍醐味。写真右は、同局のイメージキャラクター、武井咲さん

多様な人材を「大目標」でまとめる

 テレビ局の現場は雇用形態もさまざまだ。放送局の社員以外に、制作会社の社員や契約社員、アルバイトがいる。アナウンサーや解説者などプロの出演者もいる。

 そんな混成部隊を率いる笹島さんが心掛けることは?
 「できるだけ現場に足を運ぶことですね。本社にいる時は、別フロアーにあるスタジオに行きます。普通に話していると、何か問題があれば、ポロっと出てくるので。報告を受けるという形ではなく、現場で対話をすることで情報を把握しています」

 若き日の笹島さんも混成部隊で働いていた。
 「ゴルフ事業をやっていた当時は、ミズノやダンロップ、ブリヂストンスポーツといったメーカーさんから、テレビ局や広告代理店までさまざまな出身母体の人がいました。カルチャーは会社によって違い、職人タイプもいれば、絶妙な“生かさず殺さず”タイプもいた。『同じゴルフ業界でもこんなに違うのか』と思いましたね」

 もともとJ SPORTS自体も合併を繰り返してきた会社だ。前身のスカイスポーツが、経営統合してジェイ・スカイ・スポーツとなり、さらにスポーツ・アイESPNとも合併して現在の会社となった(さらにBS4局体制に合わせて社名を変更)。
 J SPORTSのモットーの一つは「何でもチャレンジ」だが、これは笹島さんの歩みそのものでもある。
 「前例がないことを何でも自分でやってきました。いろいろ痛い目にも遭いましたけど、やったおかげで肌感覚のことが身についた。今はやってきてよかったと思います」

 社長としての立場では、意識して大きな目標を掲げることも行う。
 「最近では何といっても『BSへの進出』ですね。こういった大きな目標に目がいくようになると、スタッフは本気になり、つまらない内輪モメもなくなる。出身母体がさまざまなので、一歩間違えるとバラバラになりますが、同じベクトルを向いて仕事をする限りは大丈夫です」

 年間6000時間の生中継という数字は、もちろん外に向けたPR効果を狙っているが、社内に向けてのアナウンス効果もある。
 「『あなたは6000時間の大切な一部を担っている』と痛感してほしいためです。プロが本気になれば強い。何と言っても、働いている人間が頼りの会社なので」

■Company Profile
株式会社ジェイ・スポーツ
・設立/1996(平成8)年9月(2011年10月、現社名に変更)
・代表取締役社長 笹島 一樹
・本社/東京都江東区青海2-4-24
 (TEL) 03-5500-3480(代)
・事業内容/スポーツ放送局
・代表商品/「J SPORTS 1」「J SPORTS 2」「J SPORTS 3」「J SPORTS 4」
・従業員数/120人(2012年4月1日現在)
・企業サイト http://www.jsports.co.jp/

◆高井尚之(たかい・なおゆき)
ジャーナリスト。1962年生まれ。日本実業出版社、花王・情報作成部を経て2004年から現職。「企業と生活者との交流」「ビジネス現場とヒト」をテーマに、企画、取材・執筆、コンサルティングを行う。著書に『なぜ「高くても売れる」のか』(文藝春秋)、『日本カフェ興亡記』(日本経済新聞出版社)、『花王「百年・愚直」のものづくり』(日経ビジネス人文庫)、『花王の「日々工夫する」仕事術』(日本実業出版社)、近著に『「解」は己の中にあり 「ブラザー小池利和」の経営哲学60』(講談社)がある。