2023年10月13日掲載

Point of view - 第238回 納富信留―「生きること」と「働くこと」—哲学から考える人間性の回復

納富信留 のうとみ のぶる
東京大学大学院人文社会系研究科教授、
研究科長・文学部長

東京大学文学部、大学院人文科学研究科で修士号、ケンブリッジ大学古典学部でPh.D(哲学博士号)を取得。九州大学、慶應義塾大学を経て現職。古代ギリシア哲学を研究し、その現代的意義を論じている。日本哲学会会長、国際プラトン学会元会長、FISP(哲学系諸学会国際連合)運営委員。著書に『ギリシア哲学史』(筑摩書房)、『ソフィストとは誰か?』(ちくま学芸文庫、筑摩書房)等。

働くとは何か?

 私たちは生きている。そして、私たちは働いている。それらはどう関係するのか。
 「生きるために働く」と言う人は多い。だが、「働くために生きる」と言う人は見たことがない。「働かなくても生きていける」と言って、実際に職に就かない人もいる。しかし、家事や地域活動や、社会において何もしていない人はいない。「職業」に就くという狭い意味でなければ、人はみな働いている。
 ところが、私たちは「働く」ことを「生きる」ことから切り離して、時には対立するものとして見る。「生きるために、やむなく嫌な仕事をする」という具合である。しかし、働くことを差し引いた「生きる」とは一体何なのだろう。余暇、趣味、余生と、そこに生きる意義を求めることもあるようだが、そのためにだけ生きるのだろうか。働くのはお金を稼ぐため、それを使うのが生きがいというのでは、人生は(さび)しい。
 現代社会において、「働く」ことの意味は等閑視(放っておくこと、なおざりにすること)されている。価値観の多様化どころか、経済的価値へと一元化され、私たち人間の生き方はそれだけ空疎に、貧相になっている。そこから人間性を回復することが、哲学が考察すべき課題である。

「エネルゲイア」という見方

 古代ギリシア哲学に「エネルゲイア」という言葉がある(現代の「エネルギー」の元となった単語だが、意味は変化した)。前4世紀のアリストテレスが「エン(内に)」と「エルゴン(働き、成果)」から作った合成語で、「働きの内にあること」を意味する。「デュナミス(可能態)」との対で、この世界の生成変化の在り方、とりわけ動物や植物や人間の生の説明に用いられた。
 一つの生物、例えば「カエルが生きる」とはどういうことか。カエルが産卵した卵はカエルになる可能性(デュナミス)を持っていて、適正な条件がそろえばそのまま成長する。捕食されたり病気や事故に遭ったりしない限り、卵はオタマジャクシになり、手足が生えてカエルになる。そうして卵を産んで、やがて死ぬ。カエルは何のために、何を目的として生きているのか。アリストテレスは、それはカエルの生を実現すること、その現実活動(エネルゲイア)のためだ、と考えた。
 人間を含む生物は、そのように種の本質を実現するエネルゲイアを目的として、生命を営んでいる。このような自然・生命中心の世界観は、人間だけを特別扱いしてきた近現代の科学技術に対して、素朴だが根本的な反省を強いる。私たちの目的は、まさに人間として与えられた生命を充実して生きることである。問題は、人間としての生き方とは何か、である。

目的の外在と内在

 「エネルゲイア(現実活動)」はまた、「キーネーシス(運動変化)」と対比される。
 私が通勤のため家から駅まで歩くことは、駅に到着したら目的を遂げて終結する。逆に、道草をして駅まで辿(たど)り着かなかったり、気が変わって家に帰ったりしたらその行為は未完となる。「駅に行く」というキーネーシスは、ゴールに達して成果を得たかどうかで成否が判定される。
 だが、それとは異なるタイプの行為がある。健康を考えて身体を動かすために歩く場合は、たとえ駅に着かなくても十分に意味がある。歩くという行為自体が目指されていて、その目的を実現しているからであり、駅は目印にすぎない。
 大学に入るために勉強して試験に合格しなかった場合、せっかく注ぎ込んだ時間と努力は結果が出なかったからすべて無駄であり、そもそも何もしないほうがよかったことになるのか。そう考える人もいるだろう。だが、合格不合格という結果は別にして、一生懸命勉強したこと、自分の力で人生を切り開こうとしたこと自体は貴重な経験であり、十分に意味のあることだとも考えられる。それが、エネルゲイアの見方である。
 目標値を達成できなかったから、あるいは高い報酬や地位が得られなかったからその行為は意味がなかったと考えるのは、目的外在型のキーネーシスの見方である。だが、エネルゲイアとして見ると、目標に向かって努力するその活動自体が尊く、意義あるものだ。人生のどの段階でも、どんな状況でも、現実活動をすることで人生の目的をその都度実現していると見なされるのである。

働くことの実現を目指して

 私たちは仕事を選び、あるいは仕事を変えながら、一生働いている。自分が持つ可能性を最大限発揮しながら、人間として、生き物として現実活動している。それが働くことである。アリストテレスは「エネルゲイア」について、もう一つ興味深い洞察を加えている。
 「時間」という直線上のどこか先に目的を置く「キーネーシス」とは異なり、「エネルゲイア」はその都度の「今」を活動しつつ、かつ目的を遂げている。つまり、エネルゲイアは時間の外、それを超えた地平で成立する。これは、生命と自然と宇宙が、時間の中で存在しつつもそれを超越する存在であることを示している。そうして、私たちは働き、日々人間として生きることを通じて、宇宙の在り方の一部として自己を実現しているのである。
 こんな哲学的な知恵に思いを巡らしながら、日々の現状に向き合って生きてみたらいかがだろうか。