2024年03月29日掲載

ケース/シチュエーション別 知っておきたいアンコンシャス・バイアス20選 - 第5回・完 ダイバーシティ推進/女性活躍推進の場で起こりやすいアンコンシャス・バイアスに対処する

荒金雅子 あらかね まさこ
株式会社クオリア 代表取締役
プロフェッショナルファシリテーター(CPF)

 連載最終回となる第5回は、ダイバーシティ推進や女性活躍推進の場で起こりやすいアンコンシャス・バイアスの類型と、その対処法について紹介する。

 ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)は、多様性を包摂し、組織の成長に生かす経営戦略である。日本では、女性活躍推進がD&Iの最重要課題となっている。国や経団連は2030年までに管理職や役員の女性比率を30%にすることを目標に掲げ、多くの企業がその実現に向け施策に取り組んでいる。
 しかし、現実は厳しく、なかなか進んでいない。制度や仕組みを整備し、さまざまな研修を行っても望む成果につながらないのはなぜか。それは、個人や職場にあるアンコンシャス・バイアスを理解しておらず、また、それに対処していないからである。
 ここでは、女性を中心としたマイノリティー自身が持ちやすいアンコンシャス・バイアスに加え、組織として陥りやすいアンコンシャス・バイアスについて解説する。

ダイバーシティ推進/女性活躍推進の場でありがちなアンコンシャス・バイアスとは

アンコンシャス・バイアス類型(16):ステレオタイプ脅威

あなたはどう思う?

“男性は介護や育児に向いていない”と言われると、そうかと思ってしまう

“女性は数学が苦手だから、理系の大学は難しい”と言われると、納得してしまう

自分は大学を出ていないから、この会社では頑張っても出世は難しいと思う

地方出身者は都会では肩身が狭い

ステレオタイプ脅威とは
 ステレオタイプとは、あるカテゴリーに属する多くの人が持つ共通化したイメージを、固定化して捉えたものだ。ステレオタイプは、何かを説明する際の助けになり、エネルギーを節約する道具でもある。そのため、私たちはついついステレオタイプに頼りがちになる。
 しかしその結果、自分の属性(性別、人種、年齢、障害の有無など)と結び付いたネガティブなイメージを受け続けると、無意識にそのイメージどおりの意識を持ったり行動を取るようになる。自分がそのイメージにそぐわない行動をすることに不安を持つようになったり、自分の属性を必要以上に否定的に捉えることを「ステレオタイプ脅威」という。

起こり得る問題・影響
 例えば、圧倒的に男性が多い組織では、“女性は男性以上に頑張らないと正当に評価されないのではないか”と心配したり、“出産後も働き続けるのは難しいのではないか”と恐れたりする。また、新卒採用が主流の企業では、中途入社の社員は“自分が失敗したら、同じ中途採用仲間に迷惑をかけるのでは”と考えてしまう。ステレオタイプ脅威が強いと、周囲からのネガティブなステレオタイプを内在化(ある価値観などを自分のものとして受け入れ、取り込んでしまうこと)し、不安が強くなるために十分に力を出し切れず、自分の可能性を限定してしまうようになる。

基本的な対処法

①組織の中の少数派を減らしていく
 ステレオタイプ脅威は、組織の中の少数派であることで強化される。そのため、できるだけ多様な人材を増やし、少数派を減らしていくことが重要だ。自分が少数派だと感じている社員も、同じような属性の同僚がある一定数まで増えれば、疎外感は解消され、ステレオタイプ脅威を感じるリスクは低減される。

②目的・目標を共有する仲間をつくる
 少数派・多数派の垣根を越えて、共通の目的や目標を共有する仲間ができると、自分の属性に対する劣等感やステレオタイプ脅威は軽減される。少数派の人が十分にパフォーマンスを発揮できていないと感じたら、多数派の人との共同作業などに取り組んでもらうようにする。

アンコンシャス・バイアス類型(17):インポスター症候群

あなたはどう思う?

周囲は「十分リーダーになれる資質がある」と言うが、自分には無理だと思う

自分が成功したのは、自分の努力によるものではなく、周囲の人の手助けがあったからだ

自分より優秀な人ばかりで、ここにいるのは場違いではないかと思うときがある

周囲をだましているのではないか、いつか自分の本当の能力がばれるのではと不安だ

インポスター症候群とは
 インポスター症候群とは、自分の能力や実績を信じきれず、自分自身を過小評価してしまうことを言う。「インポスター」とは、詐欺師やペテン師を意味する。
 インポスター症候群には三つの特徴がある。一つ目は、自分に自信がないため、周りから褒められたり成功を手にしても、“自分は周囲をだましているのではないか”“いつか化けの皮がはがれるのではないか”と不安を感じてしまうことだ。自分にはそれほどの力がないと思い込んでいるため、慎重になりすぎ、失敗を恐れ、挑戦を避けて消極的になる傾向がある。
 二つ目は、常に他人を意識してしまい、自分を卑下したり、過度な謙遜により自己評価を低くしてしまうことだ。
 三つ目は、心理学の用語で言うところの“成功不安”を持つことだ。自分が得てきた成功や高い評価は、自分の力ではなく、運や周囲のおかげだと思い込むため、成功すればするほど自己評価と周囲の評価のギャップに対する悩みが深くなる。
 特に女性の場合、昇進するにつれ同じような立場の女性が少なくなって、ともすれば「紅一点」となり、良くも悪くも注目されやすい。成功すれば「女性活躍推進のおかげで甘く評価された」と言われ、失敗すれば「やっぱり女性はだめだ」と言われるのではないか、といった不安が常に付きまとう。

起こり得る問題・影響
 女性の多くはインポスター症候群にとらわれており、自分を過小評価して、管理職になったり、リーダーシップを発揮する自信も能力もないと考え、挑戦することに消極的になりがちだ。また、上司や管理職が女性の持つインポスター症候群に気づかないと、その言葉を真に受け「女性は管理職になりたがらない」「どうせ言ってもムダ」と諦めたり、機会を与えて経験を積ませることを躊躇(ちゅうちょ)してしまう。お互いがネガティブな考えを持っているため、良くない状態で均衡が取れてしまい、そこから抜け出すのは難しくなる。このように、インポスター症候群は、女性のキャリア開発や昇進において大きな障害となっているのだ。

基本的な対処法

①自己肯定感を高める働きかけを強化する
 インポスター症候群は、自分に対する「呪い」にも近い強固な思い込みのため、自分自身で対処することはなかなか難しい。“自分だけでなく、誰もがインポスター症候群を感じる場合があること”を知るだけでも気が楽になるだろう。また、信頼できる人や友人などに相談し、自分の長所や優れている点についてポジティブなフィードバックをもらおう。勇気づけ、励まし、背中を押す一言が自己肯定感を高め、インポスター症候群から抜け出すきっかけとなる。

②多様な人々が活躍できる環境をつくる
 インポスター症候群は、マジョリティー(多数派というだけではなく、力を持った存在全般を言う)中心の社会や組織の中で、マイノリティー(少数派というだけでなく、力を持たない存在全般を言う)が十分に力を発揮できない構造により生み出されるものでもある。さまざまなスタイルのリーダーシップを育み、多様な属性を持つ人々がその個性や特性を十分に生かされる環境をつくることで、自信を持って一歩踏み出すことが可能となる。

アンコンシャス・バイアス類型(18):先取り不安・締め切り意識

あなたはどう思う?

もう40歳を過ぎたのに、今からキャリアを考えろと言われても困る

将来は子どもが欲しいが、今のような働き方では両立は無理

どうせうまくいかないに決まっているから、やっても意味がない

仕事に育児に毎日フル回転で、先のことを考える余裕がない

先取り不安・締め切り意識とは
 先取り不安とは、起こってもいない将来に対して漠然とした不安を持つことを言う。現在は安心・安全な状況であるにもかかわらず、先々のことについて、あたかも危機が起こったかのように不安を募らせてしまうため、ストレスを感じ、動けなくなる。
 また、締め切り意識とは、自分のキャリアを短いスパンで考え、狭い範囲で捉えてしまうことを言う。目の前のことにとらわれすぎて、そこから抜け出せず、周囲が見えなくなり、不安や焦りが増大する。

起こり得る問題・影響
 先取り不安や締め切り意識は、防衛・防御の反応であり、自分を守るための自然な感情だ。不安を持つことでリスクを考え、防衛策を講じることができるため、決して悪いものではない。だが、その不安が強すぎたり恐れにつながると、消極的になってしまい、やりたいことを諦めたり、行動を制限してしまうことがある。

基本的な対処法

①自分の考えているシナリオを書き換える
 不安が強いとき、「最悪のシナリオ」を考えがちだが、私たちの前には最悪のパターンも最高のパターンも用意されている。また、現実的にはそれほど悪くない場合もある。自分の考えをさまざまな角度から検証すると、客観的な見方ができるようになる。先行きのシナリオにはいろいろなパターンがあることを知ることで、気持ちを軽くすることができる。

②視点を変える「タイムシフト」「ズームシフト」
 視野が狭くなり、良くない考えから抜け出せないときは、視点を変える働きかけが有効だ。
 タイムシフトとは、時間軸を変える働きかけだ。将来への漠然とした不安を抱える人には、まずは目の前のことにしっかり取り組むよう伝える。また目の前のことにとらわれている人には、少し長いスパンでじっくり考えるよう伝える。短期・長期な視点で気持ちの転換を図る方法がタイムシフトである。
 ズームシフトは、空間軸を変える働きかけだ。“今の仕事”や“職場の人間関係”など狭い範囲だけで考えている場合、自分を俯瞰(ふかん)して見るよう伝えるとともに、上司や後輩など周囲の人から自分がどう見えているか考えるよう促す。視野を広げたり、視座を高める働きかけをして、気持ちの転換を図る方法がズームシフトである。

アンコンシャス・バイアス類型(19):内集団バイアス

あなたはどう思う?

自社の商品は、他社商品より値段が高くても買ってしまう

長時間労働が前提の社員が多いと、定時退社の社員には厳しい評価をつけがち

自分の出身大学よりも格下の大学出身と分かると、あからさまに区別する

長年一緒にいる人だと、ミスをしてもつい甘くなる

内集団バイアスとは
 内集団バイアスとは、自分が所属する集団やその構成員に対し、外集団に比べて肯定的な評価をしたり、好意的な態度を取ったりすることを言う。学校やコミュニティー、会社など自分の関わりが深い集団は、自分のアイデンティティーの一部のようになっているため、強い帰属意識を持ち、高い評価をするようになる。時には、必要以上に優遇し、身内びいきのようなことにもなる。
 一方で、よく知らない集団や、自分たちと異なる集団は「外集団」と位置づけ、ネガティブな評価を下したり、侮辱的な態度を取ることもある。内集団(イングループ)、外集団(アウトグループ)の代表的なものとして、学校やコミュニティー、会社、部署のほかにも、女性VS男性、高齢者VS若者、日本人VS外国人などがある。

起こり得る問題・影響
 内集団バイアスが強くなると、身内びいきがひどくなり、自分たちと異なる集団を否定し、排除することがある。内集団にしか分からない暗黙のルールを知らないからと見下したり、自分に近い(似ている)人のほうが優れていると優越感を持つこともある。
 また、同じ会社の社員であっても、相手が外集団側だと感じると、気持ちの上で壁ができて、不信感や警戒心を抱き、内集団VS外集団という対立関係に陥りやすくなる。女性活躍推進や女性の管理職登用が進まない要因には、経営層や管理職の多くが「新卒・男性・日本人」という同質性の高い内集団に属しており、「女性」という外集団に対する抵抗感があることも考えられる。

基本的な対処法

①対話を深めて共通点を探す
 内集団バイアスは、“同じ集団にいる”という帰属意識から生まれる。そのため、外集団だと感じている相手に共通要素を見いだすと、相手との距離感が縮まり、親近感や仲間意識が生まれやすくなる。趣味や好きなスポーツチーム、共同作業を通した共通体験など、身近なところから共通点を探してみよう。

②一つの集団に固まらずさまざまな集団に所属する
 人は、同じような人と固まる傾向がある。意識的に組織の中に部門横断的なチームをつくり、多様なメンバーや複数のチームでコミュニケーションを取る機会を設けるなど、普段から一つの集団で固まりすぎないような仕掛けをつくることが必要だ。

アンコンシャス・バイアス類型(20):モラルライセンシング(免罪符効果)

あなたはどう思う?

自分は営業成績を上げたから、多少はサボってもいいと思う

自社は女性活躍推進のさまざまな認証を受けているから、これ以上の施策は必要ない

ダイバーシティ研修を受けたので、自分の言動は問題ない

部下にはいつも平等に接しているので、多少厳しくても理解してもらえるはずだ

モラルライセンシング(免罪符効果)とは
 モラルライセンシング(免罪符効果)とは、「良いことをしたら悪いことをしたくなる」ことを言う。例えば“ボランティアをした後に、急いでいるからと障害者用駐車場に車を止める”などのように、好ましい行動を取った後に、あえて良くない行動を取ることがある。人は道徳的でありたいと思う一方、自由に振る舞いたいという気持ちもある。良いことをしたのだから少しぐらいいいだろうと、自分に甘くなってしまうのだ。

起こり得る問題・影響
 行動経済学者のイリス・ボネットは、その著書『WORK DESIGN-行動経済学でジェンダー格差を克服する』(NTT出版)の中で、ダイバーシティ研修がモラルライセンシングを生む可能性を指摘している。差別的なマネジャーがダイバーシティ研修を受けると、それによって自分が「免罪符」を得たと感じ、より差別的な行動を取る可能性があるというのだ。
 また、会社として、ダイバーシティや女性活躍推進に関するさまざまな表彰を受けたり、認定を受けているから、自組織は十分D&Iを実現している――と考える経営者に出会うことがある。しかし、D&Iは終わりのない旅であり、“これ以上施策は必要ない”と考えた時点で後退してしまうものだ。D&I推進に長年取り組んできた企業こそ、モラルライセンシングにとらわれていないか、立ち止まって考えてみてほしい。

基本的な対処法

①本来の目的を伝える
 ダイバーシティ研修や女性活躍推進研修を実施する際には、組織を構成する一人一人の多様性を受け入れ、生かし、組織の力に変えていくことが本来の目的であることを伝える。また、研修の際にも、免罪符効果というものがあることを示し、それに陥らないよう注意を喚起するとより効果的だ。

②D&Iに関するデータや事実を共有する
 免罪符効果は、自分は良いことをした、自社は既に十分やっている――と感覚的に捉えるところから来ている。自らの中にアンコンシャス・バイアスがあることを伝え、D&Iに関するさまざまな具体的なデータや事例を示し、まだ不十分である点を理解させることで、現実に目を向けることができるのだ。

 私たちの組織は既に多様化している。性別・年齢・国籍・障害の有無・LGBTQなどの多様性だけでなく、共働き世帯や、育児・介護・不妊治療・闘病中などの時間的制約、物理的な制約のある従業員も増えてきている。価値観やキャリア意識もさまざまだ。多様な属性を持つ人々が職場の中心的存在となりつつあるのだ。
 時代が変化する中で、職場での暗黙のルールや、慣れ親しんできたマネジメントスタイルは通用しなくなっている。多様な人を生かすためには、アンコンシャス・バイアスを理解し、対処することが不可欠だ。
 本連載が少しでも皆さんの職場のお役に立つことを期待して、筆を置く。

プロフィール写真 荒金雅子 あらかね まさこ
株式会社クオリア 代表取締役
プロフェッショナルファシリテーター(CPF)

都市計画コンサルタント会社、NPO法人理事、会社経営等を経て、株式会社クオリアを設立。女性の能力開発、キャリア開発、組織活性化などのコンサルティングを長年実践。1996年、米国訪問時にダイバーシティのコンセプトと出会い、以降、組織のダイバーシティ&インクルージョン推進を支援している。意識や行動変容を促進するプログラムには定評があり、アンコンシャス・バイアストレーニングや女性のリーダーシップ開発等において高い評価を得ている。内閣府男女共同参画局「令和3、4年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」調査検討委員会委員。