2025年02月17日掲載

人事パーソン要チェック! 新刊ホンネ書評 - [297]『武士の介護休暇 日本は老いと介護にどう向きあってきたか』

(﨑井将之 著 河出新書 2024年10月)

 

 本書は、武士の介護休暇制度があったという江戸時代を中心に、近世以前のわが国の介護の歴史を解き明かした本です。

 第1章では、江戸時代の高齢者介護を取り上げており、介護休暇を取って親を介護した武士の例が出てきます。江戸幕府は「看病断(かんびょうことわり)」という介護休業制度を整備しており、多くの藩でも同様の制度があったといいます。また、親への孝心は当時の武士の持つべき徳目とされており、女性ではなく男性が介護の中心的役割を担ったそうです。

 第2章では、江戸時代の「老い」の捉え方を見ていきます。おおむね同時代を通して幕府は70歳以上を隠居年齢としており(今より高い水準とも言えます)、94歳まで働いた武士もいたそうです。一方、井原西鶴などによれば、町民においては50代後半ごろの隠居が成功者としての理想とされ、40代あるいはもっと若くして隠居するケースもあったようです(江戸時代版 “FIRE” でしょうか)。

 第3~5章では、江戸時代より前、古代~中世期の介護の実情に迫っています。7世紀の終わりに整理が進められた律令制度の下では、61歳以上が高齢者に該当し、若い人ほどの労働力がないとみなされる一方、高齢者は尊敬の対象でもあったとのことです。

 第4章では、古代~中世期の要介護の要因となった病気として「認知症」「脳卒中」などの例を史料・物語で紹介しています(両者は現代の要介護の二大要因と同じです)。ちなみに、高齢者以外も含めた要援護者に対する公的なケアは、593年に聖徳太子が大阪・四天王寺に置いた病院・福祉施設が最初とされているようで、今から1400年以上も前にそのようなサービスがささやかながらも存在したことに驚かされます。一方で、身寄りのない高齢者の介護・看取りやその最期の悲惨な例も紹介されています。

 第5章では、古代~中世期の数ある「(うば)捨て物語」の類型を示して、姥捨てという介護放棄が実際にあったのかどうかを考察し、なかったとは言い切れませんが、話としては孝行物語として帰結しているものが多いとしています。その上で、当時の人々が高齢者ケアに向かう考え方や価値観=倫理を探り、そうした倫理が作用しなかったときに、高齢者が見放される事態が生じたと指摘します。

 最終の第6章では、引き続き江戸時代におけるこうした価値観を分析し、江戸時代に身寄りのない高齢者がどう介護されたかについて、「五人組」など地域で高齢の要介護者を支える制度や、幕藩による高齢者の救済制度を紹介します。結論として、当時の人々を高齢者ケアに向かわせた価値観につき、①老親や主人への「情」の論理、②まずは家の中で対応する「家」の論理、③家で対応できない場合の「地域社会」の論理、④幕府の儒教・朱子学教化施策を背景とした「儒」の論理を挙げています。

 江戸時代、さらにはそれより古くから高齢者介護というものがあったと知ることができ、当時の人々を高齢者ケアに向かわせた価値観(介護放棄につながる要因も含め)には、現代にも通じるものがあると感じました。いわゆる「人事本」ではないですが、たまにはこうした「教養書」を手にするのもよいかと思います。個人的には大変面白く読めました。

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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』(有料版)で2024年11月にご紹介したものです

【本欄 執筆者紹介】
 和田泰明 わだ やすあき

 和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士

1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格

1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー