2023年03月02日掲載

キャリアコンサルティング―押さえておきたい関連情報 - 第9回 「グッドキャリア企業」はどんなことをしているのか

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授

1.はじめに

 厚生労働省「グッドキャリア企業アワード2022」の受賞企業が公表された。
 「グッドキャリア企業アワード」は、従業員の自律的なキャリア形成支援について、他の模範となる取り組みを行っている企業を表彰するもので、今回の受賞企業は、大賞(厚生労働大臣表彰)5社、イノベーション賞(厚生労働省人材開発統括官表彰)11社の計16社である[図表1]
 2012年に、前身となる「キャリア支援企業表彰」が創設され、2016年度から、今の呼称となった(なお、筆者は、同表彰の創設に担当室長として携わった経緯がある)。2021年度は行われなかったので、今回は2年ぶりの表彰で、前身時代から数えると10回目となる。この機会に、今回の受賞企業の一部を紹介するとともに、この10年間を振り返ってみたい。

[図表1]グッドキャリア企業アワード2022受賞企業

資料出所:厚生労働省「グッドキャリア企業アワード2022」の受賞企業を決定しました

2.「グッドキャリア企業」とは何なのか

 「グッドキャリア企業アワード」の好事例集によると、「グッドキャリア」とは、

①各企業における経営上の課題等に対応し、また、変化する経済社会の方向性を踏まえて、

②従業員が自らのキャリアビジョンを明らかにし、その実現を図るため、

③自律的・継続的に自らのキャリア形成に取り組んでいる状態

である。
 経営理念などに応じて、企業ごとに設定され得るものであるため、企業が自社におけるグッドキャリアとは何か、を明らかにすることが必要である。さらに、従業員がこれを理解した上で自律的にキャリア形成の取り組みを行い、その取り組みを企業が支援するということが重要だという。
 「グッドキャリア企業アワード」では、[図表2]のように評価の視点が示されている。これを見ると、キャリア支援の取り組みをしているだけでは十分でなく、自社の状況を踏まえたものであるか、実際に定着し、活用されているか、効果が上がっていて、課題解決につながっているか、などといったことが問われることが分かる。

[図表2]「グッドキャリア企業アワード」評価の視点

(1)キャリア支援の特徴、理念

  • 自社におけるキャリア形成支援の特徴、強みや良さを理解しているか
  • 人事管理(人材マネジメント)上の課題や人材育成ビジョン、経営における目指す姿と有機的な関連があるか

(2)キャリア支援の取り組み
 ①キャリア形成について考える機会
 ②職業能力開発・自己啓発(学び・学び直しの観点を含む)の機会
 ③職業能力評価の仕組み
 ④上記以外の観点も含めた取り組み全般

  • 他の企業のモデルとなる優れた取り組みを行っているか
  • 職場に効果的に定着しているか、積極的に活用されているか

(3)キャリア支援による効果等

  • 具体的な効果がみられているか
  • 経営上または人事管理(人材マネジメント)上の課題の解決につながっているか
  • 従業員からの評価を聞く機会があり、その結果を受けて修正する仕組みがあるか
  • 離職率や残業時間の数値が著しく高くないか

(4)総括

  • 総合的にみて、当該企業の理念や取り組み内容を広く周知することにより企業等の取り組みが促進されると考えられるか

資料出所:厚生労働省「グッドキャリア企業アワード2022」パンフレット

3.今回の受賞企業の見どころ

 審査を経ているだけに、受賞企業は、いずれも「見どころ」満載だが、過去にイノベーション賞を受賞し、今回、大賞を受賞したトラスコ中山、ナンゴ―から取り組みを紹介したい。
 トラスコ中山は、「がんばれ!!日本のモノづくり」をコーポレートメッセージとするプロが使う工具などの卸売業で、従業員数は2996人である。2017年度に、従業員が働き方を選べる職掌選択制度やジョブローテーションによって自律型人材を育成していることを評価され、イノベーション賞を受賞した。その後、さらに、HRサポート課の新設、タレントマネジメントシステムの運用により、社員一人ひとりの声を聴く環境を整え、キャリア形成をフォローしていることなどが評価され、今回、大賞を受賞した。HRサポート課は、主体的なキャリア支援を行うことを目的に新設された課で、希望する社員とのキャリア面談や各事業所責任者との定期的な面談を行っている。
 ナンゴーは、「ナンゴー彫り」など精密機械加工の特許技術を持つ機械器具製造業で、従業員数は15人である。2018年度に、各自のスキルマップを作成し、自律的な研修を支援していることなどが評価され、イノベーション賞を受賞した。その後、さらに、世代交代や自律的に向上する組織を目指すためにプロジェクトグループ室を設けたことや、コロナ禍で仕事が減少する中で、その期間を学び・蓄積期間と捉え、ISO14001、ISO9001を取得したこと、自己啓発のための書籍を会社が買い取る「本の買取制度」を設けたことなどが評価され、今回は、大賞を受賞している。
 続いて、同じく大賞を受賞した3社について、ポイントを紹介したい。
 イデックスビジネスサービスは、2018年4月に4社が合併し、新たなスタートを切った企業で、新たなオフィスサービスの提供を事業ミッションとする。従業員数は249人で、女性、高齢者を含む多様な社員を対象にキャリア支援を展開している。多くの社内ワークショップ活動に力を入れているほか、若手社員を対象に外部メンター制度を導入している。また、部署ごと、等級ごとに必要な知識・スキル・能力・資格などをまとめた「キャリアラダー」を用いて、上司との不足点の共有やキャリアアップの指針として役立てている。
 えびの電子工業は、電子部品・デバイス・電子回路製造業を営む従業員数690人の企業で、うち女性が465人、非正規社員が139人である。2019年に、人事考課制度を改革し、採点重視の減点方式から育成重視の加点方式にするとともに、結果を本人にフィードバックする育成面談を導入し、名称も「人事考課」から「成長チェック」とした。また、2021年度には管理職を対象に「コーチング研修」を導入し、部下の自己実現や目標達成を効果的にサポートできるようにした。多様性のあるキャリアサポートにも力を入れており、2021年度に42人が非正規社員から正社員になった。
 雪印メグミルクは、「未来は、ミルクの中にある。」をコーポレートスローガンとする企業で、従業員数は4221人、うち非正規社員が1087人を占める。全世代、非正規社員を含む全社員を対象とした取り組みが評価された。30歳、38歳に加え、2021年度から45歳と50歳を対象にキャリアについて考えるワークショップを導入し、さらに、57歳向けのワークショップを企画中だという。上司による部下とのキャリア面談のほか、社内キャリアコンサルタントによる相談・カウンセリングの機会なども設けている。非正規社員に対しても能力評価を行っており、正社員と同様に通信教育修了時の費用の半額助成を行っていることなども注目される。

4.10年間で何が変わってきたか

 従業員のキャリア支援に熱心に取り組む企業の中には、早くから、キャリアについて考える機会の提供、学び直し、などに取り組んできた企業も多い。企業ごとに「グッドキャリア」は異なるし、表彰企業数は限られているため、一概には言いにくいが、この間の変化について、気づいたことを3点ほど挙げたい。
 第1に「多様性」である。今回の大賞企業では、多様な人材、多様な働き方を対象にキャリア支援を行っている企業が目立った。10年前の表彰企業の中にも、女性のキャリア支援や、在宅勤務制度など多様な働き方支援を行う企業はあったが、多様性について考えることは当たり前のことになってきた。
 第2に「評価」である。キャリア支援をするだけでなく、併せて、人事考課、能力評価の在り方についても見直す企業が増えた印象がある。
 第3に「仕組みづくり」である。取り組みを始めるだけでなく、それが継続的・効果的に行われるよう、仕組みや組織をつくる企業も目に付くようになった。

 「グッドキャリア企業アワード」では、毎年、表彰企業の取り組みをまとめた好事例集を作成している。好事例集には、キャリア支援の取り組みが具体的に記載されているほか、各企業のプロフィールや、経営者、キャリア形成支援担当者、社員の声なども掲載されている。各企業が有する課題や、キャリア形成支援に当たっての苦労などもうかがえる。WEBでもアクセスできるので、一度ご覧いただきたい。

《厚生労働省サイト》
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/c_award_jirei.html

参考・引用文献

・厚生労働省「『グッドキャリア企業アワード2022』の受賞企業を決定しました」

・厚生労働省「キャリア支援企業表彰 好事例集」

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学 事業創造研究科教授
厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。
社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会理事、人材育成学会理事、経営情報学会理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学キャリアデザイン学研究科非常勤講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。
専門は、人的資源管理論、キャリア論

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