2023年12月08日掲載

Point of view - 第242回 金井恭太郎―日本企業の課題解決に有効なスキル定義とは

金井恭太郎 かない きょうたろう
マーサージャパン株式会社
組織・人事変革コンサルティング部門 プリンシパル

東京大学文学部歴史文化学科卒業。人事領域を中心に、事業戦略、マーケティング領域などの幅広いコンサルティング経験を有する。マーサー参画前は大手電機メーカー(人事部)、ベンチャー企業(新規事業開発)を経て、会計系総合コンサルティングファーム、日系総合シンクタンクを経験。

競争優位構築における人材の重要性が高まる

 技術革新をはじめ、急速な環境変化に直面する中、企業が競争優位を構築する上で重要となる技術やプロセス等に加え、その源泉である人材の確保、活用に注目が高まっている。それに伴い、事業や戦略に応じた人材確保がより強く意識されるようになった。採用では中途採用の拡大、育成ではゼネラリスト育成からプロフェッショナル育成への転換、そして処遇の基盤としてはジョブ型雇用の導入が進んできた。こうした流れを受け、ジョブを担う最適な人材を採用・育成する基準として、“スキル”が新たに注目されている。

近年注目が高まる“スキル”とは

 ジョブとは、全社のミッションを、ラインマネジャーを通じて個人にブレークダウンした上で、個人のミッション達成に対してやるべきこと(以下、タスク)をまとめたものである。一方で、近年注目が高まる“スキル”は、ジョブを能力基軸で分解したものであり、タスクと近い概念である。タスクとの違いは、能力(できる/できない)を基軸とする点にある。仮に、「英語でネゴシエーションを行う」というタスクと、「英語でプレゼンテーションを行う」というタスクがあったとする。これを“スキル”という観点で見ると、「英語」という点では求められる能力が共通だが、「ネゴシエーション」と「プレゼンテーション」は求められる能力が異なるため、英語スキル、ネゴシエーションスキル、プレゼンテーションスキルに再構築できる。

日本企業の課題解決におけるスキル定義の有用性

 “スキル”を定義することは、日本企業が直面する課題である事業や戦略に応じた人材確保に向けて、大きく三つの観点で有用である。

 一つ目は、ジョブに対する最適な人材を採用・任用し、中期視点で育成する観点である。特に、ゼネラリスト人材の育成に重点を置いてきた企業において、必要なプロフェッショナルが社内で十分に確保できず、中途採用やリスキルによる充足が必要となっている場面をしばしば目にする。充足に向けては、ジョブごとに必要なスキルを整理・提示し、社内の人材の自律的な能力開発を促すと同時に、採用や任用において適切な判断を行うことが効果的だ。

 二つ目は、一つ目の観点と逆に、“人材ありき”でジョブを再構築する観点だ。事業戦略に基づき必要なジョブを定義したところ、要件に合致する人材が社内で不足しており、市場にもほとんどいない――となるケースがある。例えば、技術面での品質管理スキルとピープルマネジメントスキルを保有するプロジェクトマネジャーが必要だが、特に技術面での品質管理スキルについて、自社固有の経験を通じた習熟が求められ、事業の成長に人材の供給が追い付かない状況だったとする。その際に、品質管理スキルにひも付くタスクをプロジェクトマネジャーのジョブから分離し、品質管理に特化したジョブを設計した上で、プロジェクトマネジャーは残ったピープルマネジメントスキルにひも付いたタスクを中心に担う形で設計する。そうすることで、希少な品質管理スキルを持った人材を品質管理ジョブに充て、ハードルが下がったプロジェクトマネジャーのジョブは中途採用も含めて充足する――といった検討ができる。

 三つ目は、報酬の説明性を高める観点である。中途採用市場が拡大する中で、ジョブをベースに報酬水準をベンチマークする、または決定する方法は日本においても根付きつつある。同時に、前職給与で採用するための柔軟性を重視し、報酬レンジの幅を広めた結果、同じジョブ・グレード内での報酬差が広がっているケースが増えている印象である。一方で、ペイ・エクイティ(同一価値労働同一賃金の原則)の要請は強まっており、同じジョブ・グレード内での報酬差に関する説明性(説明責任)は、今後さらに求められることが予測される。この要請に応えるため、海外では、スキルと報酬をひも付けるベンチマークが登場している。そのベンチマークでは、例えば、同じHRビジネスパートナーでも、組織開発やチェンジマネジメントスキルを保有している場合は、年収がxx万円高い――といった情報が提供される。

 三つ目の観点については、筆者の現場感覚だと、日本で活用されるにはもう少し時間がかかると予想されるが、一つ目に関する取り組みは確実に増えており、二つ目についても先進的な企業の取り組みが始まっている。

スキル体系構築のポイント

 三つの観点で有用性を考察してきた“スキル”だが、最後に体系構築のポイントについて言及したい。
 まず、本コラムで言及してきた“スキル”を定義する上では、日常的な業務指導目的のスキルとは切り分けることが重要だ。数週間から数カ月くらいのサイクルで行う業務指導に対して、採用・任用、中期的な育成は2~3年程度の視点で実施する。ベースとなる知見にかかわらず数カ月程度で取得可能なスキルは、定義する必要性が低い。これに替えて、ジョブのミッション遂行において重要度が高く、取得に年単位の時間がかかるものに絞り込むことで足りる。また、採用・任用面接や育成コミュニケーションの場面において時間は有限であり、絞り込むことは費用対効果の向上につながる。

 次に、“スキル”を定義する際は、レベルの定義が論点になるが、ジョブ共通の基準でレベルを細かくしすぎるのは、投入する時間やコストに対して、効果が得られないことが多い。例えば、技術職に求められるプログラミングスキルと、営業職に求められるコミュニケーションスキルについて、同じ尺度で評価したとしても、採用・任用においてはあまり意味がない。当該ジョブに必要なレベルを「満たしている」「一部満たしている」くらいで割り切って2~3段階程度で定義するのでも、ほとんどの場面で十分目的を果たせる。

 最後に、“スキル”を定義する際の粒度や内容を考える上では、市場との連動を担保することが望ましい。中途採用において活用する上ではもちろん、社内人材のリスキル等で活用する場合も、市場価値を意識した育成は対象者の動機づけの観点でも有効である。過度に自社内への適合に時間を使うことなく、市場接続が担保された汎用(はんよう)的なライブラリ等を活用するのが効果的かつ効率的だ。

 “スキル”はジョブごとに定義するため、数が膨大になり、また変化のスピードも速い。過度に自社への適合や体系化にこだわり時間とコストをかけるよりは、一定の割り切りをもってスピーディーに体系を構築して、活用する中でブラッシュアップしていく、アジャイルなアプローチが適している。