朝日新聞社で『AERA』の編集長を務め、今は報道番組のコメンテーターとしても活躍する著者が、自身が長年にわたり取り組んできたジェンダーギャップの問題について、現状とその解消策を論じた本です。
第1章では、男子的なテクノロジー業界でD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)企業に舵を切ったメルカリの事例が紹介されています。経営者が私財30億円を投じて理科系女子向け奨学金制度をつくるなど、むしろIT企業ならではとも思われましたが、実は2021年の「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」と言った森喜朗東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の発言問題が、逆に制度新設の追い風になったというのはナルホドと思いました。
第2章では、均等法施行以降の30年を振り返りながら、依然ジェンダーギャップ指数が先進国で万年最下位にある日本の現況を掘り下げています。興味深かったのは、資生堂やベネッセコーポレーションといった両立支援の先進企業が企業内保育や育休期間の延長を実施し、また多くの企業が短時間勤務制度などを導入したものの、こうした施策が逆に女性にマミートラックと呼ばれる道を歩ませ、性別役割分業を固定化させることにもつながったとしている点です。"資生堂ショック"と呼ばれた2014年の同社の働き方改革なども、その延長線上にあることになります。
第3章では、新型コロナによるリモートワークの普及により、女性たちの発言は活発化し、働き方への満足度も上がったものの、企業によって取り組みに差があるため、企業間の「オンライン格差」は拡大しており、また一方で企業内でも、ハイブリッド型の職場で出社している人とリモートを続ける人との間で格差が生じてきているとしています。
第4章では、政府が2003年から、政治家や企業の経営層・管理職など指導的立場における女性の比率を30%にする「202030」という目標を掲げていたものの、2020年になってもその目標は一向に達成されず、あっさりと達成時期は「2020年代のできるだけ早い時期に」と延期されたことを取り上げ、なぜうまくいかなかったのか、こうした数値目標は逆差別なのか、「女性優遇」という反発にどう挑戦していくべきかを論じています。
第5章では、経営戦略としてダイバーシティを進める経営者たちを紹介し、第6章では、女性たちの間の世代間ギャップから生じている「ロールモデル不在」問題にどう向き合うべきかを提言しています。第7章では、最後の壁は家庭にあり、コロナによって家庭での男性と女性の家事育児時間の格差はむしろ拡大しており、今後は、男性育休の段階的な義務化が、この問題を解くカギになるとしています。
第7章の最後に、ジェンダーギャップが解消しない背景として、先進的な取り組みをする企業がある一方で、「変わることを拒んでいる企業」があるためだとします。改革を進める企業は「変わらない」企業にフリーライドされていて、「変わらない」企業はいずれ若い世代から見放されていくにしても、フリーライドが続いている期間、タダ乗りされている職場は楽ではないとしている点は、個人的には新たな視点でした。
取材で得た証言や事例などだけでなく、著者自身の経験も(ずっと正社員として好きな仕事をやってこられたことを恵まれていたと自覚しながらも)盛り込まれていて、読みやすいです。個人的には、分析に啓発的な視点が見られ、やや漠たる面はあるものの、解決策も提言されていてよかったと思います。
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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』(有料版)で2022年12月にご紹介したものです
和田泰明 わだ やすあき
和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士
1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格
1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー
