2024年03月18日掲載

人事が取り組む生成AI活用 - 第1回 生成AIの概要と人事業務への影響 ~人事が生成AIを活用する意義とは何か?

津田恵子 つだ けいこ
Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタント

【編集部より】

今月から、全5回にわたる連載「人事が取り組む生成AI活用」がスタートします。執筆いただくのは、Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタントの津田恵子氏です。
 近年、生成AIの進歩は著しく、業務で活用するケースも急激に増加しています。一方で、現時点ではどのようなリスクがあるかも十分に整理されていないことから、使用に慎重な企業も多いのではないでしょうか。そこで本連載では、人事業務における生成AIの活用方法や留意点について、専門家の観点から解説していただきます。
 第1回となる今回は、生成AI登場から現在までの流れと、人事の仕事や業務に与えるインパクトについて取り上げます。

1.人事が取り組む生成AI活用とその事例

 2022年11月、米OpenAI社のChatGPTが登場し、今もなおビジネス環境を席巻している。多くの利便性が紹介される一方で、企業で使用する際の安全性も課題になっている。エバンジェリスト※1のような職種も登場し、主にマーケティングやエンジニアリング領域で活用されている印象がある生成AIだが、人事分野でも活用できる仕事は多い。元来、人事の仕事は多くのデータが各部署に散在しており、DXの対象となるべき領域である。
 本連載では、私たちが人事の仕事において生成AIを活用するに当たり、どのようなことを考える必要があるか、また、具体的にどのような活用法があるのかをご紹介する。

※1 エバンジェリストとは、IT業界の職種で、IT技術等についてユーザーに分かりやすく説明する役割を担う。

2.生成AIの概要と人事が活用することの意義

[1]生成AIとは何か

生成AIの歴史※2
 1980年代半ば、ジェフリー・ヒントン氏とテリー・セジュノスキー氏が、「ボルツマンマシン」(生成モデル※3の一種)を提唱した。この登場により、AI学習の分野は活性化したが、学習できるデータ量が増えたことで処理に膨大な時間がかかるようになり、実用化には遠いものだった。その後、改良版として、1986年に「制約付きボルツマンマシン」が開発された。
 以降、1990年代から2000年代にかけて、時系列データの予測に効果的な「自己回帰モデル」と、人間の脳を模倣した技術である「ディープラーニング」が進展する。ディープラーニングの具体的なアーキテクチャー(構造)には、「CNN(Convolutional Neural Networks)」や「VAE(Variational Autoencoder)」といったものがある(本稿では詳細は割愛)。それらに続いてさらに技術は進展し、2014年、イアン・グッドフェロー氏によって提唱された「GAN(Generative Adversarial Networks)」が生成モデルの先駆けとして、今現在も生成AIの領域において大きな影響を与えている。
 その後、時系列データの処理に適した「RNN」、これを改良した「LSTM」を経て、2017年以降、大規模言語モデルが発展していくきっかけとなった「Transformerモデル」が登場する。これが、“ChatGPTの源流”ともいわれる技術である。

※2 一般社団法人生成AI活用普及協会『生成AIパスポート試験公式テキスト』35~44ページより、筆者要約。

※3 生成モデルとは、AIが学習したデータを基に新たなデータを生成するモデルのこと。

ChatGPTとは※4
 ChatGPTとは、OpenAI社が開発した自然言語モデルのことを指す。Chatは「対話型」を意味し、GPTとはGenerative「生成」、Pre-trained「事前学習された」、Transformer「Transformerモデル」の頭文字から来ている。いきなり民主化した(誰もが使えるようになった)と思われているChatGPTだが、Transformerモデルから派生した「GPTモデル」をベースにした技術を用いており、GPT-1、GPT-2、GPT-3、GPT-3.5、GPT-4と呼ばれる一連のバージョンがある[図表1]
 世界中から大きな注目を浴びることとなったのは、GPT-3.5が実装された後のことだ。このGPT-3.5は、人間のフィードバックによって出力を矯正するようにトレーニングされており、より人間にとって適切な回答や文章を生成する能力を身に付けているのが特徴である。そして、2022年11月、GPT-3.5を対話向けにファインチューニングしたWEBアプリケーションサービス「ChatGPT」が登場する。リリースされてから数カ月でユーザー数は1億人以上に達し、世界中で大きな話題となった。ただし、リリース直後のChatGPTは、2021年9月までの情報しか提供できないという制約があった(その後、アップデートにより2022年1月までの情報が追加されている)。

※4 本項は、『生成AIパスポート試験公式テキスト』45~51ページより、筆者要約・一部加筆。

[図表1]ChatGPT登場までの流れ

図表1

資料出所:『生成AIパスポート試験公式テキスト』42ページを参考に筆者作成。

[2]直近の動向と今後の見通し

 世界中の話題をさらったOpenAI社であるが、2023年11月17日、突如としてCEOサム・アルトマン氏が退任すると発表した。同時に、共同創業者で会長兼社長であるグレッグ・ブロックマン氏も退任する。その後、米マイクロソフト社は、アルトマン氏とブロックマン氏をジョインさせると発表。しかしOpenAI社は同月21日、アルトマン氏をCEOに復帰させた。こうした動きの背景には、急速に広まったChatGPTのビジネス利用について、OpenAI社の中でも判断が分かれている事情があるようだ。
 また、技術面においては、「ディープフェイク」という問題が露呈している。これは本来、ディープラーニングモデルを用いて、人間の顔や動作を合成していく技術だが、最近では高い品質のフェイク(偽)映像を作り出すことで悪用するケースが増加している。2023年には、生成AIを使って、岸田総理大臣が実際には発言していないことを発言したように見せている偽動画も出ており、SNSで拡散された。政治という影響力の大きな分野での出来事だったことから、社会的な問題にもなっており、今後、個々人の“生成AIリテラシー”を高めていくことが求められている。

[3]生成AIができること

①テキスト生成AI
 読者の方も一番想像しやすい業務だと思うが、文章やテキストデータを生成する機能である。例えば、「記事の執筆」「文章の校正」「チャットボットへの実装」「文章の要約」「翻訳」といったことが可能だ。「プログラミングコードの作成や修正」もこの領域に含まれる。作業効率の向上、アイデアの創出といったメリットがある一方で、間違った情報を生成してしまうことや、学習データに偏りがあると偏見に基づく情報や差別表現が生成されるというデメリットもある。また、データプライバシーの観点から、入力情報に個人情報を含まないといった対策を講じる必要もある。

②画像生成AI
 生成AIが作ったイラストを目にしたことがある方も多いだろう。まさに画像を生成するための技術として、先述したVAEやGANという手法がある。新たなデザインを生み出せることから、創造性と多様性の促進、プロトタイプの作成といった活用方法が考えられる。一方で、生成された画像が、他の作品等の著作物を模倣している可能性があり、特に商用使用をする際には、著作権に触れていないことを厳密に確認することが求められる。

③動画生成AIほか
 画像生成の技術を応用して、動画を生成することもできる。既存の映像や動画を元に新しい映像を生成したり、特定のエフェクトを挿入したりすることも可能で、特殊効果をつけることにも使われている。この他にも、音楽や音声を生成することもできる。

[4]人事の仕事や業務に与える影響

人事部門の仕事
 人事の仕事を大きく分けると、①戦略、②企画、③運用の三つに分類できる。昨今は人的資本経営の流れで、人事戦略と経営戦略の連動が重視されているため、①戦略に関する議論を重ねている企業も多いだろう。この人事戦略、組織戦略、採用戦略を基に、採用、育成、労働環境、人事管理の企画があり、それらの運用(=実行)が行われる。人事担当者のローテーションとしては、若手のうちは③運用から入り、②企画→①戦略と経験させることが多い。この流れは生成AI活用についても同様で、活用しやすさの順番を示唆している[図表2]

[図表2]人事業務と生成AIの活用

図表2

生成AIで期待できる活用効果
 前述のとおり、生成AIはさまざまなことを実現できる。ベーシックなテキスト生成AIを活用するだけでも、人事の運用業務改善を期待できる。特に、自分が未経験の領域についても業務のヒントやアイデアをくれる点は、とても心強い。
 人事担当者として、他の担当者から引き継ぎを受ける時のことを考えてほしい。引き継ぎマニュアルの中にあるのは、全体スケジュール、業務フロー、参照する資料、関係連絡先、Q&Aといった内容ではないだろうか。最初は資料を読み込むところから始まり、一つ一つの場面を想定して、引き継ぎ相手と一緒に仕事を進めていくことになる。
 生成AIは、業務情報を学習させると、元の情報を参照したり、それらの情報に基づいて資料を作成したりすることが可能となる。例えば、社内規定等を学習データとすることで、従業員から問い合わせが来れば、チャットを通して正確に返答することもできる。これは、まさに人事担当者が仕事を教わり、実務として取り組む際の、運用場面に他ならない。

[5]人事が生成AIを活用する意義

業務効率の向上
 人事部門は、間接部門であり、常に業務効率化やスリム化が求められる部署である。そのため、生成AIを活用する上では、まずは人事業務の中の「運用」領域において、積極的に活用をすることが近道だと考える。その際には、費用対効果(ROI)を求められることになるため、業務ごとにかかっている労働時間、部下から上司への確認、その差し戻しなどに費やしている時間などを算出しておくことが必要だ。

散在している人事データの正しい解釈と統合
 人事部門において生成AIを活用する際の“ネクストステップ”として挙げられるのがこの用途である。人事業務の中の「企画」領域に該当する。
 近年、「データドリブン経営」が注目される中、人事部門においてもデータドリブンな業務遂行が重要であるとされてきた。現在、各種SaaS※5サービスの活用によるデータも蓄積されているなど、人事データは会社のさまざまな場所に散在している状況である。本来の人事データが持つ意味やその正しい解釈、またデータガバナンスといった一定のルールの下で種々のデータを統合していくプロセスに、生成AIを活用することができると考える。

※5 SaaS(Software as a Service)とは、提供者(サーバー)側で稼働しているソフトウェアを、利用者がインターネット経由で利用できるもの。

戦略立案・アイデア出しのサポート
 経営戦略の理解・現状把握には、社内の多くの資料を読み解いていく必要があるため、通常かなりの時間を要する。このプロセスも、生成AIのサポートを受けることで、時間の短縮が可能だ。また、求める人材像の策定や研修プログラムの設計など、アイデアを要する場面もあるだろう。今までであれば、採用サービス会社や研修会社から情報収集していたプロセスを省略し、デスクトップリサーチ※6やアイデア発想ができるようになる。
 このように、生成AI活用リテラシーを向上し、「戦略」の場面で使いこなすことを目指したい。

※6 デスクトップリサーチとは、情報やデータを収集する際に、インターネット等を用いてデスクトップ上でリサーチする手法。

 次回は、人事部門で生成AIを活用するための準備、ルール作りについて考えたい。

プロフィール写真 津田恵子 つだ けいこ
Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタント
岐阜県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2002年より株式会社リクルートスタッフィングにて人事採用業務に従事。2004年より伊藤忠人事総務サービス株式会社にて、グループ会社向け採用アウトソーシングや伊藤忠商事向け研修企画・運営に従事。
2019年9月に独立し、「一人ひとりの能力が活きる社会を実現する」をビジョンにHappiness insightを創業。企業における採用活動支援では、2022年の面接実績は350名、ダイレクトリクルーティングに関しては、複業クラウド、LinkedIn(リンクトイン)、LabBase、Wantedly、アサインナビ、キミスカなど対象別にプラットフォームを使い分けて実績を出す。その他リカレント教育普及やRPO(採用代行)を通して、働き方に悩んだ自身の経験を活かし、人々の幸せな働き方を支援している。
2023年3月、早稲田大学大学院経営管理研究科修了・MBA取得。ベンチャー稲門会会員。プライベートは三児(中2・小5・5歳)の母。生成AIプロダクト「Crew」を提供する株式会社クラフターでは、2023年3月より人事を担当している。生成AIに関する資格「生成AIパスポート」取得。