2022年11月11日掲載

Point of view - 第216回 鈴木智之 ―今、求められる「就職選抜論」

鈴木智之 すずき ともゆき
名古屋大学大学院経済学研究科産業経営システム専攻准教授、
同大学経済学部経営学科准教授

慶應義塾大学総合政策学部卒業。東京工業大学大学院社会理工学研究科修了。博士(工学)・人間行動システム。アクセンチュア株式会社マネジャー、wealth share株式会社代表取締役社長などを経て現職。主な著書・論文に『就職選抜論-人材を選ぶ・採る科学の最前線』(中央経済社、2022年。日本の人事部「HRアワード2022」書籍部門入賞)、「新卒採用選抜基準への認識の不一致を生む構造と解消策-パーソナリティ、知的能力、評価者間信頼性を理論的枠組みとして」(日本労働研究雑誌、2022年5月号)。
岐阜大学社会システム経営学環准教授、東京大学大学院情報学環客員准教授も兼務。

実務家を惑わせる「採用」と「選抜」

 人事・採用の実務において「採用」と呼ばれる活動は、学術研究においては実は二つに分かれている。このように、採用が二つの領域に分離している構造は、学術研究界においては世界的な認識になっている。
 元々、実務家出身の私が学術研究に取り組み始めた当初、この用語の定義に関する実務と学術研究の差にはいささか混乱したものだった。この混乱は、今も実務家の多くが感じるところであり、企業実践と学術研究の架橋における大きな障害になっている。それが、わが国の「採用」活動に関する学術研究の遅れにもつながっているように思える。
 学術研究における「採用」を指す二つの分野とは、「採用研究(Recruitment Research)」と「選抜研究(Screening Research)」である。
 「採用研究」は、人材の"誘引"を対象にする。いかに多くの人を集められるかが主眼になる。採用広報の在り方、メディアの活用方法、リクルーターの有効性、母集団形成の方法などが具体的な検討テーマになり、海外を中心に多くの研究が蓄積されている。こうした採用研究は、わが国でも近年、研究例が見られるようになってきた。
 実務家が注意しなければならないのは、採用研究に関する学術研究文献では、面接などの志願者(新卒採用における大学生など)の合格・不合格を判断する「選抜」の場面を取り扱わないことである。

わが国で大きく遅れる「選抜研究」

 一方の「選抜研究」は、面接などによる人材の"選抜"、すなわち合否判断を対象にする。ここでは、いかに良い人物を選抜するかが主眼になる。面接、適性検査、エントリーシートなどの有効性が具体的な検討テーマになり、採用研究と同様に、海外を中心に多くの研究が蓄積されている。
 しかし、わが国では、選抜研究の分野では科学的に貢献し得る論考が非常に少なく、特に、実在する企業についてのリアリティーのある研究は極めて少ない。例えば、大学生を対象に、大学の授業中に模擬エントリーシートの記述を課し、それを研究データに用いたり、志望する企業が定かでない者を対象に、特定企業にエントリーすることを想定した調査をしたりするような、いわば「疑似的な研究」がなされているのだが、そのような研究ですら数が少ない。
 その結果、わが国の企業における面接、適性検査、エントリーシートの信頼性(Reliability)や妥当性(Validity)については、不明な点が山積している。例えば、面接者が複数いる場合の評定値はどの程度一致し、どの程度分散するのか。また、面接成績や適性検査の得点が入社後の職務業績や早期退職とどの程度関係するのか――などの点は、実はほぼ分かっていない。エントリーシートに書かれた文章によって、学生のどのような認知・非認知的な特徴が理解され得るのかも、同様にあまり分かっていない。
 日本を代表するような大手企業や採用人気企業であっても、これらの点が不明なまま、就職面接などの実務活動が毎年なされている例が少なくないようである。その結果、入社した新卒社員や中途社員が、企業風土やジョブ(仕事の内容)と合わずに早期に退職したり、職場で対人関係の問題を起こしたり、また、業績を創出できないなどの問題を生んでしまうという結果になってしまう。こうしたとき、企業はオン・ボーディング(新入社員がスムーズかつ迅速に組織の一員として定着し、戦力化するまでの一連のプロセス)、1on1ミーティング、ノー・レーティング(年次評価による社員のランク付けを廃止し、各組織に配分された原資に基づいて、マネジャーの裁量により各人へ配分する手法)など「人材育成」「人事評価」面で支援・改善策の検討を行う。しかし、それらの学術研究分野に依拠して分析しても、そもそも入社前の「選抜」の問題が根深いため、効果が低くなってしまう。

「リアリティー」と「状況個別性」が鍵

 今、日本企業に求められるのは、就職試験の本番環境におけるリアリティーのある選抜研究であり、それを一般的にではなく個別的・個社的に行うことである。
 就職試験の本番環境における「リアリティー」とは、疑似的なものではなく、就職試験の本番で取得されたデータを基にした研究や実践によって実現される。人生の一大事である就職の合否をめぐって、真剣で切実なやり取りの中から取得されたデータを基に、面接などの選抜法の有効性を論じ、課題を明らかにする必要がある。
 一方、「個別的・個社的」とは、一般的な統計結果に依存しすぎないことである。就職試験で測定・評価される主な概念の一つに「パーソナリティー」がある。パーソナリティーとは人間の性格のことを指し、海外の組織行動論研究においては主要な概念になっている。有名な理論としては、「ビッグファイブ」と呼ばれる世界的に地位を築いているモデルがある。これは、人間のパーソナリティーを外向性や誠実性などの5因子で記述するものだ。
 こうしたパーソナリティー研究は、1960年代から長きにわたって「状況論」の洗礼を受けてきた。"人間の性格は、さまざまな状況を通して常に一貫するのではなく、状況によって異なる結果が生じることがある"というのが状況論の主張であり、状況論の影響を受けて今日のパーソナリティー理論は形成されている。
 就職試験の面接などの選抜場面で測定・評価される志願者(大学生)のパーソナリティー(外向性や誠実性など)の有効性は、入社する企業や従事するジョブなどの状況によって変わり得る。つまり、一般傾向を示した調査や学術論文が自社に当てはまるかどうかは、自社における状況個別的な実証分析の結果を待たなければならない。ジョブについても同様である。

 筆者は2022年4月に「就職選抜論」に関する著書を上梓した。就職選抜論とは、リアリティーと状況個別性に基づいて構成される選抜研究を指す。就職選抜論によって、わが国の就職試験選抜の実態が報告され、それとともに課題が明らかになり、企業と学生の双方のためになるような研究・実践が進むことが期待される。