2024年04月30日掲載

人事労務に関わるコンプライアンス講座 - 第3回 ケースから考えるハラスメント有事対応~そのとき、人事としてどう動くべきか

野村 彩 のむら あや
弁護士  和田倉門法律事務所

はじめに

 ハラスメントは人事労務に関わるコンプライアンス問題の中でも、発生頻度が高く、また対応の優先順位も高い項目である。
 筆者は弁護士の業務として多くのハラスメント有事対応に関わるが、その経験上、相談を受けた際の企業の初動対応は非常に重要と考える。多くの場合、初動の巧拙によって、トラブルが沈静化するか、逆に拡大してしまうかが変わる。そこで今回は、具体的なケースを題材に、職場でパワーハラスメント(以下、パワハラ)の相談を受けたときの適切な対応について、初動のノウハウを含めて解説する。

ケース

 ある日、人事部門のAさんに、事業部のBさんから「部署で問題が生じたため、相談したい」との連絡があった。少しやりとりをしたところでは、どうもBさんは上司からパワハラを受けているらしい。さて、Aさんはどのように動くべきだろうか。

 この場合の初動対応として、まずは当事者にヒアリングを行うことが必須といえる。その際に検討すべき点として、ヒアリングを

いつ

どこで

誰が

どのように

――行うべきかが挙げられる。

前提としての法的知識の整理

 本ケースについて検討するに際し、まずは前提としてパワハラに関わる法令類の整理をしておきたい。

パワハラ防止法・指針
 2020(令和2)年6月1日に改正・施行された「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(以下、パワハラ防止法)において、職場におけるパワハラ防止対策が事業主に義務づけられている(中小事業主については2022〔令和4〕年4月1日から適用)。
 その具体的な内容は、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令 2. 1.15 厚労告5。以下、パワハラ防止指針)において詳しく述べられている。例えば、 “パワハラについての方針を明確にして周知する”  “相談窓口を設ける” などだ。
 さらに、講ずべき措置の一つとして有事対応についてもパワハラ防止指針で定められていることは、意外と知られていない。実は、平時の取り組みだけではなく、いざ事が起こった場合に「事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること」も求めているのだ。また、その具体的な対応方法についても定められており、「相談窓口の担当者、人事部門又は専門の委員会等が、相談者及び行為者の双方から事実関係を確認すること。その際、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも適切に配慮すること。また、相談者と行為者との間で事実関係に関する主張に不一致があり、事実の確認が十分にできないと認められる場合には、第三者からも事実関係を聴取する等の措置を講ずること」が必要だ。なお、セクシュアルハラスメントについても同様の対応義務が存在する。
 また、パワハラ防止指針では、プライバシーの保護や、事実関係確認後の対応についても定められている。この点については後述する。

公益通報者保護法
 公益通報者保護法とは、労働者等が、公益のために通報を行ったことを理由として解雇等の不利益な取り扱いを受けることのないよう保護するための法律である。仮にハラスメントが、刑法犯となるような、例えば暴行罪や侮辱罪に該当するようなものであって、これについて内部通報を受けたという場面であれば、同法適用の可能性がある。
 そして「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(令 3. 8.20 内閣府告118)は、「公益通報対応業務の実施に関する措置」として、有事対応について定めている。具体的には、「内部公益通報受付窓口において内部公益通報を受け付け、正当な理由がある場合を除いて、必要な調査を実施する。そして、当該調査の結果、通報対象事実に係る法令違反行為が明らかになった場合には、速やかに是正に必要な措置をとる。また、是正に必要な措置をとった後、当該措置が適切に機能しているかを確認し、適切に機能していない場合には、改めて是正に必要な措置をとる」ことを求めている。
 また、通報の受け付けや調査などを担当する従業員は、通報者が誰であるかを特定させる事項について守秘義務を負う。

ヒアリング時の留意点

 以上を前提に、冒頭のケースで人事部門のAさんが取るべき対応──当事者へのヒアリングとその後の対応──を検討する。

「いつ」「どこで」「誰が」「どのように」事情を聞くか
 まず、「いつ」ヒアリングをするべきか、という点についての答えは、「なるべく早く」である。上記のとおり、パワハラ防止指針にも「事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること」(下線は筆者による〔以下同じ〕)とあり、明確に迅速性が求められている。具体的に「何日中に」という定めはないが、筆者の個人的な感覚からは、本件のような場面では「今日明日中」程度が望ましいと考える。
 なぜなら、この場面において最も避けたいことは「ヒアリングを先延ばしにしたばかりに、ヒアリング前に次のハラスメントが行われてしまう」ことだからだ。相談者の保護のためにも、できるだけ早く事実関係を確認すべきである。

 次に「どこで」であるが、これは「クローズドな空間」ということになる。会社の会議室など、他に誰も話を聞いていない場所で行うべきだ。会社で話し込んでいてはかえって目立ってしまうという理由で、喫茶店など社外で聞くという手段もないわけではないが、「こちらが気づかなかったが、近くの席に会社の他の従業員がいた」ということもあり得るため、慎重に対応する必要がある。
 なぜここまでクローズドな空間にこだわる必要があるかというと、ひとえにプライバシー保護のためだ。ハラスメント対応においてプライバシー保護は最重要項目の一つである。ヒアリングの内容のみならず、ヒアリングを行ったこと自体についても厳に秘密を守る必要がある。もちろん、対応のために他の部署と情報共有をすべき場面もあるが、その場合も相談者の同意を得ることが基本となる。なお、パワハラ防止指針においても「職場におけるパワーハラスメントに係る相談者・行為者等の情報は当該相談者・行為者等のプライバシーに属するものであることから、相談への対応又は当該パワーハラスメントに係る事後の対応に当たっては、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずる」ものとされており、プライバシー保護の重要性が強調されている。

 「誰が」について、相談者は通常、「きちんと受け止めて対応してもらえそう」と考える相手に相談するものであり、必ずしも相談窓口を用いるとは限らない。本件のように、窓口ではなく「一人の社員」として相談を受けた場合、基本的には、当該相談を受けた人(本ケースではAさん)がファーストヒアリングをするべきである。忙しかったりヒアリングが苦手だったりする場合に「自分は忙しいから○○さんに話してくれる?」「相談窓口の担当に話したら?」などと言いたくなることもあるだろうが、筆者の経験からは、このような対応はトラブルにつながると思われ、避けるべきである。相談者に「たらい回しにされた」との印象を持たれてしまうからだ。往々にして、相談者は相談すること自体にためらいがある。悩んだ末、「この人なら信頼して話すことができる」と意を決して打ち明けるのだ。相談相手が人事担当者ならなおさら、考えをめぐらせたはずである。そのような状況で「別の人に話して」などと言って向き合うことを避けると、相談者との信頼関係が失われてしまう。

 最後の「どのように」については、「ヒアリング実施による獲得目標は何か」「具体的に何を聞けばいいのか」「言ってはいけないことは何か」が問題になる。以下、それぞれについて検討する。

獲得目標は何か
 誤解されることが多いが、ハラスメント相談におけるファーストヒアリングでの獲得目標は、「今回の件が法的にハラスメントに該当するかどうかを確認すること」ではない。ファーストヒアリングは、「評価の場」ではない。評価の場だと思って臨むと、相談者の話に対して「それはハラスメントだね」「それはハラスメントとは言えないね」と判断してしまうことになる。しかしながら、このような対応は後のトラブルを招く。なぜなら、その事案が「ハラスメントである」「ハラスメントには当たらない」と法的に判断することは、ファーストヒアリングのみではプロでも難しいためだ。例えば、相談者の話を聞いただけで「それは間違いなくハラスメントだね、その社員はクビにするべきだ!」と言ってしまったが、後に調査したところ証拠がなく、行為者はおとがめなしになった――ということはよくある。そうすると相談者としては「あのとき○○さんは絶対ハラスメントだと言ったのに……」と不満や不信感を持つことになる。したがって、ファーストヒアリングでは評価をしてはならない。
 では、何をするのか?
 ファーストヒアリング実施による獲得目標は何なのか?
 それは「淡々と事実を確認し、他の部署や専門家との橋渡しを行うこと」である。
 つまり、ヒアリングの後に調査を進めた結果、ハラスメントがあったということになれば、ハラスメント行為者の処分や相談者の支援・リカバリー策、慰謝料の支払いや、人事異動などを検討することになる。また、ハラスメントの認定が難しい場合でも、後述する再発防止策を講じる必要がある。
 いずれにおいても、他の部署や専門家との連携が求められる。その場合に備え、これらの連携先と共有すべき事実を確認するため、「相談者が言っていること」「相談者が希望すること」「事実関係」を淡々と聞くことが重要だ。

何を聞くのか
 では、相談者から何を聞くべきか? 最も重要なのは「事実関係」だ。いつ、どこで、誰が、どのように、何をしたか──要は “5W1H” の視点で何があったかを把握するということになる。その際は、(くどいようだが)評価や判断を挟まず、「うん、うん、それから?」「それでどうなりましたか?」と、淡々と聞く姿勢が大切だ。相談者に一通り話してもらったら、日時や場所などの情報も追加で確認しておく。その際のNGワードは、[図表]のとおりである。
 なお、証拠の有無を確認すべきかについては、確かに、行為者に懲戒処分などを科すためには証拠が必要となるほか、仮に訴訟となった場合を考慮すると押さえておきたいところではある。しかしながら、ファーストヒアリングで証拠の有無について深掘りし過ぎると、相談者は「やっぱり証拠がないと相談しても意味がないのか……」と気落ちしてしまうことがある。証拠の有無については、後日のヒアリングでも尋ねることができるため、初回では無理のない範囲の確認で十分である。

[図表]ヒアリングにおけるNGワード集

NGワードの例 左記発言を控えるべき理由
  • それはパワハラです/パワハラではありません
  • これくらいは普通
  • 考え過ぎでは?
ファーストヒアリングの場での評価・判断はNG
  • あなたにも問題があったのでは?
  • ミスしたのだから当然
こう言いたいときもあるかもしれないが、後日トラブルになる可能性を生むだけで無意味
  • 気にするな
  • 我慢したら
  • 無視すればいい
  • やられたらやり返せ
  • 訴えればいい
  • 2人で話し合って
  • 時間が解決する
  • また何かあったら連絡して
  • 調査をしたらあなたが居づらくなる
これらはすべて「これ以上の調査をしない」という意味となりかねず、パワハラ防止指針の「事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認する」義務に違反する可能性がある

ファーストヒアリング後の調査

 前述のとおり、ヒアリング内容のみならず、ヒアリングを行ったこと自体についても厳に秘密を守る必要がある。ファーストヒアリングの後は、相談者の同意を得てから、ハラスメント窓口があればその担当者、あるいは他部署のスタッフと情報共有を行いつつ、調査を進めていくこととなる。どこまでの調査を行うかはケース・バイ・ケースだ。必要に応じて、弁護士や法務部などが追加で相談者のヒアリングを行うことになる。また、行為者や第三者から事情を聞くこともある(行為者に懲戒処分をするときは、手続きとして、行為者に弁明の機会を与えることは必須)。
 また、客観的資料の収集も重要である。ハラスメントの場合、Eメールやチャットツールの記録、録音、相談者のメモなどが証拠になることが多い。これらの調査を前提に、相談者の述べる事実関係の有無を判断することになる。

調査後の対応

 以上の調査を経た結果として、相談者の述べる事実が「あったと認められる」場合と、「あったと認めることまではできない」場合がある。パワハラ防止指針には、それぞれの場合の対応が定められている。
 まず、パワハラの「事実が確認できた場合」には、「行為者に対する措置を適正に行うこと」としており、「就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における職場におけるパワーハラスメントに関する規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること」「被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助」「被害者と行為者を引き離すための配置転換」「行為者の謝罪」等の措置を講ずることが求められている。常にこれらのすべてを行う必要はないが、事案に応じて、どのような対応が適切かを真摯(しんし)に検討しなければならない。
 そして注意すべきは、事実が「あったと認められる」ときだけではなく、「あったと認めることまではできない」ときであっても、企業として行わなければならない対応があるということだ。事実関係確認の結果にかかわらず重要なのは、「二度とこのようなことを起こさない」ということである。そのためには、具体的な再発防止策を講じなければならない。パワハラ防止指針は、「職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できなかった場合においても」「再発防止に向けた措置」を講じる必要があると定めている。
 というのも、ハラスメントは「行われたが、証拠がない」ことが多いのが現実だからである。証拠がなければ、行為者を懲戒処分することはできない。しかしながら、相談があったこともまた、一つの事実である。したがって、企業としては、相談があったことそのものを一つの契機として、証拠がなくてもできることを行い、再発を防止すべきなのだ。例えば、パワハラ防止指針が掲げる実践の例として、「職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針及び職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者について厳正に対処する旨の方針を、社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等に改めて掲載し、配布等すること」「職場におけるパワーハラスメントに関する意識を啓発するための研修、講習等を改めて実施すること」などがある。

おわりに

 ハラスメントは人権侵害であり、あってはならないことだ。しかしながら、残念なことに、起きてしまうことがある。その場合であっても、企業として、人事労務の担当者として、適切に対応し相談者の心を回復させ、職場環境をより良いものとすべく、できる限りの対応を取ることが求められる。

※本連載は、【労務行政eラーニング】不正の防止・対応策を学ぶコンプライアンス講座(管理職・リーダー対象)ケースで基本を学ぶコンプライアンス講座(全従業員対象)と連携しています。連載でコンプライアンスの学び直しに興味を持たれた方は、ぜひeラーニングの利用もご検討ください。

労務行政eラーニング コンプライアンス対策の基本を学ぶeラーニング 全2コース

プロフィール写真 野村 彩 のむら あや
弁護士 和田倉門法律事務所
2001年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2006年立教大学大学院法務研究科卒業。2007年弁護士登録。鳥飼総合法律事務所入所。2016年、和田倉門法律事務所に参画。著書・論文に「【万一の際、適切に対処したい企業リスク】ハラスメント対応~いざ起きたとき、どう動くか~」(ウィズワークス株式会社)等。