20代の若手社員は、キャリアのスタートとして学びと成長の土台を作るために心身の健康が欠かせない時期にある。
一方、公益財団法人日本生産性本部のメンタル・ヘルス研究所が2023年に実施した第11回「『メンタルヘルスの取り組み』に関する企業アンケート調査」によると、「心の病」が最も多い年齢層は「10~20代」となり、初めて「30代」を上回った。企業が若手社員のメンタルヘルス不調に向き合うことは、ますます重要になっている。
『労政時報』第4089号(24.12.13)では、精神科医・産業医として多くのビジネスパーソンに寄り添うVISION PARTNERメンタルクリニック四谷 院長の尾林誉史氏に、若手社員のメンタルヘルス不調の背景や起こり得る不調のパターン、不調を増長させないために人事や管理職、職場に求められる対策、対応について伺うインタビュー記事を掲載する。
ここではその予告編として、同氏が産業医の重要性を感じたきっかけとともに、メンタルヘルス対応を行う人事担当者が留意すべき点を紹介する。
Profile |
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尾林誉史 おばやし たかふみ 東京大学理学部化学科卒業後、株式会社リクルートに入社。退職後、弘前大学医学部医学科に学士編入し、東京都立松沢病院にて臨床初期研修修了後、東京大学医学部附属病院精神神経科に所属。現在、25社の企業で産業医およびカウンセリング業務を務めるほか、メディアでも精力的に発信を行う。 |
精神科医・産業医として行う、メンタルヘルス支援
──ビジネスパーソンに対しどのような支援を行っていますか。
尾林 2024年9月現在、25社で産業医を務めるほか、メンタルクリニックでの診療を行っています。まず職場で一次対応を行い、医療の力も必要な場合、回復状況を確認しながら復職へ向かっていく一気通貫の支援を目指しています。
私自身は、サラリーマンとして勤めていた時期があり、そのときの経験から、産業医はビジネスパーソンが元気に働く上で大切な役割を果たすという思いを持つに至りました。
──産業医の重要性を感じたきっかけを教えてください。
尾林 サラリーマン時代に、メンタルヘルス不調を訴えていた同僚の産業医面談に同席したとき、産業医の対応は「大変そうだから休んだらどうですか。クリニックは自分で探して、診断書をもらってきて休みに入りましょう」と、極めて簡素なものでした。面談を受ける側としては緊張や期待も大きかったので、拍子抜けしてしまいました。後日、その産業医にこうした思いを率直に伝えたところ、「自分は内科医だからメンタルの話は正直分からない」と言われてしまったのです。
──産業医のメンタルヘルス不調への対応に違和感を持ったということですね。
尾林 はい。産業医資格について詳しく調べてみると、医師が一定の研修等をクリアすれば、内科や外科など専門の領域に関係なく後から得られることが分かりました。準備や熱意が伴っていようがいまいが業務は一応務まり、ともかく企業には法的に産業医を選任する義務があるなど、構造的な背景を理解できました。とはいえ、これは働いている身としては、非常に悲しい事実に思えます。特にデスクワーク中心の企業では、メンタルの部分に手を差し伸べられる産業医が必要ではないか、と思ったのです。
そこで、自分の苦労や経験を役立てながら、メンタルヘルス不調に寄り添う産業医の仕事ができるのではと考え、精神科を志し、今に至ります。
メンタルヘルス対応を行うに当たり、人事担当者が気をつけるべきこと
──メンタルヘルス不調の予防、対応を行う人事担当者は、どういうことに気をつけるべきでしょうか。
尾林 人事担当者の方は、不調者一人ひとりに大変なエネルギーをかけて対応していると思います。ただ、特にメンタルヘルス不調の状態にいる人は意固地になったり、こちらの感情を逆なでしてきたり、刺激してきたりすることも多いです。そういう苦しい場面で一緒に対処するのが精神科医・産業医であり、われわれも同じ気持ちでいます。
また、複数のメンタルヘルス不調者に同時並行で対応するケースも多いと思いますが、個人情報の間違いは決して許されませんし、とても神経を使うだろうと推察します。こうした非常に地道で大変な作業の中で、メンタルヘルス不調者本人とともに、職場の上司や同僚、本人の家族なども巻き込み、協力者を得ながら、メンタルヘルスに対する啓発の輪を社内で少しずつ広げている、というイメージをぜひ持ってほしいです。一つひとつの事例が、会社全体のメンタルヘルスの向上につながっているという大きな視点を常に持つように心掛けてみてください。その結果、社内にだんだんと「お互いさま」という空気が生まれ、健全なカルチャーに変わっていきます。そのためには、「メンタルヘルス不調を未然に防ごう」といった上滑りになりがちな言葉よりも、「どうせなら楽しくご機嫌に働きたいよね」などの当事者意識を喚起する言葉のほうが伝わりやすいと思います。
一方で、人事担当者の方は基本的に真面目で正義感が強いので、自身のメンタルヘルスを保つことも重要な観点です。そのためには、人事担当者として与えられ、期待されている裁量に比して、自身ができることの限界を理解しておく必要があります。「自分の置かれている立場・持っている裁量であれば、相談者に対して必ずしも十分な対応策を講じられる」とは限らないと、どこかで意識しておくこと。すなわち、“課題解決のスペシャリストでなければならない” などと気負うだけではなく、相性による不一致や経験不足による至らなさが生じ得るものだと、どこかで無力さをも受け入れておくバランス感覚が求められると思います。